雲から漏れる光〜Is this the light of hope?〜
雲から漏れる光〜Is this the light of hope?〜
八十川エイタが再来した。
私たちを絶望に叩き落すような情報が金山さんの口から告げられたのは私が復帰した日のことだった。
緊張感を抱える中、日々の業務をこなすようになっていった。そして私の中にある八十川に対する憎しみは日に日に増していくのを嫌でも感じるようになっていった。
午前十一時。チュウオウ地区。草薙館。研究室。
研究室ではアズミがヒジリの武器である鞭のメンテナンスを行っていた。
「大浜さん。今お話いいですか?」
「どうかされたんですか?」
研究室にヒジリが訪ねてくるのは何も聞いていなかったアズミは驚いた。鞭のメンテナンス作業をやめてヒジリに向き直った。
「お話というのは?」
「阿部に関してある情報を三嶋くんが手に入れました」
「三嶋くん・・・。ああ、情報屋の・・・」
アズミは前のめりになってヒジリに聞いた。スセリに関する情報はツキヨミに関する新しい希望の光になる可能性の方が高いのだ。アズミはヒジリの口から漏れる情報を聞き逃すまいと耳を立てる。
「阿部の母親のことですが」
「阿部サミラさんのことですね」
「はい。彼女が元浄化師であるという情報を三嶋くんが持ってきました」
それを聞いたアズミはなんですって? と信じられない表情を浮かべてヒジリを見ていた。衝撃以上の言葉が今のアズミには考え付かなかった。
「サミラさんが元浄化師? 一体どういうことですか?」
アズミが聞くと、ヒジリはファイルを取り出してアズミの前に置いた。
「これは殉職者名簿です。ヤタガラスに所属していた浄化師の中で殉職してしまった人間のリストが挟んであります」
アズミが殉職者名簿をパラパラとめくる。そこには殉職した浄化師の名前、経歴、死因や家族に関することをまとめて書かれていた。アズミはまさかと思い、リストをパラパラとめくる。そして、ようやく見つけた。
「・・・あった」
アズミが見つめたそれを広げた。そこには、浄化師の制服に身を包んだスセリの母・サミラの写真がそこにはあった。
しかし、アズミが違いを感じたのは名前の欄だった。
「『櫛田サミラ』? 名字が違いますね・・・」
アズミの指摘にヒジリは息を吐いたのち、口を開いた。
「『櫛田サミラ』。彼女こそ、阿部スセリの母親・阿部サミラです」
それを聞いてアズミはさらに驚いた。それを聞いた瞬間にアズミはサミラの名簿に釘付けになってしまった。
「これに関しては俺も盲点でした。『阿部』は旦那側の名字でした。彼女は妊娠をきっかけに辞職しています。このことからヤタガラスにある全ての資料を確認したところ、全て本名の櫛田姓で登録されていました。『阿部サミラ』で探しても情報が一切ないのは、これが原因です」
ヒジリは頭を抱えた。
アズミはそんなことがありえたんですね・・・、としみじみと感じる。しかしアズミにとってみれば目の前にあるサミラの名簿は金銀財宝に匹敵するほどの代物であることは間違いなかった。
殉職者リストにはこのような記載がされていた。
【殉職者リスト】
名前 櫛田サミラ
所属 日本御霊浄化組合カワグチ本部所属浄化師
死因 事故死(警察発表)。悪霊の急襲による暗殺(悪霊対策部による捜査結果)。
家族構成 夫 阿部タケト
娘 一名(名前不明)
《その他特記事項》
ツキヨミ保有者。
ツキヨミの力は先天性であることが証明されている。昼夜関係なく悪霊の姿を見ることができる程度。
浄化師専門スクール卒業後、日本御霊浄化組合カワグチ本部に所属。浄化師として実務を積んで、阿部タケト氏と結婚。妊娠を機に引退。娘が一人生まれたという情報があるが詳細は不明。
両親は早死にしており、親戚を頼る生活を余儀なくされていたがツキヨミの力を忌み嫌われ実質誰にも頼れる生活は送れていなかった。
実際に夫である阿部氏の親戚にも良い顔はされなかったと生前本人は言っている。
《死因に関する見解》
櫛田本人は夫である阿部氏と共に事故に遭遇し亡くなったと警察で調べられ、不幸な事故死として処理された。しかし、悪霊対策部はその死に疑問を抱き、独自の捜査をすることになる。
その際、阿部氏の遺体が妙に綺麗だったこと。櫛田の遺体が無残な姿に引き裂かれていたこと。櫛田に恨みを持つ悪霊の仕業と仮定し捜査を続けていた。
その際、櫛田が浄化した最強の悪霊の存在にたどり着いた。その悪霊の存在を証明するものは残っていないが、状況から見て悪霊対策部は事故死ではなく、最強の悪霊による暗殺であると結論付けた。
その内容は驚く内容や心をかき乱されるような内容ばかりでアズミも言葉を失った。
