櫛田サミラの思い出語り後編〜Footsteps that break happiness〜
櫛田サミラの思い出語り後編〜Footsteps that break happiness〜
平和なカワグチにもトウキョウの悪霊事件を受けて、通達がきた。トウキョウの川を隔てた隣がカワグチ。相手は浄化師をも殺す凶悪な存在であるため、抑え込むのは難しいとのことだった。
もし、その悪霊がカワグチに来たら・・・なんて考えたくもないけど、私たちは最悪のことも想定しなくてはいけない。
そんな相手に私たちが太刀打ちできるのかしら。一抹の不安が私の中には常にあった。
午前十時。チュウオウ地区。草薙館。作戦準備室。
朝のミーティングが始まった。ここで確認をした後、それぞれが昼のパトロールへと行くのだ。ミーティング時にミチヤより、悪霊対策をする組織からの通達が伝えられた。
「櫛田も佐和目も知っていると思うが、トウキョウで悪霊による浄化師殺害事件を受けて組織より緊急の通達が来た。元凶である悪霊が確認されたのはトウキョウ。カワグチはトウキョウとは川を隔てている。つまり、悪霊がカワグチに来る可能性は極めて高い」
ミチヤがさらに続けた。
「こちらとしては通常通りの業務を行う。しかし、例の悪霊と遭遇した場合、何もせず一目散に逃げるように。そういう通達だ」
ミチヤの言葉に質問をしたのは、ユウだった。
「ミチヤさん。逃げろって・・・俺たちが逃げたらその悪霊は一般人を襲いますよ?! 人々を守るべき存在である俺たちが逃げたら、浄化師としてどうなんですか?!」
ユウの言葉に待ったをかけたのは、ミチヤ、ではなく隣に座っていたサミラだった。今にも動きそうなユウを手で制し、ユウを諭すように言う。
「ユウ。落ち着いて。確かに浄化師としておかしいと思うのは当然よ。だけど、相手はそんな浄化師ですら手にかけて殺しているのよ。私たちは三人でカワグチを悪霊の脅威から守っているの。もし誰か一人でもかけたら、今後のカワグチを誰が守るの?」
サミラの言葉は正論をついていた。
サミラの言葉でユウも落ち着きを取り戻していた。しかし、ユウの言葉もサミラにはわかる。そこでサミラが改めてユウの考えも含めた質問をミチヤにした。
「伊勢さん。しかし、ユウの考えも大事です。それでは私たちが浄化師でありながら逃亡するのは、人々の信頼を裏切ることになります。ただでさえ、浄化師はまだ後ろ指差される職業なんです」
サミラの言葉はユウの言葉にサミラの考えと疑問を付け加えて話した。それに対してミチヤは言った。
「俺も同じだった。しかし、相手が悪い。聞いたことがあるだろう。歴史上最強最悪の悪霊のこと」
「マーラーのことですか?」
サミラが返した。
サミラはマーラーの存在を知っている。しかし、目の前に現れたことはない。噂程度に留まっている。
サミラの言葉にミチヤは頷いた。
「その可能性が高い」
「悪霊マーラーって?」
ユウが聞いた。するとサミラが教え始めた。
日本に千年以上悪霊として存在し、人を襲ってはその血をすすっていると言われている最強最悪の悪霊のことだ。マーラーというのは人間がつけた通称である。その残虐さと冷酷さから仏教の悪神の名前から付けられたと言われている。
悪霊の特徴は妖艶な女性の姿と言われている。美しい着物を身につけた古風な女性。しかし、彼女は色香に惑わされた人間を襲い、生きる活力としていた。
サミラが話し終わるとユウは顔を引きつった。
「そんな危ない奴を野放しにしていたんですか?」
「・・・過去に何度か浄化されているんだ。だが、その浄化を振り切って復活してきた。そして奴には知能がある」
「知能? 普通の悪霊は知能なんてないはず」
「ああ。だが奴は何千年の負のオーラを吸い込んでいる。そんな負のオーラが彼女に知能を与えた。彼女はそこで自分を浄化した人間を思い出して、どんどん殺している。今回の男性も恐らく・・・」
ミチヤが言うとサミラも驚いていた。
マーラーは知能があり、必ず復讐をする。そこで死んでいった無念の気持ちすら吸い込んでしまうのだ。そこでまた力を得て雲隠れし、歴史の闇の中で生きながらえる。
