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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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怪しい助け

 鉄の壁に囲まれた尋問室で、ジンたちは一夜を明かした。昼になって運ばれてきたのは、乾燥したパンと冷めたスープ。鉄の器に盛られた質素な食事を、ジンはため息交じりに口に運んだ。味に文句はないが、食事を届けに来た騎士の態度が冷ややかだったのが気にかかる。


(これまで共にした騎士たちとは、少なくとも敵意のない関係だったはずだが……戦が近いせいか、それとも他に理由があるのか)


 騎士の刺すような視線を思い返しながら、ジンは眉をひそめた。


 一方、アイシャは無造作に乾いたパンを手に取ったものの、すぐにジンへ差し出して言った。


「これ、いらない」


「せっかく出された食事なんだから、食べた方がいいと思うが……嫌いなのか?」


 ジンが問いかけると、アイシャは静かに首を横に振った。


「別に。ただ⋯水だって無限にくれるわけじゃない。 だからパサパサしたものは、今はいらない」


 淡々とした口調ながら、まるで長丁場に備えているような余裕を感じさせる。その姿に、ジンは少し呆れながらも納得した。


(……カイードを殺した俺相手に、よくもまあこんな普通に接していられるものだ)


 盗賊であるアイシャなりの割り切りかもしれない、と考え直し、ジンは自分のスープを差し出した。


「なら、代わりにこれを飲め。俺は長居するつもりはないから、腹を満たす必要もないさ」


 アイシャは一瞬ジンを見つめたが、特に礼も言わずにスープを受け取り、静かに口をつけた。尋問室には、再び穏やかな沈黙が訪れた。


 しばらくすると、扉の外から「空いた器を下げろ」という声が響いた。


 ジンは指示に従い、小さな搬入口から食器を差し出す。しかし、その瞬間、外にいた見張りが驚いたように声を上げた。


「な、何故、あなたがここに……!?」


 ジンはその反応に首を傾げた。(俺を知っているのか……?)


 だが、ジンの方は相手の顔が兜に隠れていて、誰なのか判断できない。困惑するジンを見て、相手は慌てて兜を脱いだ。


 現れたのは、まだ15歳そこそこの若い騎士だった。栗色の短髪に、あどけなさの残る顔立ちの少年だ。


「失礼いたしました……私はワイダーと申します。ガルシア様の従騎士でございます」



「従騎士……?」


 ジンが疑問を口にすると、ワイダーは少し緊張した様子で頷いた。


「あ、はい!その……従騎士とは、身の回りの世話をする者と思っていただければ……。先日の盗賊のアジトには、私も同行しておりましたので……」


「ああ、なるほど」


 ジンは納得したように頷いたが、さらに問いを重ねる。


「それにしても、従騎士のあなたがなぜ見張り役をしているんですか?」


 ワイダーは少し困ったような表情を浮かべた。


「それは……今、王都はベイルガルドとの戦に備えて人員が頻繁に移動しておりまして……。私もガルシア様の命を受け、こちらで任務に当たっているのです」


 ジンは静かに頷き、少し言葉を和らげて尋ねた。


「失礼しました。私が聞きたかったのは、ガルシア殿と一緒にいないのかということです。もしかして、もうガルシア殿は戻られているのでしょうか?」


 淡い期待を込めて問いかけるジンだったが、ワイダーは静かに首を横に振った。


「いえ……ガルシア様は、数人の部下とジン殿のお連れ様を伴い、なるべく目立たぬように“ドルテ村”という場所に向かわれました」


「ドルテ村……」


 ジンは心の中で思案した。


(ミエラたちは何か重要な手掛かりを掴んだのだろうか……。そうなると、今こうして足止めを食らっている状況はまずい)


 焦りを感じながら、ジンは慎重に言葉を選んで口を開いた。


「ワイダー殿。私たちの身分や立場を保証してもらうことは可能でしょうか?」


 しかし、ワイダーは申し訳なさそうに首を横に振った。


「難しいかと……。私は従騎士の身、まして平民です。私にはそんな権限はありません。今、ジン殿たちを管理しているのはアラン・フリッツ伯爵です。もしかすると馴染みのない名かもしれませんが、本来はこうした尋問や捕縛のような任務を担当する方ではないのです」



 ジンは驚き、あの貴族がそこまで上の立場とは思えずに訝しんだ。その表情を察したワイダーは説明を続けた。


「それほど、この国は今、緊張状態にあるということです。ケイオス殿下は一部の貴族たちにも兵として動くよう要請されましたが、それをアーベン王子が止めました。理由までは私にも分かりません。ただ、それ以降、貴族たちも本来の役割を超えた仕事を任され、不満を募らせています」