「この殉職者リストにはとんでもない事実が書かれているんですね。サミラさんを死に追いやった最強の悪霊って・・・」
アズミが聞いた。
「俺にもこれだと思うものはあります。しかし、それに関する情報はヤタガラスには残っていない。近々、悪霊対策部の綿津見に掛け合って聞き出します」
アズミはそうですか、とつぶやいた。
フウマからもたらされた根拠のない情報だったはずだった。しかし、フウマの口から出てきた言葉は、
「今すぐ『櫛田サミラ』という女性を調べてください。この人こそ、新人ちゃんのお母さんです」
半信半疑だったヒジリは所長室にある全ての資料を漁った。『櫛田サミラ』という人物がヤタガラスに在籍していた時、時系列で言えばヒジリはまだヤタガラスに所属すらしていなかった。ヒジリがヤタガラスに配属された時にはサミラは引退していなかった。
ヒジリが必死に探した結果、殉職者名簿に『櫛田サミラ』という本名名義でサミラの詳細が残っていたのだ。
これは奇跡としか言えないものだった。
「金山所長。このことを阿部さんには伝えたんですか?」
「まだです。彼女は今、浄化師として頑張っています。頑張っている状態の彼女に余計なことを伝えればまた感情が暴走して負担になりかねない」
「阿部さんにはもう少し大人になってもらってから、お伝えする・・・。そういう解釈でいいんですね?」
アズミが聞くとヒジリは頷いた。
アズミは改めて殉職者名簿を見つめる。写真に写るサミラは凛々しい眼差しを向けて写真に写っていた。耳にキラリと光るピアス、そして何よりスセリと恐ろしいほどに似ている。
浄化師として動くスセリは髪の毛を一つに結んで活動しているが、サミラは結んでいなかった。髪の毛を解いたスセリと瓜二つだ。
写真からでもひしひしと伝わる母と娘の血のつながり。
「怖いくらいに似てるわ・・・。やっぱり、母のツキヨミの力が娘に・・・。後天性のツキヨミはマグレなのか、それとも・・・ツキヨミの能力が組み込まれた遺伝子のせいか・・・」
アズミはブツブツと呟きながら考察を巡らせるのだった。
午後二十時。カミネ地区。児童養護施設前。
夜も更けて悪霊から逃れるように人がほとんどいなくなったカミネ地区。児童養護施設の前に立つ人影があった。それはスセリであった。
「頑張ってきます」
スセリはそう呟いた。すると、スセリを呼ぶ声がした。ライフルを背負うシュンだった。
「阿部。そろそろ行くぞ」
スセリは頷いて身を翻し、シュンの元へと走って行った。
二人がカミネ地区にやってきたのはもちろん悪霊を浄化するためだ。スセリは小型拳銃を抜いた。その瞬間に安全装置が外れる音がした。近くに悪霊がいるという証拠だ。
「シュンさん。カミネ地区は悪霊出現率が低いのに最近悪霊が出るの多くないですか?」
「確かに。だが、悪霊出現率は刻一刻と変化する。低いというのは過去の話だ。出現が多いということは上昇している証拠だ」
シュンは担いでいたライフルを握る。スセリとシュンが周囲を見渡すと目の端で黒い影をスセリが捉えた。スセリはもう一度周囲を確認して同じ方向を素早く向く。
「・・・!」
今度ははっきりと捉えた。
髪の長い女性の悪霊だ。スセリの視線に気がついた悪霊は驚いて逃げていく。その姿をスセリは見逃すことはなかった。
「見つけた!」
走り出すスセリにシュンはインカムを起動させて指示を出す。
「阿部! そのまま悪霊を追いつめろ! 悪霊を行き止まりに追い込め! 追い込んだところで俺が仕留める!」
「ラジャ!」
シュンの指示に合わせてスセリはひたすら悪霊を追いかけてカミネ地区の中を走り回る。カミネ地区はスセリにとってみれば人生の大半を過ごした場所だ。カミネ地区の土地勘はある。
スセリは頭の中に浮かんでいる地図を頼りに確実に袋小路へ追い込んでいく。スセリは走りながら悪霊に向かって弾丸を撃ち込んだ。
狙っているもののなかなか当たらない。むしろ当たらなくてもいい。最終的にはシュンが狙い撃ちしてくれるとスセリは思っているからだ。
スセリはインカムを起動させる。
「こちら阿部! もうすぐ悪霊を行き止まりに追い込めます! 場所は小学校通学路を左に曲がった突き当たりです! どうですか?!」
『こちら鳴海! 了解した! そこへ追い込め! 一発で仕留める! お前は悪霊を油断させるためにわざと外して威嚇射撃をしろ!』
「ラジャ!」
スセリは通信を終えると小型拳銃を持って悪霊を追い込む。悪霊はまだ追いかけてくるスセリに恐怖し急いでその場から逃げる。しかし自分が追い込まれていることなど想像すらせずに逃げ回った。
悪霊発見から十分経過した時。
