必然と友
エイランリッシュ号の航海4日目の朝。
ミエラは甲板に出て、晴れ渡る空を見上げていた。これから先、何事もなくアルベストへと向かえるような希望を抱かせる快晴だった。
懸念されていた魔物や海賊に遭遇することもなく、船は順調に進んでいた。波も穏やかで、トラブルの気配すらない。
ミエラは手に持ったレミアの杖を見つめながら、もしかしたらこの杖が結界の力を和らげてくれているのかもしれないと考え、密かに母への感謝の念を抱いた。
甲板の端で海を眺めていると、後ろから明るい声が聞こえた。
「ミエラちゃーん! おはよう!」
振り返ると、アイリーンが笑顔で近づいてきた。
「おはよう、アイリーン。いよいよだね。」
「ええ、そうね……準備万端よ!」
アイリーンは胸を張りながら続けた。
「もしミエラちゃんが倒れても、安心して! アタシの弓で結界なんて撃ち抜いてやるから!」
ミエラはその言葉に笑顔を返しながら、ふと気づいた。自分はアイリーンと親しくなってきたが、彼女のことをまだよく知らない。今なら何か聞けるかもしれないと思い、口を開いた。
「そういえば……クラーケンが襲ってきた時、その弓の威力に驚いたよ。すごく大きくて強そうだけど、それって特注品なの?」
「んー? そうよ!」
アイリーンは弓を軽く掲げながら言った。
「これはね……アタシの牙とレミアの木で作られてるの。」
その言葉に、ミエラは驚いた。
「アタシが傭兵団にいた話ってしたっけ? あれ、いつ話したんだったかしら……まあ、いいわ。とにかくその時に作ったのよ。」
ミエラは、アイリーンが自分の牙で弓を作ったという事実にも驚いたが、それ以上に「レミア」という名前が出てきたことに反応した。思わず問い返す。
「レミアの木って……?」
アイリーンは弓を軽く持ち上げながら答えた。
「そうよ。ミエラちゃんは武器を持たないから分からないかもしれないけど、神の力が宿った武器ってのは非常に強力なのよ。アタシの弓も、まあ……宿ればいいなって思ってレミアの森から拝借したものだから、むしろ呪われるかもしれないわね。」
その軽い口調の中に、どこか寂しさが混じっていた。
「アタシって昔、自分の爪や牙で戦っていたの。でも、本当はすごく嫌だったのよ。爪はまだいいけど、牙で噛みつくと……相手の味が分かるの。モンスターだけならまだしも、人間もね。」
ミエラは静かにその話を聞いていた。アイリーンはいつもの明るい調子で語っていたが、その声には時折、孤独が滲んでいた。
「傭兵団の人たちはね、よくしてくれたわ。どちらかというとペットみたいに扱われてね。最初の頃、アタシは今みたいに話すことはほとんどなくて、たまに喋るくらいだったの。喋ると気味悪がられるから。」
アイリーンは少し間を置き、海を見つめながら言葉を続けた。
「でも、大きくなるにつれて、どんどん物事が理解できるようになって……逆に寂しくなっちゃった。それで戦い方を変えようって決めたの。今までのやり方を思い切って捨てて、弓を作ろうってね。」
その言葉を聞きながら、ミエラは胸の奥にやるせない気持ちが湧き上がるのを感じた。
アイリーンが語る孤独な過去――それは、自分が初めてアイリーンと会った時に抱いた感情と似ていた。他人から見れば「異質」な存在。ミエラは、他の者がアイリーンをどのように見てきたかを想像し、自分が知らない世界の残酷さを痛感した。
「それでね、レミアの森に行ったの。」
アイリーンはふっと顔を上げ、少し懐かしそうに語り始めた。
「レミアの木を拝借している時に、人の気配を感じたの。振り返ると、一人のダンディな男性が立っていたのよ。身体が少し悪そうだったけどね。」
ミエラはその話を聞き、不思議と胸が高鳴った。まるで話の先が分かるかのように。
「その男性はアタシの姿を見て驚いていたけど、それは別の意味での驚きだったの。その人、アタシが大陸にいること自体に驚いていたのよ。」
アイリーンは嬉しそうに話を続けた。
「それでね、教えてもらったの。私の種族――竜族のことを。竜族はね、《秩序の神々が作り出した》種族なんだって。最初はたくさんいたけど、バラバラになって色んな大陸に散ってしまったんだって。」
ミエラは息を飲んだ。秩序の神々が作り出した――それは一柱ではなく複数の神が関与していることを示していた。
「アタシはね、その中でもブルードラゴンという種族らしいの。それも、人間の血が混ざっているんだって。そしてアルベストには、アタシの種族がいるって。」
アイリーンの話を聞きながら、ミエラは驚きの中で様々な思考が巡った。《偶然なのか、必然なのか》。アイリーンがミエラの父と出会い、こうして自分と行動を共にしていること。そして、秩序の神々が竜族を作ったという話。
もし混沌の力が同じものを生み出せないのだとすれば、竜族に似て非なる存在が多数いるのではないか――そんな考えがよぎった。
「そういえば……ミエラちゃんと同じ髪の色をしてたわね。だからかな、ミエラちゃんに親しみが湧いたの。」
アイリーンはあっけらかんとした口調でそう言ったが、その言葉にミエラは動揺した。
(お父さんのことを話すべきだろうか……?)
