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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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乱戦

「殺せ!」


 誰が叫んだのかも分からない。騎士か、盗賊か、乱戦の喧騒の中では区別すらつかない声が響いた。


 ジンはその声に構うことなく、ただアイリーンを目指して走り出していた。鎧や兜は走るには邪魔だが、乱戦の中ではありがたいものだった。飛び交う投げナイフや剣先が鎧を弾き、ジンは力任せに突き進んでいく。



 目の前に飛び込んできた盗賊の顔面を殴り飛ばし、さらに進もうとしたその時、鋭い剣先がジンに向かって突き出された。


「っ……!」


 ジンは咄嗟に体をひねって鎧の隙間を狙った剣をかわす。そして、振るった相手を見て目を細めた。


「……ロスティンか」


 そこにいたのは、剣を器用にもてあそぶようにしながら、笑みを浮かべるロスティンだった。


「そんな鎧で変装のつもりかよ……ジン」


 ロスティンの言葉に、ジンは無言で兜を脱ぎ、素顔をさらけ出した。


「おやおや、驚いたな。なんの病にかかってたのか知らんが、ヤバそうな状態だと思ってたぜ。でも生きてるとはな。いやあ、嬉しいよ」


 ロスティンは軽口を叩きながら笑っている。


 ジンはその態度に眉をひそめ、静かに刀を抜いた。しかし、ロスティンは悠然と笑いを崩さず、周囲に声を張り上げた。


「おっと、俺一人でやり合うつもりはないんでね……おい、ジャズ! お前の獲物が戻ってきたぞ!」


 乱戦が続く中、ロスティンの声は驚くほどよく通った。その声に反応したのは、遠くにいたジャズだった。彼は近くの騎士の首を一閃で切り裂くと、ジンの方へゆっくりと視線を向ける。


 ジンの顔を確認したジャズは、不気味な笑みを浮かべた。


「……ジン! あんた生きての!?」


 アイリーンはジンの姿に歓喜の声をあげた。


 だが、それだけではなかった。エースもまたジンの姿を認め、驚いた表情を一瞬見せた後、静かに立ち上がった。剣を手に取り、無表情のまま構える。その姿からは感情は読み取れなかったが、漂う威圧感は明確だった――まるで「楽しみにしていた敵が現れた」とでも言うかのように。


(……面倒なことになったな)


 ジンはジャズの「病の力」に警戒しながら、まずロスティンに狙いを定めて駆け寄った。そして、鋭い一閃を刀で繰り出す。


 ロスティンは、これまでの余裕を捨て、遊び半分だった剣の扱いを一変させた。笑みを消し、横から迫る刀を正確に剣で受け止める。


「……っ、おいおい、いきなり全力かよ」


 余裕を見せながらも、ロスティンは油断なくジンの攻撃を捌いていく。その間にエースが接近してきていた。


 エースはロングソードを勢いよく突き出し、ジンを狙う。ジンは寸前で剣をかわすが、すぐに続くロスティンの剣が斜めに振り下ろされてきた。


(連携が早い……!)


 ジンは刀を横へ滑らせるように弾き、逆にその反動を使ってエースの方へ刀を振り下ろした。


「チッ……!」


 エースは舌打ちしながらロングソードでジンの刀を受け止めると、力任せに剣を押し返し、突進してきた。


 ジンは押し返されることを避けるため、即座に後ろへと刀を引きつつ距離を取る。その視線の先では、ジャズがなりふり構わず「病の力」を発動させようとしていた。


(まずい……!)


 ジンが警戒する中、ロスティンがその様子に気づき、慌てたように声を上げる。


「おい! 俺たちまで巻き込む気か!」


 ロスティンは咄嗟にエースとの間合いを離し、ジンとジャズの間から距離を取った。


(今しかない!)


 ジンはすぐさま、近くで倒れていた盗賊の剣を拾い上げると、全力でジャズに向けて投げつけた。


「……!」


 ジャズは剣が飛んできたことに驚き、焦ってそれをかわす。その隙を見逃さず、ジンは一気に距離を詰めた。


 ジンがジャズに向けて刀を振り下ろした瞬間、横から放たれた一閃がそれを阻んだ。エースの剣だ。


「面倒だな…」と呟きながら、ジンは標的をエースに変更する。鋭い動きで懐に飛び込み、片手で刀をエースの脇腹へ振り抜いた。


 エースは驚きながらも剣で何とか受け止めたが、その瞬間ジンのもう一つの動きに気づけなかった。ジンは勢いを保ったままエースの襟を掴み、一気に引き寄せると、彼を騎士と対峙していた盗賊へと投げつけた。