「だからこそ、俺はみんなを守りたい。悪霊マーラーに出会ったら、一目散に逃げろ。奴も悪霊だから浄化水晶には逆らえない。一目散に草薙館へ帰ってこい。そうすれば、命だけは助かる」
ミチヤは二人に念を押すように、戦うという無謀な真似はしないように知らせた。ユウとサミラは分かりました、と首を縦に振った。
午前十一時。ハトガヤ地区。歴史街道。
サミラは昼のパトロールのため、ハトガヤ地区へ来ていた。青空のしたをサミラは一人で歩き、悪霊がいないかその目で確認していた。するとサミラが悪霊の気配を察知した。
気配を辿ってやってくると、一人の青年がいた。そしてサミラの目つきが変わる。サミラのツキヨミが青年を狙う悪霊の姿を捉えた。
サミラは普段悪霊の浄化をしない昼でも容赦なく行う。
サミラは腰のホルスターから小型拳銃を取り出し、小型拳銃に備えられた衝撃解除装置を解除した。植物の銀細工を押して小型拳銃に完全に埋まり、凹凸がなくなった。
これがトリガー解除の合図だ。
サミラは物陰から悪霊を狙う。そして引き金を引いた。小型拳銃から発砲された弾丸は悪霊に命中。悪霊は小さな断末魔をあげて消えていった。小さい声は一般人には聞こえない。浄化師だけが聞くことができる、小さな断末魔だ。
サミラは息を吐き、とりあえずは一安心する。すると、またサミラは悪霊の気配を察知する。サミラは青年の後を追いかける。そこには、大きな悪霊が青年を食おうと待ち構えていた。
青年が向かう先は少し影になっていて薄暗い。
まるで青年が誘い込まれているかのように見えてサミラは再びホルスターから小型拳銃を抜いて、走り出す。
青年を手招きして悪霊が囁く。サミラは思わず声を出した。
「そこの人! 止まって!」
「?!」
サミラの切羽詰まった声に青年は立ち止まり振り返った。そして、サミラの形相に驚いて青年は避ける。そのおかげでサミラと悪霊一対一の状態になる。
サミラは小型拳銃を構え、迷わず発砲した。
悪霊は断末魔をあげて消えていった。サミラは息を吐き、ホルスターに拳銃をしまった。
しかし安心したのも束の間、一般人がいる中で浄化作業を行うのはあまりいいことではないことに気づいた。しかも、昼間で悪霊が見えない中で行ってしまった。
これではまた化け物だと揶揄されて、サミラ自身が傷ついてしまう。サミラはすぐにその場から立ち去ろうとした。
すると、呼び止められた。
「ちょっと待ってください!」
サミラが恐る恐る振り返ると、先ほどの青年がサミラを見ていた。サミラは引きつった顔のまま口を動かした。
「な、なっ、なっ・・・、何か?!」
ツキヨミであることを恐れられ、傷つくことが怖くて声が上ずる。すると青年は笑ってサミラに言った。
「浄化師さんですよね?! 助けてくれてありがとうございます!」
「へ・・・?」
「あなたが飛び出してきたってことは悪霊がいたんですよね? ありがとうございました」
青年はぺこりと頭を下げた。自分を怖がらない人もいるんだとサミラは驚きを隠せなかった。サミラは、「あ、ああ」としか言葉が出てこなかった。
そんなサミラなどお構いなしに青年は感謝の言葉を言い続ける。するとサミラはそれを遮るかのように言った。
「お世辞なんていいですから。私、ツキヨミなんで・・・。本当は怖いんですよね? 真昼間に見えない敵とドンパチやりあってたら、引きますよ。では、これで失礼します」
サミラがそう言って青年の横を通り過ぎる。すると青年はサミラに聞こえるくらいの大きな、声で言った。
「俺はそんなこと思いません! 悪霊が見えるなんて、すごいじゃないですか! 危険から身を守れる術を持っているですから! 俺は怖くないです!」
サミラは目を見開いた。
そして風がその間をビューッと吹いて木の葉が舞い上がり、サミラの周囲にパラパラと落ちた。サミラはハッとして、仕事に戻るので! と進行方向へ体を向けた。
それでもサミラを引き止めたい青年は思わず言ってしまった。
「あなたの名前は?」
それを聞いたサミラは立ち止まる。青年は表情が固まった。
