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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
結ばれた兄弟の絆編
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湯気が上がる〜Welcome to Cafe Kronka〜

湯気が上がる〜Welcome to Cafe Kronka〜



 優しい香りがした気がした。

 夜遅くまで仕事をしていたせいで疲労困憊状態であるにもかかわらずだ。眩しい朝日が起きろと目を刺激してゆっくりと目を覚まそうとしている。でも、私は眠くて眠くて・・・、また眠りに落ちた。

 優しい香りと優しい声。そして優しい手のぬくもり。

 どこかで触れたであろうそのぬくもりを私は、思い出せないままでいた。



 午前七時。カミネ地区某所。ふかふかのソファの上。

 木漏れ日のように優しい朝日が室内に入る。ふかふかのソファの上にブランケット。それをかけてくるまってミノムシのようになっている。

「・・・」

 ごそごそと動いて顔を覗かせたのはスセリだった。スセリの制服はソファのそばにある荷物入れのカゴに入れられ、靴を脱ぎ、現在スセリは白いシャツの状態である。

 スセリがゆっくりと目を開ける。

 視界がぼやけて場所が把握できていない。しかし明らかに車の中ではない。数秒後には視界が鮮明になってくる。白を基調とした部屋におしゃれなランプ。大きなカウンターテーブルにおしゃれな雑貨が飾ってある。

 おしゃれな内装の場所にスセリはいた。

 スセリはゆっくりと起き上がり部屋を眺めた。自分の部屋よりもおしゃれな場所だった。自分が寝ていたのはソファの上。そしてたくさんのテーブルと椅子。

「ここどこ?」

 すると奥から見知らぬ男性がやってきた。青い横縞の入った白いシャツに七部丈のパンツを履いた男性だった。スセリは知らない男性だ。スセリは思わず身を固めた。

 スセリと目が合った男性は笑顔でスセリに近づいた。

 スセリが怖くて身を固めていると男性はスセリに言った。

「おはよう。こんなところで寝てて体は痛くないかい?」

「あ、はい・・・」

 あまりにも優しい言葉にスセリは拍子抜けしてしまう。たった一言だけなのにスセリが構築した強い警戒心は一瞬で崩壊してしまった。スセリの中にある本能が目の前にいる男性は悪い人ではない、と言っているかのようだった。

 スセリは目の前にいる男性に疑問を全てぶつける。

「あ、あの! ここはどこですか? シュンさんは?!」

「大丈夫だよ。そんなに驚かないで!」

 男性はパニックを起こしているスセリに言い聞かせた。スセリの大きい声のせいなのか、奥から見知った顔が見えた。

「朝っぱらからうるせえぞ」

 制服のジャケットを脱いだシャツ姿で寝起きのシュンがスセリの視界に入った。見知ったシュンの姿が見えてスセリは安心した。

「シュンさん!」

「朝からうるせえよ。ぐーすか爆睡したくせにここまで運ぶの大変だったんだぞ。重かったんだぞ」

 シュンがそう言うと男性が制する。

「こら、シュン。女の子に対して重いはないだろ? デリカシーないなあ。だからこんなに怖がられて第一印象最悪男って言われちゃうんだから」

 男性がシュンの名前を言った。つまり二人は少なくとも知り合いである。

「シュンさんのこと知ってるんですか?」

 スセリの言葉に男性はまた優しく笑った。そして男性の指がスセリに伸びる。その指はスセリのシャツのシワを伸ばして綺麗に整えていた。まっすぐな目にスセリは目が離せなかった。

