悪霊大量発生の謎〜Investigation started〜
悪霊大量発生の謎〜Investigation started〜
カミネ地区の悪霊出現が最近多発していてその量も増えている。悪霊出現率などあてにすることなく細心の注意を払って行くように。
ヒジリさんから言われた言葉がとても重く響いた。
カミネ地区はカワグチの中でも悪霊出現率が比較的低いことで知られている。しかし、数年の時を経てその数字が揺らぎ始めているのかもしれない。
一体原因はなんなのか・・・。
ヤタガラスは徐々に真相解明に向けて動き出していた。
午後十二時。カミネ地区。カフェクロンカ店内。
ある日の昼下がり。カミネ地区にあるカフェクロンカにスセリの姿があった。今日は非番。スセリはシュンの兄・ダイゴの言葉通りに時間を見つけてやってきたのだ。
ダイゴはスセリの来店に喜んで優しく迎え入れてくれた。
スセリはカフェメニューでアイスコーヒーとサンドイッチを注文し、それを堪能していた。店内には偶然にもスセリだけ。
カミネ地区の住宅街にひっそりとある隠れ家的カフェであるカフェクロンカ。知る人ぞ知るカフェなのだという。
「最近はどう?」
ダイゴが聞くとスセリは食べている手を止めた。
少し考えてスセリは言った。
「特に変わったことはないですよ。でも最近カミネ地区で悪霊が大量発生する報告がたくさん上がり始めてるんです」
「悪霊大量発生?」
ダイゴの目の色が変わった。しかし、その目の色をスセリは気づかずに続ける。
「原因はまだ分かりませんが、今日から本格的な調査が始まるって言ってました。昨日もヨシキさんとサトミさんがカミネ地区で変な気配に襲われたって言ってたし・・・。あ、ヨシキさんとサトミさんは・・・」
スセリが夢中になって話しているとヨシキとサトミの名前も話してしまい、ダイゴに二人の説明をしようとするとダイゴは笑った。
「大丈夫だよ。熱田ヨシキくんと大宮サトミちゃんのことは知ってるよ」
「ヨシキさんたちのこと知ってるんですか?」
スセリが驚いた。
その経緯としてはヨシキとサトミもシュンと一緒に任務終了後にカフェクロンカにやってきてシュンから紹介されたという。スセリとは少し違う展開ではあったが、ダイゴに紹介したのは他ならない弟のシュンであった。
「あの頃のヨシキくんとサトミちゃんも今のスセリちゃんみたいに緊張していたのを今でも覚えているよ。あの頃のヨシキくんといえばコーヒーが苦手て牛乳を飲んでたっけ」
「え?! ヨシキさんコーヒー飲めなんですか?!」
「当時はね。今はカフェオレまで克服できたみたいだけど、ブラックコーヒーはまだ飲めないみたいだよ」
思わぬ暴露話にスセリは笑ってしまった。先輩の話ではあるが笑わずにはいられなかった。ダイゴによればこのカフェクロンカは身内がヤタガラスに所属している浄化師であるということもあって多くのヤタガラス所属の浄化師がやってくる場所だと言う。
少なくともヨシキ、サトミ、ミホ、ヒジリは来ているという。
「スセリちゃんの話も来る前からシュンから少し話は聞いてたよ」
「私の話を? シュンさん何て言ってたんですか?」
するとダイゴはシュンの真似をするかのように神妙そうな表情をした。そしてシュンの真似をするように口調をシュンに似せて言った。
「『兄さん。最近新入りが来たんだけど専門スクールにも通ってないど素人だった。金山さんも何考えてるんだか分からねえ。悪霊に魅入られた不運な女だよ』ってブラックコーヒー飲みながら言っていたよ」
その言葉を聞いてどういう時期の言葉かすぐに分かった。スセリの所属を反対していた時のシュンだ。すでに過ぎたこととはいえ言われるとスセリも傷つく。
落ち込んでいるスセリを見てダイゴは話題を変える。
「で、でもね! 最近のシュンは違うから!」
落ち込んでいるスセリを慰めようとダイゴは少し慌てながら、またシュンの真似をして言った。
