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魔法使いと皇の剣  作者: 123
1章 出会い
23/179

セスナと神器

 揺れる船の甲板で、ジンは数人の男たちと一緒に網を引いていた。


 「引け!引け!」


 誰かの怒鳴るような声に応えるように、全員が力を込めて網を引き上げる。海へ引き戻そうとする凄まじい力が網にかかり、まるで指を引きちぎらんとするような勢いだった。それでもジンたちは抵抗し、網を何とか船上へと持ち上げた。


 引き上げられた網の中には、何匹もの魚が跳ねていた。しかし、それだけではない。魚に混じり、異形の魔物が混ざっているのが目に入る。


 この船での生活を通じて、ジンも既に見慣れた光景だった。船員たちが「カサギン」と呼ぶその魔物は、ジンの腰くらいの大きさで、魚の身体に手足が生えているという不気味な姿をしていた。



 カサギンは船の上でも多少は動けるらしいが、陸地には慣れていないのか、フラフラと不安定に動き回る。


 そして近づいてきては、ぎこちない動きで噛みつこうとしてくる。その姿にはどこか哀愁が漂い、船員たちの間でも「やりにくい生き物だ」と評判だった。


 ジンは溜息をつき、近くに立てかけてあったモリを手に取る。慣れた手つきでカサギンを突き刺し、次々と止めを刺していく。


 今やジンは、この船「ローグクランク号」で最も低い立場の労働者だった。この船は、海賊船である。



 女船長のセスナは、ジンに「仲間になれ」と言ったが、その言葉通りの好意的な意味ではなかった。


 客人として扱う気など最初からなかったのだ。ジンが状況を打破するために仕方なくその提案を受け入れたその日から、セスナはジンをドルガンに丸投げした。そして、ドルガンはジンの扱いを露骨に嫌がり、近くにいた別の海賊にジンを押し付けた。



 その後もジンは散々たらい回しにされ、最終的に下っ端としてこき使われる日々を送ることになった。


 網引きを終えた後、ジンは一緒に作業していた海賊たちとともに、引き上げた魚を木箱に詰めて船内へと運び入れた。その後は息をつく暇もなく、便所掃除へと回された。


 「海にそのまますればいいのに……。」


 ジンは汚水を掃除しながら、ふとそんな考えを頭に浮かべた。おそらくは船長セスナがそれを許さないのだろう。規律や見栄えを気にする性格だという噂を、他の船員から聞いた覚えがあった。


 掃除を続けながら、ジンはこの船で働き始めてすでに4日も経ってしまったことに気づき、内心で憤りを感じていた。



 船の行き先を知ろうと、一緒に働く海賊たちにそれとなく尋ねても、返ってくるのは曖昧な答えばかりだった。


 「波と風に任せるだけさ。」

 「お頭の気分次第だな。」


 それが本当なのか、それとも新人であるジンに意図的に隠しているのかは分からない。ただ、この船の行き先が明確でないということだけは確かだった。


 ジンはこの4日間、セスナに会うどころか、ドルガンやガンザとも顔を合わせる機会がほとんどなかった。正確には、彼らの姿を甲板や船内で見かけることはあったが、話しかけることはできなかった。


 当初は、ドルガンやガンザも自分と同じ下っ端だと思っていた。しかし、作業中の会話や他の海賊たちの反応から、彼らがこの船で一定の立場を持つ存在であることに気づいた。


 ジンは船でドルガンとガンザを見かけた時、話しかけてみたが、返ってきたのは冷たい一言だった。


 「あん? 仕事してろ、下っ端! 忙しいんだよ。」


 一蹴されたジンは、それ以上食い下がることができなかった。それ以降も、自分自身が雑務に追われていたこともあり、気づけば4日が過ぎてしまっていた。


 「……このままじゃまずい。」


 ジンは便所掃除を終えると、状況を変えるために船長室に向かうことを決めた。何もしないままでは、この船で永遠に下っ端として扱われるだけだという危機感が、ジンの背中を押した。


