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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
4.???の??の章

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第54話『誇り高い迷子、自信のないナイト』

 私やオスカーさんが駆けつけると、部屋には異様な空気が漂っていた。サイカたちは呆然と固まり、死の魔法使いに至っては、川辺の石を返したら思いのほか虫がいた、みたいな顔の引き攣り方をしている。


 戦場を混乱の渦に陥れた元凶――その片割れであり、自らを『光の魔法使い』と称したフィニキスは、20代半ばくらいの青年だった。


 誰よりも美しい人だった。すらりとした高い上背(うわぜ)は、殆どを脚が占めている。白と黒を基調にし、フリルと金の装飾を贅沢にあしらった服は、半壊した個展会場さえ華の大舞台に変えた。

 翡翠(ひすい)色の目を縁取る睫毛と、ひとつ結びの長髪は、穢れのない乳白色で神聖さすら感じさせる。

 世界一の彫刻職人が、時間も金も惜しまず作った天使像――そう形容したくなるような、人離れした美貌の持ち主だった。


「おやおや……僕様に謁見する光栄を(たまわ)ったというのに、(こうべ)も垂れずにこのご尊顔を拝もうとする不遜な輩が多いねえ。ハン、雑草風情が! 許可もなく天光を浴びようとするんじゃないよ」


 ……一人称と性格は、目も当てられない有り様だけど。


 対して、自らを『愛の魔女』と称したベルナザールは、10代後半くらいの少女だった。


 暴力的に華やかな娘だった。猫のように爛々とした瞳と、毛先の暴れた長髪の、燃えるような夕陽色が目に眩しい。

 それを更に引き立てる漆黒のドレスは、肩や膝を大胆に曝け出し、彼女に踊り子のような健康的な色気を与えていた。


「良いではないか、フィニキス。我は崇められるのは大好きだが、頭を垂れるということは、皆が我らから目を背けるということでもあろう? 寵愛を与えてやろうというのに、それではあまりに寂しいではないか」


 ……その口調は、見た目とは似つかない老齢っぷりだけど。


「――はぁ」


 嫌悪を多分に含んだ息を吐き、死の魔法使いは前髪を掻き上げた。


「やめだ。お前たちと関わると(ろく)なことにならない。よかったね? 君たち。せいぜい束の間の休息を謳歌するといいよ。次は奇跡なんて起こらないんだからさ」


 そう言い残すと、彼は氷の鎌で空間を斬り、裂け目に入って姿を消した。


「……!」


 死の魔法使いが撤退した。しかも全員生存しているうちに。その事実は、とても喜ばしいことのはずだった。

 だけど私たちは、気を緩められずにいた。突然乱入してきた上、それだけで死の魔法使いを退けたフィニキスたちのせいだ。


 彼らは死の魔法使いとは不仲のようだけど、敵の敵が味方とは限らない。ただ、私たちが対峙する相手が変わっただけかもしれない。

 挙句死の魔法使いが嫌うような相手なのだ。よほどの実力者か、厄介な魔法の使い手のはずである。身の危険が払拭されない以上、構えた武器を下ろすことは出来なかった。


 ところが少女、ベルナザールが口を尖らせた。訝しむような目で私たちを見回す。


「なんだ? (いかめ)しい顔で見つめおって不躾な。感激のあまり声が出ない、という風にも見えんが……大体あの男もなんだ。我を見て興を削ぐとは、この世の者ではないのではないか? はぁ、みな我の啓蒙が必要だな……」


「あっ……す、すみません! 助けてくださって、ありがとうございます!」


 綺麗な額に深まる皺に、私は思わず頭を下げた。まだ彼女が味方だという証拠はなかったけど、このままだとなんとなく、ベルナザールの純粋な善意を、無碍(むげ)にしてしまうような気がしていた。


 あとはサイカとリッカがまごついただけで、他の眷属や協力者たちは、2人への警戒を解かなかった。一触即発の空気に、私はごくりと息を呑む。けれどベルナザールは、深々と下げた私の頭1つで、矛先を収めてくれたようだった。


「まぁよい。フィニキスと違って、我は広量な魔女だからな。この無礼は許してやろう。それに、愚か者も愛するのが我の性分だ」


 ベルナザールが胸を張ると、隣に立つフィニキスが嘲笑した。


「フン。まるで僕様が偏屈者かのような物言いだね。『この宇宙では僕が正しく、それ以外はすべて間違い』――僕様はこの、覆ることのない絶対的な法則に従っているだけなのに。……さて、そろそろ本題に移ろうか」