「『新人が成長してきた。奴は根性がある。実際、新人がいなければ解決しなかった事案ばかりだ。すっかりヤタガラスに溶け込んで、完全に日常になっちまったよ』って褒めてたから! ね?!」
ダイゴがそう言うとスセリは安心したようにカウンターに突っ伏す。
「よかったあ・・・。嫌われてなくて・・・」
スセリの言葉を聞いてダイゴも少し安心する。スセリの反応を見て、ダイゴも少し頭を抱えた。やはりシュンの態度は勘違いを生みやすいと。しっかり言葉として伝えなければ、スセリのように心配して変な勘違いを生み出しかねない。
「シュンは口数が少ないだけだからね。シュンのことは嫌いにならないでね」
ダイゴがそう言うとスセリは小さく頷いた。
スセリはダイゴに伝えたいことがあったと改めて切り出した。
「ダイゴさん。最近カミネ地区で悪霊多発事案が続いています。気をつけて下さい」
「スセリちゃん。心配してくれてるの?」
「心配しますよ! きっとシュンさんだってダイゴさんのことを心配してるはずです!」
スセリがそう言うとダイゴは静かに笑う。
ダイゴの笑みはどこか冷ややかで寂しそうに見えた。スセリは、ダイゴの口から言葉が出てくるのを待った。
「俺なら大丈夫だよ。何かあれば必ずヤタガラスに連絡するよ。余計な心配しなくて大丈夫」
やっぱり・・・。
スセリはそう思った。
言っていることはシュンとほぼ同じ。
『兄さんなら大丈夫』
『何かあればヤタガラスに連絡する』
『カフェにはしっかり悪霊対策してる』
『余計な心配しなくて大丈夫』
スセリはその言葉が引っかかって気になって仕方なかった。本当にこの兄弟は仲が良いのか、と。実は不仲なんじゃないかと。あの時は仕方なくて頼っただけなのか・・・。
でもそうなると以前ダイゴにスセリのことを話したあの話は、もしかして嘘、なのか?
スセリの中にある憶測が飛び交う。
結局ダイゴに真相を聞くことはできなかった。
午後十四時。カミネ地区。カフェクロンカ前。
スセリは代金を払いカフェクロンカの外へ出て店を後にしようとしていた。挨拶を簡単に済ませて歩き出そうとした次の瞬間にスセリの足がふいに止まった。
スセリの表情は何かを察知したような追い詰められたような表情。スセリの異変に気付いたダイゴはスセリに近づいた。スセリの両肩に手で触れて顔を覗き込んだ。
スセリの表情を見てダイゴもただ事じゃないと察する。
「スセリちゃん」
ダイゴの言葉で現実に引き戻された。そして周囲を見渡す。スセリはホルスターに手をかけてゆっくりと小型拳銃を取り出して天に掲げた。
小型拳銃の安全装置はすぐに外れ、首にかけていた赤い浄化水晶のネックレスは熱を帯びていた。確実に悪霊がそばにいるということを知らせている。
「ダイゴさん。私から離れてください」
「え?」
「今から道路に弾丸を撃ち込みます。危ないので!」
スセリの言葉に従ってスセリを守るような立ち位置にいたダイゴはゆっくりと離れていく。ダイゴが離れたことを確認したスセリは迷いなく撃った。
砕け散った浄化水晶が周囲に漂う。それと同時にスセリのツキヨミが発動する。スセリは周囲をすぐに見ると、言葉を失った。
「・・・」
スセリの呼吸音だけが聞こえてくるほどの静寂に包まれていた。
「スセリちゃん。大丈夫?」
ダイゴが近づこうとすると来ないでください! とスセリはダイゴを止まらせた。スセリの鬼気迫る声にダイゴは動けなかった。
「たくさんの悪霊に囲まれてます」
スセリがそう言う。もちろんダイゴには悪霊が見えない。
しかしスセリの目には大量の悪霊がスセリの方をジロリと睨みつけていた。スセリがツキヨミであることが悪霊には分かる。スセリは小型拳銃を構えて応戦体勢に入る。
今ヤタガラスに連絡する時間がない。連絡してもカミネ地区まで急いで三十分はかかる。リスキーだけどここは痛手を負わせて立ち退かせるしかない。
スセリは覚悟を決めた。