 通りすがる海賊たちの中には、すでにジンを受け入れつつある者もいた。彼らは気さくに挨拶をしてくれ、ジンも時折挨拶を返しながら甲板へと出た。


 船長室は甲板の二階に位置している。内部からも行けるようだが、その出入り口はどうやら隠されているらしく、ジンが知る限りでは甲板から向かう以外の手段はなかった。


 しかし、甲板二階には屈強な男が常に二人ついており、船長室を守っていた。


 その守衛は交代制のようで、時折、ドルガンやガンザがその任に就いていることもあった。しかし、今日は違うらしい。

 

 ジンはまず話し合いから始めようと決め、近くに立っていた一人の男に声をかけた。


 その男はボルボという名前で、ジンより頭ひとつ分は大きい。剥き出しの筋肉が目を引き、スキンヘッドの頭には陽光が反射していた。顔には入れ墨が刻まれている。元囚人だったのか、それとも自ら彫ったのかは分からない。


 腰には大きな舶刀を携えており、その圧倒的な存在感が他者を寄せ付けない雰囲気を放っている。だが、ジンが目の前に立っても、ボルボは舶刀に手をかける素振りすら見せなかった。


 その態度は、圧倒的な自信と、相手の敵意を見抜く確かな実力を感じさせた。


「すみません、お頭に用があって、取り次――」

 「無理だ。仕事に戻れ。」


 ジンが最後まで言う前に、ボルボは手をひらひらと動かして追い払うように合図し、冷たく告げた。


 以前にも同じ状況になったことがあるジンは、これを予想していた。しかし、今日は引き下がるつもりはなかった。


 ジンは短く息を吐き、決意を固めると、無駄に気を使う必要はないと判断した。



「前とは違う。今日は引き下がるつもりはない。セスナに伝えろ、俺と会うように。無理なら……通るだけだ。」


 その言葉を聞いたボルボは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに薄く笑みを浮かべた。


 「お前……死にてぇのか? 投げやりの脅し文句じゃねぇなら、向かってこいよ。叩ききってやる。」


 その声には、殺意とも取れる重い響きがあった。ジンとボルボのやり取りを、離れた場所で聞いていたもう一人の護衛も、その意識をジンへと向けていた。


 それどころか、甲板の船員たちまでもが不穏な空気を察し、徐々に視線を二階へと向け始めていた。甲板に重苦しい静寂が広がる中、ジンはボルボの脅しを完全に無視して、さらに一歩前へと足を踏み出した。


 

 その瞬間、ボルボは舶刀に手をかけ、一気に抜き放つと、右腰を狙う鋭い薙ぎ払いを放った。


 風を切る音が響く。だが、その刃が届く直前、ジンは一歩後方に飛びのき、そのまま背後にあった階段をさらに跳躍して上へと飛び上がった。


 甲板に躍り出たジンを追うように、ボルボは迷いなく階段を駆け下りる。その動きには容赦というものがなかった。


 「逃げ足だけは早いな……!」


 続くように、もう一人の護衛も二階の柵を一気に飛び越え、ジンの行く手を阻もうと甲板に降り立った。


 甲板で繰り広げられる緊張感に、周囲の海賊たちは楽しげに囃し立てていた。


 しかし、その手には各々武器が握られている。どこか楽しそうに見える彼らの視線は鋭く、何かあれば即座にジンに向かえるよう準備をしているのが明らかだった。


 「残念だよ、新入り。お頭に拾ってもらった恩を返すどころか、泥を塗るとはな。ドルガンの言う通り、海に捨てるべきだった。」


 舶刀を構えたまま、ボルボは低く呟いた。その言葉には怒りよりも冷めた軽蔑が感じられた。


 しかし、ジンは眉一つ動かさず答えた。


 「話し合いに応じていれば、こうはならなかった。勝手に拾って、勝手に売った恩だろう? 賊を名乗るなら、商人みたいな口を利くな。」



 その冷静な言葉に、ボルボだけでなく周りの海賊たちの表情も険しくなった。ざわつきが広がり、囃し立てていた声が怒りのこもったものに変わっていく。それに合わせるように、ボルボが舶刀を高く振り上げた。


 だが、その刃が振り下ろされる前に、ジンは左手を素早く伸ばし、ボルボの右手首を掴んで動きを止めた。そして、間髪入れずに右手でボルボの顎に掌底を打ち上げる。


 「ぐっ……!」


 衝撃でボルボの身体が一瞬浮き上がり、後ろへとよろめいた。その隙を逃さず、ジンはボルボの身体を強く蹴り飛ばし、ボルボを左側から迫るもう一人の護衛へと向かわせた。

 


