第55話『私の覚悟につける肩書き』
リッカたちと交代で現れたのは、劇場から直行してきたのか、王子様風の衣装を乱し、ダイヤモンドの粒みたいな、爽やかな汗を帯びる少年だった。
「え、ルカ……!? なんでここに……」
舞台での興奮が収まらないのだろう。アメジストの双眸をみなぎらせ、肩を使って息をするルカの登場に、私とオスカーさんは衝撃を受ける。ルカは深呼吸を繰り返すと、ぎらつくような、殺気にも似たオーラを打ち消した。
「……話は、騎士団の者から、聞きました……ゴホッ、ゴホ……貴方がたの危機に、参じることが出来ず……本当に、申し訳ありません……」
「そ……そんな、気にしないでください。王様も見る舞台の最中だったんですし……というか、こっちに来ちゃっていいんですか? 舞台のほうは……」
「ゴホッ……1度、大きな地震があって中止になりましたが……すぐに再開し、終演を迎えることが出来ました……貴方がたが魔女オリヴィエを討伐し、死の魔法使いを退けてくださったおかげです……改めて、深く感謝いたします」
胸元に片手を添え、目を瞑り、軽く頭を下げるルカ。私は知らない文化だったけど、きっと花の国の貴族に伝わる、感謝を示すジェスチャーなんだろう。
そう察せられるだけの、誠実さが詰まった声音に、私はウッとうめき声を上げた。ルカが挙げた2人の魔法使い、そのどちらとの戦いにも、私は参戦していないからだ。
唯一関わったメルティークとの戦いも、オリヴィエさんの戦死――『相手の全てを奪う魔法』の無効を機に、向こうが戦意をなくして不戦勝になっただけ。私は何も出来なくて、今日はずっと役立たずだった。
かといって不貞腐れるわけにもいかないので、その分めいっぱいヴァンデロさんたちを労うと決めてるんだけど――。
なんて1人反省会をしていると、ルカの視線に気がついた。曇りひとつない眼差しは、人の正体を暴いて映す真実の鏡の如く。私という人間の矮小さを思い知らせるようで、思わず身体が強ばった。
「……プリマステラ」
「は、はい」
いつもは何故か『姫』と呼んでくるルカに、珍しく役職名で呼ばれたことで、心臓がどきんと跳ね上がる。黙り込んでいたから、不快にさせてしまっただろうか。恐々待ち構えていると、
「貴方は『プリマステラ』であって、魔女……もとい、魔法使いではありません。シエルの光線の魔法も、おそらく自衛手段として教えられたものでしょう。貴方は、積極的に戦わなくてもよいのです」
「……!」
なんか、励まされてる。まだ、私からは何も言ってないのに。予想外の言葉に、私は目を見開いた。
「プリマステラの役目は、あくまでも『魔法使いを従わせる』こと……その後、戦うか戦わないかはプリマステラの自由ですが、眷属たちと同じだけ手柄を上げられなくても、そう気に病まれないでください」
「……はは。顔に出てましたか? すみません、気を遣わせてしまって……」
「いいえ。顔には出ていませんでしたよ。ただなんとなく、そんな気がしただけです」
ルカは、満月みたいなクリームイエローの髪に触れて、眉を困らせて笑った。
「長く劇団を続けて、演者を近くで見ていると、わかってくるんですよ。今日は体調が悪そうだとか、悲しいことがあったんだろうとか。相手がごまかしていても、ある程度熟達した演者でも」
「……そうなんですね。じゃあ、ルカに秘密は作れないな。……でも」
ルカの助言が正しいとしても――私が誘った眷属たちが、最前線で怪我を負っていく様を、ただ後ろから眺めるのは嫌な感じがする。
プリマステラの仕事じゃなくても、役立たずで彼らの真横に立てないとしても。斜め後ろでもいいから、なるべく眷属たちのそばに立っていたい。
これから彼らを魅了する『プリマステラ』としても、彼らに救われた、帰る家を知らない迷子のステラとしても、そうするべきだと思うから。
「……ルカ。私は、プリマステラにも魔女にもなりたいです」
「……どういうことですか?」
「大前提、立派なプリマステラになれるように頑張ります。ルカたちを、その、魅了……して、指揮できるようになります。でも、私自身も眷属の1人みたいに、ただの魔女みたいに戦いたいんです」
