禁断の再会〜I still want to know the truth〜
禁断の再会〜I still want to know the truth〜
いけないことをしたという自覚はある。
泥棒のような姑息な真似をしたことも、勝手に所長室に入って情報を見たことも。
でも私は知りたいの。
どうして私は厄介払いをされてしまったのか? どうして誰もお母さんに手を差し伸べなかったのか?
真実が残酷なものだったとしても・・・、私はしっかり見つめなきゃならない。最強のツキヨミ能力を持った人の娘として---。
翌朝。午前九時。チュウオウ地区。カワグチショッピングプラザ内のカフェ。
スセリはカフェの中にいた。一人でコーヒーを飲んでいると、
「・・・すいません、先に連れが」
聞き覚えのある声がした。スセリが入り口を見るとそこには、スセリの親戚にあたる大山ケンジの姿があった。ケンジもスセリの姿を見つけるとスセリの座っている席へ向かった。
スセリと対面したケンジはサポーターを巻いた腕に目がいった。
「その腕。どうした?」
「・・・仕事の怪我」
スセリは歯切れの悪い回答をする。目の前にいるのは自分を見捨てた親戚だ。今も心の中に溜まる憎悪を抑え込んでいる。親戚に対するスセリの憎悪は大量の悪霊を呼び寄せてしまうほどに大きく黒い。
ケンジは話を切り出した。
「まさか、お前が私の携帯番号を知っているとは・・・。どこで知った?」
「ヤタガラスの殉職者名簿の中にあった」
「殉職者名簿・・・。まさか・・・、お前も知ったんだな」
ケンジの口ぶりからスセリはなんとなく察した。ケンジはサミラが浄化師だということを知っていたようだった。スセリはそれが分かれば話は早い、と思った。
「何故、私の母を見捨てた?」
単刀直入の質問をスセリはする。それにはケンジも凍りついた。スセリの視線は、目の前の獲物を狩ろうとする獣、いや殺人者の目だった。スセリはどんなに憎悪を抑えこんでも、表情にどうしても現れてしまう。
スセリの質問にケンジは答えた。
「・・・君の母親には特別な力があった。昼夜問わずに悪霊の姿が見える。すれ違っただけでその人の内側が分かる。そんな人とタケトくんが結婚するって聞いた。私は二人が結婚するって聞いたときから、決して手を差し伸べないと心に決めた。それをタケトくんが承諾したときは正直焦ったけどな」
スセリはその答えを静かに聞いていた。以前ならば逆上していただろう。昨日に読んだ殉職者名簿や悪霊対策部の書類で情報は皆無ではなかったから、静かに話を聞いていた。
「だから私も見捨てたんだな」
スセリの言葉にケンジは何も言わなかった。
実際のところ、真実に近いからだ。両親の葬儀の後、スセリを誰が引き取るのか親戚中で議論になった。しかし、父方の親戚はサミラのツキヨミ能力を恐れ、娘であるスセリにもその能力が受け継がれているのではないか、と思われた為にスセリを怪物扱いして引き取りを拒否したのだった。
その決定打となったのがケンジだった。
「この子を引き取る義務はない。施設にでも送ればいい。その言葉をこの二十年間忘れることはなかった。それが私の人生を決定付けた言葉だから」
スセリは言った。
「スセリ。私にも生活があって家庭があるんだ。そんな不確定要素が入れば、家庭が崩壊する」
「・・・確かに、それはそうだ」
スセリは静かに笑った。
「それは過去の話。私はせめてツキヨミの力があるから、母を怪物呼ばわりして私ですら怪物呼ばわりしたことを、ここで謝って欲しいだけ。それができればこれ以上何も言わない」
スセリがそう言うも、ケンジは表情を変えずに言った。
「・・・謝る気はない」
スセリの心に大きな衝撃が走った。何を言っているんだ? とスセリは問いただす。ケンジはスセリを冷たい視線で見ていた。
「神様の眼なんて言われているが、実際は怪物の沙汰だ。悪霊が見えるなんて人間じゃない。しかも、そんな女と結婚するって言い出したタケトくんも馬鹿だと私は思う。わざわざ怪物の元に行くなど、どうかしている」
ケンジの口から溢れてるのはサミラとタケトに対する侮蔑の言葉だった。
