悪意とオーデントの騎士
教会へ向かう道のりは、夕日の赤い光に照らされ、三人の影を長く伸ばしていた。その静寂は不自然なほどで、そよ風さえも音を立てず、草が静かに揺れるだけだった。
ミエラはジンとアイリーンの後ろを歩きながら、不安と決意が入り混じった表情を浮かべていた。
「オルフィーナ様の教会だと言ってたけど……どうしてそんな場所で人々が消えるようなことが起きるの?」
ミエラは小声で呟いた。
アイリーンが前を見据えたまま、冷静に答える。
「人が関われば何が起きても不思議じゃないわよ。信仰を利用しようとする輩は、どこの大陸にもいるものよ。」
ジンは振り返らず、短く言った。
「真実はこの目で確かめるしかないさ」
教会の前に立った三人は、その建物が放つ異様な雰囲気に息を呑んだ。正面には荘厳な石造りの扉があり、彫刻された模様には一見してオルフィーナを象徴する花や鳥が描かれているが、よく見るとその隙間に何か別の象徴が潜んでいるように見えた。
「この模様……なんか変じゃない?」
アイリーンが指摘する。
「たしかに、オルフィーナ様を表しているようには見えるけど……」
そう話しながらミエラが慎重に扉に近づくと
「行くぞ。」
ジンが刀の鞘に手を添え、扉を押し開けた
教会の中は薄暗く、冷たい空気が漂っていた。外の静けさとは対照的に、微かに耳を刺すような不気味な音が響いている。壁には奇妙な模様が描かれ、所々に設置された燭台の火が揺れていた。
「なんか変な感じね……」
アイリーンが弓を構えながら、周囲を見回す。
祭壇に近づくと、そこには老人の言っていた黒衣の伝道者たちの痕跡が残っていた。
壊れた椅子や血のような染みが見え、誰かがここで何かを行った痕跡が鮮明に残っている。
「これは……何?」
ミエラが台座に置かれた書物を見つけ、そっと手を伸ばした。
書物の表紙にはオルフィーナの名が書かれているが、その文字はかすかに焼け焦げており、中には奇妙な呪文や儀式の記述がある。
ミエラが震える声で言った。
「古代語で書かれてる⋯人に苦痛を与え神への信仰を強める⋯そんな⋯」
その時、背後から重い音が響いた。三人が振り返ると、教会の扉が閉じられ、4人の騎士達がなだれ込んできた。
「黒衣の伝道者か?」
40代くらいの短く切り揃えた黒い頭髪に岩のようにゴツゴツした強面の騎士は剣を抜きミエラ達に問いかけてきた。
ミエラたちは突如現れた騎士たちに緊張感を走らせた。ジンは一歩前に出て、刀の鞘に手を添え冷静に答える。
「私たちは旅の者です。村の老人から話を聞き、何があったのか調べていました。そちらはベイルガルドの騎士様ですか⋯?」
短髪の騎士は険しい目をジンに向けると、低い声で返した。
「我々はベイルガルドの騎士などではない。この地の調査に派遣されたオーデントの騎士団だ。だが、旅人よ……お前たちがここにいる本当の理由を聞かせてもらおうか。」
ジンは相手の言葉に少し驚きながらも、すぐに表情を引き締めた。
「本当の理由ですか⋯?」
「そうだ。一緒にいるのは竜族だな?そして我らをベイルガルドの騎士とほざくと言う事は。オーデント国の者でもなければ、ベイルガルドの者でもない。ここはオーデント国の中でも海沿いにある辺境の村だ隣国に近い場所でもない⋯何者だ?貴公ら」
ジンは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに落ち着きを取り戻し、短髪の騎士の目を真っ直ぐに見据えた。そんな様子にミエラは異を決して真実を伝えた
「私達が旅人なのは本当です。この大陸より外からきた旅人ですが」
