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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
4.???の??の章

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第53話『呼んで来ない知人、呼んでもない奇人』

 およそひと月ぶりの対峙(たいじ)になるだろうか。重体のヴァンデロさんとニナを放り捨て、冷気をまとって現れた死の魔法使いに、私は震える声を発した。


「こ、交渉……ですか?」


 本当は、問答無用で攻撃するべきなのかもしれない。だけど、魔法に触れて日の浅い私でもわかった。彼はもう、路地裏で高熱の苦しみに喘ぎ、ルカの不意打ちで死んだ少年とは違う。場を制する上位の存在の圧がある。

 いま動ける最大人数は6人。数で言えばこちらが圧倒的に有利だけど――何か1つ間違えれば、1人以上の死者が出る。そんな予感がした。


 とはいえ、何が間違いで何が正しいのか判断するのは、力の及ばない私には不可能なことだ。

 出来るとしたら、死の魔法使いとなるべく穏便に話をし、稼いだ時間で仲間に対策を講じてもらうこと――私はなんとか心を落ち着け、会話で場をもたせようとした。


 ところが、


「うん。それ、寄越してくれる?」


 死の魔法使いが、身の丈より長い銀の杖で示したのは、私の手中の『星の杖』だった。思考が硬直する。ひと月前にも、彼に『星の杖』を要求されたことがあったけど……まさか、今度はヴァンデロさんたちの身柄と交換しようというのか。


「いっ……」


 反射的に出かけた言葉を、歯を食いしばって止めた。


 でも、嫌だ。どういう理屈かわからないけど、私は『星の杖』を失うと、みんなから私と認識されなくなるんだ。『ステラ』によく似た別人として扱われる。もう、あんな思いは2度としたくないんだ。


 それに『星の杖』は、いろんな人が強力だと認める魔道具だ。きっとこれ1つ渡っただけで、今後の戦況が大きく変わる。死ななくてよかった仲間が死ぬかもしれない。今後と言わずここで裏切られ、皆殺しにされる可能性だってある。


 だけど、どうする。渡さなければ彼の不興を買う。このまま戦いになれば、それこそ死傷者を出す羽目になるだろう。


「……っ」


 違う。そもそも死の魔法使いは死なないんだ。ルカが路地裏で殺害したときも、首だけの状態で喋っていた。そうして今日、五体満足でここに現れた。彼が不死身なのは確かなんだ。


 じゃあ、戦うだけ無駄になる? さっさと『星の杖』を渡してしまったほうがいい? だとして、私がプリマステラだとわからなくなった後、どうやって眷属のみんなと連携をとれば――。


「ふざけるな」


「――!」


 ふいに、足元から声が聞こえた。ニナだ。全身に傷を負い、胴体の一部を氷に覆われた少年は、霜が降りた絨毯に血まみれの爪を立てていた。


「ふざ、けるな……ッ! オレには、寄越さなかった、くせに……オレに、それを、守らせたくせに……! そいつには、それをやるのか……アンタは……っ!」


「……ニナ」


「ごほっ、ごほ、ごほ……っ。殺してやる……殺してやる、死の、魔法使い――!」


 どこにその力があったのか、ニナは傷だらけの肉体を跳ね起こした。鎖鎌を一閃。鈍色(にびいろ)が瞬いた次の瞬間、死の魔法使いが上下真っ二つになる。


「――はぁ?」


 傾いた少年の幼い顔立ちが、不快一色に染まった。か細い息を漏らしながら、血濡れの背中を丸めながら、それでも大地に踏ん張るニナと替わるように、死の魔法使いが横たわる。体勢の逆転。

 でも――きっと、ニナは知らなかったんだろう。死の魔法使いが、死なないってことを。


「……不愉快だ。たかが生まれて十数年。魔法使いとしては、目も開かない赤子のような男を、この僕が! 地に伏して見上げているなんて……」


 少年の上半身がふわりと浮き上がり、下半身がひとりでに立ち上がった。目を見開くニナの手前、分かれた半身を接続する死の魔法使いは杖を構える。

 オスカーさんが駆け出した直後、壊滅した個展会場に、数人分の詠唱と、光と、熱が広がった。


「《レリルべ・リアフェト・クスウェベジ》!」

「《アダブ・コブレガル・ラジェフス》!」

「《ロゼアト・ル・トーヴツェルフォ》!」


 フェリックさんが皆に淡い光の鎧をまとわせ、サイカが後ろに引いた利き足にオーラ化する魔力を溜め、メルティークが三叉槍から禍々しい黒炎を放射する。

 身を低くして走るオスカーさんが、動かないヴァンデロさんを回収した。


「《イグロ》ッ……」


 ニナも負けじと唱えようとするが、咳き込んで血の塊を吐き出した。私とリッカが慌てて連行すると、ニナは苦悶の表情で身じろぎする。が、2人相手に抵抗できる体力は残されていないみたいだった。


