第50話『砕け散る恋と傷と死毒』
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@Shimo2ki_Azusa
オリヴィエの腕が大気を払うと、横殴りの風がヴァンデロたちを薙いだ。
「――ッ!」
錐揉み状態になりながら、クレーターへと伸びる弧線を描く3人。箒の操作が不自由になり、体勢を立て直す間もなく第二波がやってくる。
サイカと違って魔力の多いオリヴィエは、奪った魔法の発動に時間を要さない。そのため、立て続けに攻撃することが可能なのだった。
「……!」
ヴァンデロと、サイカを後ろに乗せたオスカーは、視線をかわすと二方向に散る。すると、破壊の力を手に入れた魔女はヴァンデロに追走した。
「まァ、そうだろうな。この状況でも盤面をひっくり返す可能性を、わずかばかり持ってるのは俺だ。余力のあるうちに潰しとこうってのは正しい。だが……」
ヴァンデロが呪文を唱えると、程なくしてオリヴィエの箒が減速する。五感を強化しているヴァンデロには、離れた位置にいる彼女の顔も、事細かにうかがうことが出来た。
「――?」
彼女は眉を寄せ、慎重に状況を見定めていた。ヴァンデロの煙を吸い、五感操作を受けたのである。
「ちっ……さすがに五感の全部を奪うまではいかなかったか。まァ、寸前まで充満してたとはいえ、結界が割れて煙もかなり薄まってたからな。少し弱らせられただけでも良しとすべきか……しかし」
ヴァンデロは、レンズを絞るように目を細めた。オリヴィエの箒が、すぐに元の速度を取り戻したのだ。
「やっぱり、あんま意味はねェか」
思い出すのは、オリヴィエと邂逅したときのこと。
彼女は、暗闇で茂みにひそむヴァンデロたちを、生い茂る木々の上から見つけていた。そのことについて最初は、彼女がヴァンデロと同じような、視力を強化する魔法使いだったから出来た、と解釈していたのだが――。
オスカーに教えられた蛇の特性『熱感知』。そしてオリヴィエの、蛇のような舌を鑑みるに、彼女にも蛇の特性が一部付与されており、熱を感知する力が備わっていたのだろう。
熱を感知する力は、五感のどれにも属していない。いわば第六感であり、ヴァンデロには介入できない領域だ。
五感を弱らせたとて、最後の感覚が万全にはたらくのなら、彼女の追跡からは逃れられないのだろう。薄々予見はしていたが、まさか当たってしまった。
「さっきみたいに、周辺の森を燃やすって手もあるが……今度は、街のほうに燃え広がらせない役割を担ってた結界がないからな。クソ。炎を出してもリーチで勝てねェし、勝ったところで掻き消される。どうすれば……いや、そうか」
ヴァンデロは追跡から逃げ回りつつ、遠くに見える粒のようなオスカーに意思疎通をした。
《オスカー! 国立ミュージアムに飛んで、プリマステラを連れてこい!》
《プリマステラを? ……だが、ミュージアムはまだ魔法疎外の結界が張られているだろう。入れたとして、戻ってこれるかどうか……》
《いや。さっきサイカが起こした地震で、ミュージアムの結界を作ってた媒介も位置がずれたはずだ。もうあの建物は、誘い込み漁の条件を満たしてない。入るのも出るのも自由になってるだろう》
《……! いや、だが……》
歯切れを悪くしたように、オスカーの心の声が濁る。ヴァンデロは、その声音を何度か聞いたことがあった。
《――どうした。まさか、プリマステラに人殺しはさせたくねェって言うんじゃねェだろうな》
《……》
《ハッ。相変わらずぬるい野郎だ。いいか? 今のオリヴィエを殺せるのは、より長い攻撃手段を持ってるプリマステラだけなんだよ。アイツが動かねェと、テメェの命だって終いだ。それに――アイツは早いとこ、人を殺せるようになるべきだ》
ヴァンデロは、火が消えかける葉巻に再び魔法で点火する。
《歴代のプリマステラや、テメェも含む前代の眷属を殺した『死の魔法使い』……氷の谷の奥底に封印されてたはずのそいつが、最近になって生き返ったんだろ》