「挨拶が遅れてごめんね。俺は鳴海ダイゴ」

「鳴海? シュンさんと同じ名字?」

「そう。同じ名字。君の知っている鳴海シュンの兄貴だよ」

 スセリはそれを聞いて目を見開いた。

「シュンさんのお兄さんですか?!」

 言われてみればどこかシュンと似ていて面影がある。クールで手厳しいシュンとは真逆で優しさの塊で出来ているかのような男だ。

 スセリは慌てて姿勢を正す。ダイゴはスセリをなだめる。

「君の名前は?」

 ダイゴの口調は子供に語りかけるような優しいものだった。スセリはその優しさのおかげなのか抵抗もなく自分の名前を名乗っていた。

「日本御霊浄化組合の浄化師をしている、阿部スセリです」

「スセリちゃんか。可愛い名前だね」

 スセリは静かに頷いた。

 それを見たシュンはばつが悪そうに頭をくしゃくしゃと掻いた。

「兄さん。後輩を甘やかさないでくれ。調子に乗る」

「シュンは厳しいね。後輩を甘やかすなとは言わないけど、女の子には優しくしなきゃダメだよ」

 相変わらずのシュンに対してそれを物ともせず優しく言い返すダイゴ。本当に二人は兄弟なんだなと思い知る。

 そういえばここはどこなんですか? とスセリが聞くとシュンが教えてくれた。

「ここは兄さんが経営している個人経営のカフェ。カフェクロンカ」

「じゃあシュンさんが昨日言ってた当てって・・・。ここ?」

「まあな。本当はあまり連れてきたくはなかったんだけどな」

 シュンはそう言って昨晩のことを教えてくれた。



 時間は遡って昨夜二十二時半。カミネ地区。カフェクロンカ前。

 シュンが車を走らせて三十分が経過した。スセリはすっかり後部座席で寝息を立てていた。

「ったく人が運転してるっつーのに呑気なやつだな」

 シュンがそう言っていると目的地であるカフェクロンカの前へやってきた。シュンは車を停め、スセリをそのままにしてカフェクロンカの入り口へやってくる。すでにカフェクロンカは営業を終えていたが、ダイゴは明日の仕込みをしていた。

 入り口を叩く音がしてダイゴは作業をやめて入り口へやってきた。そして入り口を開けるとそこにはシュンの姿があった。

「シュン? こんな遅くにどうしたの?」

「夜遅くにごめん、兄さん。今夜だけ兄さんちに泊めてほしんだ」

「え?」

 突然やってきたシュンにダイゴは驚いた。シュンは仕事終わりで道路が通行止めになって帰れなくなってしまったことを伝えた。

 ダイゴは話を聞いて承諾した。ダイゴは泊まるのはシュンだけ? と聞く。するとシュンは違う、と否定した。

「俺と、今車で寝息たててる呑気な後輩もだ」

「後輩?」

 ダイゴが外へ出て後部座席に寝ているスセリに目が行く。

「女の子の後輩か。そりゃ車中泊なんて出来ないよね。そういう事情か・・・」

「余計な詮索しなくていい! いいのか? 悪いのか?」

「いいよ。後輩の子は俺が運ぶよ」

「いや、俺がやる。もしこいつが目を覚ました時、知らない男だったらパニックを起こすかもしれないからな。ま、これだけ爆睡してればちょっとやそっとじゃ起きないと思うけど」

 女性を同室にするのはどうかと考えたダイゴはカフェで使用しているソファをくっつけ即席のベッドを作り、自分の部屋からクッションを持ってきて枕代わりにする。そして体をすっぽりと隠すブランケットを持ってきてくれた。

 ダイゴの準備が出来上がった時にはシュンがスセリを抱えて店の中へ入ってきた。シュンはダイゴが作った即席ベッドにスセリの体を置いた。

「少し軽くしてあげようか」

 ダイゴがスセリの体を支えながら制服のジャケットを脱がし、靴を脱がし、小型拳銃の入ったホルスターを外した。そして優しく臥床させ、ブランケットをかけてあげた。

「兄さん。俺は床で寝るよ」

「疲れ果てた人を床で寝させるわけにはいかないよ。リビングにあるソファを使っていいからそこで休みなよ」

「でも・・・!」

「別に何ともないから使って」

 ダイゴにゴリ押しされる形でシュンは二階にある生活スペースのリビングにあるソファに横になって眠りについた。そしてカフェスペースの電気も消され、スセリの近くにあるテーブルに置かれた小型ランプの光だけになっていた。