ついにスセリは小学校の通学路近くにある行き止まりに悪霊を追い込んだ。スセリはシュンの指示に従って悪霊をわざと外して狙撃する、威嚇射撃をするために小型拳銃を構えた。
息を切らしながらスセリは悪霊に向かって狙撃した。
弾丸は狙った通り悪霊を外れ、壁へ命中する。悪霊がスセリの弾丸に気を取られた次の瞬間だった。
「---?!」
刹那の出来事だった。
悪霊を一閃が貫通した。
シュンの放ったライフル弾だ。悪霊はシュンによって浄化され、光の粒となって消えていったのだった。スセリは悪霊が確実に浄化されたことを確認するとインカムで喋り出す。
「こちら阿部。悪霊浄化完了です。さすが、シュンさん」
『こちら鳴海。当たり前だ。これくらいできなきゃライフルを使う資格なんざねえよ』
「確かに。お疲れさまでした。どこで合流しますか?」
『そこで待ってろ。規範にあるから急いでペアにならなきゃいけない。急いで戻るからそこで待ってろ』
シュンはスセリにそう伝えると通信を切った。そしてライフルを背負い、スセリの待つ行き止まりへ急いで向かった。
シュンを待っている間、スセリは草薙館へ報告を入れる。
「こちら阿部です。カミネ地区の悪霊浄化完了しました」
『こちら熱田。お疲れ様。シュンさんは?』
「シュンさんは別の場所から狙撃した関係で今は私一人です。今、私のいる場所まで迎えに来てくれるそうで待ってます」
スセリの報告に応答したのはヨシキだった。いつもならヒジリが出てくれるはずだが、あいにくヒジリは業務のため応答が出来ない。その代理としてヨシキが行っている。
『了解。シュンさんの言う通りにその場から動くなよ。何かあればすぐに僕へ連絡するんだ』
「ラジャ。では」
スセリはそう言って通信を切った。通信を切った数秒後にシュンが到着した。
「阿部。大丈夫か」
「はい。大丈夫です。草薙館への報告も終わってます」
それを聞いたシュンはそうか、と言って呼吸を整えた。シュンは戻るか、とスセリに言ってスセリはシュンの後ろを付いていくように現場から離れていった。
午後二十二時。カミネ地区。駐車場。
悪霊の浄化も終わり、あとは帰るだけ。のはずだった。
シュンとスセリは車を停めていた駐車場にいた。二人は車に乗り込む気配が一切ない。その理由は二人がインカムで聞いている情報にある。
「何?! 通行止め?!」
『はい。そうなんです。カミネ地区からアオキ地区経由のチュウオウ地区へ行くための道路で大きな交通事故があって今道路は通行止めになっているって交通情報があったんです』
インカム越しで話しているのはヨシキだった。ヨシキは草薙館にあるパソコンを開いてリアルタイム更新をしている交通情報を見ながらインカムを使って話している。
「だったら遠回りになるが一般道を使えばいいだろう?」
『大きな道路を使用するはずだったたくさんの車が一般道に流れてきていて今大渋滞です。チュウオウ地区に着く頃には夜明けですよ?! 眠気に負けて事故でも起こしたらどうするんですか?』
ヨシキは反論した。
しかしヨシキの言葉も一理ある。自分は置いといて女性のスセリに大きな負担がかかってしまうことをシュンは危惧していた。
ヨシキは車中泊でもして一夜を明かしてから戻るようにしたほうがいいと勧めた。
それを聞いたスセリは驚いて思わず声が漏れた。
「車中泊ですか?!」
『阿部。緊急事態なんだ。我慢だ我慢!』
スセリは車中泊に納得はいかないが、我慢の選択をすることにした。スセリはシュンに言った。
「シュンさん。ここは大人しくカミネ地区にいましょう。さ、車中泊ですよ・・・」
スセリがそう言った時だった。
「待て。カミネ地区に当てがある。そこに移動して一夜を明かす」
「え?!」
シュンはスセリに車に乗るように促した。シュンは運転席に座りシートベルトを締め、エンジンをかけた。
インカムからヨシキの声が聞こえて来る。
『シュンさん! 阿部に変な真似しないでくださいよ!』
「熱田。何やらしいこと考えてんだ。お前二十五歳にもなってガキだな」
『ガキって?! シュンさん!』
慌てるヨシキの声が聞こえてきた瞬間に強制的にシュンはヨシキとの通信を切った。心配そうに後部座席からシュンの方を覗き込むスセリ。スセリの顔を見てシュンは大丈夫だ、と言った。
「カミネ地区には当てがある。そこへ移動してそこで休もう」
シュンは車を駐車場から出して運転を始めた。スセリは車の揺れに眠気を誘われる。そのままスセリは深い眠りについてしまった。
「あそこしかねえな。まあ、許してくれるだろう」
シュンはそう呟いて車を走らせた。
一台の車が闇夜の中を目的地に向かってまっすぐと走って行ったのだった。




