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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
結ばれた兄弟の絆編
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闇の浄化師VSヤタガラス前編〜Holy crow counterattack begins〜

闇の浄化師VSヤタガラス前編〜Holy crow counterattack begins〜



 幸いシュンさんの怪我はそこまでひどいものではなく、二日ほど経過観察でゴウさんのところに泊まったが何事もなかったため、すぐに草薙館へ戻る許可がおりた。

 だけど、八十川エイタの被害者が私を含め三名になった。これ以上、野放しにしておくわけないはいかない。しかし、相手は神出鬼没の猫みたいな気まぐれ。

 私たちに勝機はあるのかどうか・・・。



 午前十一時。チュウオウ地区。草薙館。作戦準備室。

 闇の浄化師に対する話し合いをするため、全員が作戦準備室に集まった。復帰直後のシュンも同様に呼び出され、席に座る。

「シュンさん。怪我は大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ」

 シュンの怪我を心配したサトミが話しかける。それをシュンはいつも通りの態度で接する。ヒジリが口火を切った。

「みんなも知っていると思うが、闇の浄化師による傷害事件が最近また増え始めている。俺、阿部と続き、鳴海まで被害にあった」

「金山さん。警察は動いていないんですか? ヤタガラスならともかく、こんな凶悪犯を日本の警察が野放しにしないと思うんですよ」

 ヨシキが聞いた。

「警察も動いている。しかし、警察では悪霊の姿を見ることができない人がほとんどだ。八十川が出現するのは必ず悪霊騒ぎに乗じる。警察はなかなか手がかりがつかめていないと綿津見から連絡があった」

 ヒジリが言った。

 このようになるのは必然だった。

 ヤタガラスにはエイタを追いかける権利はあるが、逮捕するような権利はない。頑張って出来るのは、追いかけて捕縛し、警察に身柄を引き渡すことだ。

 悪霊よりも生身の人間の方がヤタガラスにとって耐性がない。

「警察では八十川がカワグチに潜んでいるのは確実、と発表している。しかし、八十川確保するためには悪霊の渦の中に潜り込む必要があり、警察といえど悪霊に対しての耐性がない」

 ヒジリが言う。それを聞いたスセリが口を開いた。

「八十川をおびき出す」

「阿部?」

 ヒジリがスセリに問いかけた。スセリが怪我を負った肩に触れた。その目には憎しみと必ず捕縛してやるという決意の色が見えた。

 数秒の沈黙の後、スセリの小さな息遣いだけが聞こえてきた。

「八十川は絶対条件として浄化師以外の一般人に銃口は向けない。銃口を向けるのは、私たち浄化師であること。どうして、奴が浄化師かそうでないかを判断しているのか」

 スセリの疑問の一つだった。

 スセリは改めてヒジリに進言する。

「金山さん。私が囮になって八十川をおびき出します。作戦実行の許可をください」

 それを聞いたヒジリの表情は固まった。それを聞いていた他のメンバーも凍りついた。スセリが行いがちな自信を危険な状態に晒す、囮作戦。それは金輪際禁止だと、スセリに誓わせたものだった。

「スセリちゃん! それはダメやって約束したやん! 約束破るん?!」

 滅多に怒らないミホが席から立ち上がって、スセリに言った。自分の身を危険にさらすような作戦は考えない、行動しない。それがスセリとミホの間で交わした約束だった。

 その約束の一件以降、囮作戦は考えないように自制していた。しかし、今回の闇の浄化師傷害事件に関しては、どんなに考えても囮作戦以外のいい作戦が思いつかなかったのだ。

「ミホ。一旦落ち着いて」

 ミホの隣に座っていたサトミがミホをなだめて座らせる。

「スセリさん。どうしてそんなことを?」

「さっき言ったように八十川は浄化師以外の一般人には銃口を向けないという絶対条件があります。制服を着ていれば誰だって浄化師だってわかるけど、制服を着ていない人でも浄化師である可能性は高い」

「確かに。非番の日まで僕たち制服を着ているわけじゃないからな」

 ヨシキがつぶやいた。

「八十川には浄化師がどうかを判断している何かがあるはずなんです。根拠は・・・ありませんが。八十川は神出鬼没です。八十川の油断を誘い、接近し、真実を確かめるためには・・・!」

