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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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孤独な少女

 ジンは膝をつき、荒い息を吐きながら胸を押さえた。身体を内部から蝕む異常な痛みと、絶え間ない咳が全身を支配している。視界は滲み、耳鳴りが遠くから響く。もはや立っているだけでも精一杯の状態だった。


(この……病の力……。これほどとは……)


 咳き込むたびに血が口からこぼれ落ちる。ジンは歯を食いしばりながら、自らの刀を見下ろした。黒い刃にはほのかな光が宿っている。恐らく、ソルメーラの力が完全に崩壊を防いだのだろう。それでも限界は近い――その事実が、否応なくジンの胸に重くのしかかっていた。


「ジャズ!」


 鋭い声が静寂を切り裂いた。エースだ。倒れた青年――ジャズに向かって駆け寄る彼の目には、これまでにない焦りと怒りが浮かんでいる。その目つきは、まるで大切な仲間を奪われたことを許せないと訴えているようだった。


「おい、しっかりしろ、ジャズ!」


 エースが必死に呼びかける声が、ジンの耳に届く。ジンは視線をその場に固定しながら、静かに呼吸を整えようとする。しかし、今の状況はあまりにも悪い。体は重く、脚に力が入らない。まるで全身が呪われているかのようだった。


(……長くは保たないな)


 ジンは静かに立ち上がろうとしたが、足元がふらついた。その瞬間、周囲の盗賊たちが一斉に武器を抜き、敵意をむき出しにしてジンを囲み始めた。


「……やってくれたな……」


 エースが立ち上がり、鋭い視線をジンに向けた。いつもの冷静な態度は消え失せ、怒りが剥き出しになっている。盗賊たちも次々と武器を構え、ジンを取り囲むように歩み寄ってくる。


(……まずい)


 ジンは一瞬で状況を把握した。これまでなら、相手が何人いようと対処できる自信があった。しかし、今は違う。体力も限界に近く、この病の力がじわじわと体を蝕んでいる。


(……奴が使った“病”の力……。これがもっと強力だったら、俺は既に死んでいたかもしれない)


 刀を握る手にわずかな震えが走る。冷静さを保とうとしても、視界が揺らぎ、思考が濁る。それでも、ジンはかすかな意志の力で立ち上がり、再び盗賊たちを睨みつけた。


「……やるつもりか?」


 低く絞り出した声には、かすかに残った威圧感が宿っている。だが、今のジンの姿を見て、盗賊たちは勝利を確信していた。


「自分が吐いた言葉を思い出すんだな。後悔するのはどっちだったか?」


 エースは静かに剣を抜きながらそう告げた。その冷ややかな声には、確固たる怒りが宿っている。


「先に手を出したのはアンタ達でしょ!?」


 アイリーンが必死に声を張り上げる。しかし、その言葉を聞いたロスティンは皮肉気に笑い、冷淡に答えた。


「ジンには手を出してないぞ? 俺たちの仲間同士の話に首を突っ込んで、勝手にジャズを切ったんだ。それに、お前を傷つけないとは約束したが、あいつには手を出さないとは一言も言ってないからな。」



 ロスティンは両手を軽く上げて、挑発的に肩をすくめる。アイリーンは怒りに燃える瞳で彼を睨んだが、ロスティンはまるで相手にしていないかのような態度をとっていた。


 一方、ジンは足元がふらつくのを感じながらも、刀を構えたまま前に立ち塞がっている。病の影響で全身が軋むように痛んでいたが、目の前の敵から目を逸らさない。


 盗賊たちはジンの不安定な姿に警戒し、互いに視線を交わしながら動きをためらっていた。そんな様子にエースは苛立ち、舌打ちをして怒鳴る。


「ちっ、何ビビってんだ!? 頭を使え! 全員でナイフでも投げてやれ!」


 その声にジンは眉をひそめた。余計なことを……と思いながらも、絶望的な状況を打開する策を模索していた。


 そんな中、ジンの近くで座り込んでいたアイシャが、ジンにだけ聞こえるように囁いた。


「今なら……あんたを殺せる。」


 その冷たい言葉に、ジンは少し笑みを浮かべた。


「もしかしたらな。だが、俺はまだ死ぬつもりはない。君にも、奴らにも。」


 ジンの返答を聞いたアイシャの目に、一瞬決意の色が浮かんだ。アイシャは静かに立ち上がり、懐から小さな筒状のものを取り出した。


「全力で走って。」


 ジンが問い返す暇もなく、アイシャはその筒を放り投げた。次の瞬間、空間は黒煙で覆われ、視界が完全に奪われる。


「なっ、なんだ!?」


「煙幕だ! 気をつけろ!」


 盗賊たちが声を上げ、混乱が広がる中、アイシャはジンの手を取り、迷いなく走り出した。


「こっち! 早く!」


 ジンはその手に引かれながら、ふらつく足を懸命に動かしていた。


「……一体……?」


「いいから、今は走るの!」


 ジンはアイシャの言葉に従い、煙に紛れて全力でその場を離れた。背後では、エースの怒号がこだましていた。


「追え! 絶対に逃がすな!」


 足音が乱雑に響いてくる。しかし、アイシャは巧みにアジトを走り抜け、ジンを安全な場所へと導いていく。



 ジンは裂け目の陰に身を潜め、荒い息を整えながらアイシャを見た。背後の喧騒が次第に遠のき、静寂が訪れたが、その分、身体の痛みが一層際立つ。


「なんで……」


 その声にはかすかな喘ぎが混じっていた。息を整えながら、ジンはアイシャに問いかける。


「…あそこにいたら、あたしも殺されてた。それだけ。」


 アイシャは冷たい目で答えると、再び視線を外した。ジンはその言葉に何も言わず、ただ黙って彼女を見つめていた。


 ならば一人で逃げれば良かっただろう。なぜ自分を連れていったのか。それは恐らく、彼女自身が居場所を失い、死にきれずに、自分を憎んでいたからだろう。ロスティンやエースが言っていた通り、アイシャは半端者だ。彼女が嫌う言葉が、今まさに彼女を象っていた。


