面影〜A dear family that revives〜
幻の浄化師・櫛田サミラ編
面影〜A dear family that revives〜
阿部サミラ。
彼女は生まれながらにしてツキヨミの力を持つ女性だった。その力はとても強く、浄化師専門スクールに通う以前より悪霊が見え、その悪霊は昼夜問わず、きっかけもなく目を向ければ見えてしまう、ある意味最強のツキヨミを持っていた。
そしてその血を受け継いだ、私、阿部スセリもまたツキヨミの力を持っている。
伝説、幻とも言われた一人の浄化師の話を聞かされたのだった。
スセリの頭に浮かんでいたのは部屋に飾られた唯一の家族写真。笑顔で写っている母親が浄化師だったなど信じられない。そんな事実はスセリが嫌っている親戚からも何も聞かされていなかったからだ。
「どうして母が浄化師だと言えるんですか?」
「阿部サミラさんは結婚後の名前だ。旧姓は櫛田サミラさん。阿部サミラの名前で資料を探しても見つからないのは、彼女が結婚して名字が変わってしまっていたから。そう考えた俺たちは、櫛田サミラの名前で資料を探したら、情報がゴロゴロと出てきたよ」
ヒジリはそう言った。その後、分厚いファイルを取り出す。スセリがこれは何か? と尋ねるとヒジリは言った。
「・・・ヤタガラスの殉職者名簿だよ」
「殉職者?」
「任務やそれに関連したことで命を落とした浄化師たちの情報が載っているんだ。開いてみてごらん」
ヒジリに言われて、スセリはファイルを一枚ずつめくる。知らない顔がたくさん並んでいる。その中には俺の先輩浄化師もいるんだぞ、とヒジリは小言を挟んだ。数秒後にスセリのページをめくる手が止まる。
「・・・どうやら見つけたみたいだね」
スセリはそのページをじっと見つめていた。
「・・・お母さん」
殉職者名簿の中にスセリの母・阿部サミラの顔写真が貼ってあった。スセリと同じ浄化師の制服を身にまとい、腕には浄化師の腕章、首には赤い浄化水晶が輝いていた。
スセリはふいに首に下げていた赤い浄化水晶のペンダントを触る。
「このペンダント・・・!」
「俺もこの情報を知るまで知らなかった。そのペンダントはこのヤタガラスで代々リーダーに受け継がれていたアイテムだった。俺は先輩からただのお守りと聞いていた。だから、浄化師認定テストに行く君にお守りとして渡したんだ」
ヒジリは言った。
ヒジリがお守り代わりに渡していた赤い浄化水晶のペンダントの最初の持ち主がサミラだったことに驚くも、これも因縁か、とヒジリは呟いた。母であるサミラも娘が浄化師になることも、赤い浄化水晶のペンダントを受け継ぐことになるなんて予想しなかっただろう。
ヒジリは続ける。
「死因は不慮の事故による事故死とあるのがわかるね? それは警察発表の死因だ」
「どういうことですか?」
ヒジリは別の書類を出した。この書類はコウシロウが提供してくれた浄化師の情報の一部。数ある浄化師の名簿の中から櫛田サミラで見つけ出してくれたものをコピーしたものだ。
「俺たちの殉職者名簿には不慮の事故による事故死と明記されているが、悪霊対策部の書類のところを見て欲しい。何て書いてある?」
スセリはヒジリに言われた通りに死因の項目を見る。それを声に出して読んだ。
「死因。事故死、警察発表・・・。悪霊の急襲による暗殺、悪霊対策部の捜査結果・・・。暗殺?!」
スセリは驚いてヒジリの顔を見た。ヒジリは息を吐いた。
「阿部サミラさんは悪霊による暗殺の可能性が高い。そして、君のお父さんもお母さんと共に悪霊急襲に巻き込まれて命を落としたということになる」
「何で・・・、誰なんですか? 私の両親を殺したのは誰なんですか?!」
スセリが怒りの形相でヒジリに詰め寄った。ヒジリはスセリをなだめるように落ち着いた声色で言った。
「悪霊対策部は阿部サミラさんの死因について警察発表の事故死だと納得できなかったんだろう。しかも、さっきも言った通り、彼女は強いツキヨミの力を持っていて浄化師として最高の技術を持っていたらしい。だから、彼女の死を改めて捜査するようにと悪霊対策部が指示を出したらしい」
悪霊対策部が指示を出す。
その言葉の重大さを浄化師となった今のスセリなら、理解出来る。
悪霊対策部はヤタガラスの上の存在でヤタガラスを束ねるヒジリも、悪霊対策部の指示ならば従わなければならないほどの強制力と影響力を持っている国家機関だ。
そんな悪霊対策部がたった一人の女性浄化師のために、調査に乗り出すのが異常だったという。それほどサミラがヤタガラスにとっても、悪霊対策部にとっても重要視されていたかを考えさせられた。
「両親が悪霊に暗殺されたというのは悪霊対策部が突き止めたんですか?」
「この書類を書いた人間はもう悪霊対策部にはいない。だが、そこに書いてある悪霊マーラーの話は俺でも聞いた事がある」
「なんなんですか、悪霊マーラーって・・・」
スセリが聞くとヒジリは悪霊マーラーについて教えてくれた。
悪霊マーラー。
