第51話『ハロー・マイリアリティ』
欲の魔法使い。所有権が他人にあって、リッカが欲しいと思ったものを、無意識に引き寄せる――。
リッカの言葉を反芻して、私は2つのことに思い当たった。
1つはさっきのことだ。会場中のブローチやネックレス、指輪がリッカのもとに飛んできたときのこと。もう1つは、フェリックさんの工房に行く前。リッカが、ドーナツを盗んだ容疑でお店の人に怒られていたときのこと。
「もしかして……」
そう言いかけて、言葉を呑み込んだ。勇気を出して教えてくれただけで、本当は明かしたくも、触れられたくもない話題なんだろう。そう思ったから。
けれど、考えていたことは伝わってしまったようで、リッカは重たく頷いた。
「……はい。オレのもとに高価なものが集まるのも、ドーナツを盗んだと言われたのも……全部、その力のせいなんです。昔から制御ができなくて……買う気がないものも、少し欲しいと思うと引き寄せてしまって……」
リッカは、箒の進行方向に向き直った。その声は泣きそうに震えていた。
「オレが、花の騎士団なんて不相応な場所にいるのも……全部。全部、この力のせいなんです」
「……」
「……元はオレ、貴族の端くれだったんです。権力なんてなかったけど……でもある日、多くの貴族が集まるパーティーで、主催者の娘のおもちゃを盗ってしまったことがあって……それをきっかけに、うちは没落に追い込まれたんです」
リッカは、憎しみを込めるように箒の柄を握りしめた。
「オレの家族は、みんな散り散りになって……その別れ際、父がツテを頼ってオレをねじ込んでくれたのが、『花の騎士団』だったんです。ここなら寝食には困らないからって。なのにオレは……ずっと弱くて、覚悟も度胸もなくて……」
私は、かける言葉を見つけられなかった。
確かにリッカは、戦うことを恐れていたり、泣き喚いたりして、あまり騎士らしい人ではないと思ってたけど――騎士になったのには、そんな事情があったんだ。
自分のせいで家が潰れて、家族と離ればなれになって……家族がくれた仕事は、自分と絶望的に合っていなくて。それって、どんなに苦しいことだろう。
展示品が動き回る、ミュージアムの喧騒。それが、一瞬遠のいて聞こえるほどじっと思いを巡らせていると、箒から片腕で下がっていたフェリックさんが叫んだ。
「リッカくん! 行き止まりだ!」
「……っ!」
どうやら、長い長いS字型の会場の1番端まで逃げてきたらしい。ひときわ大きな絵画を飾った壁が見えて、リッカは慌てて箒を減速させた。フェリックさんが手を離し、軽やかに会場に降り立つ。
「迎え撃つしかなさそうだ。ステラちゃん、リッカくん。僕に力を貸してくれるかな」
「……はい!」
見様見真似で箒を降りて、グキッと足首を痛める私。思わずうずくまると、箒を消したリッカが駆け寄ってくれた。
「だ、大丈夫っすか」
「はい……すみません……」
なんとか立ち上がり、私はフェリックさんのそばに立つ。
メルティークに人形の集団。その他、生命を与えられた無数の展示品。まるで、嵐の夜の黒波みたいに押し寄せる彼女たちを、フェリックさんはネックレスで、リッカは騎士団の剣で、私は『星の杖』で迎え撃った。
「《レリルべ・リアフェト・クスウェベジ》!」
初手、フェリックさんが石の欠片を飛ばし、先頭の集団を叩き散らす。私はエネルギー弾を発射し、絵画から飛び出た虎や熊、武器を持った農夫たちを炎上させた。それでも押し寄せる戦士の銅像を、リッカの剣が押し留める。
「ひっ、ひぃぃぃ……!」
「リッカさん!」
今にも泡を吹き出しそうな悲鳴に、私は慌ててエネルギー弾を飛ばした。頭を貫かれた戦士は、銃槍からどろりと銅を溶かしながら、襲いかかったときの姿勢のまま転倒する。