そもそもこの世界に魔女なんていないらしいけど。女性化したオリヴィエさんとか、現状不明のベルナザールとか、異例が立て続けに現れてるだけで。
でも、いいんだ。これは私の覚悟につける肩書きの話だから。私は、プリマステラにも魔女にもなりたい。
「だから、もう少し悩んでみようと思います。私は今回、どうすればよかったのか……これから、どうやって強くなろうかって」
私の表明に、ルカは少し驚いていた。やがて、どこか痛ましげに目を伏せた後、決意まじりの息を吐き出す。
「わかりました。であれば、僕に考えがあります。幸い、明日から劇団が長期休暇に入るんです。その間、姫と僕で同じ任務を受けましょう。僕も魔法使いとしてはまだ未熟ですが、教えられることがあるかもしれません」
「えっ……いいんですか? 大舞台が終わって、やっとゆっくり出来るのに……」
「構いません。元より僕は、休暇をのんびり過ごすのが得意ではないんです。なんだか悪いことをしているような気がして……」
ふふ、と軽やかに笑うルカ。ちらりと覗いた壮絶な過去に、私は思わず黙り込んだ。正当に与えられた休暇すら罪のように感じるなんて、一体どれほどの時間を仕事や研鑽に費やしてきたんだろう。まだ17歳のはずなのに。
私の憂いをよそに、ルカは友達をお喋りをするみたいに、気さくな声音で続けた。
「それと……よければ、僕から姫への呼び方を改めてもいいですか?」
「え? 姫呼びじゃなくするってことですか? い、いいですけど……そもそも、ルカってなんで私のことを『姫』って呼んでたんですか?」
「それは……」
ルカが初めて言い淀んだ。銀細工の光る耳が、熟れたみたいに赤く染まっている。
「僕が、貴方との距離を誤らないためです」
「……えっ?」
どういうことだ。『姫』と呼ぶ関係のほうが正しくなるなんて、ルカはどんな奇想天外な誤り方をする可能性があったんだ。
「姫はご存知だと思いますが……僕はその、あまり女性と接することに慣れていなくて。同業者はまた別なんですが」
「そ……そうですね」
私は、ルカと出会ったばかりの頃を思い出す。箒の後ろに乗せてもらおうとしたんだけど、女性が苦手って理由で断られちゃったんだよな。
「率直に言えば、惚れっぽいんです。それで、ドキドキして気が散漫になって……相手の、真の価値を見落としてしまう」
「真の価値……」
「眷属たるもの、『プリマステラ』に惚れる覚悟は出来ています。ただ、その価値がわからないようでは、本人にも眷属たちにも申し訳ないと思って……一定期間、自分に騎士の振る舞いを課すことにしたんです」
「……ドキドキしないために、ですか?」
「はい。僕は、与えられた役割に徹し、心を自制することに慣れています。だから、貴方という人がわかるまで、『姫』に決して恋慕を抱かない、鋼の心を持った騎士になりきろうと思ったんです」
……そっか。そういう事情で、ルカは私を『姫』なんて呼んでいたんだ。
理由はわかったけど、改めてすごく豪胆な心の持ち主だな。普通は説明もなしに、一般人を、真顔で姫呼びなんて出来ないと思うんだけど……。
ルカはきっと、頭から爪先まで役者なんだろうな。壇上の物語みたいな、人を傷つけない、美しい嘘をつくことに恥なんてないんだ。
そして、姫呼びを改めるってことは、つまり――
「じゃあ、私の『真の価値』がわかったってことですか?」
ドキドキしながら尋ねると、ルカは呆気なく首を横に振った。
「いえ……素敵なところは知っていますが、真の価値かはまだわかりません。でも、姫が……僕たちを従えながら、僕たちと並んで戦う、『プリマステラの魔女』になると仰るのなら、この演目は邪魔だと思ったんです」
「そ……そうですか……」
ちょっぴり残念だ。ルカみたいな凄くて素敵な人に、私の『真の価値』を教えてもらえたら、その記憶を夢に落ちる間際まで、何度も手に取って抱きしめただろうに。
「それで名前なんですが……姫の意を汲んで、敬意と親しみを持てるものにしたいんです。なので、ステラ嬢とお呼びするのはどうでしょう?」
「……え? な、なんて? す……ステラ嬢……? 姫と大差ないんじゃ……」
「とんでもない。確かに、主に貴族社会で使われる呼称ですが、『姫』と違って下のお名前も入っているんですよ。『嬢』でなんとか均衡を保っていますが、僕にとってはかなり砕けた呼び方です」