スセリは悪霊に狙いを定めて引き金を引いた。弾丸は一体の悪霊に命中。それをきっかけにしてスセリに悪霊が一斉に襲いかかる。スセリは体勢を低くして悪霊から逃げながら小型拳銃で応戦し悪霊へ立ち向かう。
スセリは今制服を着ていない。制服は底辺悪霊で攻撃されても破れない特別仕様だが、今のスセリは攻撃されれば怪我は免れない。
スセリはできるだけ距離を保ち、隙を見つけては攻撃を仕掛けた。小型拳銃は一発では悪霊浄化はできない。スセリは浄化するよりも手傷を負わせることだけを考えた。
「はあはあ・・・」
スセリの体力は限界に近づき始めている。
しかしスセリの撃ち込んだ浄化水晶の効果が出始め、悪霊が怯み始める。スセリの気迫に悪霊はだんだん後ずさり、最終的にはスセリの前からゾロゾロと消えていった。
悪霊がいなくなったことを確認したスセリは安心してその場にへたり込んだ。
スセリの元へダイゴが走ってやってきた。
「スセリちゃん。大丈夫?!」
「はい。お怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ。さっき、ヤタガラスには連絡したよ。迎えに来てくれるって」
ダイゴの言葉にスセリは力が少し抜けた間抜けな声で感謝を述べた。
午後十五時。カミネ地区。カフェクロンカ店内。
スセリはカフェクロンカ内で迎えを待っていた。するとカフェクロンカの扉が開いた。そこへやってきたのはシュンだった。
「阿部」
シュンの顔を見たスセリは驚いて思わず立ち上がった。
「シュンさん!」
「怪我してないか?」
「私は大丈夫です。でもご迷惑かけてすいませんでした」
スセリが頭を下げるとシュンはスセリの肩に手をやった。
「お前の判断は正しい。よく耐えたな。兄さん」
シュンはスセリの後ろにいたダイゴに話しかけた。そしてダイゴに相対す。シュンはダイゴに深く頭を下げた。
「後輩を助けてくれてありがとう」
「俺は何もしてないよ。本当さ」
ダイゴはいつもの優しい笑顔を見せてシュンに言った。それを見たスセリは鳴海兄弟の不仲説が崩れ去ったのを感じた。不仲ならばお世辞でも礼を尽くすようなことは言わないだろう。そう思っていたからだ。
スセリはシュンが運転してきた車に乗せられた。シュンとダイゴはスセリが待っている間に話をしていた。
「ツキヨミ? スセリちゃんが?」
「ああ。浄化師としての教育を受けていないのに悪霊の姿が見える。それだけではなく、条件を満たせば昼でも見える。希少なツキヨミ能力の持ち主だ」
シュンがダイゴに話していたのはスセリがツキヨミの力を持っているということだ。
そのツキヨミ能力のせいで悪霊から執拗に狙われる存在であることも話した。
「気付かなかった。あの子がそんな能力があったなんてね」
「あいつは悪霊を浄化するためなら自分が傷つくことも犠牲なることも厭わない、とんだ死に急ぎ野郎だ。何かあったら・・・」
「大丈夫だよ。だって・・・」
ダイゴはシュンに何かを言った気がしたが、スセリの耳には全く入ってこなかった。シュンはダイゴに挨拶を済ませるとスセリの待つ車にやってきて、車のエンジンをかけた。
車が動き出すと、ダイゴはスセリを見て笑顔で手を振って見送った。
「シュンさん」
「まだ引きずってんのか。別に阿部を責めるなんざしない。でもあの悪霊相手にしっかりと立ち回れていたのは俺も予想外だったがな」
シュンがサラリと言った。
スセリはそれが褒められていることだという自覚がなかった。シュンにとっては最高の褒め言葉であったがスセリはそれを受け取ることは叶わなかった。
スセリの座っている後部座席にはシュンの愛用しているライフルが置いてあり、スセリは思わずそこへうなだれるように頭を静かに置いた。
シュンのライフルの握り手の部分に彫刻刀で掘られたような傷があり、ただの傷ではなくよくよく見るとアルファベットに見えた。
少し乱雑な傷でこう掘られていた。
N,D
スセリはそのアルファベットが読めたが、その意味を理解する間も無く眠ってしまった。




