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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
4.花鳩星の騎士の章

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第57話『傷を知る、貴方を知っている』

 長い激動の夜を越え、夕食にありつけたのは、日付を回った頃だった。ルカが劇団長さんと、劇団の宿泊するホテルの支配人さんに話をしてくれて、本来半年前から予約が必要なところを急遽、特別に部屋と食事を用意してもらったのである。


 ただ当然、真夜中で稼働できる料理人がほぼいないのと、新しい食材は早朝にならないと届かないのとで、コースやバイキングといった形式はとらず、あり合わせのメニューを出来た順からとにかく運んでもらうことになった。


「あの……これは、どう食べるのが正解なんですか……?」


 白いクロスが引かれた、4人用の円卓。配膳された料理を前に、カトラリーを持って硬直した私は、恥を忍んで左隣のルカに尋ねる。慣れているんだろう、綺麗な手つきで野菜のテリーヌを食べていたルカは、嚥下(えんげ)すると小さく笑った。


「そう緊張しないでください、ステラ嬢。食卓には僕たちしかいません。皿をひっくり返しでもしない限り、貴方の思うように食べればいいんです」


「で、でも、ウェイターさんが見てるじゃないですか……! 今代のプリマステラは食べ方が庶民臭い、とか思われてたら嫌で……」


「大丈夫ですよ。このホテルは多くの著名人が利用しますから、スタッフも口の堅い人物が揃っています。貴方の食べ方について、彼が語ることがあるとしたら、相手はせいぜい彼の日記帳ですよ」


「そ、それも嫌ですけど……うぅん、わかりました。私なりに食べてみます。あ、でも、今度テーブルマナーは教えてくださいね……!」


 そのうち、偉い人ともご飯を食べるんだろうし。そう思って食卓に目を戻すと、いつのまにか私の前はお皿でぎっり埋まっていた。


「え?」


 瞬き。じゃがいものボールクロケットに、キノコとチーズの包み焼き(アンクルート)……脂っぽいものばっかりだ。はっとして右隣を見ると、私とは対照的に、手元がガラ空きのフィニキスさんがいた。パンやサラダ、淡白なスープしか置いていない。


「な、何のつもりですか……?」


 困惑の顔で尋ねると、素知らぬふりのフィニキスさんは、こちらを見て嘲笑った。


「何のつもり? フン、こっちが聞きたいね! こんな脂ぎった毒物みたいな皿を並べて、料理人は僕様の類い稀なる美貌に嫉妬し、(けが)すことで自らの尊厳を満たそうとする痴呆なのかい? ハッ、笑止! 無礼無謀の極みだよ、発想も手段も実に滑稽! アハハハハ! 愚か愚か!」


「…………えっと、ニキビが出来るから脂ものは食べたくないってことですか…………?」


「ハァ? 何が出来るって? それは怠慢な雑草どもの専売特許だろう。恐るるに足らず。たとえ天地が3回ひっくり返って、空から槍と矢と剣の雨が降ったとしても、真珠のような僕様の肌とは無縁なものだよ。この星が生まれる前からの常識さ」


「じゃあ、食べられるんじゃ……」


「それとこれは違うッ」


 身を乗り出したフィニキスさんは、クロケットにフォークを突き刺すと、私の口に熱々のそれをつっこんだ。声にならない悲鳴を上げ、思わず席を立った私は、慌てて水の入ったグラスを(あお)る。


「はぁ、びっくりした……」


 息をついた私は、ふと我に返って辺りを見回した。


 私の代わりに叱責するルカ。知らんぷりのフィニキスさん。

 別のテーブルには、料理を味わって分析するヴァンデロさんに、酔っ払ったベルナザールさんが絡んでいて。

 大皿を平らげても余裕のサイカと、静かにお酒を楽しむオスカーさんがいて。


 賑やかな光景を見ていると、ようやく戦いが終わった感じがして、ほっと肩の力が抜ける。もちろん、まだニナやフェリックさんのことは気掛かりだけど……今夜は、心からこの時間を楽しむことにした。





 翌日。私は、一緒にジュエリー工房を訪れる人物を――フェリックさんに指定された、『心を預けられる魔法使い』をルカに決めた。

 別に、ルカへの信頼度が抜きん出ていたわけじゃない。ただ昨晩、2人で話したときの居心地の良さが印象的だったから、彼に付き添ってもらうことにしたのだ。


 今日1日、花の国を観光するサイカたちと、夕方馬車の停留所で落ち合う約束をして、私たちはまず道中の『花の騎士団』本部に向かった。メルティークを迎えて、リッカに眷属の勧誘をするのだ。


