夜に唄えば〜Sleeping evil spirit〜
夜に唄えば〜Sleeping evil spirit〜
夜。
それは悪霊たちが活発に動いて人間たちを襲う時間帯。それと同時にその脅威から人々を守る浄化師たちも動き始める時間帯だ。
夜に主に活動するということが浄化師という職業が嫌煙される理由だと誰かが言っていた気がする。
ヤタガラスに所属するまで私は夜が嫌いだった。一人であることを実感してしまうからだ。ヤタガラスの温かさに私は身を預けていたような気がする。
午前十一時。チュウオウ地区。カワグチショッピングプラザ内生鮮食品売り場。
チュウオウ地区にある大型ショッピングモールがカワグチショッピングプラザだ。スセリとヨシキの二人がその施設内にいる。そして二人は食材が売られている生鮮食品売り場にいる。
二人は食材の買い出しにやってきたのだ。
スセリがカゴを乗せたショッピングカートを押しながら言う。
「なんでわざわざカワグチショッピングプラザで買い出ししなくちゃいけないんですか? 草薙館の近くにスーパーあるじゃないですか」
「仕方ないだろ? いつも行ってるスーパーが老朽化で改装工事中なんだぞ?! 臨時閉店してるんだから。我慢だ我慢!」
ヨシキがそう言ってスセリをなだめた。
スセリが憂鬱になっているのには訳がある。その理由は距離だ。草薙館とカワグチショッピングプラザはそこそこ距離が離れている。だいたいカワグチショッピングプラザへ行く時は専門店へ行くことが多い。
しかし今回は買い出しだ。ヤタガラスでは食材をまとめて大量購入することが多い。いつも行っているスーパーは草薙館から近いため、大量購入してもそこまで苦痛ではなかった。
しかし今回は草薙館より距離が離れたカワグチショッピングプラザで買い出しをしている。もちろん大量購入の予定だ。重い荷物を持って長い距離を歩くのが憂鬱で仕方ない。ヤタガラス専用車は任務以外には基本的に使えない。今回も許可が下りなかった。
「阿部。チャチャッと終わらせるぞ」
「はい」
ヨシキの決意とともに二人は食材をどんどんカゴの中へ入れていった。その量は大家族が買うような多さで一目を引き、目立つ。
カバンいっぱいに食材を買い込んでスセリとヨシキはカワグチショッピングプラザを後にした。
「最近平和じゃないですか?」
「とりあえず表向きはそうかもしれない。けど、まだ闇の浄化師事件が終息していない。ニュースではトウキョウでまた襲われたって言ってた。まだ僕たちの心休まることはない」
カワグチショッピングプラザからの帰り道。スセリとヨシキの会話ではエイタ絡みの話題になる。
「今の所、八十川が動き出すのは悪霊が活動を始める夜だけだ。まだ真昼間から浄化師を襲うようなことは起きてない。まだそれだけが不幸中の幸いだと思うよ」
「でも私のようにツキヨミを持っている浄化師はカワグチ以外にもいますよね。少なくとも」
スセリがそう言うとヨシキは確かに、と言った。
「ツキヨミを持っている浄化師が襲われたりしたら大変だなって思って。昼間でも悪霊が見えるから狙われやすかったりするんですかね?」
「それは分からない。僕は大浜先生みたいに専門家じゃないから断定はできない。ツキヨミにもレア度が違うとだけは知っている。阿部みたいに条件を満たせば昼間でも悪霊を観れるというのはレア度高めだっていうのは大浜先生から聞いたけどね。それに・・・」
ヨシキはスセリの顔を見て言った。
「八十川にツキヨミを持っている人だって見抜く特殊能力があるわけでもない。あいつだって人間なんだから。それにこうして普段着を着てしまえば、顔が八十川に知られていない限り浄化師とは判断できない。一般人を襲えば彼のポリシーに反するからね」
ヨシキの見解を聞いたスセリは確かに、と納得してしまう。
「相手も人間だ。完璧じゃないんだ」
ヨシキはそう言って歩き出す。スセリはヨシキの背中を追いかけるように草薙館への道を急いだ。
午後十二時。チュウオウ地区。草薙館。パブリックルーム。
ヤタガラスに昼がやってきた。今日の昼食当番はサトミだ。エプロンをしたサトミはフライパンを激しく揺らして料理を作っている。ジューと油で何かを焼いている音がキッチンに聞こえてきて、そして何より香ばしい香りが漂っている。
そんな香りに誘われてパブリックルームにはぞろぞろと集まり出す。
「あら。今日は焼きそば?」
「大浜先生! そうですよ! 麺がたくさんあったので」
