第59話『想うほど研がれる恋の使い道』
失意のままフェリックさんのお店を出ると、ふと頭の中に声が響いた。
《もしもーし、聞こえる? ボクだよ、シエルシータ》
「……っ、シエルシータ!?」
私が声を張り上げると、先を行くメルティークとリッカがビクッと跳ねた。どうやらシエルシータの意思疎通は、私とルカにしか聞こえないようだった。まぁ、当然か。シエルシータと2人は面識がなさそうだし。
私は虚空に向かって応じそうになり、慌てて咳払いで誤魔化した。まだテレパシーに慣れてなくて、つい口頭で話そうとしてしまう。危うく周囲の一般人に変な人だと思われるところだった。
私は、頭の中で念じる。
《シエルシータ、無事だったんですか? 今、どこにいるんですか?》
《んー? 今は、花の国のとあるカフェにいるよ。そろそろ迎えが必要かと思って、『空間魔法』で来たんだけどさ。道中美味しそうなケーキがあって、気がついたらふらふらと……》
《そ……そうなんですね。あの、ヴァンデロさんとはもう話しましたか? 昨日の夜、テレパシーを使おうとしたらシエルシータに拒否されちゃって、アサジローさんも出てくれなかったって……》
《あー、そう、それ! ごめんねー? 実は昨日さ、ボクに恨みのある魔法使いが、わざわざ屋敷まで復讐に来てて》
《えっ!》
《そいつらを返り討ちするのに忙しくて、つい拒否しちゃったんだ。アサジローのほうは、そのとき屋敷に魔法無効の結界を張ってたから、それで届いてなかったんだと思う》
唖然。そ……そうなんだ。命の危機の真っ最中にテレパシーを拒否されたのは、見捨てられたわけじゃなくて、シエルシータもあのとき大変な目に遭ってたからなんだ。
ほっと安心しかけて、慌てて首を横に振るう。ルカが代わりに尋ねてくれた。
《君に恨みのある魔法使いって? シエル、君はどこで何をやらかしたんだ》
《昔の眷属仲間だよ。大した理由じゃない。何処にでもあるような色恋沙汰さ。何百年も眷属をやってると、まーあちこちから恨みを買うんだよね。でも安心して、昨日のはちゃんとやっつけたから》
《昨日のは、って……次があるような言い方をするな。それと、色恋沙汰に無関係の他人を巻き込むのはやめろ》
《ボクだって巻き込みたくなかったよー……それじゃあ、食べたらすぐに迎えに行くね。場所はそうだな……中央広場の噴水前でいいかな》
《あっ、はい。ありがとうございます。じゃあまた後で……あ、シエルシータ……!》
フィニキスさんたちのことを聞こうとして、間に合わなかった。清涼な魔力の感覚が頭から消えて、私とルカは顔を見合わせる。シエルシータって結構マイペースだ。
仕方ない。フィニキスさんとベルナザールのことは、直接会ったときに聞くとしよう。そう割り切って、約束の中央広場を目指そうとしたそのときだった。
「あ……あの!」
ふと、知らない女の子に話しかけられた。
年は私と同じくらい。ゴスロリ風のワンピースとブーツを、黒で統一した女の子だった。差し色のひとつもない。純白の家々を土台に、色とりどりの花が咲くこの国じゃ、かなり悪目立ちする格好だった。
私は一瞬驚いたけど、服の好みなんて自由だし、昨日の私のドレスも似たようなものだと思って、すぐに邪念を振り払う。
自身のファンである可能性を考慮してか、ルカがこっそりサングラスの位置を直した。それでも心休まらないのか、ぶつぶつ呪文を唱えていたけど。
「ぷ……プリマステラ様、ですか? あの、昨日の新聞に出てた……!」
「……! は、はい。プリマステラです」
そう答えると、女の子は飛び上がった。
「わぁ、嬉しい! あの、いつもありがとうございます! 私……プリマステラ様のファンなんです! よかったら、この手紙……受け取ってもらえませんか……!?」
「えっ……」
差し出された封筒に、私は目を見開いた。
今までも、近所の人に応援してもらうことはあった。
でも、火の国・海の国・花の国と訪れてきて、現地の人に言われたのは初めてだった。
しかも、手紙までもらってしまうなんて。
「~~っ……!」
嬉しくて、胸が熱くなった。踊りたいくらい、幸せな気持ちでいっぱいになった。
でも、無理やり笑みを押し込める。この子はきっと、『プリマステラ様』が好きなんだと思うから。堂々とかっこよく受け取ろうと思った。
「嬉しいです! ありがとうございます」
そう言って、手紙に両手を伸ばしたとき。女の子が1歩、私のほうに踏み出してきた。