ほっとしたのも束の間、リッカが私を押し飛ばした。絨毯に滑りこみながら聞く、すとんと壁に刺さる矢の音。見上げるとそこでは、油絵タッチの天使2体が、矢をつがえて私を見ていた。
「――!」
初めて、自分だけに向けられた殺意。私は恐怖に絡め取られて、その場から動けなくなる。しかし次の瞬間、放たれた石粒が2体を貫き、彼らは絵に戻ってはらはらと堕落した。
「あっ、ありが……」
と振り向いて息を呑む。援護してくれたフェリックさんのもとでは、頭上をとるメルティークが彗星のように肉薄していた。
黒い三叉槍を振りかざされ、フェリックさんは石の剣を生成。三叉にねじ込んで、咄嗟に攻撃を食い止める。
するとメルティークは、間髪いれずに蹴りを繰り出した。小さな靴は頬にめり込み、フェリックさんは真横に吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
「フェリックさん!」
身体を打ちつけたフェリックさんは、まとめて息を吐き出して、柔らかな顔貌を苦く歪めた。全身の激痛が邪魔をして、呼吸が上手く出来ないようだ。はくはくと喘ぐ彼のもとに、メルティークが冷たい足音を響かせる。
「痛い? 苦しい? ……そう、それがお母様の怒り。お母様の嘆き。お前に時間と財産を、そして美貌を奪われた女の恨み……とくと味わうがいいわ、生き汚い軽薄フェリック」
「……はは。責任転嫁は困るなぁ……ごほっ、ごほ……僕を養いたいと言ったのは彼女だ。それに、身体を石に変えたのだって、彼女が僕に『どうして惚れないんだ』って怒るから……ごほっ。僕の命を守るためにしたことだ。僕がクズかのように怒られたくはないな」
フェリックさんはふっと笑い、強打した肩を押さえながら、覚束ない足取りで進み出た。メルティークの細い眉尻がぴんと跳ね上がる。
「――ッ、お前を落とせなかった、お母様がいけないとでも言うつもり!?」
「そうだね。そういうことになる……でも、悲観することはないよ。ごほっ……僕だって彼女のことは、人間の中でもとびきり美しい人だと思ってる。ただ……彼女じゃ、僕の鉱物への興味には勝てなかった。たった、それだけのことだから」
うっとり微笑むフェリックさん。まるで、恋人との惚気話でも話すみたいに夢見心地だった。彼の脳内にあるのは、工房で色鮮やかにきらめいていた宝石たちなのだろうけど。
「――っ!」
メルティークは怒りをみなぎらせ、再び三叉槍を突き出した。それを2本目の石剣で受け止め、弾き返すと、今度はフェリックさんが突進する。2、3度、彼らの武器が交わった。
「これだから……っ、これだから、クソオスはぁぁ……っ!」
蝙蝠に似た羽で羽ばたき、頭上をとって槍の雨を降らせるメルティーク。が、即座に作られた石の盾が、最後の1本まで弾ききって消滅。立場変わってフェリックさんが石粒を連射し、メルティークは追い立てられるように天井を飛び回った。
素人目には、2人は互角だった。どちらが倒れてもおかしくない状況。だから、お互い相手を倒すのに集中していて――その『異変』には気づいていないようだった。
「……!」
――ふいに立ち止まるドレスの人形たち。火を噴いて飛ぶ剥製の竜が墜落し、人間の頭を抱いたおどろおどろしい亡霊が消滅する。
まるで、一夜の夢が終わってしまったような光景。それを目の当たりにした私とリッカは、呆然と夢の残骸を眺めていた。
そのとき、会場が大きく揺れた。
「――っ!?」
1度だけじゃない。2度、3度。天井のシャンデリアがぐらり、ぐらりと振り子みたいに揺れて、私たちはすぐに部屋の隅に逃げ込んだ。
それでも地震は続いている。その多さと頻度から、人工的な揺れだと気づくのに時間はかからなかった。