「・・・囮作戦がいいというのね?」

 サトミが言った。スセリは静かに頷いた。経験豊富なサトミですら、この言葉に安易に頷けなかった。

 全員がヒジリの顔を見た。ヒジリも考えていた。しかしあのヒジリも安易にゴーサインを出せないでいた。そこでヒジリはシュンに話を振った。

「鳴海。お前の意見を聞かせてくれ」

 シュンは少し考えて言った。

「・・・俺も安易に囮作戦を実行するのはいかがと思います。ただ、俺の兄が八十川に目をつけられ対峙したという事実があります」

 それを聞いたスセリは驚いた。

「それは本当ですか?」

「八十川は元浄化師である兄さんを浄化師であると見抜いている。まあ、兄さんの浄化師生命を絶つほどの大怪我をさせたのは八十川だから、顔見知りであるかもしれない。しかし、幾多の浄化師を襲った奴に兄さんの顔を覚えているとは思えない」

 シュンはさらに続けた。

「囮作戦・・・、気乗りはしねえが・・・今の状況で八十川を罠に嵌めるには・・・、囮作戦しかないと思います」

 シュンは囮作戦をやむなし、という結論を出した。それを聞いたヒジリはその言葉を決定打として静かに頷いた。

「では、ヤタガラスは十分な準備をした上で八十川エイタに対して囮作戦を決行することをここに決める」

 ヒジリが宣言した。それに全員が驚いた。ヒジリは囮作戦を実施する上で、作戦準備室に集まったヤタガラスに所属する全員に言った。

「囮作戦は決行する。が、十分な作戦を考えて動きを計算した上で決行する。その場で考えた突発的な作戦をするのは一切禁止だ。そして自分の身を犠牲にする犠牲の精神はいらない。いいね?」

 それを聞いた全員は静かに頷いた。

 こうして作戦会議は終了したのだった。



 午後十八時。草薙館。女子大浴場。

 大きな湯船にスセリは一人で浸かっていた。温かいお湯がスセリの体を芯まで温める。スセリは天井を見上げてため息を吐いた。頭に浮かぶのはもっぱら作戦会議の内容だった。

 作戦決行の日は明後日と決まった。そしてエイタを迎え撃つのはカミネ地区だ。最近の悪霊発生が頻発しているのがカミネ地区であり、悪霊騒ぎに乗じて現れるというヤタガラスの予想からカミネ地区を選んだのだ。

 カミネ地区に暮らす人々の迷惑や不安を煽らないように、カミネ地区の中でも居住地域から離れた過疎地までエイタを誘導して行う。

「長い時間浸かるとのぼせちゃうわよ」

 スセリが声がするほうを向くとそこにはアズミがいた。

「大浜先生」

 アズミはゆっくり湯船に近づいて足からゆっくりと入る。真っ白な足が湯の中に沈んでいく。アチッ! とアズミが咄嗟に足を引いた。足先から滴り落ちる水滴。

 それが妙に艶かしい。

 アズミはゆっくりと足を入れてだんだんと全身をお湯に入れていく。

「・・・少なくとも、私は今回の作戦は囮作戦しか考え付かないし、それ以外の作戦を実行しても失敗するって思っているわ」

「囮作戦しかないってことですか?」

「ええ。相手には私たちのことがなんとなーく把握できているわ。だけど、私たちには相手の手の内がわからない。情報すらない相手に作戦を立てるなんて無謀だわ。囮作戦でカマをかけたほうがいいわ」

 アズミは息を吐いた。アズミはスセリにあの作戦準備室で同席した際に思ったことを話し始めた。

 あの時、アズミも囮作戦以外の作戦が一切思いつかなかった。研究者もヤタガラスのために作戦を提案する立場にある。しかし、アズミにはそれができなかった。なぜなら実際に悪霊と対峙するのはスセリたち浄化師だ。アズミは浄化師ではないから、現場で悪霊と対峙しても制する術がない。

