櫛田サミラの思い出語り前編〜I live reluctatly like small flower〜
櫛田サミラの思い出語り前編〜I live reluctantly like a small flower〜
私は幼少期に全てを失った。
家族を失い一人ぼっち。親戚の家も居心地が悪くて、窮屈な思いをしていた。
でも私にはみんなと違うものがある。
昼間でも夜間でも私の目には、悪霊が見える---。
世間の目は冷たいし、私を扱う大人たちの視線は痛い。でも、私は一人でも生きてみせる。一輪の花のように静かにたくましく生きて、人の役に立ちたい。
この力、ツキヨミの力を生かせる仕事はどこにあるのかしら?
時間は遡って今から二十年と数年前。
午後二十時。シンゴウ地区。シンゴウ国際図書館前。
人気のない街の中に、うごめく影が二個。悪霊だ。悪霊はうごめきながら進んで行く。真っ黒な瘴気を吐き出しながら進んで行く。
しかし、その悪霊に一発の風穴が通った。悪霊の一体がそのまま消えてしまう。遺された一体は仲間の悪霊が消えたことに動揺して周囲を確認する。しかし、それらしきものは見えない。
すると悪霊の背後から声がした。
「見つけた。さあ、大人しく元の流れへ帰りなさい」
女性の声がした一瞬だった。悪霊の体を何発かの銃弾が貫通し、悪霊は悔しい雄叫びをあげながら消えていった。女性は悪霊が完全に消えたことを確認すると、武器である小型拳銃の引き金に指を通してクルクルと華麗に回して腰のホルスターにしまった。
「櫛田さん! お見事!」
呼びかけれた女性は振り返った。黒い制服に少しダボっとした余裕のあるズボン、腕にはヤタガラスの浄化師である腕章、首には赤い浄化水晶のペンダント。髪の毛は焦げ茶色のツヤのあるセミロングヘアだった。
彼女こそ、後に幻の浄化師と呼ばれることになる櫛田サミラ、その人である。
浄化業務を終えてサミラはシンゴウ地区から離れていく。
サミラと行動を共にしている青年も浄化師だ。七部丈の黒いズボンに白いシャツの上に真っ赤なパーカーを着ている。腕にはリストバンドと浄化師にしてはかなりラフなスタイル。
彼は佐和目ユウ。ツキヨミを持たない一般的な浄化師でサミラの後輩にあたる。サミラを一人の先輩として尊敬している。
ユウは手を叩いて言った。
「さすが櫛田さん。よく悪霊の行く場所を予測できましたね。ま、櫛田さんには朝飯前か」
「いやいや、そんなことはありませんよ。昼間のパトロールでちょうどこの辺に悪霊が溜まっていましたから。夜になって動くならの行動パターンを予想すれば誰でもできることですよ」
サミラは笑った。
浄化師二人がヤタガラスの本拠地である草薙館へ帰る道中でのことだった。夜遅いにも関わらずサミラたち二人を見て一般の人たちが囁き出す。
「あれって浄化師・・・?」
「悪霊が見えるんですって。怖いわねえ。浄化師になるのは弾かれ者だって聞いたよ」
「仕事じゃない日も武器持ってるんだって。怖いねえ、巻き込まないでほしいねえ」
聞こえてくるのは浄化師に対する好奇と卑下の眼差し。それを聞いたサミラと同行していた浄化師が言った。
「何であんなこと・・・。俺は浄化師になりたくてなったのに」
「言わせとけばいいのよ。仕方ないわ。時代が悪いのよ。悪霊が出現して人々の生活が変化してまだ浅い。まだ浄化師が職業として認知されているわけではないのよ」
サミラがそう言ってなだめた。
彼は真面目な性格で浄化師というものに憧れて、数少ない浄化師専門スクールを受けた経緯がある。憧れである職業を貶されて、気持ちが落ち込まないようにサミラはその場から遠ざけた。
櫛田サミラが浄化師として活躍した時代は浄化師にとっては暗黒時代真っ只中だった。
人々の憎悪や嫉妬、恨みや深い悲しみが生み出した負の感情が溢れる現代社会。その負の感情は本来の流れに乗ってあの世へ行くはずの魂を闇へと突き落とす。
その魂は現世をさまよい、人々を攻撃するようになった。
それを人々は「悪霊」と呼び、科学が発展した世の中にあっても本気で怯えていたのだった。そんな悪霊に対して生まれた職業が、悪霊が有利な闇の中で己の命を賭けて悪霊を浄化する、特殊な職業「浄化師」だった。
浄化師になるために必須であるのが悪霊を目に捉える力。
これは普通の人間は身につけていない、特殊能力だ。人間は科学の進歩と悪霊との戦闘訓練、悪霊を浄化する浄化水晶の力で、訓練次第で特殊能力を得ることができるようになった。