「おお……」


 花の騎士団、なんて童話チックな雰囲気は名ばかりの、威圧すら感じる真白(ましろ)の館についた私たちは、守衛さんに要件を話して応接室に通してもらった。

 テーブルも絨毯もソファも、重厚感のある渋めの茶や緑や赤色で、なんだか背筋の伸びる部屋だった。ガチガチに固まりながら、淹れてもらった紅茶に口をつけていると、やがて3人の人物が入ってきた。


「失礼いたします」


 1人は、白髪と白髭をたくわえた、しかし背筋のよくガッシリとした身体つきの男性だった。騎士団長かそれに近い役職の人だとうかがえる。

 1人は、27、8歳くらいの、スポーツマン然とした凛々しい顔つきの青年だった。ぴしっと着こなした臙脂(えんじ)色の制服は、リッカのものと同じ素材・デザインとは思えないほど、渋みがあって格好よかった。


 最後の1人はメルティークだった。愛らしい顔を気怠げに弛緩させていた彼女は、私と目が合うと肩をすくめた。


《サイアク。堅物のクソオスどものせいで、全然休めなかった》


 なんて声が聞こえる気がした。


 メルティークが私たちのソファの後ろに立ち、男性陣が向かいのソファに腰を下ろすと、そこから長い長い辞令が始まった。壮年の団長――ガルフレッドさんというらしい、が本題に移ったのは、15分後のことだった。


「ええ、まずこちらの『魔導式自立人形』についてですが……調査の結果、プリマステラ様と眷属の皆様に管理していただくのが最も安全である、と判断したため、こちらを返却いたします」


「あっ、ありがとうございます」


 清々しいほどのモノ扱いにびっくりしつつ、そういうものなんだろうと納得する。


 騎士団は善良な生命すべての味方だけど、まずは人の命を、次に人のパートナーを――犬や猫なんかの命を守る、という了解がきっとある。もしものときに優先順位を誤らないように、日頃から人と人以外ははっきり区別しているんだろう。


 なおメルティーク側も、長時間の取り調べを受けたことはともかく、モノ扱い自体には何の憤りも覚えていないようだった。


 今度は、騎士団の6つあるという隊の『ラベンダー』隊隊長・ユークリッドさんが口を開いた。


「そして私から、プリマステラ様に不躾なお願いがあるのですが……」


「え? はい」


「私を、プリマステラ様の眷属に迎え入れてはいただけないでしょうか」


「……えっ?」


 思いもよらぬ提案に、私は呆然と固まって、ルカは眉間に薄く皺を作った。ソファの背もたれに肘を預けたメルティークが、不機嫌そうに黒い尻尾を振るう。


「お気づきかもしれませんが、私も魔法使いなのでございます。私の力は必ずや、皆様のお役に立てるはず……いえ、申し上げるだけでは信用に足りませんね。これからお時間をいただけますか? 中庭で私の魔法の証明を……」


「でっ、でも、隊長さんなんでしょう? 騎士団のお仕事がたくさんあって、兼任しても退団しても大変なことになるんじゃ……」


「ご心配には及びません。騎士としても眷属としても、必ずや己のやるべきことをやり遂げます。どちらかに比重を傾けることはありません。どちらにも、同じだけの力を尽くすと約束しましょう」


 誠実に、滔々(とうとう)と、自身の覚悟を表明するユークリッドさん。きっと多くの人が彼を気に入るんだろう、と思った。昨日までの私もそうだっただろう。

 けれど、今の私は違った。彼の真面目さが露出すればするほど、心の距離を遠く感じていた。多分、フェリックさんの話が頭にあったからだろう。


 こんなに仕事にひたむきなユークリッドさんを、きっと私は落とせない。落とせないということは、重要な局面で、騎士団とプリマステラの意見が対立したとき――彼は、騎士団側につく可能性をはらんでいるということ。


「……すみません、ユークリッドさん。貴方を眷属にすることは出来ません」


「な……っ」


 絶句したのは団長のほうだった。私はなんとなく察した。ユークリッドさんの眷属入は、本人が自発的に望んだことじゃない。おそらく、団長が指示したものだろう。そして、その理由は多分――。


 私は、フィニキスさんに見せられた新聞を思い出す。重要な役職の騎士を眷属にすることで、花の騎士団に利益をもたらそうとしたんだろう。花の国が、『プリマステラ』との友好を大々的にアピールし、他の国に牽制をしたように。