「ま……まぁ、ルカがそうしたいなら、ぜひ。結構まだ堅いと思うんですけどね……? ルカは普段、女性のことをなんて呼んでるんですか?」
「た……大抵は、名字に『女史』とつけて……」
「女史!?!?」
照れるルカに面食らっていると、私たちの間にずいと綺麗な顔が割り込んできた。フィニキスだ。
美少年のルカと2人、眼前のすさまじい光量に目を焼かれていると、フィニキスはルカの全身を眺めた。中性的なハスキーボイスが、『へぇ……』と甘美な音色を紡ぐ。
「悪くないね。むしろ気に入った。君の名前を教えなよ」
「ひ、姫……いや、ステラ嬢。この人はいったい?」
「あっ、フィニキスさんです。あそこで展示品の宝剣を振り回してるベルナザールさんと一緒に、シエルシータを探してるらしいんですけど……あ、死の魔法使いを追い払ってくれたのも、このお2人なんですよ」
「……。僕は、劇団『オロ・レオーネ』に所属しているルカ・アトリーシェと申します。プリマステラや眷属たちを助けてくださり、心より感謝いたします」
怪訝な顔をしながらも、胸に手を添え名乗るルカ。すると、フィニキスは興味深げにその名を口腔で転がした。
「ルカ……君もプリマステラの眷属なのかい? ハッ、やめておきなよ! 魔を宿した獣どもに囲まれて、泥臭く血を流すなんて君には向いていない。君は争いなんかとは無縁で、ただその容姿を磨いていればいいよ」
「――は?」
ぴき、とルカのこめかみに青筋が浮かんだ。私には『綺麗な顔を大切にしてほしい』という、フィニキス語のお願いに聞こえたんだけど、ルカには『顔だけのヒョロガリ』と馬鹿にされたように感じられたらしい。ルカは額を押さえた。
「はぁ。シエルの名前が出た時点で、嫌な予感はしていたが……ご忠告痛みいるよ、フィニキスさん。――ステラ嬢。僕はここで失礼します。劇団長に用事があるのを思い出しました。また後ほどお会いしましょう」
「あっ……はい」
ルカはフィニキスを一瞥し、個展会場を足早に去っていく。今度はフィニキスが眉をひそめ、物言いたげに追いかけようとしたけど、私が慌てて引き戻した。フィニキスが私を見下ろす。
「不遜な雑草め。思い上がるなよ。誰に許可を得て僕様に触れている?」
「きゅ……急に掴んだのは、すみません。でも、ルカも忙しいみたいですし、誤解を解くなら今度にしましょう。私たちきっと、一緒の馬車に乗って帰れますから」
「誤解を解く……? ハン! そんなものじゃないよ。ただ、彼を導いてやろうと思っただけさ。全く、せっかく僕様が気にかけてやってるのに……年少の魔法使いは、あんなのばかりなのかい?」
「え? ばかりって……」
今この会場で、年少の魔法使いと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、出ていったルカと同い年くらいのニナだけど――。
「そうだ、ニナ……!」
私は慌てて会場を見回した。けれど、青い装束をズタボロにした少年は見当たらない。あの喧嘩をしてから、奇跡的に再会できたのに。青ざめる私の上から、呆れたようなフィニキスさんの声が降ってきた。
「鎖鎌を持った少年なら、どこかに帰ると言って、さっき会場を出ていったよ。僕様に肩をぶつけたというのに、ぶつぶつ呟いて謝りもしないで……」
「え……帰る……?」
私の体温が、すうっと下がった錯覚がした。
もし彼が帰ろうとしているのが、ニナの故郷のことなら……そこには、ニナが復讐したいと望んでいる人がいるはずだ。
――ある時代、戦争において猛威を振るった、最強の傭兵集団の末裔たちが棲む集落。
ニナは、集落の住人たちを見返すために、『プリマステラの眷属』という肩書きに固執していたはずなのに……どうしてこのタイミングで帰ったんだろう?
「……」
ニナを治癒する際に使った、私とニナの最後の繋がり。私はドレスの生地越しに、『星の杖』のホルダーに触れた。
彼の復讐に加担する気も、関わる気もない。だから私は、眷属を志望するニナを断り続けてきた。だけど、どうしてだろう。嵐に見舞われる前みたいに、胸の奥がざわついて止まなかった。




