第58話『アイオライトの絆は砕けて』
それから私は、フェリックさんの工房に向かう道すがら、リッカに勧誘の続きをした。
もちろん、騎士団を追い出されたわけじゃない。団長さんにはちゃんと、『話をするなら応接室を貸し出す』と言ってもらったんだけど。
お互い、もっとラフな環境のほうが素直に話せると思い、ルカやメルティークも交えて、一緒に朝の街を歩くことにしたのだった。
――が、
「ほ……本気なんすか、ステラちゃん……!」
肝心のリッカは、自己評価の低さゆえに、なかなか事態を呑みこめないようだった。
「正直、誰かにオレを必要としてもらえるのは、凄く、すごく嬉しいんすけど……オレって本当に戦えないし、『近くにいると不幸が移る』とか言われるし、間抜けだし臆病だし根性なしだし……」
「そ……そこまで言わなくても」
私が苦笑気味になだめると、後ろを歩いていたルカが、変装用のサングラスの奥で疑心たっぷりに眉をひそめた。
「ステラ嬢のご意向には、なるべく口を出さないようにするつもりでしたが……本当に、7人目の眷属は彼でいいのですか?」
どうやら、プライドや向上心にあふれるルカには、リッカの態度が気に障るようだった。
思えば彼らは『落ちこぼれの騎士』と『世界的スーパースター』。生まれ持った才能はもちろん、置かれた環境も育んできた価値観もまるで違う。2人の相性が悪いことは、予想に難くないはずだった。
しかし私は、『リッカを勧誘する』と『ルカと工房に行く』という主だった2つの目的に気を取られ、副次的に発生するこの人選ミスに気がつけず――気づいた頃には、彼らのムードは険悪なものになっていた。
焦った私は、空気を換えるべく笑顔で声を張り上げた。
「だ……大丈夫です! リッカさんで間違いありません! あ、でも……リッカさん的にはどうですか……?」
「え? どうって……」
「プリマステラの眷属になると、魔獣と戦ったり、悪い魔法使いに絡まれたり、きっと今まで以上に危険な目に遭います。もしそれが嫌だったら、遠慮なく勧誘を断ってほしくて……無理やり任命したくはないですから」
――リッカの臆病さや、ニナの倫理観。魔法使いたちの持つ、眷属には不向きの性質について、フェリックさんは『プリマステラが魅了して変えてあげればいい』と言っていたけれど。
私がどんなに自分磨きや交流を頑張っても、眷属に就任したての頃はどうしても、魅了の影響を受けていない、丸裸の心で仕事をしてもらうことになる。
素の自分のままでも、魔獣たちに向き合えるか。まずはそれを問わなければ、話は始められないのである。
「――」
固唾を呑んで返答を待つ。しばし口を閉ざしたリッカは、ぽつぽつと言葉を紡ぎ落とした。
「……正直、戦う覚悟は出来てません。オレは眷属になってもきっと、敵が怖くてたまらなくて、気を失ったりヘマをこいたりすると思います。でも……眷属になったのが理由で死ぬことは、オレは、嫌じゃありません」
リッカは照れたように笑って、長い前髪をいじくった。鼠色の幕の向こうで、頬が赤く色づいている。
「羽虫みたいに呆気ない、くだらない死に様がお似合いのオレが、ステラちゃんの眷属なんて肩書きを背負って死ねるなら……それは多分、オレに用意された数ある死に方の中で、1番幸せな死に方だと思うから」
「えっ、と……でも……なるべく、死なないでくださいね。悲しいですから」
「――ッ、そ、それはもちろん! オ……オレが頑張ったところで出来ることはたかが知れてますけど、死なないように頑張ります! だから……」
リッカはゆっくり立ち止まって、隣を歩く私の手首を掴んだ。1歩踏み出そうとしていた私は、片足を軸にぐるりと振り向かされ、ペリドットみたいな若草の瞳に捉えられる。後続のルカとメルティークも、一拍置いて立ち止まった。
「ステラちゃんの期待に応えたいです。オレを、プリマステラの眷属にしてください」
「ォッ……」
喉の奥で変な悲鳴が出た。こんな近距離で、顔を真っ赤にして言われたものだから、愛の告白か何かと勘違いしそうになって、私の顔もかっと熱くなる。
「は……はい。よろしくお願いします……?」
雰囲気に圧倒され、影響を受けたような返事をすると、リッカは目を見開いた。それから、花がこぼれるみたいに笑った。無垢で、可憐な笑みだった。
*
間もなく、フェリックさんの工房についた。お店も営業中のようだ。中に入ろうとすると、リッカが遠慮がちに口を開いた。
「あ……すみません。オレ、外で待ってます。魔法を制御できる自信がなくて……」
「あ……そっか」
リッカは『欲の魔法使い』。欲しいものを視界に入れると、問答無用で奪う魔法があるんだった。確かに、宝石店とは相性が悪いだろう。
「すみません、気づかなくて……早めに出てくるようにしますね」
リッカに一時の別れを告げて、プレートのかかったドアの前に立つ。ドアノブに触れようとして、一瞬ためらってしまった。
昨晩フェリックさんは、『心を預けられる魔法使いと来て』と私に言った。その意味を、私はまだ測りかねている。私を待ち受けるのは、良いものなのか悪いものなのか。それすらもわかっていない。
だけど、どのみち1人で受け止められるような、些細なものではないことは確かだった。
「……」
入口で足踏みする私を、誰も急かさなかった。私は息をついて、店のドアを開けた。