母を怪物呼ばわりし、その母と結婚した父ですら蔑む。スセリは人として許せなかった。そんなスセリの怒りをよそにケンジは話し続ける。
「怪物と共にタケトくんが亡くなったときは、ショックだった。タケトくんが死んだのは、あの女の力のせいで・・・」
ケンジは鋭い視線を感じた。見ると、スセリがものすごい形相で睨みつけていたからだ。ケンジは息を飲んだ。ケンジのその姿は蛇に睨まれた蛙のようだった。
「今すぐ取り消せ。怪物と呼んだことを取り消せ」
「・・・あいつは怪物だ」
スセリが忠告するもケンジは決して意思を曲げようとしない。サミラを怪物と侮蔑し続けた。それを聞いたスセリは何かが吹っ切れて、席を立った。
「もういい。お前の意思はわかった。私は、考えを少し改めて欲しくて連絡をしたが・・・もう連絡を取ることはない。たとえお前が悪霊に襲われたところでどうでもいい。ツキヨミを馬鹿にするならば、ヤタガラスに所属するツキヨミを持つ人を馬鹿にするのと同じ。そんな奴を助ける義理などない。たとえ悪霊に襲われて瀕死になったとしても、ツキヨミの浄化師が手を差し伸べることはないと思え。手のひらを返したところで、私の意思は変わらない」
スセリがそう言って、身を翻し、出口へと向かっていく。レジで二人分の代金を払い、颯爽と出て行く。
「・・・サミラ」
ケンジにはスセリにサミラの面影を思い出して思わず呟いた。
カワグチショッピングプラザを出てすぐに、スセリは呼び止められた。
「新人ちゃん?」
「三嶋さん?」
スセリは思わぬ遭遇者に驚いた。先ほどまでケンジと会っていたことを悟られてはいけないと必死に隠す。
「こんなところで会うなんて珍しいじゃん。あれ? 新人ちゃん、目が赤いけど・・・?」
「・・・え?」
フウマに指摘されてスセリが思わずまぶたに目を触れた。それが最後だった。触れた瞬間に目から涙があふれ出した。
「新人ちゃん?!」
「・・・うっ」
スセリの涙はスセリの意思に関係なくとめどなくあふれ出した。スセリは目を覆って泣き始めた。それに慌てたのはフウマだ。フウマはとりあえずスセリとを連れて、カワグチショッピングプラザから離れた。
午前十時半。チュウオウ地区。カワグチステーション前の広場。
カワグチステーションの前にある小さな広場。花壇の周りにあるベンチにフウマとスセリは座っていた。
「新人ちゃん。ほれ」
「・・・ありがとうございます」
フウマは近くのコンビニで買ってきたミネラルウォーターの入った小さなペットボトルをスセリに差し出した。スセリはそれを受け取るとキャップを開けて飲み始めた。
「落ち着いたかい?」
「はい・・・」
「というか、何があったよ?」
スセリはスセリの母が浄化師であったこと、両親を殺したのが最強の悪霊であること、今まで避けてきた親戚ともう一度話せば何か新しいことが分かるのではないか、時間の流れで何か考えが改まっているのではないか、と。
しかし、その考えは悉く打ち砕かれ、スセリの母を怪物と呼んで侮蔑したことも話した。それを聞いたフウマは怒りを露わにする。
「人に言っていいことと悪いことがあるだろ! 怪物は差別用語だ!」
「会わなきゃよかった。淡い期待を持ってた私が馬鹿だった・・・」
スセリは言った。
フウマはスセリが親戚と絶縁状態であることを知っている。そんなスセリがどうやって連絡を取ったのか、フウマは知らない。その方法をスセリに聞くとスセリは話し始めた。
真夜中の寝静まった頃に所長室に忍び込んで殉職者名簿に書かれていたケンジの電話番号を把握し、その番号に駄目元で電話をかけたところ通じてしまったのだ。
これはチャンスとばかりに面会をこじつけたというのだ。
「新人ちゃん。そんな大博打、危険すぎる。蔑まれるとか考えなかったの?」
「時間の流れでもしかしたらって思っただけです。今は後悔してます」
スセリの落ち込み具合にフウマは息を吐いて、スセリに言った。
「言い方は悪いが、もうそいつのことは忘れろ。新人ちゃんには熱田さんや鳴海さん、サトミちゃんやミホちゃんがいるじゃんか。たとえ新人ちゃんが親戚の人から怪物呼ばわりされようものなら、ヤタガラスが黙ってない。全員が新人ちゃんのことを全力で守ってくれるって俺は思うよ」