《……ああ、そうだ》
《いずれそいつが現れたら、俺たち全員が、そいつを殺す気でいなきゃ逆にやられる。そのときアイツが日和らねェように、今のうちに知っておく必要があるだろ。魔獣じゃない……自分と同じ形をした、生き物を殺す感覚を》
《……そう、だな》
掠れた呟きは、きっとヴァンデロへの返答ではなかった。
遠くに見えていたオスカーと、サイカのシルエットがミュージアム方面に舵を切る。それを見送りながら、ヴァンデロは葉巻に口をつけた。
「――さて」
ステラが救援に来るまで、ヴァンデロ1人でオリヴィエの相手をしなければ。ヴァンデロは箒を急降下させると、鬱蒼とした森の中を走り抜けた。
今のオリヴィエは視力を弱められている。物体との距離も掴みづらくなっているだろう。ヴァンデロを追ってあわよくば、地面に撃墜したり、木の幹にぶつかったりすればいいと考えたのだが――。
「まァ、そうなるよな」
背後から聞こえる、木々を薙ぎ倒して道を作る音に、ヴァンデロは吐息をした。はたと、サングラスの内で目を見開く。
「そういや、アイツ……どうして”まだ”俺を狙ってるんだ?」
自分を醜くひび割れさせた、フェリックへの復讐を誓うオリヴィエ。彼女が魔法使いを襲うのは、虜にした男から魔法を奪うため。そして虜にできなかった魔法使いを、大蛇の餌にしてやるためだったはずだ。
ヴァンデロを虜にできず、大蛇が死んだ今、彼を襲う理由はないだろう。やられる前にやる、という自己防衛のためだとしても、サイカの魔法を手に入れた今、ヴァンデロを用心する必要はないはずだ。
彼女が真に恐れるべきは、結界が壊れて遠方まで意思疎通が出来る現在、自由に呼べるようになった援軍のほうで――彼女は本来、すぐにここを離れるべきなのだ。
《……おい。1つ聞いていいか》
世界が壊れるんじゃないか、と思うような轟音の中、ヴァンデロはダメで元々オリヴィエに意思疎通を図ってみた。声が返ってくる。
《――驚いたな。こんなときに、私の胸中に話しかけてくるとは……何のつもりかな。まさかお前のような男に限って、命乞いではないだろうが》
《違う。お前、逃げなくていいのか? テメェはこれからどんどん不利になる。理由はわかってんだろ》
《……ふむ、もしや、駆けつけたほかの眷属たちに、私が倒されることを危惧しているのかな。もちろん、援軍を呼ばれることは想定しているとも。だが、私はここを離れるつもりはない。何故なら……私は……》
そこで、少し声が途切れた。
《――何故、私は逃げないんだろう?》
《……やっぱりか。テメェのは全部、建前だったんだな》
《建前? どういうことかな》
《逆恨みされないためとか。使い魔の腹を満たしてやるためとか。ごちゃごちゃ並べてただろ。でも、実際テメェは、そんな理由で虜にできなかった魔法使いを殺してたわけじゃなかった。少なくとも、1番の目的じゃなかったんだろう》
先に捕食されていた、一般の魔法使いたちはともかく。ヴァンデロたちは、『プリマステラの眷属』という集団の一部だ。
ヴァンデロたちを確実にしとめて、本人から復讐される可能性を潰したとしても。魔法使いを振り回した彼女の壮大な計画は、今日ここにいない眷属たちが、オリヴィエにお礼参りをする理由には十分になりえてしまう。
それに、建国記念という祭事の力で各地から集まっていたとしても、もともと魔法使いとはそんなに多くいるものではないのだ。
今日ひと晩であのミュージアムにいた魔法使いは、多く見積もっても20人程度。そんな些細な人数を食わせて、木よりも大きい大蛇の腹が満たされるはずもないだろう。
つまり、オリヴィエが口にした理由はどちらも建前。あるいは本人の思い込み。彼女がヴァンデロたちを、ひいては『自分に惚れなかった魔法使い』を徹底的に殺そうとするのは――。
「耐えられなかったんじゃないのか。惚れさせたやつに、全てを捧げられることを至福にする『恋の魔法使い』サンが、落とせなかった男がいる。その事実がこの世に存在することが」