その中で生まれたのが、「ツキヨミ」と呼ばれる特殊能力を持つ子供がごく稀に生まれるようになった。通常訓練を受けなければ悪霊を見ることができないところを訓練なしで悪霊を見ることができるものである。
そのツキヨミには希少性があり、人によって能力の高さが異なる。
櫛田サミラもツキヨミを保有する一人で、昼夜問わずに悪霊を目に捉えることができる。ツキヨミの中でも希少性が高く、そして高度な力だ。
しかしその力は、一般人から見ればそれは異端の力。ツキヨミのみならず、浄化師はその特殊な能力上に一般人から冷たい視線と好奇な視線を向けられていた。
悪霊対策部の前身となる組織は一応設置はされていた。しかし、それほど権力があるわけではない。差別される浄化師たちを擁護することもできなかった。
当時の最底辺の職業とも侮蔑された悲しい歴史があるのである。
午後二十一時。チュウオウ地区。草薙館。
サミラとユウが戻ってきた。二人を迎えたのはヤタガラスリーダー・伊勢ミチヤだった。身長が高く、筋肉質でガタイのいい男性だった。まるで大家族の父親のように豪快で江戸っ子気質だ。
「お疲れさん、お二人とも。無事で何より」
「無事に任務完了です。私、先に休みますね」
サミラはミチヤに言って歩き出す。
その後ろ姿を見守るミチヤ。
「まーた使いすぎたな、ツキヨミの力」
「分かるんですか?」
「おいおい、浄化師何年やってると思ってんだよ。俺は櫛田以外でもツキヨミを持つ浄化師を見てきたが・・・、ツキヨミの力をフル使用すると体力が取られるんだよ」
ミチヤは言った。
勿論ミチヤはツキヨミを持たない一般人だ。しかし、長いキャリアの中で見てきた知識がある。それを教えたのだった。
ツキヨミを使う浄化師はたくさんいるが、彼ら彼女らは自分たちの限界など把握できていないのがほとんどだ。そのため、ツキヨミを持つ浄化師を所属させているヤタガラスの組織を束ねるリーダーは、その限界を見分ける目を持っていなければならない。
特にサミラはツキヨミの力が希少ゆえ、経験豊富なミチヤがしっかり監督しているのである。
「ま、俺が見ている限りは限界にはまだ達してないな。それが不幸中の幸いっていうか・・・」
「俺にも分かりますかね? それ」
「まあ経験がモノを言うからな。佐和目。お前もリーダー目指すならそれくらいやらねえと出世できんぞ」
ミチヤがからかうと、ユウはからかわないでください、と少し拗ねる。
現在カワグチのヤタガラスは伊勢ミチヤを筆頭に櫛田サミラ、佐和目ユウの計三名が所属している。ある意味、少数精鋭型の組織だ。
経験豊富なベテラン浄化師であるミチヤに、経験も豊富な上、ツキヨミを武器にして悪霊を浄化するサミラ、百発百中の弓矢の腕前を持つやればできる男ユウ。
個性豊かなヤタガラスだった。
午前八時。チュウオウ地区。草薙館。パブリックルーム。
朝の食卓で三人が朝食を食べている。今日はヤタガラスは緊急通報以外の業務が休み。昼のパトロールがない。
朝食を食べながらサミラが話す。
「伊勢さんは今日どこか行くんですか?」
「そうだなあ。なーんも考えとらんかった」
ミチヤはガハハと豪快に笑う。するとサミラはミチヤにある提案をする。
「たまには家に帰ってあげたほうがいいんじゃないですか? きっと奥さん喜びますよ」
それを聞いてミチヤの手が止まった。
ミチヤは既婚者で単身赴任状態なので妻とは別れて暮らしている。最近時間が合わず、ミチヤは妻に会っていない。それをサミラは知っていたのだ。そこで今日の休みをそこに充てるべきだ、と言った。
「櫛田。何を言ってるんだ」
「たまの休みくらい帰らないと、奥さんに愛想つかされますよ」
「というか、伊勢さん。離婚なんてされたら・・・」
サミラに続いてユウも声をかける。それが決定的となったのか、ミチヤの顔が青ざめる。
「離婚なんてされたら・・・俺、餓死する・・・」
ミチヤは重大さを理解したようだった。朝食を早めに食べ終わるとすぐに席から立ち上がった。
「俺、今から帰るから。あと任せてもいいか?」
「勿論。日付変わる前までには帰ってきてください」
「サンキュ!」
ミチヤはそう言ってパブリックルームから出て行った。サミラとユウは顔を見合わせて笑った。まるで作戦成功! と言っているかのようにも見えた。
ミチヤは草薙館を出発し、建物内にはサミラとユウの二名が残された。サミラはリビングで本を読んでいる。すると、ユウがテレビのチャンネルをカチカチ変えていた。
「ユウ! テレビくらい自分の部屋で見たら?」
「今俺んちのテレビ壊れてて、新しいの届くの明日なんですよ! いいじゃないですか!」