なぜなら初対面の女性に名前を聞くなど、ナンパだと。青年はナンパなどしたことがなく、不埒にしかも機嫌が悪そうな彼女に聞くなど最悪だった。
青年は言った言葉を訂正しようとした時、サミラの口が開いた。
「・・・カワグチの日本御霊浄化組合所属の浄化師・櫛田サミラ」
「櫛田・・・」
「それが私の名前です。いいですか?」
「あ、はい! 俺、阿部タケトって言います! 応援してます、櫛田さん!」
青年・阿部タケトに言われて、サミラはタケトの顔も見ずにそのまま歩いて行ってしまった。その後ろ姿を青年はいつまでも見ていた。
「櫛田サミラさんか・・・。かっこいい・・・」
この青年・阿部タケト。彼こそ、後にサミラを射止めてサミラの夫となる運命の男性になるのであるが、この時のサミラは当たり前だが、動揺のために運命すら感じていなかった。
阿部タケトとの出会いから一週間。
午後十二時。アオキ地区。ファミリーレストラン店内。
サミラはレストランの窓からずっと外を眺めていた。ぼーっと何か一点を見つめるかのように、そして腕はひたすらコーヒーをかき回している。
明らかな異常行動に一緒にいたユウがサミラに言う。
「櫛田さん! おーい、櫛田さん!」
「・・・な、なによ」
「なによ、じゃないですよ! コーヒーのかき混ぜエンドレス状態でなによはないでしょう?!」
ユウから指摘されてサミラはコーヒーを混ぜるのをやめた。今日は二人でアオキ地区のパトロールだった。今はその昼休憩中だ。
「あーれー? もしかして、恋とかしちゃってます?!」
ユウがサミラをからかうとサミラは固まった。そして頬が少し赤くなった。それを見たユウがマジかよ、と驚いていると違うから! と否定する。
「じゃあなんで顔赤いんですか?! 図星ですか?」
「違うから! 一週間前に昼のパトロール行ったでしょ?」
「ああ。櫛田さんはハトガヤ地区でしたよね?」
サミラはそうよ、と答えた。そこでなにがあったんですか?! とユウが問いただす。サミラは昼間に関わらず悪霊を浄化して、襲われる寸前だった青年を助けたと話した。その青年はスセリを嫌がるどころか、甲斐甲斐しく感謝までしてきて名前まで聞かれたことも話す。
思わずその場から逃げ出すために名前を捨て台詞のように吐いてしまったが、サミラは少し失礼だったかな、と今更の後悔がにじむ。
それを聞いたユウはサミラに言う。
「櫛田さんはツキヨミのこと、誰でも怖がって逃げるって考えてます?」
ユウの質問にサミラは頷いた。ユウはチッチッと指を一本立てて、横に振った。
「違うんだなあ。櫛田さんは分かってない」
「あんたになにが分かるって言うのよ?」
「少なくとも櫛田さんのツキヨミの力を恐れていない。むしろ、ヒーローが持つ特殊能力を羨むかのような視線。世界の全員が櫛田さんを毛嫌いするわけじゃないんですよ。きっとそれは何億分の一の確率ですよ。俺は、その出会い大事にしたほうがいいですよ。櫛田さん、年増ですし」
「うるさいわね! 私はまだ二十五よ!」
サミラは怒ってユウの頭を小突いた。
午後二十一時。ハトガヤ地区。歴史街道の大橋付近。
人が減ったハトガヤ地区の歴史街道にはまるで百鬼夜行のような、悪霊の大行進が始まっていた。
その先頭に立ちはだかったのは、他でもないサミラだった。
「こんな時代に百鬼夜行なんていただけないわね。元の流れに戻りなさい!」
サミラが小型拳銃を構え、手始めに先頭の悪霊を浄化する。するとそれに驚いて、悪霊たちはサミラを食わんと襲い掛かる。
サミラは体勢を低くして、早撃ちをして応戦する。襲う悪霊たちも気づかない間に打たれているように無念の思いを持ちながら浄化されていった。
長い百鬼夜行のような悪霊の集団をサミラはなんとか浄化することができた。サミラが息を吐いて呼吸を整えていると、気配を感じて小型拳銃を構えて振り返った。
「あなたは・・・」
サミラが驚いて小型拳銃を下ろした。サミラの目の前にいたのは、以前感謝を述べた青年・タケトだった。
「やっぱり! 櫛田さんだったんですね!」
聞き覚えのある声にサミラはポカンとした。そんなサミラにタケトはもう一度名前を言う。
