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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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盗賊の力

 ジンとアイシャが向き合うなか、栗色の髪をした青年がジンに向かってナイフを放った。


 その一閃を、ジンは瞬時に刀の柄で弾く。乾いた金属音が響き、緊張に満ちた室内に戦いの合図が鳴り渡った。


「っ……!」


 その隙を逃さず、アイシャが飛び込む。彼女の瞳は憤怒に燃え、勝ち負けなど眼中にない。ただ、自らの感情を叩きつけるようにして、隠し持った投げナイフをジンへと放った。


 ジンは冷静にそのナイフを片手で掴み、難なく受け流す。迫りくるアイシャを見据えながら、静かに刀を抜いた。


(……覚悟がある目だな。)


 彼女の瞳は何かに突き動かされていた。敵うはずがないと理解しているはずなのに、それでも諦めることなく突き進む――その執念がジンを捉えていた。


 アイシャは一瞬でジンの懐へと入り込み、短刀を振り抜こうとする。しかし、その刃が届くよりも早く、彼女の首筋に冷たい刀身が押し当てられた。


「っ……!」


 ピタリと動きを止めるアイシャ。首筋からは細い血の筋が一滴、静かに流れ落ちた。刀はあとわずかに押し当てられれば、命を奪う位置で止まっている。


 ジンは冷ややかな視線をアイシャに向け、低く呟いた。


「ここに来る前に、聞いたことを覚えているか?」


 アイシャは息を詰まらせたまま、動けずにいた。鋭い言葉が胸を抉るように響く。


「誇りを守って死ぬか……それとも、新たな誇りを得るか。選べ、アイシャ。」


 その声には静かな威圧と共に、彼女に最後の選択を促す重みがあった。


「……向かってくるなら、その誇りに敬意をもって俺も刀を振るう。だが――」


 アイシャの体が微かに震える。だが、その目の中に宿る怒りはまだ消えていない。


「……お前に……仲間を奪ったあんたが……何を偉そうに……!」


 アイシャは悔しげに言葉を吐き出したが、その声にはもう力がなかった。


 ジンは静かに目を細め、刀を少しだけ引いた。


「なら、向かってくればいい。その覚悟があるはずだ……仲間のために宿の上から身を投げ出せる君ならな。」


 その言葉は彼女の胸に刺さった。ジンの目は鋭く、しかしどこか憂いを帯びていた。


「だが、それは無駄死にだ。」


 ジンはさらに静かな声で続けた。


「君が復讐したいなら、俺はその覚悟を受け止める。けれど――今じゃない。状況を見ろ、アイシャ。」


 アイシャはゆっくりと周囲に視線を巡らせた。そこでようやく気づく。


 盗賊たちは二人のやり取りを楽しげに見物し、賭けまでしていたのだ。


「俺は剣士に賭けたぜ、ほらな、勝っただろ!」


「はは、惜しいなぁ、もう少しでアイシャが勝てるかと期待したんだが。」


「早かったな、まぁ娯楽みたいなもんだしな。」


 彼らの無神経な声が耳に刺さる。誰一人として、アイシャの命を気にしている様子はなかった。生きるか死ぬかなど、ただの余興に過ぎない――


 アイシャは唇を噛み、短刀を握る手から力が抜けていく。カラン、と短刀が床に落ち、乾いた音が室内に響いた。


「……」


 アイシャはそのまま膝をつき、うつむいた。

 ジンはアイシャの様子を一瞥した後、ロスティンの方に向き直った。


「どうやら真の王の部下の話からすると、アイリーンに依頼をかけたのは別の人物らしいな。」


 その言葉に、ロスティンは軽く肩をすくめながら答えた。


「そうみたいだな。まあ、俺には関係ねえ話だ。誰が依頼したかで状況が変わるわけじゃないだろ?」


 ジンはロスティンの軽い態度にわずかに眉を上げたが、言葉を飲み込む。その隙に、アイリーンが険しい表情で前に出る。


「とにかく、アタシを殺すように依頼した奴が別にいるってことね……。絶対に見つけてやるから!」


 怒りのこもった瞳が燃えるように輝いている。