 ジンはその話を聞いて、国内の事情が複雑に絡み合っていることを理解したが、さらに別の疑問をぶつけた。


「それにしても、なぜ私たちがこうして閉じ込められているのでしょうか? 何か特別な理由があるのですか?」


 ワイダーは少しため息をついた。


「気を悪くなさらないでください。実は貴族の中には、貴方達を……いえ竜族の方を良く思われてない方々もいます」


「竜族か……。確かに話には聞いていますが、運命とやらの話ですか?」


 ジンが静かに問い返すと、ワイダーは頷いた。


「ええ。竜族が国に現れたのが、よりにもよってベイルガルドとの戦を控えた今です。貴族や騎士の中には、これを“神の啓示”と怯える者もいれば、敵視する者もいます」


 ワイダーはさらに言葉を続けた。


「そして、貴方たちが一度はこの国を離れると言っていたのに、再び国に関わる案件に巻き込まれてしまった。そのせいで、不信感が生まれているのです」


 ジンは思わず反論する。



「ならば、なおさら私たちを解放して協力させるべきではないですか? 事態の解決が早まるはずだ」


 ワイダーは言葉を詰まらせ、どう答えるべきか迷った様子を見せる。しかし、その隙をつくようにアイシャが口を開いた。


「助けられるより、いなくなった方が都合がいいってことなんでしょ」


 冷たい口調で言い放つアイシャに、ジンは納得したように小さく頷いた。


「……なるほどな」


 ワイダーは居心地悪そうに視線を逸らし、小声で囁く。


「近いうちに騎士団が投入され、盗賊は殲滅される予定です……。しかし、殿下と渡り合った貴方がその場にいたら、何らかの邪魔をされるのではないかと懸念されています」


 ジンはその言葉に、息を整えながらワイダーに問いかけた。


「時をまたず……それは、いつのことですか?」


 しかし、ワイダーは沈黙したまま答えない。その様子にジンはさらに言葉を重ねた。


「頼みます。あなたがこうして私たちに話してくれたのは、何か感じることがあったからではないですか?」


 その言葉に、ワイダーの肩が一瞬びくりと震えた。そして、意を決したように静かに口を開いた。


「……今日の夜です。騎士団はその時に、盗賊たちのアジトへ奇襲をかける予定です。ただ……竜族の方の命がどうなるかまでは、私には分かりません」


 ジンの心は焦りで満たされていく。しかし、どう行動すべきか分からず、考え込む。そんな様子を見かねたワイダーが、決意を固めた表情で言った。


「……私がお力になります。ジン殿、貴方をお逃ししましょう」


 驚いて顔を上げたジンを見て、ワイダーは続けた。


「今すぐは難しいですが、夜が近づけば、見張りの何人かがアジト襲撃のために出発します。その時、兵舎は手薄になります」


 ジンは驚きながらも問うた。


「いいのですか……? そんなことをすれば、貴方の立場が危うくなるのでは……」


 ワイダーは少し微笑み、力強く頷いた。


「大丈夫です。私は正しいことをしたいだけですから」


 その言葉に、ジンは心から感謝を込めて言った。


「ありがとうございます……!」


 ワイダーは再び頷き、背筋を伸ばすと振り返った。


「では、間もなく交代の見張りが来ますので、私はこれで失礼します。しばらくお待ちください」


 そう言い残し、ワイダーは静かに扉から離れていった。


 部屋に静けさが戻る中、ジンは希望が見えたことに安堵し、思わず歓喜の表情を浮かべた。しかし、その背後でアイシャが静かに手招きしていることに気付く。


「……何だ?」


 ジンは戸惑いながらもアイシャのそばへ近づいた。すると、彼女は低い声で囁いた。


「まさか、あいつの言うことを信じてるの……?」


 ジンは言葉に詰まり、返答できずに視線を逸らした。それを見て、アイシャは呆れたようにため息をつく。


「どう見ても怪しいでしょ。なんであたしたちにペラペラと喋る必要があるの? しかも逃がすって? 下手したら死罪だよ、そんなことしたら」


 アイシャの冷静な指摘を受け、ジンは少し考えた後に答えた。


「確かにおかしな話だが、逃がすと言ったあの言葉に嘘はなさそうだった。彼の本当の目的までは分からないが、外にさえ出られればどうにでもなる。他に良い案が浮かんだら、そっちに切り替えればいいさ」


 その言葉に、アイシャは冷ややかな目をジンに向けた。


「あんたが脱走したら、一緒にいたアタシはどうなると思ってんの? ここに残れないんだけど」


 ジンは彼女の言葉に少し申し訳なさそうにしながらも、冷静に返した。


「大丈夫だ。悪いが、その時は気絶でもしてもらうつもりだ」


 その発言に、アイシャの目がさらに冷たく鋭くなる。


「あんた……! ほんっとどうかしてるわね……」


 しかし、言いかけた言葉を飲み込み、諦めたように肩をすくめて小さく吐息をついた後、短く言った。


「……いや、いい。どうせここに残る気はないし。あたしも一緒に行く」


 ジンは少し驚いたが、肩をすくめて軽く頷いた。


「そうか、分かった。それじゃあ、夜までは様子を見ながら、他に使えそうな案がないか探してみよう」


 そう言ってジンは椅子に腰を下ろした。だが、その言葉を聞いたアイシャは苛立ちを隠さず、聞こえるように舌打ちをした。そして、再び床に横になりながら、視線を壁に向けて目を閉じた。


(……上手くいくかな。まぁ仕方ない)


 ジンはアイシャの冷たい態度を背中に感じながら、夜を待つ長い時間をどう過ごすべきか思案を巡らせていた。

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