ミエラの中で迷いが生まれた。アイリーンの性格なら、自分の復讐を理解し、力を貸してくれるかもしれない。しかし、今この場で話すべきではないと判断し、言葉を飲み込んだ。
アイリーンは自身の故郷を探している。確かに目的地はアルベストで一致しているが、その根本の理由はまったく違う。
ミエラはいつの間にかアイリーンが好きになっていた。明るくて無邪気な彼女に、自分にはない強さを感じた。それだけに、もしアイリーンに断られたら――それを考えると、寂しさが胸を締めつける。
仲良くなったとはいえ、まだ日の浅い関係だ。復讐という重い話に、アイリーンを巻き込むべきではないと思った。
「私の髪って、珍しいのかな? 町中では銀髪の人を見たことなかったけど。」
ミエラは話題を変えるように尋ねた。
「珍しいわよ! グランタリスでは見たことないもの。アタシが見たのは、ミエラちゃんとダンディな男性だけ。名前は確か……そう! レクターよ。」
その名前を聞いた瞬間、ミエラの心は沈んだ。父の名前を不意に聞かされ、胸が痛む。気持ちが顔に出たのだろう。アイリーンが不思議そうな顔をして、それから何かに気づいたように尋ねた。
「ミエラちゃん……あなたのお父さんの名前って、もしかして……」
「レクター。アイリーンが会ったのは、私のお父さんだよ。でも、もういない。」
ミエラは淡々と答えた。その時点で隠すのは無理だと思ったし、どこかで気づいて欲しいという思いもあった。
アイリーンはミエラの父がもういないと知り、最初にミエラが言っていた「復讐」の話と繋がったようだった
「……そう、ごめんね。アタシ、昔からこんな感じで気が回らないところがあって……」
「いいよ。私こそ黙っててごめんね。森の話が出た時に、自分から言えば良かった。」
アイリーンが謝るのを聞き、ミエラも素直に謝罪した。
「ミエラちゃん、アタシの話を聞いてくれてありがとう。ミエラちゃんが良ければ、アタシはミエラちゃんのことも知りたいわ。ズルいけどさ、明日どうなるか分からないでしょ?」
アイリーンがいつもの明るい口調でそう言うと、ミエラは自然と自分のことを話し始めた。アイリーンはいつものように話に割り込むことなく、静かに耳を傾けてくれていた。
ミエラが話し終えると、ふっと心が軽くなっているのに気づいた。
「ミエラちゃんの目的の理由、分かったわ。辛かったわね……。」
アイリーンは伏せていた顔を上げ、真っ直ぐにミエラを見て言った。
「アタシね、ミエラちゃんと出会ったのは運命だと思うの。こんな偶然、中々ないでしょ? それこそ神様が示し合わせたみたいな――あっ、ごめんね! 神様のこと嫌いだったわよね……えーと……とにかく運命!」
アイリーンは少し慌てた様子を見せながらも、力強くミエラに向けて言葉を続けた。
「アルベストに着いたら、アタシの目的が追加されたわ。故郷を知る! そして友達を助ける!」
ミエラはその言葉を聞いて、湧き上がる喜びを隠さずに答えた。
「私も……アルベストに着いたら、目的が一つ増えた。ノストールを討つ! そして友達を助ける!」
二人が出会ってからの時間は短かった。互いのことを知り始めたのも今この瞬間だった。それでも――彼女たちにとって、過ごした時間の長さは関係なかった。