「くっ…!」

 バランスを崩したエースは盗賊にぶつかり、二人とも地面に倒れ込む。その隙に、ジンは再びジャズへと向かう。


 ジャズは焦りながらもナタを構え、ジンの動きを凝視した。だが、ジンの刀は重々しくも滑らかな動きでナタを受け流し、ジャズの握る指を正確に切り落とす。


「ぐあっ!」


 苦痛に叫びを上げたジャズの目には、冷たく光るジンの無表情が映り込んでいた。


 血が滴るナタが地面に落ち、エースの怒号が響く中、ジンは倒れ込んだジャズに止めを刺そうと刀を構えた。しかし、その刹那、鋭く飛来するナイフの光が彼の視界を横切った。ロスティンが放った投げナイフだ。ジンは冷静に身をひねり、ナイフを躱すと同時に、空中を舞う一本を掴んで素早く投げ返した。


「くっ…!」

 ロスティンは呆れと焦りの混じった表情を浮かべながらも何とかそれをかわした。


 その隙を逃さず、ジンはジャズを追うのを一旦やめ、隅で囚われていたアイリーンに向かって駆け寄る。


「な、何をする気…!」

 アイリーンは一瞬怯えたが、ジンは何も言わず刀を振り、彼女を縛っていた鎖を断ち切った。


「弓は?」


 短く問うジンに、解放されたアイリーンは体を伸ばし、牙を見せるように笑みを浮かべながら答える。


「あそこよ!」


 アイリーンが指差した先には、隅に立てかけられた弓が見えた。ジンはそれを一瞥すると、低く言い放つ。


「回収するなら急げ。とっとと抜けるぞ。」


 アイリーンは頷き、近くにいた盗賊を鋭い爪で切り裂いて応えた。


「そいつらを逃がすな!」


 エースの怒声が再び響き渡る。彼はジンに向かって凄まじい勢いで剣を振り上げて突進してきた。


 ジンは刀を構え、迫り来るエースの剣を受け止める。さらにロスティンも同時に斬りかかってきたが、ジンは俊敏な動きで二人の攻撃を裁いていく。


 ロスティンの剣を片手で押さえ込んだジンは、その瞬間を見逃さず、彼の腰からナイフを奪い取ってエースの足に突き刺した。


「ぐあぁっ!」

 エースは苦痛に歪んだ顔を見せ、膝をついて倒れ込んだ。その隙にジンは一気にロスティンの剣を弾き返し、刀を逆手に構えながら彼に斬りかかる。


「くそっ!」

 ロスティンはかろうじて身を翻してかわしたが、胸から腰にかけて浅くも鋭い傷を負った。血が細い筋となって滴り落ちていく。


 その間、アイリーンは奪い返した弓を引き絞り、盗賊たちへ向けて凄まじい威力の矢を放っていた。その一撃は敵の体を貫くというより、肉ごと削り取るほどの破壊力を持っていた。


「ひ、ひぃっ…!」

 あまりの威力に、残った盗賊たちは恐れをなして後退する。周囲にはすでに騎士や盗賊の亡骸が散乱しており、生き残りの姿はわずかだった。


 ジンはエースにゆっくりと歩み寄り、刀をエースの首元に突きつけた。しかし、エースは恐怖を見せるどころか、薄く笑みを浮かべていた。


「何がおかしい?」


 ジンが問いかけると、エースはその場の緊迫感を嘲るように声をあげて笑い出した。他の騎士や盗賊たちも動きを止め、その様子を注視する。


「もう遅い…どちらにしろこの国は終わるんだよ」


 エースの叫びに、周囲がざわつく。ロスティンとジャズだけは、その言葉の意味を測りかねているのか、微妙な表情を浮かべていた。


 ジンは眉をひそめ、苛立ちを込めて呟く。


「…何の話だ? もうこんな面倒事にはもううんざりなんだ。」


 ジンは刀を引き、近くの騎士にエースを引き渡すと、アイリーンに目を向けた。


「ここに長居はできない。早く出よう。」


 アイリーンは少し戸惑ったが、すぐに頷いた。ジンはさらに視線をロスティンへと向ける。しかし、ロスティンとジャズはただ無表情に立ち尽くしている。アジトが崩れるような動きは見せなかった。


 その時だった。


「お前たちは――しくじったんだよ。」


 エースの声が低く響いた。ジンは足を止め、振り返る。


「しくじったのはそっちだろう?」


 ジンが問い返すと、エースは諦めたように笑いながら語り始めた。


「真の王が言ったのさ…『この国は正統なる王を迎え、偽りの王を討つことで繁栄する。しかし、それが叶わなければ神の裁きが下る』ってな。」


 その言葉にジンとアイリーンは顔を見合わせた。周りの騎士たちも何の話か理解できない様子だ。しかし、ジャズとロスティンだけは目を細め、何かを悟ったように黙り込んでいた。