オリヴィエに聞こえないよう、森を揺るがす轟音に紛れさせたときだった。どこかから、鎖が擦れるような繊細な音が聞こえた。直後、目の端を銀に光る鋭い何かが走り抜けていく。
聴力と視力を強化していたヴァンデロは、間一髪で避けられた。ところが、オリヴィエはそうではなかった。
音がぱったりと止んで、箒を減速させるヴァンデロ。振り返っても、飛行するオリヴィエの姿はなかった。
「……!」
その一瞬で、すべての予想がついてしまった。ヴァンデロはすぐさま箒の軌道を変え、オリヴィエと意思疎通をしていた場所まで戻る。
やはり、そこに女性の姿はなかった。あったのは折れた箒と黒い帽子とドレス。周りに散らばった、青紫色の宝石の絨毯。宝石の総体積はちょうど、人1人分くらいになるのだろう。
不意の事態に、ヴァンデロは少しの間言葉を失っていた。そこへ、雑草や枯れ枝を踏んで近づく足音が1つ。
「なんだコイツ。死んだら石になった」
妖しく輝く鎖鎌を持った、青い装束の少年。白桃色の瞳を冷たく澄ませ、ヴァンデロの足元の石を眺めるニナだった。
ヴァンデロは口を引き結んだ。確かステラの話では、ニナはフェリックの工房を訪れた際に揉め、ステラに行き先も告げず消えたらしいが――。
「……石化しかかってたのを、治癒魔法ブン回して食い止めてたんだと。だから、テメェが殺したことで魔法が使えなくなって、一気に石化が進んだんだろ」
「ふうん。コイツを売ったらいくらになる」
「さァ。いい艶と色をしてるが、名前はついてないだろうからな。家を建てても釣りがくる高値の石と見るか、パンの半分すら買えないような端金の石と見るかは、鑑定士やコレクターによって変わるだろう」
「……まぁいい。いちおう持っておくか」
鎖鎌を背中の亜空間にしまい、宝石を1つ1つ拾い上げるニナ。吹っ切れたような、妙にからっと乾いた態度に、箒から降りたヴァンデロはかすかな違和感を覚えた。
「……お前、どうしてここにいる?」
「どうして?」
しゃがんでいたニナが、ヴァンデロを睨み上げた。
「オレは夕方からここにいる。行くあてがなくなったからな。小鹿を狩って晩飯にしてたら、よくわからない結界が張られてるし、森は燃えるし、地震が起きるし止まる気配もないし……あんたたちが何をしてたのか、オレのほうが聞きたい」
「そうか。悪かったな。だが、行くあてがないってのは……あれは反故にしろってことか? プリマステラを宝石職人から守り切ったら、テメェを眷属に推薦してやるって話は」
「あぁ、あれは破棄だ。もう、アイツにオレのことはわからないってわかったから」
最後の宝石を背中にしまうと、呪文を唱え、残った衣服を焚き上げるニナ。炎の中心を見つめるピンクの瞳が、光の揺らめきのせいか、ふと泣きそうに震えた。
「復讐のために眷属になるのは、そんなにおかしいことなのか」
「――」
「結果が全部だろ。どんな綺麗事を並べてたって、結局敵を倒せるやつが正義だ。違うのか。なあ。逃げてばっかりで、あんたが手も出せなかった魔法使いだって、オレは無傷で殺せた……なのに、どうして……」
まるで、今にも噛みつきそうにニナが語気を荒くした、そのときだった。
突然、胃が潰れると錯覚するほどに、空気が重たくなるのを感じた。ニナの口が止まり、ヴァンデロの頬が強張る。
「――だったら、僕が飼ってあげようか。イェジン族の魔法使い」
それは、人ならざるものに出会った感覚。背筋に這い寄るのは、冷たくおぞましい『死』の気配。
少年の形をなした、恐怖の権化がそこに立っていた。
ヴァンデロは、彼を見たのはこれが初めてだった。しかし、名乗られずともその正体を確信する。
「僕の手足……いや、君には大袈裟か。そうだね。小指くらいが丁度いいかな? 君が誠心誠意はたらくなら、そう名乗らせてあげてもいいけれど。どうかな。君のちっぽけな本懐程度、十分に遂げられる立派な肩書きだと思うけど?」
そう言って、死の魔法使いは笑った。