 「うわっ……!」


 ボルボの重たい身体が突っ込んできた護衛は、目の前を塞がれる形になり、一瞬動きが止まった。ロングソードを握る左手ではなく、空いている右手でボルボをどかそうとしたが、その瞬間にはすでにジンの姿は視界から消えていた。


 ジンはボルボの身体を利用して護衛の視覚から消えると、素早くボルボの腰に差してあったナイフを抜き取った。そして、護衛の左足を掠めるようにナイフを投げる。


 「……っ!」

 

 ナイフは狙い通り、護衛の左足を掠め、小さな傷を負わせた。わずかな切り傷だったが、護衛の動きは驚くほど鈍った。


 「これ……!」


 護衛は小さな傷に過剰なまでに動揺し、ジンが予想していたようにすぐに反撃に転じることはなかった。それどころか、戦意を失ったようにその場で混乱し始めた。


 「おい! 解毒薬はどこだ! くそっ、ちくしょう……ボルボ、起きろ!」


 護衛は慌てた様子で、意識が途切れそうなボルボの身体を探りながら怒鳴り散らしていた。


 「……あっ、俺……靴……靴横……に……。」


 ボルボが微かに答えると、護衛は急いでボルボの靴を脱がせ、その横に隠されていた小指ほどの小さな瓶を取り出した。そして、それを勢いよく飲み干す。

 

 ジンはその様子を見つめながら、冷静に状況を把握していた。


 (毒か……。)


 ナイフには毒が塗られていたらしい。それが即効性のものではなかったため、ジンもそこまでは予想していなかったが、結果的に護衛の足を止め、混乱を引き起こすことに成功した。


 ジンはそのまま倒れたボルボの横にへたっと座り込んだ護衛に足を踏み込んで、顔に一発蹴りを入れる。


 護衛はその一撃で気絶し、そのまま崩れるように倒れた。ジンは周囲の海賊たちに振り返り、場の空気を感じ取った。


 海賊たちは困惑した表情を浮かべていたが、その中の一人が突然歓声をあげると、それが波のように広がり、周りの海賊たちも次々に歓声を上げ始めた。


 だが、その歓声がただの喜びの声に終わることはなかった。海賊たちの目はすぐに真剣なものへと変わり、誰かが手にした武器を構え、ジンに向かって突進してきた。


 ジンはその動きに冷静に反応し、周囲を見渡しながら自分の立ち位置を確認した。その瞬間、船長室からセスナが姿を現し、甲板の様子をじっと見つめていた。


 (セスナ……。)


 ジンは一瞬セスナの視線を感じ取ったが、彼女がこの状況を止める気はなさそうだと感じた。彼女の態度から、今は自分で何とかするしかないという確信を得る。



 間合いを気にすることなく、がむしゃらに突っ込んでくる海賊たちの攻撃。その様子は、どこか理性を欠いた魔物の動きにも似ていた。


 ジンは、無駄な反撃をせず、相手の攻撃を捌きながら立ち回る方が楽だと考えていた。流れるような動きで一人、また一人と海賊たちを蹴散らしていく。


 「……次だ。」


 舶刀を握りながら、ジンは冷静に相手の動きを見極めた。彼にとって重要なのは皆殺しにすることではなく、とりあえず彼らを戦意喪失させ、大人しくさせることだった。



 攻撃の隙を突き、相手の武器を舶刀で弾き飛ばす。時には体を回転させ、間合いを詰めながら蹴りを叩き込む。拳で顎を打ち抜かれた海賊が崩れ落ち、蹴られた一人が甲板に倒れ込む。次第に、周囲に立っている海賊の数が減っていった。


 ジンの周りに倒れた海賊たちがうめき声をあげる中、残っている者たちもようやく戦意を失ったのか、その場で武器を下ろして動きを止めた。


 (……終わったか。)


