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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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進まない交渉

「殺してやる……!」


 栗色の短髪の少女、アイシャが叫ぶ。仲間の盗賊たちに抑え込まれながら、今にもジンに飛びかかろうと必死にもがいていた。


 対するジンは、精悍な顔つきに憐れみの色を浮かべながらも、冷ややかにアイシャを見つめていた。優しげだった瞳は、すでにその柔らかさを失い、冷酷な覚悟を宿している。


 黒髪には血がべったりと付着し、鍛え抜かれた肉体も真っ赤に染まっている。その血は、アイシャにとって大切な誰か――近しい人物をジンが斬り伏せたときのものだった。


「あんた……! なぜ、こんなことを……!」


 アイシャの叫び声は震え、悲しみと怒りが入り混じっていた。だが、ジンはその声に微動だにせず、ただ彼女をじっと見据える。沈黙は、アイシャの問いに答えるつもりなどないという意思そのものだった。


 そんな緊迫したやり取りを、盗賊のボスは苛立たしげに眺めていた。そして、静かに低い声で指示を出す。


「黙らせろ」


 その短い命令を受け、アイシャを押さえつけていた盗賊たちは手際よく動いた。一人が慣れた手つきで彼女の首を絞め始める。アイシャは抵抗しようともがくが、力の差は歴然だった。


 やがて、アイシャは苦しげに体を震わせながら力を失い、そのまま意識を手放す。盗賊は無造作にアイシャを床に横たえると、何事もなかったかのように立ち上がる。


 床に倒れたアイシャを一瞥したボスは、満足げに鼻を鳴らした。


「よし、これで静かになったな。さて、交渉を始めようか」


 ジンは倒れたアイシャを一瞥すると、冷静な声で言葉を放った。


「まず、俺は第一王子と面識がない。もし第一王子に探し人の行方を聞きたいなら、捕らえている俺の仲間を行かせるしかない」


 その言葉を受け、盗賊のボスは視線を脇に立つロスティンに向ける。ロスティンはボスの視線を受け、静かに頷いた。それを確認したボスは、しばらく考えるように顎に手を当てた後、低い声で応じた。


「いいだろう。だが、解放するのは銀髪の嬢ちゃんだけだ」


 その一言に、部屋の緊張が一瞬張り詰めた。


 ボスの指示を聞いた栗色の髪をした青年――ミエラを抑えていた盗賊が、名残惜しそうにミエラの腕を解放する。その仕草には、単なる命令への従順さだけではなく、何か未練があるようにも見えた。


 ミエラは自分の腕を解放されると、静かに深呼吸をしながら状況を冷静に見極めようとする。その銀髪が揺れ、彼女の瞳には決して屈しない意志の光が宿っていた。



「さあ、嬢ちゃん。これで満足だろう?」

 ボスが不敵な笑みを浮かべながらミエラに問いかける。だが、ミエラはその挑発に乗らず、毅然とした態度を崩さなかった。


「まだ、何も解決していない。私たちの目的は、ここからが本番よ」


 その冷静な声に、ボスはわずかに表情を曇らせた。


「だろうな。お前たちが今できることは、一刻も早く第二子王子を見つけて連れて来ることだ。目的が果たせる準備ができたなら、急ぐんだな……俺たちも暇じゃない」


 盗賊のボスがそう吐き捨てるように言った瞬間、その言葉に反応したのはガルシアだった。


「随分と余裕を見せる。レグラス様を連れて来る前にここを包囲し、貴様らの浅知恵を看破して人質の救出とお前たちの殲滅を行うことができないとでも思っているのか?」


 その挑発的な言葉に、盗賊たちの間に微かな緊張が走る。だが、返したのはボスではなく、ロスティンだった。不敵な笑みを浮かべ、余裕を崩さぬまま言い放つ。


「ご自由にどうぞ、騎士様。俺たちはその可能性も踏まえた上で、この交渉をしているだけですんでね。さて、そうですね……騎士様が綿密な作戦を練る時間も考慮して、猶予は3日というのはどうでしょうか? どうだい、ボス?」


