私が知らない顔〜In heavy rain〜
私が知らない顔〜In heavy rain〜
闇の浄化師・八十川エイタの被害者がまた出た。
それを聞いて私は焦った。その被害者がまさか、シュンさんだったなんて。
シュンさんが八十川にやられるわけがない。シュンさんは強い人なんだから。私はシュンさんにいつもなぎ倒されているだから。シュンさんはヤタガラスのスナイパーって言われてるんだから強い。
やられるわけがない、あのシュンさんが・・・!
現実から目をそらすように私は何度もそう自分に言い聞かせていた。
シュンが意識を失って二日後。
午前十時。ナンペイ地区。岩永兄妹の家。処置室。
シュンはゆっくりと目を覚ました。ぼやけた視界が通常に戻る。白を基調とした部屋。そして見上げると天井。目の端には二種類の点滴液の入ったバッグが点滴棒にぶら下がって、規則正しく滴り落ちる。
「ここは・・・?」
するとシュンを覗き込む人物が見えた。
「おお、やっと目覚ましたか」
ゴウだった。シュンは目の前にいるのがゴウだとじわじわと自覚し始める。その瞬間、勢いよく起き上がった。それをゴウが諌める。
「馬鹿野郎。勢いよく起き上がるな。鳴海、お前は大怪我してるんだぞ」
ゴウに言われてシュンは左腕を見た。左腕はぐるぐると包帯で巻かれている。大怪我をしているという自覚がじわじわと生まれ始める。
「ったく・・・、左腕の傷は中傷ってところだな。当たりどころが悪かったら、あの嬢ちゃんみたいに昏睡状態は免れなかったぞ」
ゴウがそう言ってカルテを見ている。シュンはすいません、と言った。その前にどうやってシュンを岩永兄妹の家へ運んだのかが気になった。シュンはそれをゴウへ聞いた。
「どうやって俺をここに?」
「・・・お前の兄貴だよ」
「兄さんが・・・?」
シュンは驚いた。ゴウはその時の様子をシュンにしっかりと教えた。
あの時。
車で眠るスセリを見守りながらダイゴはシュンのことを心配しながら待機していた。何度も聞こえて来る発砲音に心臓をドキドキさせながら、ダイゴはシュンの戻りをひたすらに待った。
ついにダイゴはスセリに心の中ですぐに戻るから待ってて、と言いながらシュンの向かった先へ向かった。進んでいくにつれて悪意立ち込める気配に頭を抱えながら、走った。
そして地面に倒れているシュンを見つけたのだった。
ダイゴが何度声をかけても反応がない。ダイゴはすぐに手持ちのスマートホンで岩永兄妹の家へ連絡を入れた。ダイゴはシュンから岩永兄妹の家の電話番号を聞いていて、念のために登録しておいたのだった。
ダイゴから連絡を聞いたゴウはすぐさまナンペイ地区に運ぶようにダイゴに指示を出した。
ダイゴはシュンを持ち上げ、シュンの乗ってきた車にシュンを乗せた。そしてダイゴが車を運転してゴウの元へ送り届けたのだった。
シュンをゴウに任せたのち、ダイゴはスセリを草薙館へ送り届けて車を返却。ヒジリにも伝えたという。
一連の話を聞いたシュンは悔しそうに顔を歪ませた。
「お前が生きてるのも兄貴のおかげだからな。兄貴に感謝しろよ」
「・・・もう少しだったんだ」
「?」
シュンが呟いた。ゴウが耳を貸す。
「もう少しで・・・兄さんの仇を取れるところだったのに・・・!」
ゴウは目を見開いた。あのシュンが涙を流しているのだ。クールで冷静沈着なあのシュンが涙を流す。今まで見たことがなかった。泣いているところを人前で晒すような男ではない。怪我をしてシュンの中にある糸が切れてしまったのかもしれない。
「お前の気持ちは分からないわけじゃない。まずは、怪我を治すことに専念しろ」
ゴウはそう言って仕事へ戻っていった。
一人残されたシュンは左腕をさすった。すると処置室の扉が開いた。その音に反応してシュンが振り返ると、そこには私服姿のスセリが立っていた。
