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プリマステラの魔女  作者: 霜月アズサ
4.???の??の章

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第52話『Primastella and stick』

 顔色を伺いながらそう尋ねると、フェリックさんは口を結んだ。


 思い出したのは、鯨の魔獣と戦ったときのアクシオくんのことだった。

 魔法を使うことが出来るけど、自力で魔力を生み出せない体質の彼は、私が貸した『星の杖』から魔力をもらって戦っていた。

 だから同じような条件のメルティークも、杖の魔力でまた動けるようになるかと思ったんだけど――。


「うーん、出来るんじゃない? ただ、ステラちゃんの味方になるかはわからないけどね」


「そう、ですよね……」


 私は俯いた。魔女オリヴィエが人形メルティークを使役できているのは、動力の魔力を与えているからだけじゃない。メルティークの前の持ち主にかけた、『自分(オリヴィエ)に惚れた人間の全てを奪う魔法』が機能していたからだ。


 何故かすべての魔法と魔力が剥がされている今、メルティークはあるべき元の状態――つまり、自分は前の持ち主のもの、という認識に戻っているはず。

 オリヴィエの復讐を手伝う理由こそなくなっただろうけど、だからって私に好意的になるとは限らない。攻撃的な性格は本来のものだろうから、より可能性は見込めなかった。


 それでも……。


「オ、オレが……! オレがメルティークを見張ります」


 意を決したのはリッカだった。驚く私とフェリックさんの前、彼は煤と血に汚れた腕で、剣の柄を握りしめた。


「もし、ステラちゃんに攻撃しようとしたら……オレが、メルティークを斬りますから。ステラちゃんはどうぞ。したいことをしてください」


「い、いいんですか? その……すごい言われようだったと思うんですけど」


 思わず目を逸らす。思い出すのもためらわれるような罵詈雑言(ばりぞうごん)――あれらを浴びせられたリッカは、決してメルティークに好印象は抱けなかったはずだ。リッカもぎくりと肩を跳ねさせた。


「そ……そうなんすけど。その……うずくまって、泣いてるところを見てたら……なんとか、してあげなきゃいけない気がして……」


 物言わぬ人形の少女を見下ろすリッカ。前髪で片方隠れたペリドットの双眸は、少し滲んで揺れているように見えた。


「――自分と自分の未来に絶望して、苦しくて、泣くことしか出来なかった日……父はオレを許して、騎士団って生き方を示してくれました。……今のところ、好きにはなれてないけど。父の選択そのものには、ずっと感謝してるんです」


「――」


「オレは……誰かがやり直すところが見たいです。オレの人生はまだグズグズで、好転したことなんて1回もないっすけど……誰かが、やり直せるところを見れたら……オレも少しだけ、未来を信じられると思うから……だから、えっと」


 リッカはごまかすように、照れたように小さく笑った。多分、初めて見た彼の笑顔だった。

 傷だらけで汚れているけど、そっと包み込むみたいな……路傍(ろぼう)の名もない花みたいな笑みに、私は一瞬強く見惚れる。胸の奥がグッと熱くなった。


 私は、この高揚感を知っていた。これで、4人目だ。


「……ありがとうございます、リッカさん。フェリックさんは……」


「いいよ。僕も一介の職人として、持ち主の意思は尊重してあげたいしね」


 フェリックさんはやってきて、メルティークを仰向けに寝かせた。文字通り絹糸の髪がさらさらこぼれ、陶器の肌が会場の照明を跳ね返す。私は首をかしげた。


「持ち主の、意思ですか?」


「うん。まぁ、あくまで予想だけどね」


 フェリックさんは、少女の頬についたヒビを撫でた。元はフェリックさんがつけた生傷で、魔法が解けると共に割れ目へと変質したものだった。


「魂が宿ったような人形を作るのは、きっと大抵が孤独で、なおかつそれに耐えられなかった人間だ。そんな人が手間暇かけて作った友人が、自分の(あずか)り知らぬところで、孤独に埃を被っていくのは本意じゃないと思ってね」


 そう言って、フェリックさんはネックレスを口元に寄せた。祈るように唱えると、私とリッカの身体を淡い青紫の光がふわっと包み込む。


「これは……」


「鉱石の守護をかけたよ。これで、大抵の攻撃は1回くらいなら耐えられる。起床早々、メルティークが攻撃してきても平気だ。安心して魔力を送っていいよ」


「……! ありがとうございます!」


 私はメルティークの横に膝をついた。『星の杖』を握り、目を閉じて深呼吸する。間違ってビームを撃たないよう、気をつけながら人形に魔力を送った。


 ――3分くらいかかっただろうか。枯れかけの花が、十分な栄養と水をもらったように、彼女はゆっくりと生命力を取り戻していった。

 絹糸の髪は、輝きに満ちた灰銀のものに。陶器の肌は、透明感と温かみのあるベージュのものに。よく出来た人形から、1人の少女へと時間を巻き戻していく。


「……あ」


 丸い目がぱちりと開いた。夢から覚めたばかりのような、ぼんやりとした紫色の瞳が、緩慢な動きで私たちの顔を眺め回す。少し身構えたけど、攻撃してくる様子はなかった。


「えっと、メルティーク……気分はどうですか?」


「……最悪。起きたくなかった」


「エッ」


 刺激された冷水みたいに、ぴしりと凍りついた。


 そっ……そうか。私は、悲しい最期になってほしくないと思って、メルティークを復活させたけど……本人からすれば、悲しい時間を延長されたような気分なのかも。頭を殴られたようなショックとともに、途端に申し訳なくなった。