騎士達はミエラの言葉を聞きながら、驚きつつも信じてはいない様子だった。だがその視線には疑念が残っているものの、完全に敵意があるわけではもなさそうだった。
「大陸の外から……?この大陸は忌々しいアスケラの呪いにより閉ざされている。入るときにならまだしも出るときにもな」
彼の視線がミエラに向けられると、ミエラは緊張しながらも毅然とした態度で口を開いた。
「その通りです。ですが私達はそれを乗り越えてこの大陸に辿り着きました。私の生まれた大陸にそして忌まわしき神ノストールを打ち倒す為に。」
ミエラには核心があった。アスケラを忌々しいと罵りムムムの話から推測して真実を伝えた方がこの場では良いと。
その狙いは当たり。
短髪の騎士は彼女の言葉を聞き、驚いたような表情になり始めて動揺がみられ、周りの騎士達も反応は同じだった。
短髪の騎士は眉をひそめ、ミエラの言葉を吟味するように沈黙した。彼の周囲に立つ騎士たちは低い声で囁き合い、互いに目配せをしている。
「忌まわしき神ノストールを打ち倒す……だと?」
短髪の騎士は低い声で繰り返しながら、ミエラを鋭く見据えた。
「お前たちは、《《適当な神の名前を出して。》》。作り話で私たちを欺こうとしているのか?」
今度はミエラが驚く事になった。今、目の前の騎士が言った言葉がミエラには理解できなかった。
確かに自分は告げた筈だった。
アスケラから生まれた。忌まわしき神の名を
「作り話ではありません。この地に顕現している。アスケラより生まれた。歪みのノストールは私の住まうグランタリス大陸に来て私から父を奪い。この大陸に渡る際にも討ち取る事は出来ませんでしたが。確かに交戦しております」
その言葉に騎士たちは再度ざわめいた。短髪の騎士――隊長と思われる男は目を細め、再び静かに口を開いた。
「今この場において、事の真相を判断する事はできない。仮にお前達が外から来ていたとしても、ここはオーデント国内、お前たちからしたら関係ない事かも知れないが、此方からしてみれば、我が国にいるならその流儀に従ってもらう。」
ミエラは未だにノストールの事について聞きたい気持ちを抑え、騎士の言葉を待っていると
短髪の隊長と思わしき騎士は剣を納め、周りの騎士達にも同様に指示を出した。
「お前達が何にせよ、ベイルガルドの者ではないと一旦は信じよう。アスケラが作り出したという神。ノストールについても聞かせて貰いたい。だが今はこの教会を調べる事を優先させてもらう。」
ミエラは一旦は場が収まった事に安堵していると、ジンは短髪の隊長に
「でしたら私達も同行しても構いませんか?個々で何が行われたのか、何をしようとしていたのか気になる物を見つけたので」
ジンはそういい騎士達に先程の書物を渡すと
短髪の隊長はそれを受け取り顔を曇らせた。
「私は魔法使いや学者ではない。古代語に関しては分からないが、お前達はわかるのか?」
ミエラは隊長の言葉に頷き、手を差し出すと隊長は
「魔法使いか?」
そういい書物をミエラに明け渡した。
書物を受け取ったミエラは手の中の書物を見つめ、慎重に古代語を紐解いていった。声はかすかに震えていた。
「この書物に記されているのは、神の呼び出しかたです。そしてそれに関する儀式です。その目的は信者の恐怖と苦痛を用いて神へ信仰を強める事。特に光⋯視覚を奪い。苦痛を与えた後に魔法で混じり合わせると……」
彼女の声が薄暗い教会内に響くと、短髪の隊長と騎士たちは驚愕の表情を浮かべた。ミエラは続ける。
「……その結果、『神の受肉』が可能になる『肉』がつくられると記されています?」
ミエラの声が震えながらも教会内に響くと、騎士たちは顔を見合わせてざわめいた。
