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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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尋問

 ジンはアイシャの背を追いながら、広間に漂う重い空気を感じ取っていた。血の匂いがまだ消えず、無惨に転がる亡骸たちが景色に溶け込むように横たわっている。その光景は、戦場を知るジンにとっても息苦しいほどだった。


「アイシャ……ここから先は広間だ。避けて通れる道は――」


 問いかけの途中で、アイシャが静かに答えた。


「ない。」


 その声にはどこか投げやりな響きがあった。ジンは黙って頷き、言葉を飲み込む。


「……わかった。」


 二人は広間に足を踏み入れる。足音が無機質な空間に反響し、かつての戦闘の名残が今もそこに生きているようだった。


 アイシャは目をそらそうとしていた。しかし、思わず視界に入ってしまったのは、金髪の青年――カイードの首だった。


「……っ!」


 彼女の喉から声にならない悲鳴が漏れた。足が止まり、全身が凍りつくように動かなくなる。


 ジンはその様子を見て、何も言わず立ち止まり、ただ静かにアイシャが動き出すのを待った。言葉は無意味だと理解していたから。


 長い沈黙が流れた後、アイシャはジンに目を向けることなく、ゆっくりと歩き出した。


 広間を出る足取りは重く、それでも確かな決意が感じられる。


 ジンは彼女の背中を見つめながら、何も言わずについていった。その背には怒りも悲しみも、何もかも押し殺して進む者の覚悟が滲んでいるようだった。


 無言で進む中、ジンは足を止め、静かに前方の気配を探った。


「先に三人だ。」


 声を潜めて告げると、アイシャは頷き、短刀を引き抜いた。だが、ジンはそっとアイシャの肩に手を置き、首を振る。


 戸惑うようにジンを見上げたアイシャだったが、彼女は短刀を収め、無言で後ろに退く。


 ジンは一歩、また一歩と音も立てず進み、盗賊たちの視界に現れた。


「……!? 奴だ!」


 最初に気づいた一人が叫び、残りの二人も即座に武器を構える。


「ジャズの魔法で弱ってるはずだ! 一気に畳みかけろ! 刀の力を使わせるな!」


 その声に応じて、盗賊の一人が素早く筒状の物体を投げた。それが地面に転がると同時に、濃密な煙が周囲に広がり、視界が一瞬で遮られる。


(毒か……)


 盗賊たちが慣れた手つきでマスクを装着するのを見て、ジンは素早く判断する。息を止め、念の為に目を閉じて煙の中で動きを研ぎ澄ます。


 一人目の盗賊が、剣を横一線に振り払ってきた。


 ――遅い。


 ジンは軽やかに一歩後退し、剣を躱すと同時に、腕を伸ばして盗賊の襟首を掴む。相手が息を詰まらせる間もなく、刀をその腹に深々と突き立てた。


「ぐっ……」


 声にならない呻きが漏れ、盗賊の体が震える。その瞬間、二人目の盗賊が勢いよく突きを放ってくる。


 ジンは手際よく、目の前の盗賊の体を盾にした。


「……なっ!?」


 突き出された剣が、仲間の体を貫いたことに気づいた盗賊は一瞬愕然とする。だが、その隙をジンは見逃さない。


 仲間の体を突き刺したまま硬直している盗賊に向かって、ジンは素早く刀を引き、滑るように接近する。次の瞬間、銀色の刃が音もなく首筋を裂いた。


「がっ……!」


 盗賊は短く声を漏らし、その場に崩れ落ちた。

 最後の一人の盗賊が、恐怖を振り払うように叫びながらジンに向かって突進してきた。しかし、ジンは無言のまま冷静に間合いを測り、一瞬の隙を突いて刀を横に振り抜いた。


「……!」


 盗賊は声を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。ジンは一拍置いてから目を開き、ゆっくりと周囲を確認する。煙が徐々に薄れていき、通路に再び静寂が戻っていた。