「阿部タケトですよ! 以前悪霊から助けてくれた」
「あ、ああ。そういえば・・・」
サミラは顔が赤くなるのを覚えた。以前ユウが言っていた言葉が脳裏によぎって余計に変な考えが頭に浮かんでしまう。
「お仕事ですか?」
「え、まあ。終わりましたけど。そんなことよりも阿部さんはなにを?」
「運動がてらジョギングに」
「この時間帯は悪霊が出没するんです。危ないので早めに切り上げて家に戻ったほうがいいですよ」
「あはは。現役の浄化師さんに言われたら従うしかないですね。分かりました。帰ります」
タケトは笑いながら頭をかいた。
サミラは呟いた。調子が狂うわ、と。サミラは小型拳銃をしまい、では失礼します、と頭を下げて歩き出す。するとタケトがまたサミラを引き止める」
「ちょっと待ってください!」
「・・・今度は何ですか?」
「もし、その・・・もしよかったら、今度仕事のない日とかにお会いできませんか? これ、俺の連絡先です! いつでも連絡待ってるんで!」
タケトはそう言い残してその場から走り去って行った。サミラが引き止める言葉も届かず、猛スピードでいなくなってしまったのだった。
一人ぽつんと残されたサミラは渡された紙切れを見つめていた。そこにはタケトの名前と電話番号が書いてあった。なんで受け取ってしまったのか・・・、とサミラは後悔のため息をした。
一週間後。チュウオウ地区。草薙館。櫛田サミラの部屋。
今日サミラは非番。部屋でくつろいでいるとテーブルの上に乗った紙切れに目がいった。連絡先を渡されて以降、サミラは連絡すら取っていない。
勇気が出ないだけだ。
ツキヨミであり、浄化師であるサミラを怖がらない。それどころか懐いているようにも見える。
そんなタケトが気になって仕方がない。
「気になるだけ! 好きじゃやないし!」
サミラはそう言い聞かせて、紙切れに書かれた番号を自分の携帯電話を取り出して打ち込み始めた。コールボタンを押して耳に押し当てる。呼び出し音が途切れるごとに胸が高鳴る。このまま出ないでほしい。留守であってほしい。それであれば、少しはマシだ。そう考えていたサミラだったが、コール音がプツッと途切れ、心地のいい声が聞こえてきたのだった。
『もしもし?』
「・・・あ、もしもし。私です。櫛田です」
歯切れの悪い挨拶から始まったものの、サミラが電話口のタケトと話していくうちに慣れ始め、だんだんと口調が慣れてきた。タケトとの会話が楽しくて、サミラは思わず笑った。
ヤタガラス以外の一般人と話してここまで大笑いなどしたことがなかったサミラは、予想以上に楽しんでしまっていた。
そんな楽しい会話を終えてサミラは電話を切った。
「・・・話しすぎたわ。でも・・・楽しかったかも。私、おかしいわ。どうかしてるわ」
サミラはそう呟いていると、サミラの部屋の扉が開いた。入ってきたのはユウだった。
「櫛田さん!」
「ユウ! 人の部屋入るときはノックくらいしなさい! ましてや女性の部屋を・・・!」
「そんなのは後で謝りますからすぐ来てください! ミチヤさんが呼んでます!」
「伊勢さんが?」
ユウに言われてサミラはユウとともに部屋を後にした。先ほどのタケトとの楽しい可愛から一変、緊迫した空気の中サミラとユウはミチヤの待つ作戦準備室へ駆け込んだ。
「ミチヤさん! 櫛田さん連れてきました!」
「佐和目! 助かった!」
作戦準備室にはすでにミチヤが待ち構えていた。サミラはミチヤに聞いた。
「どうしたんですか?」
「櫛田。佐和目。驚かずに聞いてくれ。今、トウキョウのヤタガラスから緊急通報が入った。悪霊マーラーと思わしき悪霊がカワグチへ流れたという情報だ」
それを聞いたサミラとユウは凍りついた。
ニュースで見ただけの存在。噂のような存在。存在こそ都市伝説のような嘘か本当かもわからないそんな存在。それが悪霊・マーラー。
それと思わしき悪霊がカワグチに侵入した。思わしき悪霊と言われても、それがマーラーであることは断定であろう。
「最強の悪霊が・・・カワグチに・・・」
サミラは小さな声で呟いた。