 ジンは舶刀を片手に持ち直しながら、息を整える。すると、その時、周囲の空気が変わるのを感じた。


 甲板の上に立つセスナの姿が視界に入る。いつの間にか彼女が船長室から降りてきており、周囲の状況を楽しむように眺めていた。


 「強いな……お前。」


 セスナはどこか楽しそうに微笑みながら語りかけた。その両手には、それぞれ一本ずつのサーベルが握られている。


 彼女の視線は、冷静さを装いながらも好奇心に満ちていた。その目は、ジンの力を試すかのように鋭く光っている。


 ジンはただ彼女の動きを見据えた。先ほどの海賊たちとは明らかに異なる空気を纏う彼女の存在が、場の緊張感を一気に高めていた。



「セスナさん、貴方と話すためにこうなりました。」


 ジンは息を整えながら、手短に自分の要件を伝えた。


 「俺には行かなければならない場所がある。そのためには、貴方に取られた刀が必要です。それを返してもらいたい。……後、出来れば船とかも頂けたら、嬉しいです。」


 控えめな要求を付け加えたジンに、セスナは一瞬驚いたように目を細めたが、次の瞬間にはっきりと微笑みを浮かべた。その笑みには、どこか楽しげな挑発の色があった。


 「そうだな。刀は返してやる。話し次第では船もな。だが……抜いた剣を引っ込めるつもりはないさ。」


 セスナは軽く両手のサーベルを構え、ジンに向かって一歩前に踏み出した。その動きには躊躇がなく、殺意が滲んでいた。


「お前、私を殺す気はないんだろう? 私は殺すつもりでやれる。こんな美味しい勝負、ないだろう?」


 その言葉には、純粋に戦いを楽しむ意思が込められていた。彼女は舌なめずりでもするように、さらに微笑みを深めた。


 「くだらん海賊の習わしだが……欲しければ奪うんだな。」


 そう言い放つと、セスナはジンに向かって一気に駆け出した。


 (速い……!)


 ジンは即座に構えを取り、セスナの初手を迎え撃つ。繰り出された右手のサーベルを舶刀で受け止めたが、次の瞬間、左手のサーベルが一拍遅れて鋭く襲いかかってきた。ジンは反応が間に合わないと判断し、一歩後退して攻撃を避けた。



 (他の海賊とは違う……明らかに対人戦の経験が豊富だ。強い!)


 セスナの二刀流は単なる力任せではなかった。彼女の剣技は速さだけでなく、突きや振り払いといった多彩な動きを織り交ぜていた。


 右と左、それぞれのサーベルが全く異なるタイミングで襲いかかってくるため、ジンは防御と回避に専念せざるを得なかった。


 さらに、セスナは動きにも工夫を凝らしていた。一見無茶に見えるような回転や斜めのステップは、サーベルの軌道を予測不可能にし、その動きが技として完成していた。


(なるほどな……。)


 ジンは攻撃を防ぎながらも、心の中で感服していた。技術と力、そして戦いを楽しむ精神。それらが見事に調和したセスナの剣技は、見ていて美しさすら感じさせた。


 (アマネ以来かな……女性相手にここまで苦戦するのは。)


 ふいに脳裏に浮かぶのは、かつての妹の姿。


 だが今はその記憶に浸る暇はない。目の前の敵は、余裕を見せながらも確実にジンを追い詰めていた。


 ジンは反撃の隙を伺いつつも、自ら課した「殺さず」というルールを後悔し始めていた。


 セスナは躊躇なく、ジンを殺すための剣技を繰り出してくる。その攻撃には一切の迷いもためらいもなかった。


 一方、ジンには「殺さず」という自ら課した制約がある。必然的に攻撃は武器を使わないもの、あるいは殺傷力を抑えたものに制限されてしまう。


 セスナはそのことに気づいていた。ジンが決して致命傷を与えようとしないことを理解し、それを逆手に取るような立ち回りを見せていた。


 ジンは迫り来る右手のサーベルの突きを舶刀でいなし、そのまま回転するようにして、峰の部分をセスナの身体に向けて振り抜いた。


 だが、セスナはそれを軽やかに飛び上がってかわし、空中で反転するとジンの背後に着地した。そして、そのまま両手のサーベルで連続の突きを繰り出してきた。


 「っ……!」


 