まるで姉弟のような会話だ。年齢差はそこまでないはずだが、なんとも微笑ましい会話だ。ユウはサミラに言った。
「そういや、櫛田さんは帰らないんですか?」
「帰らないよ。うちの親、小さい頃に死んじゃったし・・・」
「それは知ってますよ。それこそ親戚とか・・・」
ユウが言うと、あなたは純粋ねえ、とサミラが笑った。サミラは本を置いて、ソファに横たわった。
「親戚なんていないも同然よ。ツキヨミの力を恐れて、関わろうとしなかったんだから。だから高校卒業してすぐに家を出た。そこから連絡も取ってない」
ユウは余計なことを聞いたとサミラに謝る。サミラはもう過去のことだから気にしない、とユウに言う。
サミラの目に映ったのはユウがテレビのリモコンでチャンネルを変えて、流れていた情報番組。そこでは、結婚式を控えるカップルの街頭インタビューが流れていた。
幸せオーラ全開で話すテレビの中のカップルに、サミラはため息をつく。
「まず、私みたいな不細工が結婚できるのか。不細工だけならまだしも、ツキヨミ持ちで浄化師ってなると誰ももらってくれないわよね」
結婚諦めモードの気分でサミラの口が動いた。
それを聞いたユウはリモコンを置いて、サミラに振り返った。
「大丈夫ですって! 必ず櫛田さんを幸せにしてくれる物変わりな男はいますって!」
「物変わりって! バカにするな!」
サミラは笑いながらクッションをユウに投げた。それをユウは軽々とキャッチして笑った。束の間の幸せな時。束の間の平和。
そんな時間を二人は謳歌していると、テレビのニュースキャスターの表情が一変した。
『番組の途中ですが、ここで速報です。トウキョウで発生した男性の変死事件の最新情報です。警察の発表で死亡した男性の死因が悪霊による襲撃であることが判明しました。警察の発表で悪霊による襲撃であることを受けて、トウキョウの日本御霊浄化組合は詳しく調査に乗り出すとのことです』
それを聞いた二人は顔を見合わせる。
「最近は物騒な事件が多いわねえ」
「悪霊が人を殺すのは分かっていましたが、浄化師が殺られるって相当手強い悪霊っぽいですね」
ユウの言葉にサミラは頷いた。
そしてトウキョウはカワグチの大きな川を電車で越えればすぐだ。トウキョウに近いカワグチにその浄化師を殺した悪霊が流れ込んでくることすら考えられる。
「トウキョウから流れてくる可能性が高いわね。少し用心しましょう」
「そうですね・・・」
サミラはずっとテレビで流れたニュースを考えているのであった。
少し用心しよう。
サミラはそう考えてもいたが、それはカワグチのヤタガラスの総意でもあった。ミチヤもユウも同じように思うだろう。しかし、トウキョウで発生したこの事件は、後にサミラの運命を左右し、彼女の人生でさえも振り子のようにアンバランスに揺れ動くことを、この時のサミラは何も知らなかった。
時刻不明。現在地不明。場所不明。
場所も分からない暗闇の中。そこにうごめく黒い影。そして人が立っているだけで狂おしいほどの瘴気。不毛地帯。この言葉が似合うほどに堕落し、黒く、不毛な場所。
黒い影がだんだんと原型をとどめ始める。黒い影は人の形に変化していく。
腕が生え、足が生え、なめらかな体を隠すように瘴気は美しい着物へと変わる。醜い体を隠すかのように。
顔もだんだんとわかるようになった。黒く長い髪の毛。目尻には紫色の顔料が塗られたようにアイシャドーで目をぱっちりと見せている。そして目は美しい狐目。唇は血のように真っ赤。美しい女性の姿へと変わった。
彼女の周囲は凄惨な状態だった。べっとりと大量の血が広がっていた。複数人の人間の血が血だまりになって、その中に彼女はいる。
広がった血だまりを見てその美しい顔が恍惚な笑顔へと変わる。
「・・・不出来だ。わらわを楽しませてくれぬ。簡単に・・・死んでしまう。それにしても、綺麗よのお。わらわのために流した血が、わらわの活力じゃ」
彼女は血だまりに手をつけて、それをすくい上げる。雪のように白い掌は、一瞬で真っ赤になる。それを笑いながら目を細めた。
「わらわを浄化しようとするから、こんなことになるのじゃ。わらわは必ず、受けた恩は必ず返す主義じゃからのう。だが、わらわを楽しませる強者がおれば、またそいつを八つ裂きにして殺してやりたいのう!」
自らを「わらわ」と呼び、自分が明らかに身分が上であるということを自覚していた。遊女のような、祇女のような、そして平安貴族のような女性。
その美しさその狂気。
彼女こそ、何千年の時を悪霊として生きながらえ、その凶悪さから後世で最強最悪の悪霊の異名を持つ、悪霊・マーラーである。