 翡翠の眼差しをぐるりと配り、最後に私を振り返るフィニキス。天使か何かの一瞥(いちべつ)をもらったような気がして、私は息を詰まらせた。彼の薄い唇が開く。


「僕様とベルナザールを除いて、この場で最も権力を有しているのは君だね? プリマステラ」


「――! は、はい。多分、そうですが……どうして私がプリマステラって」


「はぁ? 僕様を馬鹿にしているのかい。わかるさそれくらい! それとも君は知らないのかい? 今、国内の新聞社がこぞって(うた)っているんだよ。『花の国王と救済の乙女、建国40周年に親睦を深める』って」


 目を剥く私に、魔法で新聞を取り出すフィニキス。渡された紙面には、今朝謁見した花の国王と私が、親しげに並んでいる写真が数枚。

 その周りには、『プリマステラは花の国を優先して守ると誓った』なんて覚えのない出来事が、いかにも事実らしく書き立てられていた。


 写真の方も心做しか、私たちが親しく見えるよう、写実的な絵で上書きされている気がして、頭からさぁっと血の気が引いていく。ふらついた私の背を、オスカーさんの広い手が支えてくれた。


「な、なんですか、これ……私、こんなこと……! えっ? ルカの名前まで使われてる……?」


「へえ……? 確かに、この現象には光学的にあり得ない点がいくつもあったけど、やはり描き加えられていたんだねえ。まぁ、プリマステラやそれが擁するスター俳優が懇意にしているとあれば、花の国は向こう10年国際政治で幅を利かせられるしね!」


 フィニキスは、蒼白の私を悪辣な笑みで眺めながら、魔法で新聞をどこかに追いやった。


「それで、花の国とズブズブらしい君に聞きたいんだけど……」


「フィニキス。意地の悪い真似はやめないか。お前を連れている、我の格まで落ちるであろう?」


「うるさいな。こんなの挨拶代わりだろ。……僕様たちがここに来た理由は1つ。君の眷属であるシエルシータを探してるんだ。アイツが今、どこにいるのか教えなよ」


「……え?」


 新聞に気を取られていた私は、緩慢な動作で顔を持ち上げた。


 シエルシータ。その名前に、私は先程のヴァンデロさんを思い出す。彼は意思疎通(テレパシー)で飛ばした救援要請が、アサジローさんには繋がらず、シエルシータには無視されたと言っていた。


 どうして彼が、私たちをまとめて見捨てるような真似をしたのか、見当もつかなくて怖かったけど……もしかして、フィニキスたちが彼を探しているのと、何か関係があるんだろうか。


「……何故、シエルシータを探しているんだ?」


 私の背から手を離し、オスカーさんが援護をしてくれた。やれやれと首を振るフィニキス。しかし、その尊大な口が開かれる前に、ベルナザールがすっと割り込んだ。


「我らは、故郷への帰り方をそいつ……シエルシータに聞きたいんだ」


「故郷への、帰り方……?」


「ああ。我らの故郷は、遠い、遠い場所にあってな。我とフィニキスだけでは、帰ることが叶わんのだ。だから、シエルシータの力を借りたいと思っておる。聞くところによると、そいつは空間を操る魔法が得意なのだろう?」


「……? はい。多分、得意だと思いますが……ええと、ベルナザールさんは彼と知り合いじゃないんですか?」


 相方っぽいフィニキスが、シエルシータを『アイツ』呼びしていたから、てっきりベルナザールも知り合いなんだと思ってたんだけど……。

 私の問いかけに、2人は顔を見合わせた。何やら視線でやりとりした後、ベルナザールが言いにくそうに眉を寄せて目を閉じる。


「あー、そうだなぁ……我も、そいつの知り合いらしいのだが……どうやら事故で、我は昔のことが思い出せんようなんだ。だから詳しいことは我でなく、フィニキスのほうに聞くといい。フィニキスは、記憶は残っているようだからな」


「『記憶は』ってなんだい。僕様は常に完全無欠だよ。と言っても、話すべきことは話した。これ以上、僕様から話すことなんてないけどね!」


 フィニキスが大袈裟に肩をすくめた。いやに仰々しくて気に障る動作だけど、抜群のスタイルがそれを昇華して、鑑賞に耐えるアクションになっているのがまた腹が立つ。


「……」


 今度は私がサイカ、オスカーさんと顔を見合わせた。


 もし彼らの言うことが本当なら、見捨てるのは少し可哀想だ。故郷への帰り方はわからず、片方は記憶喪失だなんて、気丈に振る舞っている2人も内心では心細さを……感じて……いるんだろうか……?