「離せっ……殺してやる……ッ」


「だ……黙っててください!」


 焦りがそうさせるのか、驚くほど大きな声が出た。面食らうニナに気まずくなりつつ、オスカーさんに続いて隣の部屋に駆け込む。

 やはり数々の展示品が無残に散らばるそこで、重症の魔法使いたちは壁を背に座らされた。


 改めて見ると、2人の状態は凄惨なものだった。傷つけられていない箇所がない。けど、そのどれもが小から中程度の傷で、致命傷が見当たらないのがまた悪趣味だった。はなから生け捕りにするつもりだったのか、いたぶっていたのかはわからないけど……。


「プリマステラ。ニナの治癒をお願いします」


 いつもは無感情な顔を、難しそうに歪めて、オスカーさんが視線でニナを示した。ニナは何かを言いかけたが、どこかが強く痛むのか、噛み合わせた歯の隙間から鋭く息を吸っただけだった。


「……はい」


 オスカーさんのせいじゃない。でも、有無を言わせない場の空気に、自分の手を握って頷いた。


 いずれ、こんな事態になるとは思っていた。だから討伐任務の合間、裁縫針で自分の指を傷つけて、それを治癒してという練習は繰り返してきた。

 だけど、本番を迎えてみるとわかる。練習とはまるで状況が違う。相手は他人で、しかも命に関わる重傷者だ。絶対に失敗できないのに、そばには傷つけた元凶がいて、こんなにも心が落ち着かない。


「っ……」


 違う魔法がかかったら。そもそも魔法が使えなかったら。こうしている間に、サイカたちが追い詰められていたら。嫌な想像ばかりが胸中を占める。心臓がうるさい。杖を上手く握れない。早くやらなきゃいけないのに――。


「……ステラちゃん」


 ふと、心配そうな声に呼ばれた。肩をつつかれて振り向くと、突然中指で額を弾かれた。


「イッ……!? え? リッカさん……?」


 私が呆然と目を向けると、デコピンしてきた犯人は慌てて胸の前で両手を振った。


「あぁっ、違うんです! すみません、物騒なやり方で……でも、ステラちゃんを落ち着かせたくて。お、オレも昔、魔獣との演習で怖くておかしくなってたとき、先輩にぶん殴ってもらって、正気になったことがあったので……」


「な、なるほど……?」


 花の騎士団って、名前の割にハードなんだな――と場違いな感想を抱きつつ、私は弾かれた額に触る。どちらかというと、痛みよりもリッカが攻撃してきたことにびっくりしたんだけど……まぁ、落ち着いたしいいか。結果よければ、だ。


「……ありがとうございます、リッカさん」


 ニナの前にしゃがみ込む。ニナは目を閉じて、弱々しく息を吐いていた。抵抗する気力はもうないみたいだ。私は『星の杖』に力を込めた。


「《プリマステラ・インヴィクタム》」


 杖の先端が淡い青に光る。光の膜に包まれて、じわじわ傷が塞がっていった。私の技術不足のせいだろう、全てを塞ぐには至らなかったけど。ニナの呼吸は、落ち着いたものになっていった。


「……」


 私は目を伏せた。情けないけれど、今の私に出来るのはここまでだ。


「うっ……ごほ、ごほ……っ。ここは……」


 オスカーさんによって、同じく中途半端に治療され、ヴァンデロさんが意識を取り戻す。ほっと息をついた私は、すぐに彼に詰め寄った。


「個展会場です。隣の部屋にサイカたちと、死の魔法使いがいます」


「……!」


「3対1で戦ってるんですが、倒し方がわからないんです。だから……ヴァンデロさん。シエルシータとアサジローさんに、意思疎通(テレパシー)をしてもらえませんか? 2人をここに呼んで、力を借りたいんです」


 ――これが、私の考えた最善の作戦。これ以上がある気がするけど、私には思いつかなかった。私は、祈るような気持ちでヴァンデロさんを見つめた。

 ヴァンデロさんは、小さく首を横に振った。


「いや……無理だ。さっき試したが、アイツらと連絡がとれなかった」


「……えっ? どういう……オリヴィエさんが亡くなって、もう魔法阻害の結界はないんですよね? あ、距離的に厳しいとか……?」


「距離は大した問題じゃない。だが、アサジローに意思疎通(テレパシー)が届かねェ。結界で阻害されたときと似た感覚だ。で、シエルシータのほうは、届いてるくせに応答しやがらねェんだ。どういうわけか、こっちの救援要請を無視し続けてる」