 身を危険に晒して悪霊を浄化する浄化師たちに対して、さらに身を危険にする「囮作戦」など提案することなどできないだろう。

 アズミはそう考えていた。

「だけど、阿部さんがまさか囮作戦を出した時は驚いたわ」

「私が?」

「ええ。恐らく阿部さんが囮作戦を提案しなければ、小田原評定だったわ。均衡を破ってくれたおかげで話が進んだと思うの」

 アズミが言うとスセリはそうですかね? と首をかしげた。スセリは静かに話し始めた。

「囮作戦は私が悪霊浄化を行うために頻繁に行っていた作戦です。文字通り、私の身を犠牲にするような形で悪霊の注意を引いて、隙ができたところで他の浄化師が狙い打って悪霊を浄化する。浄化師認定試験でも私は、自分の命を犠牲にする勢いで突っ込んでいきました。そのせいか、自分を犠牲にする作戦ばかり考えて、自分の身をもう少し大事にしろって怒られて・・・。それ以来、囮作戦を考えることはなくなりました。ミホが怒るのは、当然なんですから」

 スセリの髪の毛からお湯の雫が煌めいて、ゆっくりと落ちる。それはまるで、星屑のようにキラキラとしていた。

「八十川エイタは確実に阿部さんを殺そうとしているわ。そこを抑えるしか方法はないと思うの」

「もちろん、相手は本物の拳銃を使用して私たちの前に立ちふさがる。警察も全面協力して対抗するって話ですよね」

 スセリの言葉にアズミは頷いた。

 決戦の日に備えて私たちは備えをしておくことが今できる最善策であることを確認しあったのだった。

 お風呂から上がったスセリはそのまま真っ直ぐ自室へ戻った。電気をつけてテレビをつける。

 テレビのニュースで相変わらず闇の浄化師による傷害事件の報道が組まれ、連日のように被害状況や警察が追いかけている情報が僅かながら伝えられている。

 そのニュースを睨みつけてスセリは思う。

 必ず冷たい牢獄にぶち込んで、堕ちた野ガラスらしい結末を与えてやる。

 スセリはそう誓ったのだった。



 そして作戦当日。

 午後二十一時。カミネ地区某所。

 人気のないカミネ地区に一人の浄化師が降り立つ。走りやすいスニーカーに膝には怪我防止のサポーター。そして肘にもサポーター。胸には赤い浄化水晶がキラリと光る。

 降り立った浄化師の正体は、スセリだった。

 スセリはインカムのスイッチを入れて、小さな声で呟くように言った。

「こちら阿部。現場に到着しました。これより移動して場所を探ります」

 スセリがそう言うと耳に差し込んだイヤホンから「ラジャ!」と全員の声が聞こえてきた。スセリのいる場所からそれぞれの配置についた。スセリ以外の浄化師には必ず警察が張り付いて、安全を保証する。

 しかし、スセリのそばには警察官はいない。

 すなわち囮はスセリだった。

 警察がいることを気づかれてしまっては作戦は水の泡。その代わり、スセリのそばにはシュンが警察官と共に待機している。

「こちら鳴海。阿部、聞こえるか。聞こえたらホルスターに触れろ」

 シュンの言葉にスセリはおもむろ腰のホルスターに触れた。聞こえたという合図だ。それを見届けたシュンはスセリに言った。

「俺はお前から見て斜め右に待機している。もちろん警官もいる。完全にお前一人だけであると奴に錯覚させろ。いいな」

 スセリは静かに頷いた。

 シュンはそれを見て口を結んだ。シュンは背中に背負ったライフルに銃弾を装填した。いつでも狙撃できるようにだ。シュンの額にも汗がにじむ。

 その時は刻一刻と近づいていた。

 午後二十二時。

 スセリはひたすら感覚を研ぎ澄ませ、警戒を解くことなく周囲を見渡していた。腰についた懐中電灯を照らしながら周囲を見る。

 すると次の瞬間。背中をナイフで突き刺したかのような鋭い気配と視線をスセリは感じた。その場から動けなくなるような鋭い視線だ。スセリの視線も鋭くなり、一瞬でインカムのスイッチを入れた。