 エースは皮肉な笑みを浮かべると続けた。


「かつて魔法使いケンニグがオルフィーナのために築いたこの国を、イカれた一族が奪い取ったんだとよ。」


 ジンはその名を耳にして、少しだけ表情を険しくした。


「ハンベルグが本来後継者として選んだのはレグラスだ。それを覆し、ケイオスが王座に就いた。この国は、神とその信仰者を迫害する偽りの国だ。」


 エースの言葉は重く、場の空気をさらに沈ませていく。


「俺は誓わされたんだよ――レグラスを、この国の正式な偽りの王を殺せば、国は滅びずに…息子も助かるとだが、もう遅い。どちらにしろ俺はその誓いを果たせなかった。それに聞いたな? お前たちは聞いてしまったんだ、この話を。」


 エースは遠い目をしながら、さらに言葉を紡ぐ。


「ハンベルグは、最初は神の力を侮っていた。しかし、近隣の国で神の力が次々と具現化し始めると、奴は恐れた。オルフィーナの信仰を持っていた奴の妻が提案したのさ…ベイルガルドの力を借りて、オルフィーナを顕現させようと。だが、生まれたのはオルフィーナではなかった。」


 ジンは黙って聞き続けていたが、ふと視線をジャズに向けた。すると、エースが静かに言う。


「ジャズ…すまねぇ。」


 その謝罪に、ジャズは声をあげて笑った。


「親父…お前は本当に馬鹿だよ。つくづく使えないな。」


「な、何…?」


 エースは呆然としたまま、息子を見つめた。



「ずっと俺は不愉快だったんだ。理由が分からなかった。でも、血が薄れていく中でようやく気づいたよ。母さんもお前を愛してなんかいなかった。ただ利用しただけだ。それを俺が知らないとでも思ったか? お前が母さんを殺したことも、すべて知ってるんだ。」


 ジャズは目を細めながら、静かに続けた。


「真の王が接触したの俺さ! 馬鹿なあんたを使うように進言したから選ばれただけだ、あんたに期待なんてしてないさ…だが今は感謝してるよ、親父。俺は完全になれるんだ。」


 エースの瞳に動揺が浮かぶ。だが、ジャズはそれを嘲笑するように見下ろしていた。


 そしてジャズの体に異変が生じた。彼は苦しむように、しかし歓喜に満ちたようなうめき声をあげる。


「うっ…はぁ…これが…神の…!」


 身体が震え、背中から黒い翼が突き破るように生え出した。結膜は漆黒に染まり、赤い瞳が妖しく輝く。爪が音を立てて伸び、鋭利な刃物のように変化していく。


「くっ…!」


 周囲の騎士や盗賊たちはその異様な光景に恐れをなして後退りした。誰かが震える声で呟く。


「アスケラの眷属…吸血鬼だ…!」


 その言葉が伝播するように場の空気が凍りついた。


「バ、バカな! アスケラの眷属など、何故この国で!」


 騎士の一人が恐怖に駆られながら叫ぶ。


 だが、ジャズは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと翼を広げた。


「隠れて生きるしかなかった。こんな奴の庇護で。だが今は違う、俺は完全な眷属になる運命だったんだよ…親父の手によってな。」


 エースは蒼白になりながら息を呑む。


「…ジャズ…お前…」


「親父、わからないか? 俺達は最初からこうするつもりだったんだよ。この国を混乱に陥れて、不和を広げる。それだけで十分さ。レグラスを殺せればそれもよかったが、別にどうでも良かった。お前が誓いを立ててくれたおかげで、俺は完全になれたんだよ。」


 ジャズの冷淡な言葉が響き渡る中、エースは言葉を失い、ただ震える拳を握りしめていた。


 ジンは険しい表情を浮かべ、アイリーンに向かって低く言った。


「今のうちに、逃げよう。」


「あんた! …でも…流石に」


 アイリーンが戸惑いを見せるが、ジンは鋭い目で先を促す。


「関係ない。それより奴の口ぶりから早くこの国をでないと面倒な気がする。」


 アイリーンは短く息を吐き、深く頷くとジンと共に駆け出した。


 その様子を盗賊たちも見ていた。ジンたちの動きに呼応するように、彼らも混乱の中を抜け出そうと次々に逃げ出していく。


「待て、逃がすな!」


 騎士たちが声を上げるが、目の前には異形と化したジャズが立ちはだかっている。


「くそっ…! 敵国の眷属か!」


 騎士の一人が声を震わせながらも剣を握り締めた。恐怖に駆られながらも、オーデントの誇りにかけて後退はしない。


 一方で、ジャズは迫りくる騎士たちをちらりと横目で見ただけで、無関心に笑みを浮かべた。


「やれやれ、勇敢なことで…まぁ、いいさ。」


 ジャズは追撃する素振りを見せず、背中を向けて遠ざかるジンたちに声をかけた。


「逃げられるといいな。…もっとも、そう簡単にはいかないだろうが。」


 その言葉の真意を測りかねながらも、ジンは振り返ることなく走り続けた。

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