 エースはその様子を見ながら、冷淡な声でアイシャに向かって言葉を放った。


「終わりか? アイシャ。こんな状況で身内以外の連中を招き入れて、生き恥を晒したままにするつもりか?」


 その言葉に、アイシャの体が小さく震えた。唇を噛みしめ、何も言い返せない。ただ無言でうつむく彼女を見て、エースはため息を吐いた。


「今まで身体を使った仕事をさせなかったのは、カイードが『俺が面倒見る』と言うから、任せた結果がこれだ。それでも多少は腕が立つから残してやったが……死に場所さえ自分で決められないとはな。つくづく半端者だ。」


 その言葉がアイシャの心に突き刺さる。


「なによ、それ……!」


 横で見ていたアイリーンが、エースに食ってかかった。


「何よ偉そうに! あんたは戦いもしないで、人質を取るしかできないくせに、よくそんなこと言えるわね!」


 しかし、エースは怒るどころか楽しげに笑った。


「もっともだ。だがな――俺が今この場所に座っていられるのは、貴族や王族どもと違って、実力でのし上がったからだ。そしてその実力があるからこそ、命令を下せる。」


 その言葉は静かに、しかし確かな威圧感を伴っていた。


 エースは視線を栗色の髪の青年に向けると、淡々と告げた。


「アイシャ。チャンスはやった。カイードたちに宜しくな。」


 その一言が終わると同時に、栗色の青年が素早く動いた。アイシャに向けて迷いのない動き――殺意がこもった鋭い一撃が放たれる。


「っ……!」


 反射的にアイシャは身を引くが、その動きは遅い。青年の手が彼女の首元を狙って迫る。


 ジンは即座に動いた。鋭い動作で刀を抜き、金属音と共に青年の攻撃を弾き返す。


 青年は静かに笑みを浮かべながら、声を低く呟いた。


「あんたが俺の相手をしてくれるんだな……?」


 その声音は一見気弱にも聞こえたが、底知れない不気味さが纏わりついていた。ジンは微かに警戒を強めたが、青年は返答を待たずに動いた。


 刃の先が光を反射する。ナタに近い形状の武器とダガーを両手に持った青年は、驚くほど軽やかに動き出した。素早い連続攻撃がジンに迫る。


 ジンは冷静に刀を振り、次々と攻撃を弾いていく。しかし青年は巧みな手捌きで、まるで遊ぶかのように武器を操っていた。


「……!」


 突然、青年はダガーをジンの顔めがけて投げつけた。ジンはとっさに頭を傾けてそれを交わすが、続いてナタが下から振り上げられる。


 金属がぶつかり合う音が響く。ジンは間一髪でナタを受け止めたが、予想を超える衝撃に身体が後方へと押しやられた。


(この細身の体格で……なんて力だ!?)


 ジンは驚きに眉を寄せたが、同時に青年も意外そうな表情を浮かべた。


「へぇ……やるねぇ、あんた。」


 青年は感心したように呟くと、再び静かに何かを口にした。それは、聞き慣れない響き――古代語だった。


(古代語……まさか、魔法か!?)


 青年の放った魔法に備え、ジンは身構えた。だが、何も起こらない。


(……空振りか?)


 一瞬、そう思いながらも気を緩めず、青年のナタを刀で受け流す。しかし、次第に違和感が体に広がり始めた。


「……っ!」


 呼吸が浅く、胸が詰まるような感覚が襲ってくる。手足の関節がじわじわと痛みを訴え、全身が重くなる。


(何だ……この感じは?)


 額に汗がにじみ、息を吸うたびに胸が焼けつくようだ。気を紛らわせようと深呼吸しようとするが、咳が止まらない。


「ゴホッ、ゴホッ……!」


 激しい咳が喉をこじ開け、ジンは堪えきれず血を吐き出した。紅い液体が床に滴り、静かに広がる。


 青年はジンの様子を見て、冷ややかに笑った。


「……当たりを引いたみたいだ、だが効くのが遅かったな。」


 ジンは刀を支えにしながら、痛む身体をなんとか起こした。


「……何を……した……?」


 問いかける声はかすれ、掠れていた。


 青年は肩にナタを乗せ、ゆっくりと歩み寄る。


「さぁ? 病の力さ。あんたが何になったのかは俺も分からないね。ただ……良いものを引いたみたいだ。」


 その言葉に、ジンは思わず歯を食いしばった。


(病の力……? 何故盗賊がアスケラの力を?)