「美味しそうね! 大宮さんは料理がうまいのね」
サトミの料理の腕をアズミは褒めた。そんなことはないですよ、とサトミは謙遜するが本当のことを言っているのにとアズミは笑った。
アズミはお皿に焼きそばを盛り付ける手伝いをすると買って出てくれた。サトミは大丈夫ですよ、と断るが気にしないで、とアズミは手伝い始めた。
二人で準備をしたおかげで短時間で終わらせることができた。
「大浜先生ありがとうございました」
「大丈夫よ。さて、みんなを呼んでくるわね」
アズミはキッチンから離れ、昼食ができたことを伝えに草薙館を歩き回った。
アズミに言われてぞろぞろとパブリックルームへやってくる。
全員が集まり席に着くとサトミの作った焼きそばを食べ始めた。
「美味しい!」
「さっすがサトミ先輩や! もうサトミ先輩大好き!」
「ミホ。大好きの受け売りはしないでちょうだい」
パブリックルームに和やかな雰囲気が流れる。これこそヤタガラスである。家族のように過ごしているここが自分の居場所なんだとスセリはしみじみ思った。
するとヒジリは全員に聞いた。
「今日の浄化当番は?」
「僕と大宮です」
ヨシキはそう言った。今夜浄化当番をするのはヨシキとサトミのペアだ。それを聞いたヒジリは言った。
「そうか。お前たち二人ならば問題はないが・・・、みんなに伝えたいことがある」
ヒジリは改めて全員を見やる。
「最近カミネ地区で悪霊出現が多発している。原因は不明だが、また悪霊出現率が揺らぎ始めている可能性も否定できない。カミネ地区に行く際は注意するように」
カミネ地区での悪霊出現多発はスセリも薄々感づいていたことだ。それが確信に変わった瞬間だった。そして闇の浄化師対策でペア行動を徹底するように改めて言った。
全員が頷いた。
スセリは心配になったことがあった。それを聞くのはシュンだ。昼食後にスセリはシュンに聞いた。
「シュンさん。カミネ地区って・・・ダイゴさん大丈夫ですか?」
「・・・大丈夫だ。カフェには悪霊対策はしっかりしていると兄さんから聞いている。でも兄さんなら・・・」
「兄さんなら?」
シュンが途中でどもる。スセリはシュンの口から続きを聞くのを待った。しかしシュンはそれ以上の言葉を言わずに濁してしまった。
「何かあれば俺のところに連絡が来る。余計な心配はしなくていい」
シュンはそう言ってスセリの前からいなくなっていった。
スセリはどうしてシュンがそのようなことを言ったのかが理解できなかった。そして兄弟の仲が良くないとも考えてしまう。しかし、そのようには思えなかった。中身はまるで違う兄弟だったダイゴとシュン。二人との会話で不仲は感じられなかった。
きっとそれ以上に二人には何かあるに違いない。スセリは潜在的にそう思った。
でもこれは兄弟の問題だ。第三者であるスセリが首を突っ込む義理はない。スセリは余計なことを考えないようにと言い聞かせないように頭を横に振った。
シュンさんのこと。きっと何か確信があるはず。余計な心配はしないほうがシュンさんたちのため!
スセリは自分に言い聞かせるのであった。
午後二十一時。カミネ地区。大通り付近。
闇に包まれたカミネ地区にやってきたのは制服に身を包んだヨシキとサトミ。人通りが減った大通りを歩く。
「ヨシキ。索敵を」
「ああ」
サトミがそう言うとヨシキは二丁拳銃を取り出してかざした。しかし、安全装置は外れなかった。少なくともヨシキとサトミのいる大通りには悪霊はいないということだ。
大通りを照らすとはポツンポツンと等間隔にある街灯のみだ。目視でも悪霊の黒い靄も確認できない。
「大通りには悪霊の気配も何もないわね」
「じゃあ、別の場所に移動する?」
「そうしましょうか」
ヨシキとサトミは大通りに悪霊の気配がないと決めて、別の場所へ移動することになった。
二人がやってきたのは自然の森公園だ。
もちろん公園内は人一人いない状態だ。すると今度はサトミが索敵を始める。サトミは脇差を抜いて街灯の下へ移動する。脇差に街灯の光が反射して青白い光が見えた。そして青白く光るその刀身にサトミの綺麗な手がツツツと流れた。
これが脇差を持つサトミの索敵方法だ。脇差を光にかざし、その光の度合いと刀身に生じた熱を指で感じて悪霊の索敵を行う。
サトミは刀身から指を離した。
「どう?」
「熱くなった。いるわ」
サトミがそう言って脇差をしまった。それを聞いたヨシキは警戒態勢に入る。念のためヨシキも二丁拳銃を抜いたところ、躊躇いもなくすぐに安全装置が外れた。