 その中で、足音が近づく。煙の中から姿を現したアイシャが、足元に転がる亡骸を見つめていた。


 彼女は顔に浮かんだ冷や汗を手で拭いながら、小さく息を吐いた。


「……アンタ、本当に迷いがないんだね。」


 アイシャは皮肉を込めるように言ったものの、その表情には微妙な感情が混じっていた。恐れ、戸惑い、――それらが複雑に絡み合っている。


 ジンはその視線に気づきながらも、ただ刀をゆっくりと拭い、静かに答える。


「仕方がない。急ごう」


 アイシャはその言葉を聞き、わずかに眉を寄せた。そして再び、冷たい笑みを浮かべる。


「そう……あんた、ほんと人間らしくないよね。」


 だが、その言葉に含まれていた恐怖は次第に薄れつつあった。彼女は再び前を向き、気持ちを切り替えるように歩き出す。


 アジトを出た直後、ジンとアイシャは待ち構えていた騎士団に取り押さえられた。


「貴様ら、梟の夜会の一味か!」


 鋭い剣先を突きつけられ、騎士の怒声が響く。ジンは動じることなく、冷静に返した。


「違います。我々はガルシア殿と共に仲間の救出のためにここに来た者です。」


 騎士は一瞬疑いを深めたような目つきをしたが、そこに別の騎士が駆け寄り、声をかけた。


「待て、報告を受けている。この男が“ジン”か。ただ…アジトに残ったのはジンと竜族の女性、アイリーンだけと聞いているが?」


 その言葉にジンはうなずき、隣のアイシャを軽く指さして説明する。


「彼女は私たちを導き、さらに私を逃がしてくれた協力者です。」



 だがその言葉に、騎士たちはますます警戒の色を濃くした。


「……盗賊は変装や偽りの手段を心得ている。ここで貴殿らの素性を判断するのは難しい。一度、兵舎へ連行させてもらう。」


 ジンはアイシャと視線を交わした後、静かに頷いた。


 騎士団に連行される道中、ジンはこれまでの経緯を話しながら、自分が受けた“病の力”について騎士に尋ねた。話を聞いた騎士は眉をひそめる。


「……病の力にかけられたのか。それは厄介だが、もし意識がない場合ならば直ちに治療が施される。しかし今は命に別状なしと判断せざるを得ない。処置は事情聴取が終わってからになるだろう。」


 ジンは内心、自分が思ったよりも無事であることに安堵しつつも、国の厳格な手続きには逆らえないと悟っていた。仕方なく足を進めるしかなかった。


 隣を歩くアイシャは不安げな表情を浮かべていたが、時折空を見上げ、明るい日差しを受けて少しだけ表情を和らげている。


 ジンはそれに気づきながら、静かに歩みを進めた。



 ジンとアイシャが兵舎に連れられた先は、薄暗く何もない無機質な部屋だった。牢屋ほどの厳重さではないが、固く閉ざされた鉄の扉が、ここが一時的な収容所であることを物語っていた。


 時間がどれほど過ぎたのか、ジンには分からなかった。誰も尋問や説明に訪れず、ただ静寂と重い空気だけが部屋に満ちていた。


 ジンは扉の小さな搬入口から外の見張りに声をかけた。


「すみません……いつになったら話を聞きに来ていただけるのでしょうか? 解放される予定は……」


 だが、返答はなかった。見張りの騎士は無言のまま、気配すら感じさせない。


 背後でジンが振り返ると、壁際ではアイシャが膝を抱えて丸まり、目を閉じていた。諦めきった表情は変わらず、声をかける気配もない。ここに連れてこられた直後、彼女は一言だけ呟いていた。


「騎士なんてそんなもんよ……信じたほうがバカ。」


 それ以来、彼女はずっと沈黙を守っていた。


 ジンは仕方なく、過去に出会ったこの国の有力者たちの名前を思い浮かべ、少しでも信頼を得られる可能性を探った。しかし、扉の向こうの騎士たちに名前を告げても、何の反応も返ってこなかった。


(まるで幽閉だな……)


 ジンは深いため息をつき、部屋の冷たい空気を噛み締めた。


 さらに時間が経ち、ジンは次第に焦りを感じ始めていた。刀は「一時預かり」という名目で取り上げられ、もはや自分たちを解放する気はないのではないかと疑念が募っていた。


 そんな中、廊下から足音が近づき、扉の外で誰かが話す声が聞こえてきた。重い扉が軋む音を立てて開かれ、騎士たちに先導されて一人の男が姿を現す。金髪に髭をたくわえた50代ほどの男で、肉付きの良い体格は贅沢な生活を想像させた。


「私はアラン・フリッツだ。お前たちの調査を担当する者だ」


 アランはどこか面倒くさそうな口調で名乗り、疲れたような表情でジンを見据える。アイシャはその男に警戒心を抱きつつ、身を起こして静かに様子を窺っていた。


「お前たちの素性についてはいくつか報告を受けている。それゆえ、正式な牢屋ではなく、この仮の尋問室での対応となったわけだ」


 ジンは黙って話を聞きながら、内心で疑問を抱いていた。調査や尋問は騎士団が行うものと思っていたが、現れたのは貴族のような男だった。


 一方、アランは部屋の中を見回しながら、不満げに小声でぶつぶつと文句を漏らしていた。


「椅子も机もないじゃないか……こんな部屋で調査しろと?」


 そう言うと、外にいる騎士たちに備品を持ってくるよう指示を飛ばした。その光景に、ジンは何かを感じ取り、思わず声をかけた。


「あの、私はジンと申します。私たちのお話がどの程度伝わっているのか分かりませんが、仲間が今も盗賊に囚われているのです。早急な対応を……」


 しかし、アランはジンの言葉を途中で遮った。


「あー、聞いている。だが私は、無駄な時間を潰しに来たわけじゃない。準備が整ったら話を聞く」


 彼はあくび交じりに答えると、再び外の様子を窺いながら面倒くさそうにため息をついた。


 騎士たちが持ってきた椅子にアランはどっしりと腰を下ろした。しかし、座り心地が気に入らないのか、ブツブツと不平を漏らしている。その隣には痩せた若い男性が立っており、手には用紙とペンが握られていた。アランはその男性を一瞥すると、やれやれといった表情で面倒くさそうに口を開いた。


「さて、ジンとアイシャ。それぞれ年齢と出身、今日に至るまでの経緯を簡潔に述べよ」


 その言葉にジンとアイシャは顔を見合わせた。長時間放置された挙句、まさか初歩的な質問から始まるとは思ってもいなかったのだ。二人は一瞬、呆気に取られたように沈黙する。


 ジンは小さく息をつき、心を落ち着けてから口を開いた。

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