「ご、ごめんなさい。もう1回寝ますか?」


「はぁ……? メルの命をなんだと思ってるの? 勝手に起こしたり、すぐ殺そうとしたり……軽率に扱わないでくれる? っていうか、どうしてメルを起こしたのよ。憐憫(れんびん)? 同情? はっ、くだらない」


 仰向けのメルティークは、私たちを見上げて鼻で笑った。次の瞬間、がっと喉元を掴まれる。フェリックさんたちが緊張したのが肌でわかった。


「お母様……いいや、あの蛇女の支配下から抜けたところで、メルはメルなのよ。クソオスどもの庇護も、クソオスを従えてる馬鹿女の庇護も受けない。もしかして、メルが鞍替えしてくれると思った?」


「ステラちゃ――」


「……いえ。大丈夫です、リッカさん」


 剣の柄に力を込めたリッカを、私は手のひらで制した。爪が食いこんで痛いけど、加減されてるのは伝わってくる。メルティークに喉を掴ませたまま、私は選んだ言葉を紡いだ。


「鞍替えまでは、考えていません。敵対をやめてもらえたらとは思いましたが……そうです。貴方の言う通り、同情してしまいました。あのままでは、貴方が可哀想だと……モニカっていうのは、貴方の前の持ち主で合ってますか?」


 その名を口にすると、メルティークの瞳がかすかに揺れた。


「……そう。メルを作った人の、娘の名前」


「娘? じゃあ、オリヴィエさんの被害に遭ったのは、モニカさんのお父さんかお母さん……?」


 私が困惑すると、メルティークは目を閉じた。ためらうような間の後、呆れを乗せた吐息をする。


「お前が、女じゃなかったら……」


「え?」


「――魅入られたのはモニカのほう。作ったのは彼女の父親だけど、父親がそういう風に作ったから、メルは生来モニカのものって決まってるの」


 メルティークはぽつぽつと続けた。


 曰く、モニカさんは母親を亡くして以来、とても内気になった女の子だったらしい。

 ろくに喋らず、おどおど周りを見ていた。学校では、それを理由に同年代の男子にいじめられていたが、心配をかけるまいと、人形職人で魔法使いだったお父さんには、絶対に相談したがらなかったらしい。


「それで、父親はメルを作ったの。モニカの代わりに男を嫌って、モニカの代わりに男に怒る……内気なモニカの心を守る、たった1人の友人。孤独な女の子の、絶対的な味方として」


「……!」


 合点がいった。男性しかいないはずの魔法使いが、男性嫌いの人形を作ったなんて、妙な話だと思っていたけど――魔法使いが、傷つく娘に贈った人形だったんだ。


「大人になって、モニカは少しずつ……自分が籠った殻の、外の世界に興味を持った。父親もメルも、心配はしてたけど嬉しかった。モニカが、生きる希望を見つけてくれたことが。けど、そんなとき……あの子はオリヴィエに出会った」


 私の喉から手を離すと、メルティークは拳を作って床を叩いた。ぎりぎりと、握った拳が悲鳴を上げている。メルティークの声が震えた。


「長生きで物知りで、一見穏やかな物腰のアイツに、モニカはどんどん惹かれていった。生まれたての雛みたいに懐いて……財産も能力も時間も。持てる全てをオリヴィエに差し出して、衰弱して死んだ」


「……」


「手塩にかけた娘が亡くなって、モニカの父親はショックで()けた。メルは所有権を乗っ取られて、モニカたちのことを忘れた上、オリヴィエを母と慕う傀儡(かいらい)にさせられた。……ほんと、趣味の悪い女。いえ、クソオスよね」


 メルティークは瞑目(めいもく)した。脳裏には、魔女オリヴィエがいるのだろう。彼女の目尻に涙が溜まった。


「いじめたやつも、オリヴィエも……あの子の人生を軽んじて、弄んだオスどもが大嫌い。大嫌い、大嫌い……!」


「……っ」


 リッカが、息を呑む音が聞こえた気がした。

 彼らには複雑な話だろう。彼らはただ男性に生まれただけで、メルティークに侮辱されるいわれなんてない。けど、全ての男性を憎むのも無理はないくらい、メルティークの、モニカさんの人生は複雑なものだったから。