多分、魔法だ。どこかで誰かが、町一帯を揺るがすほどの大規模な魔法を使っているのだ。何度も、何度も。でも、誰が使っているのかわからない。
これがもし、私たちの敵のものだったら――嫌な予感に息を呑むと、メルティークが不可解そうに呟いた。
「お母様……?」
それを皮切りに、飛行していたメルティークがゆっくりと落ちていく。不格好な紙飛行機みたいに。弱々しい突然の挙動に、フェリックさんが攻撃をやめた。
そして、とうとう膝をついたメルティークは――うずくまって、灰銀色の頭を抱えていた。
「……メルティーク?」
静まった会場に、私の呟きがこぼれ落ちた。歩み寄り、石剣の先端を少女にかざしたフェリックさんが、急変した個展会場を静かに見回す。
「……オリヴィエの――魔女の気配が急速に薄まってる。メルティークや会場に分けていた魔力を切断して、別地にいる彼女が独占し始めたんだ。おそらく、さっきの地震とも関係しているんだろう。彼女の魔法か、そうじゃないかはわからないけど」
「じゃあ、メルティークは今……」
「うん。油断は出来ないけど、魔法は使えない状態だよ。それどころか、自身を動作させるのもままならないね。動力的な意味でも……精神的な意味でも」
「精神、的……?」
私は、その言葉にぴんと来なかった。
『動力的な意味』はわかる。メルティークは感情豊かだけど人形で、オリヴィエさんの使い魔なのだと聞いたから。主人から魔力をもらえなければ、動けなくなるのは想像に易かった。でも、精神的な意味っていうのは……。
尋ねるべきか迷っていると、メルティークが息を震わせた。
「……カ。モニカ。モニカ……モニカ、もにか、もにかぁぁぁ……っ!」
「……!」
お母様でも、お姉様でもない。初めて聞いた女の人の名前だった。
メルティークは、まるで凍えたように自分の身体を抱いて、潰れてしまいそうな声でその名前を呼んでいる。魔法がかかっているとはいえ、到底人形のものとは思えない、胸を刺す悲鳴だった。
けれど――。
「も……ぁ……もに……あぁぁ……あぁぁぁ……!!」
その声は、だんだんと意味をなさない叫び声に変わる。大きいけれど、抑揚のない単調な声。感情の処理が追いつかず、投げやりになったのかと思ったけど、すぐに違うと気がついた。
魔力の供給が途切れたせいで、人間らしい機微が、繊細な表現が今、彼女から奪われているのだ。形にならないだけで、彼女はずっと『モニカ』を呼んでいたのだった。
「あぁぁぁ……!!」
星屑を散らしたような銀髪が、白い糸の束に変わっていく。震えていた身体は微動だにせず、みるみるうちにメルティークは、1人の少女から『よく出来た人形』に戻っていった。
「あーーー!! あーーー!!」
「……っ」
身体が強張る私の横で、リッカが息を呑んだ。
何も知らない。何もわからない。だけど、なんだか胸が苦しかった。メルティークの悲鳴が、単調になればなるほど。
私は思わず、1歩踏み出した。
「フェ……リック、さん……1つ、聞きたいことが、あるん……ですけど……」
「……どうしたの?」
フェリックさんは穏やかな、けれど見透かしたような眼差しを向けた。バレている。私がこれから、何を言おうとしているのか。
彼とメルティークは、オリヴィエさんを介してはいるものの、実質因縁の敵同士だ。私の考えを、快く思ってくれるかはわからなかった。
言うのが怖い。普段優しいフェリックさんだから、余計にこんな提案をするのが怖い。だけど私は、思いきって言った。
「私が、今のメルティークに……『星の杖』の魔力を貸したら……メルティークの所有権が私に移って……また動くようになりますか……?」