 見た目は年若い2人だけど、シエルシータと知り合いなら、軽く数百歳は超えている恐れがあるんだよな。いや、でも、何歳になっても迷子は怖いものだろうし……。


「……わかりました。とりあえず、私たちはやることがあるので……案内するのは、それが終わってからでもいいですか?」


「はぁ? 僕様を差し置い」


「構わん。手を貸してほしいときは、遠慮せず我らに言うがいいぞ」


 フィニキスの口を封じて、ベルナザールが大きく頷いた。そして、私たちの長い長い後片付けが始まった。





 まず取りかかったのは、怪我人の治療だった。


 応急処置を施したヴァンデロさん、ニナの2人をサイカに引き渡し、より質のいい治癒魔法をかけてもらう。するとサイカが魔力を切らして倒れたので、回復したヴァンデロさんに運んでもらい、彼らにはルカの楽屋で休んでもらうことにした。


 人形なので治癒魔法が効かないメルティークには、私が水中図書館『ネロ・ヴィブリオ』で覚えた修復魔法を使って、ひび割れや凹みを直してあげた。

 会場の端にぺたんと座り、綺麗になった銀髪を指で梳きながら、目を伏せたメルティークが呟く。


「魔力の無駄遣いだね。メルはお前の仲間じゃないんだよ? っていうか、メルに魔力を送るのもうやめたら。モニカも宿敵(オリヴィエ)も、死の魔法使いもいない今、生きる理由も生かす理由もないでしょ」


「そんなことないですよ。その……もし、メルティークにこの先目的がないのなら、の話なんですけど……実は、私たちと一緒に、風の国に来てほしくて……」


「はぁ?」


 隣で畏まって正座する私を、メルティークは奇怪そうに振り向いた。


「なんで? まさか、メルを眷属にするつもり? 冗談でしょ。魔法は使えるけど、本物の魔法使いじゃないし……第一、メルはお前に惚れたりなんてしないんだけど」


「いや、眷属とか惚れるとかは考えてないんですけど、その……今の男所帯だと、ちょっと相談しにくい悩みがあって……たとえば、この前だと下着」


「いっ……いい! いちいち言わなくていい! わかった、少し考えるから……メルのことはしばらく放っておいて」


 そんなやりとりの傍、個展会場を眺めていたベルナザールが、顎を摘んで『ふむ』と思案。炎のようなオーラを纏わせると、シャンデリアの下で片手を掲げた。

 直後、全方位に火花のようなまばゆい粒子が散る。瞬きのような時間、灼熱が私たちの肌を撫でた。かと思えば、火の粉を被った展示物が淡く輝き出し――なんと命を吹き込まれたように動き始めた。


「えっ?」


 破れた絵画の上と下が繋がり、煤まみれの銅像がツヤを取り戻す。粉々の剥製は、龍に戻って自分の展示台へ帰っていった。やがて、場内は全て元通りになった。

 まるで、時が巻き戻されたような光景。私は、確かにここで起きた騒動を思い返しながら気づいた。多分、これも修復魔法の一種だ。私のより遥かに壮大で別物みたいに見えるけど。


「す、凄い……! なんですか今の!? 凄い、すごい、ぜんぶ元通りだ……!」


「ふふん、そうだろう。誠に見事であろう? 先の光景をしかと心に焼き付けておくがいいぞ。あのレベルの修復魔法は、この先100年はお目にかかれんだろうからな!」


「は……はい、焼きつけます! あの、ベルナザールさんは修復魔法が得意なんですか? もし、コツとか練習方法があるならぜひ……」


「否! 我が得意とするのは、『愛』に関する魔法全般だ」


「あ、愛に関する魔法……?」


 ……どういう魔法なんだそれ。文脈を無視すれば、魅了して相手を惚れさせる魔法とか? オリヴィエさんとほぼ被ってる気がするけど……一大イベントの最中とはいえ、こんな局所に似た魔法の使い手が集まるものだろうか。


 私が首を捻っていると、ベルナザールは腰に手を添えてエヘンと胸を張った。


「修復を始めとし、治癒・防御・魔除け……幸福や安寧のイメージを持てる魔法はすべて修めておる。愛の魔女だからな! 代わりに、破壊や呪いの魔法はからきしだが……卵を割る魔法すら使えん。そも、料理などしないがな!」