シュンが意識を取り戻したと聞いて急いで駆けつけたのだった。
「シュンさん・・・」
「阿部・・・」
「大丈夫ですか? 私、心配で・・・」
スセリの言葉にシュンは先ほどまでの弱気な姿を隠して、いつものようにスセリに接した。
「阿部が心配するほどじゃない。俺は大丈夫だ。しばらく休養はするが、すぐに復帰はできる」
それを聞いたスセリはよかった! と安堵した。
スセリに見せるのは頼れる先輩・鳴海シュンだ。先ほどまでの自分の行動に対して沈んでいる弱気な自分を、後輩には見せられなかった。
シュンなりの「強がり」だ。
スセリはカバンの中から箱を取り出した。
「これ、私とミホとタイコウで焼いたんです。よかったら食べてください!」
スセリは箱をシュンに手渡して処置室を出て行った。また一人残されたシュンは先ほどまでの、仮面を外して弱気な姿を見せる。
偶然の幸いでスセリは土産を渡してそのまま帰って行った。結果としてシュンの本来の姿を見せずに済んだ。
阿部、悪いな。俺を慕ってくれるお前を・・・幻滅させるのが嫌なだけだ。
シュンは箱の中を見た。箱の中にはクッキーが入っていた。
「きたねえなあ・・・」
シュンはそう呟いた。クッキーの形はお世辞にも綺麗とは言い難い形をしていた。しかし、シュンはそれよりもいびつな形のクッキーを見ながら笑い、目には涙を浮かべていた。
シュンの目に涙など今まで見たことのない、むしろ縁のないものだと思っていたがあのシュンでも涙を流すのかと。
シュンは溢れる涙をこらえることができず、処置室のベッドの上で泣き続けていたのだった。
午後十八時。カミネ地区。自然の森公園入口。
空が少し暗がり始めた時間だった。ダイゴが散歩の為、自然の森公園の前を通りかかった。思い出したのは子供の頃にシュンと二人で遊んだ楽しい思い出だ。
ダイゴは静かに笑うと、再び歩き出そうとした。
しかし、ダイゴの歩みはすぐに止まった。
「・・・弟がやられたってのに、兄貴はのんきにお散歩か」
ダイゴは振り返らなかった。ダイゴのそばにいたのは、エイタだった。エイタは電柱に寄りかかりながらニヤニヤ笑ってダイゴに話しかけていた。ダイゴは表情を見せず、黙っていた。
「兄さんの仇は俺が取るって言ってたよ。ま、結局俺がやったけど。自業自得!」
エイタがそう言った瞬間にダイゴがゆっくりと後ろを振り返った。
「・・・」
「…ほほう」
エイタが目を見開いた。
エイタの前にいたダイゴはあの優しいダイゴではない。獲物を虎視眈々と狙う獣のような目でもあり、憎い相手を殺そうとしている殺し屋の目にも見えた。温厚なダイゴとは懸け離れたものだ。
「・・・お前は罪を重ねた。地獄に堕ちるのは目に見えてる。生きている間に生き地獄を見る羽目になるぞ。お前のような堕ちた野ガラスには、神様の使いである聖なるカラスが必ず正義の鉄槌を叩きつける」
「スセリちゃんとおーんなじこと言ってる! 面白い」
エイタは相変わらずの態度でヘラヘラと笑い、ダイゴを挑発する。しかしダイゴはそんなエイタの挑発など気にせず言葉を続ける。
「俺の弟は『ヤタガラスのスナイパー』だぞ? ヤタガラスのスナイパーに撃ち落とせない獲物なんていないんだ。それに、ヤタガラスには女神がいる。特別な力を持った、最強の女神がね」
ダイゴはニヤリと笑った。
ダイゴの言う特別な力を持った、ヤタガラスの女神という言葉。その言葉を指す人物をエイタはなんとなく分かっていた。
「ヤタガラスの女神かあ・・・。俺も会いたいものだね」
エイタはそう言い捨てると闇の中に姿を消した。
ダイゴは怪我をした肩に触れた。エイタに対する憎しみは捨てているわけではない。ダイゴはそれをひた隠しにしてエイタに接しているのだ。
一人残されたダイゴは夜道を歩いて家へ戻っていくのであった。