 ジンは幾度かの突きをいなし、さらに数回は回避することができた。


 しかし、全てを防ぎきることはできず、捌ききれなかった刃が何度かジンの身体を掠め、薄い傷口が開かれた。そこから滴り落ちる血がジンの服を濡らし、甲板に赤い筋を描いていた。


 周囲では、先ほどまで気絶していた海賊たちが次々と目を覚まし、自らのボスであるセスナを応援する声を上げ始めた。


 「お頭、やっちまえ!」

 「さすがだぜ!」


 それだけではない。船内にいた海賊たちまでもが甲板に集まり、ジンとセスナの戦いを観戦していた。中には興奮して身を乗り出す者もいれば、武器を握り締めて様子を伺う者もいた。


 その群衆の中に、ガンザに抑えつけられ、今にも飛びかかろうとしているドルガンの姿があった。


 「離せ! お頭を手伝うんだ!」

 「落ち着けよぉ、ドルガン~!」


 ガンザは抑えつけながらも、ドルガンをなだめるように低く言い聞かせていた。しかし、その視線はしっかりとジンとセスナの戦いを追っていた。


 セスナはジンの血の匂いを嗅ぎ取ったかのように微笑み、立ち止まると低く呟いた。


 「もう一度会った時と同じことを言おう――仲間になれ、ジン。」


 彼女の声には戦いの熱がこもり、どこか本気とも冗談とも取れる響きがあった。


 「今度は下っ端になんかしない。護衛として傍に置こう。これは約束だ。」


 ジンは傷を負いながらも、鋭い視線をセスナに向けた。そして短く返す。


 「断ります。貴方の願いや目的が何かは知らないが……俺の目的とは合わない。」


 その言葉に、セスナは微笑みを深めた。返事を期待していなかったのか、それともわざと試したのか――彼女の表情からは何も読み取れなかった。ただ、明らかなのは、彼女がジンを試すこの戦いを楽しんでいるということだった。


 「いいだろう……なら続けよう。」


 セスナは構えを低くすると、再びジンに向かって駆け出した。その動きは速く、重心がまったくぶれない。両手のサーベルが互いに補い合いながら、鋭い刃をジンに向けて突きつけていた。


 (強い……。やはり、ただの海賊じゃない。)


 ジンは舶刀を構え直しながら、再び迫るセスナの攻撃を迎え撃つ準備を整えた。だが、心の中では、自ら課した「殺さず」という制約が重くのしかかっていた。


 ――――――――――――


 セスナは、先程と同じように縦横無尽の剣技をジンに繰り出していた。しかし、戦いの最中に、違和感を覚え始めた。


 先程まではジンが剣で受けきれず、時には交わして間合いを取る場面も多かった。だが、今は違う。セスナの攻撃をジンは全て剣で受け止めている。そして、ただ受けているだけではない――ジンは一歩ずつ、着実にセスナとの距離を詰めてきていた。


 どんなにタイミングをずらそうが、逆にリズムを変えても、ジンは動じず正確に攻撃を受け止める。セスナは気づいた。攻撃を繰り出しているのは自分のはずなのに、なぜか後退しているのもまた自分だということに。


 ジンは冷静な表情でセスナを見据えた。そして短く言い放つ。

 

 その言葉と同時に、ジンの舶刀が鋭く振るわれた。一撃の重さにセスナは両手のサーベルを交差させて受け止める。しかし、その衝撃に耐えきれず、セスナの身体は後ろへ吹き飛ばされた。


 ――――――――――――


 ジンが峰で振るった一撃は確かに塞がれたが、その衝撃がセスナに確かなダメージを与えたのは明らかだった。


 吹き飛ばされたセスナは、すぐに立ち上がったものの、足元がふらついている。その様子を見たジンは好機と判断し、駆け寄ろうとした。だが、その瞬間、不穏な気配を感じ取り、足を止めた。


 セスナの周囲に風が吹き始めていた。それはまるで彼女の両手に握られたサーベルから生み出されているかのように、自然の流れとは異なる不規則な風だった。


 セスナは薄く微笑むと、静かに呟いた。


「人に使うのは初めてだ……卑怯だと思うな。お前の持つ神器と同じ力だ。」


 そう言うと、セスナはサーベルを高く振り上げ、二本をクロスさせるように組んだ。その瞬間、風がさらに強さを増し、甲板上に異様な圧力が広がる。


 「受けてみろ。」


 セスナが一歩踏み込むと同時に、サーベルをクロスした状態から一気に解き放ち、ジンに向けて振り下ろした。その動きに合わせるように、クロスされた風の刃がジンに向かって飛んできた。