 私たちは、なんと声をかけたらいいかわからなかった。


 ひとしきり泣くと、メルティークは気怠げに身体を起こした。灰銀のツインテールを指ですいて整え、泣いた痕跡の残る目で私を見やる。


「……忠告してあげる。プリマステラなんてやめたほうがいいわ」


「えっ……」


「だって、気持ち悪いでしょう? オスどもを魅了して、世界を守らせるなんて。なんで魅了しなきゃいけないの? いい歳こいた魔法使い連中が、惚れた女のためにしか世界を守れないの?」


「そ……それは……」


 改めて言葉にされると、気持ち悪いとはいかずとも、妙な感じはするけれど……恋なんかしなくたって、みんな頑張ってくれてるし。メルティークが言うほど、気味の悪いものじゃない気がするんだけどな。

 私がなんて弁明するか迷っていると、フェリックさんがふっと笑った。


「悲しいことに……彼女の言う通りなんだステラちゃん。いい歳こいた魔法使い連中は……いや、だからこそかな。恋をさせないと、世界を守れないんだよ」


「えっ……?」


「僕もそうだけどさ。魔法使いは、一芸にのめり込む人が多いんだ。たとえば僕は宝石加工に、ルカは演劇に人生を捧げてる。そして、1度のめり込んだものへの執着は、歳を重ねるごとに強くなるんだ」


 ……確かに、サイカは農業に誇りを持ってるし、アサジローさんやアクシオくんは本や知識が好きだ。

 ヴァンデロさんとオスカーさんは言わずもがなだし……シエルシータやニナ、リッカは執着するものがあるかわからないけど。そういう傾向があるのはわかる。


「そうすると、だんだん頑固になってきてね。世界を守るために戦ってくれ、と言われても、自分にはもっと大事なものがあるからお断り、ってスタンスになる魔法使いが多いんだよ。そこで、のめり込み気質を利用したのが『プリマステラ』システムなんだ」


「な、なるほど……詳しいんですね? フェリックさん」


「まあね。長く生きてると、友人や一緒に仕事をする人が、眷属に選ばれることもあって……内部事情みたいなのも、ちらほら聞こえてくるんだよ。今となっては理に適ってると思うけど……最初に考えた人の正気を疑うのは、僕も同じかな」


 苦笑して、肩をすくめるフェリックさん。そのとき、急いたような2人分の足音が近づいてきた。

 目を向けると、そこには息を切らしたサイカとオスカーさんがいた。私は目を見開く。


「サイカ、オスカーさん……!?」


「ステラ! 悪ぃ、いなくなっちまって……ええっ!」


 メルティークに気づいたサイカが、慌てて攻撃の構えをとる。対するメルティークは、ちらりとサイカを一瞥(いちべつ)すると、何もないところから三叉槍を取り出そうとした。

 が、すぐに私が割って入る。正直後ろから刺されそうで怖かったけど、フェリックさんの守護を信じて立ち塞がった。


「だ……大丈夫です、気にしないでください! えっと、ヴァンデロさんは……?」


「えっ? ええっとそうだ、ヴァンデロが……! オレの魔法を奪った魔女と、1対1で戦ってて……ステラの力が必要なんだ!」


「戦ってる? そんなはずないけど」


 しどろもどろのサイカに、メルティークが冷たく指摘した。


「オリヴィエはもう死んでる。ウン十年アイツの魔力に触れてきたから、どれだけ離れてようがわかるの。アイツは死んだ。さっきの、連続した地震の直後くらいに」


「えっ、そうなんですか……?」


「ハッ。そうじゃなかったら、メルが貴方たちと呑気にくっ喋ってるわけがないでしょ? いの1番にモニカの仇を取りにいってたわ」


 目を細めて呆れるさまに、私はほっと安心する。

 メルティークはまだ信用しきれないけど、もうオリヴィエと対立したことは揺るがない。彼女が死んだと言うなら、それは真実なんだろう。きっとヴァンデロさんが頑張ってくれたんだ。

 脱力して、緩みかけた私の心に、しかし依然として顔色の悪いオスカーさんが一石を投じた。


「いや……おかしい。もしオリヴィエを倒したなら、ヴァンデロから意思疎通(テレパシー)が届くはずだ。それが来ないってことは……」


「――ヴァンデロは死んでいる。もしくは、死にかけているのどちらかだろうね?」


 ふいに。私たちと、サイカたちの間にあった空間が歪んだ。

 ひずみから放り出されたのは、一部が凍って白くなった、男性と少年の血濡れの肉体。ヴァンデロさんと、ニナだった。


「――ッ!?」


 どうしてニナが、とかは考えていられなかった。聞き覚えのある、愛らしくも冷え切った少年の声に、頭が真っ白になったからだ。


 白い冷気がひずみからこぼれて、会場の絨毯を舐めていく。続けて現れたのは、仕立てのいい服に身を包んだ、14、5歳くらいの少年だった。


 空気が張り詰める。フェリックさんが、メルティークが、サイカが、オスカーさんが、それぞれの構えをとる。リッカと私は、悲鳴をこらえるだけで精一杯だった。

 それら全てを嘲笑って、死の魔法使いは私を瞳に閉じ込めた。


「さぁ。交渉を始めようじゃないか、プリマステラ」

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