それはこの世界に存在する最強最悪の邪悪な悪霊のことをさす。
マーラーは幾多の浄化師の命を奪い去り、長い時を謳歌してきた。しかし、時として最強の浄化師に浄化をされた。ところが、マーラーの中にある邪悪な負の感情が強く、浄化されても何度も蘇り悪行を繰り返す、化け物、いや、怪物とも言える悪霊なのだ。
マーラーの恐ろしいところは知能があるということ。
普通の悪霊は一度相対した者の記憶ができず、毎回毎回は初対面。理性を忘れている悪霊が多いため、記憶の保持ができない。ところが、マーラーは記憶の保持が出来る。ごく一般的な人間と同じように人の顔や名前などを覚えている。
そのマーラーは今現在姿を見せていない。もはや噂程度に収まっている。しかし、マーラーを浄化した名だたる浄化師は不審死を遂げているのは事実。
その残虐さと凶暴さから仏教の悪神の名前からつけて、悪霊マーラーと呼ばれるようになったという。
スセリはその話を聞いて思考が停止する。
「さっきも言った通り、奴には知能がある。マーラーを浄化した名だたる浄化師たちが不審死をしている。マーラーが蘇ってすることは・・・」
「自分を浄化した浄化師に復讐するため・・・ですか?」
「その可能性が高い」
スセリは資料を見た。そこには悪霊マーラーを浄化したという記述がある。それを見たスセリはヒジリに言った。
「私の母はマーラーを浄化したから?!」
「綿津見はマーラーの復讐に遭って、お父さんもそれに巻き込まれたと睨んでいる。俺はそれ以上に阿部の身を案じてるんだ」
「私の?」
スセリは書類を置いてヒジリを見やる。
「悪霊マーラーはまだ現世をさまよっている。君はお母さんの力を受け継いだ。しかも、写真を見れば分かるがお母さんと君は瓜二つ。マーラーが君をお母さんと勘違いして襲う可能性だってある。俺はそれを懸念しているんだ」
ヒジリはスセリに言う。スセリは信じられないと表情を固くしているが、サミラと写真と所長室にあるアンティークの鏡に写った自分の顔を見て、ヒジリの言い分も一理あると思ってしまった。
今スセリは髪の毛を結んでいる。結んでいる髪の毛をほどけば、瓜二つになるのは想像できた。
「私は・・・これからどうすれば?」
「今や君はヤタガラスにはなくてはならない存在だ。普段通りに過ごしていて構わない。危ないと思ったら逃げる。それだけだ」
ヒジリの言葉にはい、と頷いた。
スセリは所長室を後にした。
すると扉の隙間から顔をひょっこりとフウマが顔を出した。
「新人ちゃん。大丈夫ですかね?」
「三嶋くんか。少し心配だ。彼女は親戚と絶縁状態で、しかも自分を見捨てた親戚たちを殺したいほど憎んでいるからな。見守っていかないと」
「・・・」
フウマは何も言わずに、ヒジリを見つめていた。
午後十九時。阿部スセリの部屋。
スセリは部屋着に着替えてベッドに座っていた。ベッド際に置いてある写真を見ているとどうしてもヒジリとの話を思い出してしまう。
悪霊マーラーはまだ現世をさまよっている。君はお母さんの力を受け継いだ。しかも、写真を見れば分かるがお母さんと君は瓜二つ。マーラーが君をお母さんと勘違いして襲う可能性だってある。俺はそれを懸念しているんだ。
ヒジリが心配してくれるのは痛いほどわかる。しかし、それ以上にスセリの中にある真実を知りたいという好奇心が騒ぎ出す。
「・・・」
そしてスセリは意を決したかのように、立ち上がった。
時間は過ぎて午後二十三時。
今日は珍しく静かな夜だった。ヤタガラス全員が眠りについており、草薙館が静寂に包まれていた。
そんな静まり返った廊下を一人歩く人物がいる。スマートホンのライトを頼りに廊下を歩く人物。他ならないスセリだった。まるで泥棒のようにスセリはゆっくりと廊下を歩く。
リフォームして綺麗な草薙館といえど元は古い洋館。古い木の香りが漂う廊下とギシギシと鳴る廊下の音をなるべく立てないように歩いた。
最初にスセリが向かったのは、作戦準備室。
そこにはたくさんの鍵が置かれている。鍵をしまってある扉を開き、そこからある鍵を取り出して作戦準備室を出た。
次にスセリが向かったのは所長室。スセリが作戦準備室から持ち出したのは、所長室の鍵だった。スセリは慎重に所長室の扉の鍵穴に鍵を入れる。そしてゆっくりと回る。
カチャッ。
鍵の開いた音がした。スセリは扉を開け中に入り、戸棚の中にあるファイルを見つける。そのファイルは殉職者名簿。ヒジリが見せてくれたものだ。その中から櫛田サミラのページを見つけて、ライトを照らし探し始めた。
「・・・あった」
スセリはニヤリと笑い、その見つけたものを写真に収める。そしてファイルを戸棚の中にしまい、何事もなかったかのように所長室を出て扉を閉め、鍵をかける。証拠隠滅も完璧だ。
スセリはドキドキと打ち鳴らす心臓を沈めながら、廊下を歩いて行った。
スセリはある行動を決行することを心に決めた。それは、スセリにとって自分の心との戦いでもあると、スセリは思っていた。
スセリはそんな覚悟を胸に秘め、夜を駆けて行くのだった。