 その刹那だった。

 スセリは急いでその場に伏せた。その瞬間に頭上を一閃の光が通り抜けた。一閃の光の正体は弾丸。そして耳に聞こえてきたのはわずかな銃声の音。

「・・・来た!」

 スセリのつぶやきをイヤホン越しに聞いていた全員の緊張感が最高潮に達する。スセリがゆっくりと振り返ると腰に付けられた懐中電灯に照らされた一人の男。

「みーつけた。さあ、決着をつけようか。阿部スセリちゃん」

「八十川・・・」

 スセリの目の前に現れたのは、闇の浄化師・八十川エイタ。やはりスセリの元へと現れた。スセリは小型拳銃を取り出す。

「君のこと待ってたよ。遠くからすーぐわかった。可愛い可愛いスセリちゃん?」

「気持ち悪い」

 スセリは顔を歪めて皮肉を吐く。相手は実弾を装填した拳銃を所持し、ましては自分は人間には無害の浄化水晶入りの弾丸の入った小型拳銃だ。被害など目に見えている。最悪の被害は「死」だ。

「なんで私がここにいるってわかったの?」

「スセリちゃんの匂いだよ」

「匂い?」

 エイタは顔を赤く染めて、恍惚の表情を浮かべて舌を出し言った。

「ここに来ればスセリちゃんの匂いが充満していてね・・・気が狂いそうな匂いだよ。この匂いがあるから、スセリちゃんは俺から逃げられない。どこに行っても・・・、俺が追いかける」

 まるでストーカーのようでスセリの背中に悪寒が走る。

「・・・」

 スセリは何も言わずに黙っていた。エイタの独白は続く。

「俺はスセリちゃんを殺す。そうすれば・・・、カワグチのヤタガラスは総崩れ」

 エイタが話しているとスセリの方を見て笑った。スセリがエイタに対して何も言わないことをいいことに近づく。

「スセリちゃん? いつまで黙っているのかな?」

 エイタはスセリとの距離をどんどん詰めていく。今撃たれれば、まず助からない。スセリの心臓の鼓動が高鳴る。足をずりずりと後ろへ下げる。その様子を離れた場所で静かに見ていたミホやサトミ、ヨシキはモヤモヤして今にも動き出しそうだった。

 それを諌めたのが、シュンだった。

「熱田、大宮、立石。待機だ。大丈夫だ。いつでも俺が狙える。それに、阿部が撃つなとサインを送ってるんだ」

 シュンの言葉に全員が押しとどまる。

 そして草薙館で待機しているヒジリにもその音声は流れていた。ヒジリはただ草薙館から祈ることしかできなかった。

 ヤタガラスが考えたもの。それはスセリが自然な行動をサインとし、他の浄化師たちに状況を伝えている。「撃つな」はジャケットを自然に直す仕草だ。

 まさかこの行動が仲間に状況を知らせているサインとは思わないだろう。

 スセリは心の中で数字を数え始めた。スリーカウントだ。


 さん・・・に・・・いち・・・!


 スセリは小型拳銃を構えエイタの足元めがけて撃つ。弾丸はエイタの靴にあたり、浄化水晶が砕け散った。エイタが驚いているすきに距離を取る。

 ところが、

 エイタはそれだけではひるまなかった。すぐさまスセリめがけて弾丸が放たれた。弾丸はスセリの腕をかすった。ジャケットが破け、血が滲んだ。

 スセリは腕を押さえて立ち止まった。スセリが振り返るとそこには笑いながら近づいてくるエイタの姿があった。

「爪が甘いよ、スセリちゃん。その武器が効くのは、悪霊相手じゃなきゃ。人間に撃っても意味ないよ?」

 エイタが近づくとスセリの痛みに震える苦悶の表情に、恍惚な表情を浮かべて距離を詰める。するとスセリがニヤリと笑う。

「何がおかしい?」

「ずっとわからなかった。浄化師資格を持たないあなたが、非番の日の制服も何も来ていない人間を浄化師かどうかをどうして見分けているのか? でも、今、答えが出た」

 スセリはそう言って腰につけていた懐中電灯をエイタに向かって照射する。するとエイタは目を完全に腕で覆い隠した。

 スセリが懐中電灯を切るとゆっくりとエイタが覆ってた目をあらわにする。するとスセリが接近していることに気づいた。しかし、その時すでにエイタはなす術がなかった。

「?!」

 エイタの手にあった拳銃をスセリが蹴り上げて手から離し、その拳銃をスセリが構えてエイタへ向けた。

「形勢逆転ね」

 スセリがそう言って構える。エイタはよからぬ形で冷たい地面へ叩きつけられることになった。

 そしてスセリはエイタに向かって言い放った。


「八十川エイタ・・・。お前は、私と同じ・・・ツキヨミ保有者だな?」



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