ミエラとアイリーンは、甲板で楽しい時間を過ごしていた。しかし、そのひとときはエイランの言葉で唐突に終わりを迎えた。
「ミエラ嬢、君の力に頼る時がきた。」
エイランの表情はいつになく真剣だった。クラーケンの妨害を受けたにもかかわらず、結界の近くまでたどり着くのが予想より早かったことを告げているのだ。
ミエラとアイリーンは船の進路方向に目を向けた。結界の場所が分からなかったらどうしようと話していたことが、もはや杞憂でしかなかったと分かり、安堵すべきか戸惑うべきか判断がつかなかった。
船の進む先の光景は、明らかに異常だった。ミエラたちがいる場所は雲一つない晴天で、穏やかな海が広がっている。
それなのに、少し先を見ると淀んだ雲が低く垂れこめ、まるで海そのものを覆い隠すように広がっていた。その海面も濁り、黒ずんでいるように見えた。
ミエラは息を整え、意識を集中させた。船を進ませるために、自分がやるべきことは決まっている。
(これで……大丈夫。自分の力を信じるだけ。)
ミエラは心の中でそう呟くと、両手を前に出し、目を閉じた。次の瞬間、船の周囲に結界が張り巡らされた。
それは、まるで船全体を包み込むような漆黒の結界だった。聖なる結界とは違い、まがまがしく、どこか冷たさを伴うそれは、船員たちの不安を煽るかのように漂い始めた。
「……なんだ、この感じは。」
一人の船員が呟いた声が、静かな甲板に響いた。その言葉に周囲の船員たちも顔を見合わせ、ざわつき始める。
「まるで、何かに取り憑かれたみたいだ……。」
「これが……結界なのか?」
彼らの声には恐怖が滲んでいた。それも当然だ。この結界は聖なる守りではなく、混沌とした力をもとに張られたものだったからだ。ミエラはその場の不安を背中に感じながらも、集中を切らさずに力を注ぎ続けた。
(私は……これで船を守る。それだけ。)
しかし、結界を維持するたびに、ミエラの体の内側から何か淀んだものが湧き上がるのを感じていた。それはまるで、自分自身を侵食するような感覚だった。だが彼女は歯を食いしばり、決してその手を止めなかった。
アイリーンがミエラの肩に手を置いた。
「ミエラちゃん、大丈夫……?」
ミエラは目を開け、アイリーンに微笑みかけた。その笑顔は頼もしく見えるように努めたものの、内心では自分の体力がどこまで持つのか不安でいっぱいだった。
(この結界は、聖なるものじゃない。だけど……これで進めるはず。)
「ミ、ミエラ嬢……疑うわけじゃないが、これ……本当に大丈夫なのかね……?」
エイランが不安げな声で問いかける。その表情には船長としての冷静さを装おうとする努力が見えたが、隠し切れない動揺が垣間見えた。
「大丈夫かどうかは……行ってみないとわかりません。」
ミエラは淡々と答えながらも、その言葉の裏に不安を隠していた。
「ですが、理論上は問題ないはずです。『結界』という言い方をしていますが、この船は今、疑似的なセイクリッドランドの中にあります。人体に直接的な悪影響はないはずですが……気持ちの良いものではないかもしれません。我慢してください。」