 ロスティンが余裕たっぷりにボスへと視線を送ると、ボスはその態度を見ても動じることなく、冷笑を浮かべた。


「3日で構わん。そいつらがその間に何をしようと、俺たちは準備を進めるだけだ」


 その言葉にガルシアの眉がわずかに動く。だが、彼は感情を押し殺し、鋭い目つきでロスティンとボスを見据えた。


 ジンは緊張の中でそのやり取りを見守りながら、心の中で歯噛みするような思いを抱えていた。猶予は3日。時間は限られている。この交渉が続く限り、相手の動きも読めないままだ。


「3日だ」


 ボスが再度言葉を発し、場にその数字が重々しく響き渡る。


 ジンは駆け寄ってきたミエラにそっと囁いた。


「ミエラ。俺はここに残る。」


 その言葉にミエラは驚き、思わずジンを見つめた。だが、ジンはミエラの反応に構わず続ける。


「今、警戒すべきは盗賊じゃなくガルシアだ。」


 ジンの低い声にミエラの表情が硬くなる。


「彼女を見ただろう? ガルシアは人質なんて気にしていない。彼女にとって優先するのは任務だ。3日以内に第二子を連れて来る約束よりも、盗賊を殲滅する選択を躊躇なく選ぶはずだ。」


 ガルシアは盗賊の殲滅が最優先であり、人質の命はその次だと暗に示していた。


「だから俺はここに残る。ロスティンが出した3日は恐らく自分達が逃げる為の時間だ。それに、もしガルシアが何か仕掛けた時、ここに誰もいなければ――アイリーン含めて全滅する。」


 ミエラは息を呑んだ。ジンの言葉は理にかなっているが、それはジンが再び命の危険に晒されることを意味していた。


「でもジン、それじゃあ――」


 ミエラが何かを言おうとするのを、ジンは手を軽く挙げて制した。


「心配するな。俺はまだ死ぬつもりはない。それに、アイリーンも必ず助ける。そのためには、ミエラは第二子王子を頼む。」


 ジンはそこで少し言葉を切り、ミエラをまっすぐに見据えた。


「それと……できればガルシアの動きを牽制してくれ。あの人は、状況次第では俺たちを守るどころか、全部ひっくり返す選択をするかもしれないからな。」


 ジンの真剣な言葉に、ミエラは力強く頷いた。その瞳には、ジンの決意に応えようとする強い意志が宿っていた。


「……わかった。必ず王子を連れて戻る。そして、ガルシアの動きも見極めてみせる。」


 ミエラの返事を聞き、ジンは微かに笑みを浮かべた。


「助かる。ミエラならできると信じてる。だから、何があっても俺のことは心配せず。」


 ミエラとジンの様子を見ていたロスティンが、皮肉混じりの声を投げかけた。


「仲良く密談は済んだか?このままここに居座ってもいいが、竜族の嬢さんは助からないぞー」


 軽い口調だが、その奥には挑発的な意図が含まれていた。


 ジンはその言葉に対して表情を変えず、冷静な声で返す。


「ああ、俺はここでお前たちと一緒にいさせてもらう。」


 ロスティンは一瞬驚いたように目を細めたが、すぐに肩をすくめて笑みを浮かべた。


「へぇ、そうか。まぁ構わないが……アイシャが目を覚ましたらまたうるさくなるだろうな。泣き叫ぶ声に耐えられるなら好きにしてくれよ。」


 そう言いながらロスティンは視線をミエラに向け、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。


「嬢ちゃん、急ぐんだな。こっちは気長に待ってやるが、時間を無駄にしたら後悔するのはそっちだぞ。」


 ミエラはその挑発的な態度を無視し、鋭い視線でロスティンを睨み返した。


「急がなくても、あなたたちの計画なんて破綻させてみせる。」


 その言葉にロスティンは軽く鼻で笑い、手をひらひらと振った。


「どうだかね。せいぜい頑張るんだな、嬢ちゃん。」


 ロスティンの軽口が続く中、ジンは静かにそのやり取りを見ていた。すでに揺るぎない決意があったが、それを態度に出すことなく、ただ冷静に状況を見極めていた。

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