「――え?」


 私は言葉を失った。理解が出来なかった。この中で1番彼らに詳しいだろうオスカーさんは、口を結んで神妙な顔をしていた。驚いたり案じたりせず、何か思い当たった顔をしているのが、私にはとても恐ろしかった。

 オスカーさんにとって、シエルシータは最初から、信用ならない人だったのだろうか。それとも、何か他の事情が――そう思い詰める私のもとに、新しく2人分の足音がやってきた。





 サイカら3人を前にして、死の魔法使いはひどく落ち着いていた。


「《シトロムローマ》」


 途端、長い杖の先から吹雪が起こり、メルティークの黒炎を跳ね除ける。さらに吹雪は天井や床を這い、部屋全体に霜を下ろした。ぐっと周囲の気温が下がる。


 対するフェリックは、空中に装填した石の欠片を連続射出。ランダムな軌道をとらせ、右から左から少年を穿(うが)とうとした。

 が、耳を狙えば耳のそばに。膝を狙えば膝のそばに、薄氷で出来たパネルが出現し、破裂する代わりに主人を守護した。


 そこに、頭上から迫る影が1つ。サイカだ。魔力を溜めた足で跳躍した彼は、長身を車輪のように前回転。

 それを認めた死の魔法使いは、薄氷のパネルを3重に生成した。厳重な防御壁に、勢いを乗せたかかとが振り下ろされる。

 破壊。3重のパネルは立て続けに割れ、1番下にあった死の魔法使いの頭が爆散した。しかし、


「っ……!?」


 真横から氷の杭が飛来。サイカを突き飛ばしたそれは、腹を貫通して彼を壁に縫いつけた。漏れるうめき声。透明な杭をつたう鮮血。

 だが、口端を吊り上げる。サイカは自身を刺す氷の杭を、強化した片足で蹴り上げて粉砕。解放されてその場に膝をつくと、血が噴き出す空洞に手をかざし、得意の治癒魔法を全開にした。


 一方死の魔法使い。首無しで行動する彼は、飛翔して急降下するメルティークの刺突を避け、フェリックが生やす石槍の林も次々と避けて、杖の先に三日月型の氷刃を生成。得物を大鎌へと変えて、正面からフェリックに突進した。


 瞬時、石剣を生成するフェリック。が、凍る三日月をその刃に受けた途端、亀裂が入って石剣が崩壊。三日月がフェリックを捉える。彼は光の鎧に守られて、肉体の形を保ったまま吹き飛んだ。


「――っ!」


 寸前、フェリックは召喚した箒を掴んで激突を回避した。


 ――3対1で、ようやく互角だった。

 死の魔法使いは、魔力感知の精度と魔法展開の速度がとにかく卓越していた。奇襲はほぼ通用しないし、通じたところで蘇生される。このままでは、サイカたちの気力と体力、魔力が無意味にすり減らされる一方だった。


 とはいえ、手を止めれば誰かが死ぬ。彼らは全力でここを耐久し、部屋を出たステラたちに託すしかなかった。


「はぁ、はぁ……っ」


 2つ結びの髪を乱しながら、空中で息を整えるメルティーク。生気の宿った薄桃の頬を、汗がつうっと滑り落ちていく。

 誰かの魔力がないと生きられず、自然と魔力感知が得意になった彼女は気づいていた。死の魔法使いから、大量の魔力が漏れ出ていることに。


 おそらく彼が封印されたという戦いのとき、眷属の誰かが『心臓』に傷をつけてやったのだろう。今の彼は、10の魔力を出そうとして5を無駄にするような、そんな不安定な状態になっていた。


 にもかかわらずこの有り様だ。全盛期はどれほどおぞましい怪物だったのだろう。笑いすら込み上げるような、絶望に苛まれたそのときだった。


「アッ――ハハハハハ! 無様無様! 汚いねえ、醜いねえ!」


「ああ、なんと不幸せな。瞳が絶望で汚れておる……」


「これでは添え花どころか雑草だ! ごきげんよう? 雑草諸君」


「だが、我が来たからには安心せい。我の膝元で、すべての不幸は反転する――」


「ご覧。美しい大輪が来たよ。この僕様、『光』の魔法使い・フィニキスのことさ!」


「さぁ、歓待せよ! 我こそが『愛』の魔女・ベルナザールであるぞ!」


 ――様子のおかしい2人組が現れた。死の魔法使いの顔が、旧知の悪友と再会したように引き攣った。

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