 「――っ!」


 ジンにもそれが目視できた。しかし、不意打ちのような攻撃に完全な回避は不可能だと判断し、防御を優先した。即座に舶刀を構え、風の刃の中心を受け止める。



 だが、風の刃はその鋭さを存分に発揮した。舶刀で正中を守ることには成功したものの、肩や足を覆う防御は間に合わず、刃は無残にもジンの身体を切り裂いた。


 「ぐっ……!」


 傷口からおびただしい血が滴り落ち、甲板に赤い斑点を作っていく。風の刃の威力を受け、ジンの呼吸は荒くなった。しかし、ジンの視線は決して揺るがなかった。


 (……これが、神の力か。)


 ジンは舶刀を握り直し、傷口の痛みに耐えながら再び構えを整えた。一方で、セスナは再びサーベルを構え直し、楽しげな笑みを浮かべていた。


 「どうした? さっきまでの勢いはどこへ行った?」


 セスナは、ジンがまだ立っているのを確認すると、さらに距離を詰めながら次々とサーベルを振り、風の刃を飛ばしてきた。


 ジンは傷ついた足を気力で動かし、風の刃を避け続けていた。しかし、その動きの中でジンはあることに気づいた。風の刃は、セスナのサーベルの動きと完全に連動している――剣技の延長線上にある力だということを。


 (見切れる……この攻撃。)


 ジンにとって、一度見切った剣技から繰り出される風の刃は、徐々に脅威ではなくなっていた。だが、それを理解しているのか、セスナもそれだけで仕留めるつもりはなかった。


 「いい動きだな……だが、ここで終わりだ!」


 セスナは一気に間合いを詰め、右手のサーベルを振り切った。ジンはそれを捌こうと舶刀を構えたが――



 「っ……!」


 サーベルから吹き出す風がこれまで以上の威力を持ち、ジンの舶刀ごと大きく弾き飛ばした。勢いを受けたジンはバランスを崩し、その隙を逃さず振り切られた右サーベルから、さらに風の刃が放たれた。


 静寂の中、風の刃がジンの胴体を深々と切り裂いた。その威力はジンの身体を真っ二つにするほどではなかったが、それでも致命的な爪痕を身体に刻み、血が滲み出て甲板を赤く染めていく。


 「……これで終わりだ。」



 ジンは荒い息をつきながら、セスナを睨みつけた。彼女が勝利を確信しているのは明らかだった。自分が動けなくなるのを待っているのだろう――だが、ジンは確信していた。


 (勝つのは俺だ。)


 セスナはゆっくりと両手のサーベルを振り上げ、クロスさせた。風が彼女の周囲でさらに強まり、圧力が甲板全体に広がる。その様子を見ながら、ジンは冷静に状況を見極めていた。



 (まだ隙はある。あの攻撃はサーベルの動きそのもの……なら、次も見切れる。)


 セスナがサーベルを振り下ろし、風の刃を放つ。ジンはすぐさま舶刀を振り上げ、その刃を散らした。


 「何っ……!」


 驚愕するセスナの目の前に、ジンは一気に間合いを詰めて踏み込んだ。そして、静かに告げた。


 「俺に、同じ剣技は通用しない。」



 風の刃が散り、セスナは驚愕の表情を浮かべた。その瞬間、ジンは踏み込むようにセスナとの距離を詰め、次の瞬間には舶刀をセスナの首元に当てていた。


 セスナは一瞬息を呑む。しかし、次の瞬間にはその唇に微笑みを浮かべ、静かに言った。


 「……私の負けだ。」


 セスナの声には、悔しさというよりもどこか清々しさが感じられた。サーベルをゆっくりと下ろし、敗北を認める。


 周囲にいた海賊たちは一瞬息を呑み、誰もが静まり返っていた。ジンは荒い息を整えながら、舶刀をゆっくりと下ろした。そして、血で濡れた身体を支えながら、その場に立ち続けた。

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