 青年は楽しそうに微笑み、軽く首を傾げた。


「お前みたいな奴は、こうでもしないと倒せないだろ?」


 ジンは視界が滲む中、青年の動きを追おうとするが、身体は言うことを聞かない。


(……このままじゃ……やられる……)


 苦痛に耐えながらも、ジンは心の奥底で冷静さを保とうと必死だった。


 周囲からは盗賊たちの嘲るような声や、アイリーンの怒声が飛び交っていた。しかし、ジンにはその声が遠く、ただ耳に響くだけだった。


(……神の魔法……これが……)


 身体を内部から蝕む異常な力に耐えながら、ジンは青年の猛攻をなんとか捌き続けていた。


「……ッ!」


 咳き込むたび、口から血が溢れる。それを拭う間もなく、青年のナタが振り下ろされる。ジンは力の限り刀を振り上げ、ナタの刃を逸らした。そして、返す刀で青年の首を狙う。


 だが、青年は余裕の表情で体をひねり、ジンの一撃を難なく避けた。さらにその動作を利用して、勢いよく回転しながら蹴りを放つ。


「ぐっ……!」


 ジンは腹部に強烈な衝撃を受け、後方の壁に叩きつけられた。


(くそっ……! 力が……)


 ジンは歯を食いしばりながら壁にもたれ、呼吸を整えようとするが、体は思うように動かない。視界の端で、青年が再び静かに呪文を唱え始めているのが見えた。


(まだ……魔法を……)


 青年は勝利を確信したかのように、ゆっくりと詠唱を続けている。ジンは、追い詰められたことを認めざるを得なかった。それでも、その戦い方にはある種の冷酷な理性と戦略を感じた。


(……ただ殺そうとしているんじゃない。絶対に勝てる状況を確実に作り上げている……)


 敬意すら抱く冷徹な敵の姿を見据えながら、ジンは静かに刀を鞘に収めた。その動きに、青年が怪訝な顔を浮かべた。


「……おいおい、何だ? もう諦めたのか? 立っているだけでも不思議なくらいだがな」


 青年は嘲笑混じりに問いかける。だが、ジンはその言葉を受け流し、ゆっくりと呼吸を整え始める。


 ジンは静かに腰を落とし、刀に意識を集中させた。鞘に収まる刀には一見変化はない。しかし、ジンは確かに感じていた。

 ――ソルメーラの力が、刀を通じて自分に宿っていることを。


 対峙する青年は呪文の詠唱を続けながら、警戒するようにジンを見つめていた。


「……無駄な事を……」


 青年の言葉は冷ややかだったが、どこか焦りがにじんでいた。だがジンは答えず、静かに呼吸を整える。


 次の瞬間、ジンは一気に刀を抜き放った。


 ――シュンッ。


 黒い剣閃が、ジンと青年の間に一瞬だけ光を走らせる。静寂がその場を支配した。


 青年は呆然と立ち尽くしていた。だが、何かが変わっていることを、身体が本能的に察知しているようだった。


「……っ……何……?」


 そう呟いた直後、青年の身体が徐々に崩れるように膝をついた。胸元から鮮血が溢れ、彼の衣服を赤く染めていく。


「お前……何を……」


 青年は目を見開き、ジンを睨みつけた。しかしジンは無言のまま、刀をゆっくりと鞘に収めた。


「……神の力を使えるのはお前だけじゃない」


 ジンの静かな言葉が、響き渡る血の香りに紛れて消えた。青年はその場に崩れ落ち、動きを止めた。


 再び訪れた静寂の中、ジンは荒い息をつきながら周囲を見回した。盗賊たちは声を失い、ただ茫然とその光景を見ていた。

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