 時間は戻って午前七時半。カフェクロンカ店内のカウンター席。

 経緯を聞いたスセリは改めてダイゴに礼を言った。ダイゴはスセリに朝食を振る舞うと言ってスセリを店内のカウンター席へ座らせた。その隣にシュンも座る。

「スセリちゃんって浄化師の学校行ってないんだね。どうやって浄化師になったの?」

「元々一般企業に就職したんですけど会社の帰りに悪霊に襲われて、その時にヤタガラスの皆さんに助けられたんです。会社を無断欠勤したせいで会社は解雇されて、路頭に迷っていたところでツキヨミの力があることが分かって・・・。そこから金山さんにスカウトされて、正式にヤタガラスに所属することができたんです」

 スセリの話を聞いてツキヨミかあすごいねえ、と共感して聞き手に回って話を聞いていた。爽やかな笑顔でうなずきながら手元では朝食を作る。

 神業のようにそつなくこなしている。

「すいません。私、しゃべってばかりで」

「いいよ、全然。俺は話を聞くのが大好きだからさ。もうすぐだからね。シュン。冷蔵庫から牛乳を出して。コップはどれでもいいから」

 ダイゴはシュンに言ってコップを持って来させた。そしてスセリの前と自分の前に置いてパックから牛乳を注いだ。ダイゴの頼みを素直に聞くシュンが珍しくてスセリは凝視してしまう。

「・・・何だよ」

「シュンさんが使われてるって思って」

「お前の中にある俺って傲慢とでも思ってるのか? 人の心は多少あるから安心しろ」

 シュンはそう言ってスセリの隣に座った。

 そうこうしているうちにダイゴ特製の朝食が完成した。皿の上には卵が挟んであるホットサンドイッチとハムとチームが挟まれたホットサンドイッチがある。そして温かいオニオンスープ。お洒落な朝食だ。

「さ、召し上がれ」

 早速スセリはホットサンドイッチに手を伸ばして口の中に入れる。卵の食感と焼いたパンの食感が口の中に広がる。

「美味しい!」

「よかった!」

 ダイゴは喜んだ。声を時たま出して美味しい! と連呼するスセリとは対照的に静かに食べるシュン。ダイゴはシュンにも感想を求めた。するとシュンは一瞬目を逸らして小さな声で呟いた。

「・・・うまい」

「よかった!」

 スセリとシュンは思う存分、ダイゴ特製のお洒落な朝食を楽しんで完食するのであった。



 午前八時。カミネ地区。カフェクロンカ近くの駐車場。

 カフェの開店時間が迫りスセリとシュンは草薙館へ帰るために車を停めてある駐車場へ行った。そこへダイゴが見送ると付いてきた。

 スセリは改めてダイゴにお礼を言った。

「初対面にも関わらず泊めていただいて、それに食事までご馳走してくれて本当にありがとうございました」

「いやいや。朝ごはん気に入ってくれてありがとう。暇な時はいつでも来ていいからね」

「はい!」

 それを聞いたシュンは息を吐いた。

「兄さん。後輩を甘やかすな」

「甘やかしていないよ。シュンはもう少し優しくしなきゃダメだよ」

 ダイゴはそう言って笑った。

「俺は兄さんのように優しくはできない。俺の中にあるのは・・・憎しみだけだ」

 シュンはそう言った。

 ダイゴに見送られてシュンとスセリは車に乗り込んでカミネ地区から離れていくのだった。ダイゴは車が見えなくなるまで見送った。見えなくなった時、ダイゴは呟いた。

「憎しみ・・・ね。憎しみは身を滅ぼしかねないのにいつまで経っても引きずるんだな。それにしても、素直になれないところは相変わらずだな」

 ダイゴはカフェへ戻っていった。

 実はシュンがカミネ地区で悪霊浄化をした後に必ず寄るのが兄であるダイゴが経営しているカフェクロンカだったのだ。シュンはそこでヤタガラスの日常の話をダイゴに少しだけだが話している。

 その話を聞くのがダイゴの密かな楽しみである。なかなか素直になれないシュンが唯一素直になる瞬間がこの時なのである。

 ダイゴはカフェの扉を開け、看板を出す。

 今日もカフェクロンカの営業が始まり、カミネ地区の日常が始まったのだった。



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