「し……しかし」


 団長の様子に触発されたのか、声に焦燥を滲ませたユークリッドさんが、反論を出して食い下がった。


「先代のプリマステラ様は、5名の眷属を亡くされたとうかがいました。失礼を承知で申し上げますが、まだ十分な戦力が揃っていらっしゃらないのでは……」


「うっ……それは、はい……ご指摘の通りです……。ですから、私からも提案がありまして。リッカさんを、眷属に勧誘する許可をいただけないでしょうか?」


「え、リッカ……?」


 あまりに予想外の人選だったんだろう。生まれて初めて耳にした言葉みたいに、ユークリッドさんが呆然と輪唱したそのときだった。応接室の扉が勢いよく開き、鼠色の髪の青年が転がり込んできた。リッカだ。


「ええっ!?」

「リッカ……!?」


 私と団長の声が重なった。鼻っ柱をぶつけたらしい、涙目で起き上がったリッカは、団長と目が合うと、何故か赤かった顔から一瞬で血の気を失う。血流の急激な変化に、くらりと姿勢が傾いた。


「お前……聞いていたのか。一体いつから……!」


「メルたちが部屋に入った直後からよ。騎士団長ともあろう人間がざまあない。プリマステラに謁見する緊張で、たった1枚扉を挟んだだけの、雑魚オスの気配もわからなくなっちゃった? ふん」


 (あざけ)りながらツインテの毛先をいじるメルティーク。言い返す言葉もないのか、団長は膝の上で握った拳をわなわなと震わせていた。


「……き、気づいてました?」


 こっそりルカに耳打ちすると、彼はどこからか呼び寄せた妖精を、そっと握って吸収した。


「ええ。大した魔力ではなかったので、気づけたのはたまたまですが。念のため妖精を待機させて、彼が悪意のある行動をとれば、即座に風で目を切るように命じていました。彼が、(くだん)のリッカなんですね……」


 ルカの品定めするような視線を受けながら、そうとは知らないリッカは、団長に向けて土下座をする。


「も……申し訳ありません! ユークリッド隊長を、プリマステラの眷属に推薦なさると聞いて、どうしても見過ごせなくて……!」


「ど……どういうことだ。そこに直れ。説明しなさい」


「……っ、はい」


 居住まいを正したリッカは、片膝をついて跪き、顔はやや伏せたまま話し始めた。


「昨晩オレは、プリマステラと花の国の関係について報じた新聞を、プリマステラ様と読みました。そのときの彼女は……内容に、ショックを受けていたように見えました。あまりにも露骨に、政治の道具として扱われていたことに、起因していたのだと愚考しています」


「……!」


「オレは……少なくとも今のプリマステラ様には、我々のほうから恩寵を乞うべきではないと思います。彼女は多分……オレたちが思っているよりも、ずっと弱い1人の女性です。それに……隊長は以前、こう仰っていました。『何事にも誠実でいれば、(おの)ずと人はついてくるのだ』と」


 団長は()されたように黙り、ユークリッドさんは何かをおもんぱかる顔で口を結んだ。彼らの反応は違ったけれど、どちらも意外なものを見る目をしていた。彼らの知るリッカは、こんなに堂々と、不遜に意見するタイプじゃなかったんだろう。


「――ついてくる『人』とは、プリマステラ様も当てはまるはずです。オレたちが彼女に誠実でいれば、少なくとも嫌われることはないはずです。推薦について、どうかお考え直しください、ガルフレッド団長」


 リッカは固く目を瞑った。長い沈黙が降りる。メルティークが暇そうに、ぺち、ぺち、と尻尾をソファの革に叩きつける音だけが聞こえる。やがて、ユークリッドさんが静寂を割った。


「――今回は、リッカの言う通りかもしれません、団長」


「む……」


「私は、騎士団の代表として各界の権力者と関わるうちに、騎士団の意義を見失っていた。プリマステラが、我々を守る救済の乙女であると同時に、我々が守るべき一市民であることを忘れていました」


「……はぁ。お前も私に楯突くのか、ユークリッド……」


 団長は眉間を押さえると、リッカへの視線を切り、再び私に向き直った。


「……プリマステラ様。本当にあれでいいのですか? あれは気が優しいだけで、根性なしの、のろまの、ドジのヘタレです。ユークリッド曰く、まだ魔法も成長途上です」


「はい、間違いありません。リッカさんがいいです」


 団長の目を見つめ返す。リッカが、息を呑んだような気がした。団長は、困ったように首の後ろをかいた。一騎士団の頭領というよりも、大家族の末っ子を見送るお父さんみたいな仕草だった。


「……まぁ、そう仰るのなら。貴方の意見を尊重いたします。あとは、リッカ次第ですが……どうぞ、誘ってやってください」

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