そう言いながらも、ミエラ自身が誰よりも結界の影響を受けていることは明らかだった。
精神力を多大に消耗するセイクリッドランド。それは結界を張る者の精神を無慈悲に削り取っていく。ミエラの視界は徐々に霞み、全身に重りをつけられたような感覚が広がっていた。それでも、彼女は歯を食いしばり、意識を結界に集中させていた。
(……何とか持たせないと。結界を超えるまで、どうにか……。)
ミエラがそう考えていた矢先だった。甲板に立つ船員の一人が叫び声を上げた。
「右舷から船だ!」
その声に全員の視線が右舷側へ向かう。そこには一隻の船がこちらに向かってきているのが見えた。その船体は粗野で重々しく、甲板には武器を持った人影がちらほら見える。
「……海賊か……?」
誰かが低く呟いた。その言葉に船員たちの間に緊張が走る。
「慌てるな!」
エイランの声が甲板に響いた。船員たちの動揺を抑えるようなその言葉には、指揮官としての力が込められていた。
「いいか! あの船がこちらに来る前に結界に入ってしまえばいい。気にせず進め!」
エイランの指示により、船は速度を上げて進み始めた。舵を握る船員たちの手にも緊張が見えたが、誰も文句を言うことなく従った。
ミエラも必死に結界を維持しながら、正面を見据えた。結界の先にある濁った海と垂れ込める雲。その不気味な光景が、徐々に船へと近づいてくる。
だが、その時だった。ミエラの心に鋭い針が刺さるような感覚が走った。不穏な気配がミエラを襲う。それは言葉では表現できない、得体の知れない恐ろしさだった。
(……何……この感じ……。)
ミエラは結界を維持しながら視線を彷徨わせた。そして、それはすぐに目に飛び込んできた。
「あれ……!」
ミエラが思わず声を上げた瞬間、他の船員たちの間でも動揺が広がった。一部の者たちは、不穏な気配ではなく、目視でそれを捉えていたのだ。
さっきまで異常だと感じていた結界の先が、さらに歪みを増し、異様な光景へと変わっていった。
空間そのものが捻じ曲がっているかのように、雲は歪み、裂けた隙間が海へと繋がり始める。海面は泡立ち、まるで火山の噴火のように蒸気を噴出していた。その蒸気の中から、無数の魔物が姿を現した。
海からは長い身体をした魚のような魔物が次々と飛び跳ね、空にはコウモリのような翼を持つ魔物が飛び回っていた。ミエラはその異様な光景に息を呑みながらも、近づくにつれてそれらが人間ほどの大きさがあることに気づいた。
「……あれ、全部魔物……。」
ミエラの呟きに誰も答えることはなかった。船員たちもその光景に完全に圧倒され、恐怖に凍りついていた。
そして、その中に――ミエラにとって忘れることのできない姿があった。
空に浮かび、船を待ち受けるその異形。女性、虫、コウモリ――三つの頭を持ち、その身体は羽根で覆われ、八本の腕を隠している。ミエラの脳裏に、あの憎しみの記憶が蘇った。
「ノストール……!」
その名を口にした瞬間、ミエラの胸の奥で激しい怒りが燃え上がった。
(絶対に許さない……!)
怒りの感情が溢れ出すと同時に、結界の維持が危うくなることにミエラは気づいた。
(ダメだ……このままじゃ……!)