瞬間、手紙が銀色の光を放つ。純白のかわいらしい手紙は、鋭利な短剣へと姿を変えていた。
何が起こったかわからなかった。
ただ、ぼんやりと考えていた。
――あ、魔法だ。
「ステラ!」
ルカとメルティークが叫び、リッカがひゅっと息を吸う。刃が胸に刺さった。女の子が手を緩めた瞬間、メルティークが彼女を蹴り飛ばす。ルカの魔法が追従して、縄で身柄を捕縛した。
「え……?」
私は、シャツを赤く染めていく短剣を、呆然と見下ろすことしか出来なかった。
何があった? 何が起こった? いや、理解したくない。理解すべきじゃない。だって、さっきまで凄く幸せだったんだ。なのに、私、どうして――。
「――ッ、死ね! 死んじまえ! この……不細工の、クズ女ぁ!」
手足を縛られた女の子が、怨嗟を込めて言い放つ。その声を聞いたのを最後に、私の意識は、吹き消された蝋燭の火みたいに呆気なく消えた。
*
目が覚めると、私はベッドの上にいた。次第に目の焦点が合い、天井がはっきり見えたのと同時、記憶がフラッシュバックして緊張する。
「……ッ! ……痛く、ない……」
胸の辺りを触る。刺された痛みはなく、シャツは汚れても破けてもいなかった。夢だったのかと思うほど何もない。
でも、花の国から自力で帰った記憶もないので、やっぱり私は刺されたんだろう。
ちらと、窓のほうをうかがった。夕陽が差し込んでいる。6時間近く眠っていたみたいだ。
「――あ、起きちゃった?」
ぼんやりしていると、シエルシータが部屋に入ってきた。来客に気だるい身体を起こす。
「おはよ。椅子、借りてもいいかな」
「あ……はい」
部屋の机に向かっていた椅子を、魔法でふわりと持ち上げるシエルシータ。ベッドの横に下ろすと、彼はそこに腰を落ち着けた。
「身体の調子はどう?」
「あ……どこもいい感じです。傷だけじゃなくて、疲れとかもなくなってて……あの、誰が治してくれたかって」
「あぁ、ボクだよ。ルカも応急手当をしてくれてたけど」
「あ……そうなんですね。ありがとうございます。おかげで助かりました」
そう言うと、シエルシータは得意げに笑った。それから、少し沈黙があった。真実を、打ち明けるべきか迷っているんだろう。私は重たい口を開いた。
「あの……私は、どうして刺されたんですか? あの後、刺した子やみんなはどうなったんですか……?」
「……いいの? 君にとって、辛い話になると思うけど」
「あまり、聞きたくはないですけど……でも、聞いておかないと」
理由がわからない今、私は漠然と『女の子』全てを警戒してしまっている。でも、そんなの活動に支障が出るし精神衛生的にもよくない。理由をちゃんとわかって、今後警戒すべき人物像をはっきりさせないと。
覚悟を固める私を見て、シエルシータはふうっと息を吐いた。
「そっか。じゃあ、君に全てを話すよ。まず、君を刺した女の子だけど……彼女は、ルカのファンだったんだ。とても熱狂的な、ね」
「……!」
息が詰まる。その一言で、大体の合点がいった。動揺する私を気遣うように、シエルシータはゆっくり続ける。
「彼女は、プリマステラという存在を、少し勘違いしていたみたいでね。君を『魅了の魔法で男を操り、侍らせたり、魔獣との戦いを強制したりする魔性の女』だと思っていたらしい」
「……」
「そして、義憤に駆られ君の殺害をもくろんだ彼女は、運悪くある魔法使いに出会ってしまった。死の魔法使いさ」
「え……」
「彼も彼で、君を抹殺したかったんだろう。都合がいいと、協力してたみたいでさ。変化魔法をかけた短剣を、ファンの子に渡していたんだ」
そう言われて、刺されたときのことを思い出す。一見かわいらしい手紙だったものが、私に迫った瞬間鋭い短剣に姿を変えていた。あれは、死の魔法使いの魔法だったんだ。
戦い慣れしているルカや、魔法の気配に敏感なメルティークの反応が遅れたのにも納得がいく。
死の魔法使いは、2人よりもずっと魔法に長けているはずだし。しかも短剣を手にしていたのが、魔法を扱えるはずのない、一般人の女の子だったんだから、警戒心を掻い潜られるのも無理はなかった。
「あの後、ファンの子はリッカとメルティークで騎士団に連行。ルカは君に使える限りの治癒魔法をかけ、中央広場まで抱えていって、合流した僕に助けを求めたんだ。ルカの魔法じゃ、臓器の完全な修復までは出来ないからね」
「……そうだったんですね。今は、みんなは……?」