「いるな」
「行きましょう」
ヨシキとサトミは武器を構えた状態でゆっくりと公園の奥へと進んでいった。進むにつれて濃くなる悪霊の気配。重いその瘴気に気が狂いそうになった。
そしてついに二人の目が悪霊を捉えた。
しかし驚いたのはその数だった。
暗闇に紛れて目視五体。まるで悪霊の井戸端会議状態だ。うごめいている黒い靄に二人は息を飲んだ。しかし、動揺はそこまでしていない。このような修羅場は幾度となく経験してきたからだ。
ヨシキとサトミは物陰に隠れて作戦会議を簡潔に行う。
「まずは僕が悪霊の注意を引く威嚇射撃をする。その音に食らいついて動いた瞬間に悪霊の背後を狙う」
「分かったわ。悪霊にバレないようにインカムでやりとりしましょう。それのほうが声でバレることはないはずよ」
サトミが言うとヨシキはそれを承諾した。
サトミは背後を狙うため、ヨシキと離れて動き始める。ヨシキはサトミが定位置に着くまで気配を殺してサトミからの連絡を待つ。
音を一切立てないように気配を消すヨシキ。サトミからの連絡を待っている時間はとても長く感じた。風が吹いて草木が揺れる音。その音がヨシキの緊張感をより一層高める。
そして待ちに待ったものがやってきた。
『こちら大宮。配置についたわ。いつでも威嚇射撃していいわよ』
「ラジャ。今からテンカウント後に実行する」
ヨシキは二丁拳銃を構え小さな声でカウントを取り始めた。
「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一・・・、ゴー!」
ヨシキがテンカウントをした後に間髪入れずに発砲した。
大きな発砲音に悪霊は一斉に振り返る。そしてヨシキの姿をしっかりと捉えた。ヨシキは悪霊を見て好戦的にニヤリと笑った。
「さあ、こっちに来い! 僕が相手だ!」
挑発とも言える言葉を吐いた瞬間にその挑発に乗って悪霊がヨシキを襲わんとしてヨシキに襲いかかろうとする。
ヨシキは二丁拳銃を構えはするが一切動かない。ギリギリまで引き寄せた時、ヨシキはニヤリと笑った。
「・・・引っかかったな。大宮!」
ヨシキがサトミの名前を呼んだ次の瞬間、悪霊たちの背後からサトミがものすごい速さで飛び出していく。そして脇差を抜き、高く飛び上がった。
月に重なったサトミの姿は神秘的で女神のように美しささえ感じる。それはまるで羽根こそないものの美しい蝶が目の前を舞っているようなものだった。
月の光に照らされたサトミの動きはゆっくり動いているかのように錯覚してしまうが、実際はとても速い。蝶とは程遠いミツバチのように鋭い刃を悪霊に突き立て、悪霊を浄化していく。
脇差を振るうサトミの姿はとても美しくかつかっこよかった。
そしてサトミが浄化し損ねた悪霊はヨシキが二丁拳銃を巧みに使用して浄化していった。
大量にいた悪霊はたった二人の浄化師によって一掃されてしまった。
公園内にいた大量の悪霊を一網打尽にしたところでヨシキは二丁拳銃をサトミは脇差をしまう。ヨシキは草薙館に報告を入れる。
「こちらカミネ地区の熱田、大宮です。悪霊浄化無事完了しました。これから帰還します」
報告を終えるとサトミを見た。
「大宮。仕事は終わりだ。草薙館へ帰ろう」
「ええ」
二人が身を翻して動いた瞬間にピタリと止まる。背中をえぐるような寒気と嫌悪感に襲われた。顔を見合わせた二人はゆっくりと武器に手をかけた。
阿吽の呼吸のごとく、二人は同じタイミングで武器を抜き構えて背後を見る。しかし、目視では悪霊の姿がない。
勘違いか?
そう二人は思った。
「大宮。お前も感じたか?」
「ええ。背筋が凍るような視線を感じたわ。でも目視では何も確認できないわ。気のせいなのかしら?」
サトミが言うとヨシキは勘違いではない、と言い切った。
「大宮も感じた気配を僕も感じたということは勘違いではないと思う」
「でも気配が遠のいてくわ」
「僕も同じ。今追いかけても浄化はできない。もしかしたらカミネ地区の悪霊大量発生の原因かもしれないけど。とりあえずは引き上げよう」
ヨシキはそう言ってサトミと一緒に引き上げた。
二人がいなくなった直後だった。二人の姿を見つめる黒い影が確かにあった。しかしその黒い影はじーっと二人を見つめた後に黒い影はスーッと消えていった。
そして木の影から人の気配がする。その人の気配の正体は・・・。
「・・・」
ニヤリと悪い笑顔を向けた八十川エイタ、その人であった。