焦りを感じたが、それとは裏腹に結界はミエラの怒りに反応するかのように強まり、漆黒の輝きを放っていった。
「ミエラちゃん……!」
隣にいたアイリーンが不安そうに声をかける。その視線は、ミエラの怒りの影響を受けてさらに異様な様相を見せる結界と、前方に浮かぶノストールの姿の間を行き来していた。
「アイリーン……あれが……。」
ミエラの震える声に、アイリーンは何も答えることができなかった。彼女自身も目の前の神の威容に驚き、困惑していたのだ。
船員たちの動揺はさらに激しくなっていった。
「なんだあれは!?」
「……あんなのに突っ込んでどうするんだ!?」
エイランもまた状況に困惑していた。指示を出そうと口を開いたものの、声が出ない。その間にも船は結界の異常な領域、魔物たちがひしめく魔の巣窟に向かって進んでいく。
このまま進めば死に向かうだけだ――誰もがそう感じていた。
その時、一人の船員が甲板に響く大声で叫んだ。
「引き返しましょう! あんな中に突っ込むなんて無謀です! 一旦引き返して、対策を練りましょう!」
その一言がきっかけとなり、船員たちは次々に声を上げ始めた。
「そうだ! 無理に進む必要なんてない!」
「引き返せば助かるかもしれない!」
「船を戻せ! 今すぐ!」
彼らの恐怖はもはや頂点に達していた。口々に叫ばれる「引き返せ」という言葉は、エイランにも影響を与えた。
「うむ……こ、これは確かに想定外だ!引き返すぞ!!」
エイランの叫びが甲板に響き渡った。
その言葉に、ミエラは反論しようと口を開いた。だが、声は出なかった。
(私は……あの中にいても……ノストールどころか、あの魔物たちを相手にできる力はない……。)
ミエラは結界を維持するだけで精一杯だった。今の自分では戦闘に加わるどころか、結界を維持しながら自分自身を守ることすら難しいと分かっていた。
エイランの指示を受けた船員たちは、すぐに引き返す準備を始めた。帆の向きを変え、舵を切り、全員が必死に船を逆方向に向かわせようとした。だが――。
「……おい、舵が効かないぞ!」
「帆の向きを変えても無駄だ!船が動かねぇ!」
困惑の声が次々と広がっていく。どれだけ操作を試みても、船は真っ直ぐ魔物たちの群れに向かって進んでいく。船員たちの顔には次第に恐怖が浮かび、そしてそれは逃亡の動きへと変わっていった。
「こんなところで死ねるか!」
ある者は船内へ逃げ込み、別の者は小舟を降ろそうとし始めた。しかし、小舟で逃げようとする者たちは、他の船員に取り押さえられ、甲板の上で混乱が巻き起こった。
その様子を見たエイランは、ようやく我を取り戻したように立ち上がり、全員に向かって怒鳴った。
「落ち着け!!」
エイランの声が甲板全体に響き渡る。
「もはや先に進む道しかないのであれば、戦うしかない!武器を取れ!生き残る道を勝ち取れ!!」
自らを奮い立たせるように、エイランは腰の剣を引き抜き、高々と掲げた。その姿に、船員たちは少しずつ動揺を収め始めたものの、まだ心には怯えが残っている。彼らはおそるおそる武器を手に取るが、その構えには力強さがない。
その時――。
一本の矢が、結界の中に浮かぶ魔物たちに向かって放たれた。
矢は凄まじい威力を持ち、空中を舞っていた巨大なコウモリ型の魔物を次々と吹き飛ばしていく。その光景に、船員たちの視線が一斉に矢の放たれた方向に向いた。
矢を放ったのは――アイリーンだった。
「ミエラちゃん!」
アイリーンは振り返り、ミエラに力強く笑いかけた。その笑顔には少しも恐怖や迷いがなく、むしろ楽しんでいるようにすら見えた。
(……あの時よりも……凄い……。)
ミエラは目の前で次々と矢を放つアイリーンの姿に目を奪われていた。嵐とクラーケンの混乱の中では気づけなかったが、今のアイリーンは固定された発射台のように狙いを定め、一矢一矢で魔物たちを蹴散らしていく。
その圧倒的な威力は、船員たちの恐怖を吹き飛ばし、代わりに勇気を与えていった。
「すげぇ……!」
「これなら……やれるかもしれない……!」
先程まで怯えていた船員たちは、勝利への確信ではなく、アイリーンと共に戦いたいという思いから次々と武器を構え直した。彼らの顔には先程までの恐怖は消え、代わりに闘志の炎が灯り始めていた。
(……私も……負けていられない。)
ミエラは船員たちの奮起に触発され、自らの結界にさらに力を込めた。船を包む漆黒の結界はその輝きを増し、魔物たちを寄せ付けない防壁として船を守り続ける。
「さあ!共に生き残ろう!」
エイランが剣を掲げ、船員たちに向かって叫んだ。その声は甲板に響き渡り、船員たちの心に火を灯した。
「私たちの活躍を、私たち自身が語り継ぐために!」
その声が響く中、船はついに結界の中へと飛び込んだ。
魔物の群れに突入する船。矢を放ち続けるアイリーン、船員たちの雄叫び、そしてその全員を包むミエラの結界――。
不安と恐怖、そして希望と闘志が渦巻く中、彼らの船は魔物の巣窟へと突き進んでいった。