「そうですか?」
スセリは半信半疑になる。
「ヤタガラスはそんなに結束の弱い組織じゃないよ。俺は情報屋だからヤタガラスの正式なメンバーじゃないから深いところまでは分からない。だけど、そんな俺でもすげえって思うんだから、ヤタガラスはすごいところだよ。新人ちゃんがヤタガラスにいるのは、もはや運命だよ」
「運命?」
スセリが聞くと、フウマはスマートホンの画面を見て慌てる。
「やっば! そろそろ仕事の時間だ! 新人ちゃん! またね!」
「あ、ああ・・・」
フウマはスセリを置いて一人で行ってしまった。一人取り残されたスセリは空を見上げた。そして首にある赤い浄化水晶のペンダントを太陽の光にかざす。キラキラと輝いてスセリの顔を赤く照らす。
「お母さんが使ってたとなると、もう二十年以上前の浄化水晶ってことになるよね・・・。それなのに、こんなに綺麗だなんて・・・」
スセリは静かに呟いた。
ほぼ同時刻。草薙館。パブリックルーム。
パブリックルームのソファに座っているヒジリがスマートホンで電話をしていた。
「ああ、やはりそうか。会ってしまったか。分かった、阿部が戻ってきたらしっかり対応する。連絡すまない、それじゃあ」
ヒジリが電話を切るとちょうどヨシキが現れた。
「今の電話は?」
「三嶋くんだ。阿部が絶縁状態の親戚に独断であったらしい。結果は最悪。相手方は阿部のみならず、阿部の母親を怪物呼ばわりして侮蔑したらしい。虫酸が走るな」
「なんで親戚の女の子にそんな薄情なことが言えるんですか? 阿部はごく普通の女の子じゃないですか」
ヨシキが呆れて言う。ヒジリはそれは俺も同じだ、と同意する。しかしこうも続ける。
「だが、彼女がツキヨミであることがきっと大きく起因しているだろう」
「ツキヨミだからってそんなに蔑まれる理由にはならないです!」
「人間は昔から特異な存在や異質な存在に差異をつけ、上下関係を作ってきたという長い歴史があるんだ。ツキヨミも例外じゃない。今でこそ、悪霊対策部が出来て、浄化師という職業が国家公務員の扱いになってはいるけど、一昔前に戻れば、浄化師だって悪霊が見えるということで一般の人から虐げられてきた黒い歴史があるんだ。それを踏まえれば、当然かもしれない」
ヨシキは何も言い返すことが出来なかった。
ヒジリはヨシキに仲間のためにここまで真剣に考えて、怒ってくれるのがいるなんて阿部は幸せ者だな、と呟いた。
ヒジリはスマートホンをポケットにしまうと、ソファから立ち上がった。
「阿部は、ずっと憎悪という呪縛に囚われたままなんでしょうか?」
「それは、阿部次第だ。でも、まずは阿部スセリの母親で幻の浄化師と呼ばれた、阿部サミラ、もとい、櫛田サミラのことをしっかりと知る必要がある」
ヒジリが持っているのは真っ黒なファイル。そのファイルのその表紙にはこう書かれていた。
『幻の浄化師・櫛田サミラの生涯と考察』
ヨシキはそれをどこで?! と驚きながら言った。
「悪霊対策部は阿部サミラが亡くなってから二十年以上経ってもなお、彼女の調査をゆっくりと地道に続けてきた。ここに書かれているのは、最新版の調査報告書だ。ここには、阿部すらも知らない真実が書かれているはずだ」
「綿津見さんから受け取ったんですか?」
「よく分かってるじゃねえか」
ヒジリはニヤリと笑った。まるでいたずらをして喜ぶ少年のような無邪気な笑顔。ヨシキはヒジリに自分も読みたい、と申し出た。ヒジリはそれを快く受け入れた。
早速二人は作戦準備室に移動してファイルを開いた。
黒いファイルには門外不出の文字。悪霊対策部が厳重に守り続けてきた情報だったことが分かる。その門外不出の扉がついに開く。
そこに書かれていた真実をヒジリとヨシキの二人の浄化師はまざまざと見せられることになる。
生まれつき強いツキヨミの力を持ち、当時はまだ地位の低かった浄化師という仕事に従事し、女性としての幸せを願い、ヤタガラスを去ったその人。
ヤタガラスに伝説、幻として代々の浄化師に語り継がれる、不思議な存在。
---幻の浄化師・櫛田サミラの全てをここで、明かそう。