 ジンはそんな思いを胸に秘め、黙って視線を逸らした。


「それより…大丈夫なの?」


 アイシャが無関心な調子でジンに聞いた。その言葉にはまったく興味がなさそうな響きがあった。ジンはわずかに肩をすくめると、苦しげに微笑んだ。


「さっきまで殺そうとしてた相手だろうに…大丈夫じゃないな。」


 その答えにアイシャはふっと目を細める。ジンの体調の悪化は明らかだった。喘ぐような呼吸とともに、吐血している状態だった。


「…ジャズがあんな力を使えるなんて知らなかった。でもあいつは特別だから、驚くことじゃない。」


 アイシャはジャズのことを話しながら、ため息をついた。ジンも力の秘密を聞きたかったが、言葉を返す余裕がなく、アイシャはそれを察し話を続けた。



「ジャズはボスの息子。それに…眷属の血が入ってるって噂。病の眷属、吸血鬼の。」


 ジンはその言葉を噛みしめるように聞いた。なるほど、だから神の力のような異能を使えるのか、と納得がいった。だが、まだ分からないことが多すぎた。


「それより、何とかしないと。」


 ジンは荒い息を吐きながら、アイシャに語りかける。


「外にさえ出れば、騎士団がもう配置されてるはずだ。何とかできれば…」


 その言葉に、アイシャは冷静に返す。


「一度ここで身を潜めてるから、出入り口はもう見張られてるはず。」


 アイシャは狭い裂け目の中で、足を抱え込むようにして座り込んだ。その瞳はどこか虚ろで、静かに呟く。


「全部おかしくなった……全部……」


 ジンは息を整えながら、その言葉に問いかけた。


「金髪の青年……カイードは、大事な人だったのか……?」


 その質問に、アイシャは一瞬唖然とし、ジンを見つめる。だが、すぐに皮肉げな笑みを浮かべた。


「はっ……あんたって、本当に計画性もなければ頭もおかしいんだね。この状況で、よくそんなこと聞けるもんだ。」


 目に一瞬、怒りのような光が宿り、冷たくジンを睨みつける。だが、ジンが苦しげに息を吐く様子を見て、再びふっと笑いを漏らした。



「もう死にそうだね、あんた……」


 そう言いながらも、どこか遠い目をして語り出す。


「カイードは……ここに来てから、ずっとあたしに仕事を教えてくれた。口うるさくて、結構ミスも多かったけど……死んだ妹に似てるからって、面倒を見てくれてた。でも……あんたに殺された。」


 ジンは彼女の言葉を黙って聞いていた。返す言葉が見つからなかった。自分が問うべきではなかったのだ、と胸の中で思う。ただ苦しさや状況から気を逸らしたかっただけの言葉が、彼女にとってはあまりに重すぎた。


「……そうか。」


 ジンはそう一言だけ告げると、二人の間に静寂が訪れた。遠くから、かすかに盗賊たちの声が聞こえる。アイシャは膝を抱える手に力を込めながら、静かにその沈黙を保っていた。


 しかし、やがてアイシャはジンの様子に気づき、眉を吊り上げた。


「あんた……急に咳とかしなくなったけど……?」


 ジンはその問いに穏やかに答えた。


「ああ……大丈夫だ。だいぶ落ち着いてきた。」


 その言葉にアイシャは訝しげに首をかしげる。


「……? 病が治ったの? 何もしてないのに?」


 ジンはゆっくりと頭を振った。


「治ったかどうかは分からない。でも、今は調子がいい。それより……入口付近の気配が少なくなってる。今なら外に出られるかもしれない。」


 その言葉を聞いたアイシャは冷たい視線を向けた。


「竜族の女の人はどうするの? 見捨てる気?」


 ジンはアイシャの問いを否定するようにかぶりを振る。


「まさか……。ただ、ジャズを斬った時のことを思い出してみろ。アイリーンに手を出さなかったロスティンの態度、あいつの話ぶりからしても、アイリーンは大丈夫だと思う。」


 アイシャはジンを軽蔑するように見つめ、鼻で笑った。


「そう……。あたしには関係ないけど……あんた、本当に何も考えてなかったんだね。」


 その言葉にジンは微かに顔をしかめながらも、何も言い返さなかった。


「ひとまずは騎士団と合流しよう。」


 ジンがそう提案すると、アイシャは小さく笑い、どこか心配するような視線を向けた。


「それで? 合流したらあたしを引き渡すの?」


 その問いに、ジンは首を横に振り、静かに答えた。


「まさか……助けてもらったんだ。俺は恩を返さないタイプじゃない。合流できれば、あとは自由だ。好きにすればいい。」


 アイシャはその言葉に、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに乾いた笑い声を漏らした。


「行く所なんて……ないよ。」


 その声には、深い孤独と諦めが滲んでいた。しかし、ジンは何も言わず、ただ前を向いたまま歩き続けた。口を開けば、きっと彼女にとって慰めにもならない言葉しか出てこないだろう。


 二人は静かに進み、盗賊たちの声や足音が次第に遠ざかっていくのを感じながら、慎重にアジトの入り口へと向かった。周囲に敵の気配が少ないことを確かめながら、ジンは改めて心を引き締める。


 息を合わせ、ジンとアイシャは互いに無言のまま、外の世界へと一歩ずつ近づいていった。

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