「みんな屋敷にいるよ。サイカやオスカーたちも。それから、ベル……ベルナザールたちにも会った。今は、彼女の提案で慰労パーティーの準備をしてるところだ。君は今、そういう気分じゃないかもしれないけど……」
「……いえ。参加したいです、慰労パーティー」
このまま1人で居続けたら、何度もあの瞬間のことを思い出しそうで。私は、強がって笑みを作った。だけどすぐに崩れる。気がつくと、目から涙がこぼれていた。
「……っ!?」
「……ステラ」
「ご、ごめんなさい、大丈夫、大丈夫なんですけど、なんか、涙が……あははは……」
慌てて顔を背けた瞬間、シエルシータの膝がベッドに乗り込む。腕が伸びてきて、私の頭がぐっと抱え込まれた。目元にシエルシータの胸が触れて、私は更にパニックになる。
「だ、ダメです、服が……っ」
「いいんだよ。女の子を慰めるのに使われるなら、この服だって本望さ。それに実際、汚れようが破けようが魔法でどうにも出来るしね。ほら、こう見えて1000歳超えてる大人の胸を使いなよ」
「は、はは……う、ぁ……」
あまりに合理的な回答に、笑おうとした口が引き攣る。胸がじくじくと痛んで、喉の奥が熱くなった。
怖かった。凄く怖かった。どんな魔獣と戦ったときよりも、刺された後の、気を失うまでの数秒が、怖くて怖くてたまらなかった。
手紙をもらったとき、頑張ってよかったと思ったのに。誰かに応援されてるんだって、これからも頑張ろうって、凄くうれしかったのに。
そう年も変わらないような、ごく普通の女の子に、殺したいくらい憎まれていた事実が、すごく悲しいし、こわい。
ルカにも申し訳ない。責任感の強い彼は、今日のことを気にするかもしれない。せっかく、新しい呼び名を作ってもらったのに。仲良くなれそうだったのに。
苦しくて、息ができない。
私は、シエルシータの胸で泣き続けた。当てつけみたいに額を擦りつけて、しゃくりを上げて、はくはくと浅い呼吸を繰り返した。
そんな私を、シエルシータは見守っていた。右手に優しい青の光をまとわせて、何度も何度も、丁寧に頭を撫でてくれた。その手に触れられると、心做しか辛い記憶が溶けていくような心地がした。
――やがて、どこか心配そうなサイカとオスカーさんに呼ばれ、私たちは食堂に降りていった。魔法で豪華に飾りつけられた部屋には、出来たての料理が所狭しと並んでいた。
目を輝かせて輪の中に入っていくと、私に気づいたアサジローさんが、気遣わしげな眼差しで尋ねてくる。
「ステラさん……あまりご無理はなさらないでくださいね。料理は、こちらで取り分けておくことも出来ますから」
「え、無理? 誰が……私がですか? え……っと、大丈夫です、無理してません」
「……嘘つき」
呟いたのはアクシオくんだった。自分の目元を指さす彼にならい、私もおずおず目元に触れる。
「あっ……あれ!? やっぱり、腫れてます!? ど……どうりで目がゴロゴロすると……な、なんでだろう? か……顔、洗ってきますね。すぐ戻ります!」
私は食堂を飛び出し、急いで洗面所に向かう。その道中、私はずっと首を捻っていた。
泣いたことにも、泣いた理由にも、さっぱり覚えがないんだけど――私、いつの間に泣いたんだろう?
ここまでお読みくださりありがとうございます! これにて第4章もとい『花鳩星の騎士の章』は完結です。
ギリギリまでリッカくんとフェリックさん、どっちが眷属になるかわからなくて、タイトルを伏せていたんですが、ようやく名前をつけられて嬉しいです。
今後は番外編をいくつか公開した後、5章制作のためしばらくお休みいたします。休止期間は1〜2ヶ月を想定していますが、詳しい予定は決まり次第、Xにてご連絡いたします。【@Shimo2ki_Azusa】
第5章『月蜥星の刺客の章』(※「つきとかげ」と読みます。難しい……)では、とうとうニナの故郷、戦闘民族の集落を訪れる予定です。お楽しみに。
また4章内にて、描写ミスがございました。
ステラの1代前のとき、眷属5人(+蘇生されたオスカー)が殺された凶悪な事件について、犯人は『死の魔法使い』であると説明されていましたが、当時死の魔法使いは封印されているため、犯人は全くの別人です。追って修正予定です。ごめんなさい。
改めまして、ここまでお付き合いくださりありがとうございました! ブクマ・感想・評価などぜひぜひお待ちしております。これからも『プリマステラの魔女』を何卒よろしくお願いします!