工房に併設された木造の宝石店は、やはり暖かく、どこか懐かしい雰囲気を漂わせていた。
吹き抜けの2階の窓から陽を浴びて、ショーケースの中の宝石たちが、今日も色鮮やかに煌めいている。
そちらに目を奪われそうになって、私はふと、カウンターに見知らぬ女性が座っていることに気がついた。
年齢はおそらく40代後半。薄紅の長い髪にウェーブをかけ、ブラウンのワンピースを着ている。彼女は、ベルを鳴らした私たちに気がつくと、人好きのする笑みを作ろうとして、
「――ステフ?」
「え?」
確かに私をそう呼んだ。突飛な出来事に、私が呆然と目を瞬かせていると、女性ははっと口元を押さえる。自身の発言に驚いているようだった。
「やだ、ごめんなさい。ぼーっとしてたのかしら……プリマステラ様ですね。話は伺っております。フェリックに会いにいらしたのでしょう? 少々お待ちください。今、彼を呼んで参りますので」
「あ、はい。お願いします」
私は軽く会釈をして、その女性を見送った。待っている間、フェリックさんの話を思い出す。
彼は確か、頼れる女性の家を転々とした後、『宝石職人の夢を諦めた』というガラス職人の夫婦に出会って、今のお店を経営していると言っていた。じゃあ、さっきの女性はその奥さんなんだろうか。
ステフって、誰と間違えられたんだろう? 『ステラ』の言い間違い? でも、私がステラと呼ばれていることは、公にしてないし報道にも載ってないはずだ。
というか、もし名前間違いなら初対面の女性に呼び捨てされたことになるし……やっぱり人違いかな。
悶々としていると、店の奥の工房からフェリックさんが現れた。彼は私たちを見るなり、甘いマスクに笑みを乗せた。
「お店まで来てくれるなんて、珍しいねルカ。しかも、友達まで連れてきてくれるなんて」
「……? 何を言ってるんだ。僕はステラ嬢に同行した身で、君に用があるわけじゃない。『君が』『ステラ嬢に』用があるんだろう?」
ルカが腕を組んで怪訝な顔をすると、フェリックさんはきょとんと目を瞬かせた。
「あれ……そうだっけ。おかしいな。女の子との約束なんて、忘れるはずないんだけど……ごめんね、いろいろ忘れちゃってるみたいだ」
「い、いえ! 大丈夫ですよ。多分、お疲れなんでしょう。昨日はいろいろありましたし……用事が思い出せなさそうなら、また日を改めて来ますから。気にしないでください」
私がそう言うと、フェリックさんは困ったように眉を下げた。
「ええっと……ごめん。実は、君のこともよくわからなくて……ステラちゃん、でいいのかな」
「――え?」
ひどく、間抜けな声が出た。
揶揄われているのかと思い、アイオライトの双眸をじっと見つめる。身じろぎもせず視線を受け止める彼は、待てども待てども笑い出すことはなかった。ただ、申し訳なさそうに目を伏せていた。
「……嘘でしょ?」
険しい顔のメルティークが、両手でハートの形を作り、望遠鏡みたいに覗き込んで、フェリックさんを捉えた。途端、
「ッ!」
フェリックさんのネックレスが光った。彼の前方に半透明の障壁が張られる。まさか戦うのかと戦慄し、思わず私とルカも身構えたけれど、それ以上事態が動くことはなかった。メルティークは両手の形を解いた。
「コイツ……昨日の記憶が抜けてる。ステラのことも、クソリッカのことも覚えてない。メルの記憶も、ウン十年前のが最後になってる」
「え……」
「メル? そうか、道理で見覚えがあると思った。君、オリヴィエのところの子だよね。もしかして、彼女も近くに来ているのかい?」
「ほらね。オリヴィエのこともこのザマ。多分、昨日の晩に誰かから襲われたんじゃない? 記憶に介入できるような、魔獣か……魔法使いに。あ、言っとくけどメルじゃないから。覗けるだけで、消去とかは出来ないし」
淡々と紡がれるメルティークの分析に、私は言葉を返すことが出来なかった。
もし本当に襲われたなら、いったい誰が、何のために――まさかフェリックさんは、昨日からこのことを予見していたんだろうか。
『心を預けられる魔法使いと来て』……きっと、私がショックを受けるとわかっていたから。それを少しでも抑えるために、一緒にいて安心できる人を選べ、ってことだったのかな。
「……そう、ですか。わかり、ました」
ううん、嘘だ。本当は何もわかってない。でも、私たちへの警戒を宿した目で、フェリックさんに見られることが耐えられなくて、私は1歩後ずさってしまった。
「……っ」
グッ、と踏みとどまる。このまま別れれば、フェリックさんとは2度と仲良くなれない気がした。だから、
「あの……フェリックさん。私たち、帰ります。でも、最後に1つだけ……」
「……なにかな」
「もし、この先……魔法関係のトラブルに悩むことがあったら、風の国にある、プリマステラの屋敷を訪ねてください。きっと、私たちが味方になりますから」
深入りすることが、フェリックさんの為になるかわからない。だから今は、味方であることだけ伝えて潔く引こう。いずれ、フェリックさんから何かを思い出すかもしれないし。
混乱する頭で、とにかくそれだけ決意した私を、今度はフェリックさんがじっと見つめた。私はうまく顔を合わせられず、適当な方向に視線を投げてしまったけれど。
間を置いて、フェリックさんは障壁を解いてくれた。
「わかった。ありがとう、ステラちゃん」
その声には、ほんの少しだけ、親しみが込められているような気がした。