「なるほど……じゃあ、死の魔法使いが嫌がってたのって、もしかして……」


「我のことだろうな。もちろん、フィニキスの傲慢な態度も気に障っただろうが」


「……やっぱり、お2人は死の魔法使いと知り合いなんですか? どういう関係だったとか、フィニキスさんから聞いてるんですか……?」


「詳しくは知らんが、知り合いなのは確かだ。ただフィニキス曰く、我がいるとことごとく魔法が封じられるので、蛇蝎のごとく我を嫌っていたらしい。記憶をなくす前の我もきっと、あいつを愛するのは容易ではなかっただろうな」


 その後、私は会場のスタッフさんに事の一部始終を伝えた。


 通報されて来た花の騎士団と、私・オスカーさん・リッカの3人で、ミュージアム周辺の警備体制や、魔女オリヴィエの遺留品の処遇について話し合う。結果、メルティークも遺留品扱いで回収され、彼女とはまた後日会うことになった。


「……っ」


 話の最中、リッカは目を伏せて拳を握っていた。何かと思ってすぐに気づく。

 ベルナザールが修復したことで、会場は再び美しい展示品で溢れかえった。中にはリッカの物欲を刺激し、彼の魔法を誘発するものもあるだろう。


 だけどここは人前、しかも騎士団の偉い人たちの前だ。彼らはリッカの事情を知らないか、理解がない人たちなのだろう。

 それで、目の前で盗ってしまわないよう、必死に意識を逸らしているんだ。


 ――なんて、私がじっと見ていたせいだろう。話に区切りがついたとき、駆けつけた騎士の中で1番位の高そうな人が、声を落として私に尋ねてきた。


「プリマステラ様。うちのリッカが、貴方に何かご迷惑をおかけしたのでしょうか」


「いっ……いえ! とんでもない! リッカさんには、たくさん助けていただきました」


 ビックリして声が裏返ったけど、嘘をついたわけじゃない。彼には本当に助けられた。


 私とサイカを呼びに来てくれたこと。『星の杖』をメルティークから奪い返してくれたこと。ニナを治療する勇気をくれたこと。

 ヴァンデロさんの指示かもしれないし、無意識に使った魔法だろうし、騎士団の先輩の受け売りだったかもしれないけど――。


 震える足を動かしたのも、敵から目を逸らさなかったのも、私の不安に気づいてくれたのも、全部リッカの功績だ。


「リッカさん」


 私はリッカを振り向いた。ペリドットの視線が持ち上がる前に、無理やり彼の両手をとる。


 偉い人の目の前だ。リッカは行儀よくしないといけない。でも、私の顔を見て話そうとすると、どうしても私越しに展示品が見えてしまう。

 だから、周りが不審に思わないように。けれど、リッカが展示品を見なくて済むように。手元に注目を集めようと、咄嗟にそうしてしまった。


「私たちを助けてくれて、ありがとうございます」


「……!」


 リッカは息をするのも忘れて、握られた自分の手を見つめていた。緊張で乾いた唇を震わせ、熱いものでも触ったみたいに、ぱっと私の手から逃れる。そして、自分の手を胸元で握りしめた。


「お……オレは、大したことはしていません。ほとんどヴァンデロさんや、フェリックさんの功績で……」


「……リッカさん」


 それは、謙遜というより卑下に近かった。自分は何もしていない。心からそう思っているんだろう。私は、針を刺したような痛みを胸に覚えた。けれどすぐに食い下がる。


「はい。あの2人には、リッカさんの5倍は感謝するつもりです。だから1倍のリッカさんは、早めに受け取ってくれるとありがたいです。ここが基準になるので」


「えっ?」


「早く。ありがとう、リッカさん」


「えっえっ……じゃ、じゃあ、はい……どう、いたしまして……?」


 目を白黒させるリッカ。露骨な動揺が面白くて、私は噴き出してしまった。


「ふふふっ、嘘です。誰が何倍なんて考えてません。でも、受け取ってほしかったから、意地悪なことを言ってしまいました。すみません。それじゃあ、お互い頑張りましょうね!」


 私が小さく手を振ると、リッカは壊れたカラクリみたいに『あっ、え』と口を開閉して、騎士団の人たちとなんとか撤収していった。


「……耳まで真っ赤。気持ち悪いんだけど、このクソオス……」


 一緒に去っていくメルティークが、ぼそっとついた悪態と溜息は、私の耳までは届かなかった。

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