そんなざわめきの中、ジンが微かに
「神の肉⋯」呟くのをミエラは聞いた。
話を聞いた短髪の隊長は一歩前に出て、厳しい口調で問いかける。
「神の肉だと⋯?ここに記されているのはそれだけか!」
ミエラは書物をさらに読み進め、慎重に答えた。
「記述によれば、神を顕現させる信仰には、それこそ多くの願いが必要になります。私が今この場で貴方を強迫しても見せかけの信仰しか生まれません。特に信仰をしてない神なら尚更⋯、しかしこのやり方なら助けを願い、苦痛から逃れる手段、愛する物の為に願うのでしょう……」
「そうして多くの信仰⋯願いの集合体を、歪ませ1つの肉にして、受肉する者に与えると神を堕ろせるようです。神の力だけなく、人の力⋯魔法も加えられた邪法です」
ミエラの声が途切れると同時に、教会内の空気がさらに冷たく張り詰めた。
各々が重たい空気の中、ジンだけは希望に満ちあふれた顔をしている事に、ミエラは少し不快な気持ちになり思わず呼びかけた
「ジン⋯?」ミエラに呼ばれたジンは虚をつかれた表情をして直ぐに
「いや、目的の1つが見つかったからつい⋯ごめん不謹慎だった⋯」
ミエラはジンが船でノストールに問いかけて言葉を思い出すと同時に、直ぐに書物を見直した歪みの言葉を頼りに。
ミエラは急いで書物の一節を目で追い、古代語の記述に潜んだ「歪みの言葉」を探し始めた。
教会内の異様な空気がますます重く、まるで彼女たちの動きを見計らうかのように不気味な沈黙が続いている。
「……見つけた……!」
しかしそこには、歪みの神に関する一文があったが詳細まではなかった。
ジンやアイリーンにミエラは直ぐ様に自身の考えを説明すると、話を遮るよう短髪の隊長は
「お前達は神の肉について何をしっている⋯!? 我が国で忌まわしき所業を引き起こしてる⋯その言葉について!」
ミエラが短髪の隊長の気迫に一瞬たじろいでると
深く息を吸ったジンが冷静に
「……私たちが知る限り、"神の肉"は歪んだ信仰と苦痛が生み出すものです。恐怖と願いを無理に結びつけて顕現させた邪悪な存在――貴方が存じてなかった"歪みの神"が関与していると思います。この大陸に来る前に交戦しており、知っている印象でしたので。私達もそこで神の肉を知りました」
ジンの言葉に、騎士たちは静まり返り、短髪の隊長は険しい顔で沈黙する。そんな様子にミエラとアイリーンは軽く目配せをしてジンの嘘を黙っている事にした。
「……それが真実だとすれば、我々は貴重な情報を得た事になる。そしてお前達に一緒に来てもらう必要もな」
隊長は苦々しく呟く。
その言葉を聞いたミエラ達は顔を見合わせたが、この場は静かに頷いた。
「わかりました。こちらも情報を求めている立場です。協力しましょう。」
短髪の隊長は冷静さを取り戻し、ミエラたちを見渡すと自身の名を告げた。
「誇れ高き、オーデント騎士団の七騎士が一人 バスバ・デクスタだ。」
ミエラ達は誇り高く名乗りでた、バスバに戸惑いながらも自己紹介を交わし。教会の内の探索にあたり、地下へと続く通路を見つけ出した。
バスバの指示で、ジン、アイリーン、ミエラ、そしてオーデント騎士団は教会の奥深くにある石造りの通路へと足を踏み入れた。
通路はひんやりと冷たく、微かな水滴の音が遠くで反響している。
「……冷たい空気。」
アイリーンが周囲を見回しながら呟き、弓を構えたまま一歩一歩進んでいく。
ミエラは古代語の書物を抱え、時折ページを確認していた。
書物の通りならこの先にあるのは、きっとおぞましい光景かも知れない。
ミエラは覚悟を決め足を踏み出した




