その目は何を見据えるか〜Prepared〜
その目は何を見据えるか〜Prepared〜
闇の浄化師・八十川エイタの出現がなくなってから一ヶ月以上の月日が流れた。
闇の浄化師など存在しなかったと世間は平和ボケのようにいつもの日常を取り戻し始めた。世間が平和ボケしていても私たち浄化師の気が休まることは決してなかった。
日々出現する悪霊を浄化し、八十川に本気で怯える毎日。
私の中にある決意は揺らがない。
必ず野ガラスの翼を落として地面に叩きつけると---。
午前十一時。ナンペイ地区。岩永兄妹の家。処置室。
岩永兄妹の家にやってきていたのはスセリだ。前ならば救急病院で定期検診を受けていたが、すでに検診は終了しヤタガラスかかりつけ医による経過観察という指示が出ていた。
スセリは処置室に入り、コノハがあらわになった肩の傷を確認する。すでに傷はふさがり、腕の動きにも問題はないという判断が下りた。そして現在まで行われていた鎮痛剤による疼痛コントロールがだんだんと不要になってきていた。
これは回復の兆しだ。
「阿部さん。今から腕を私の方でゆっくりと動かすわ。痛かったらすぐに言ってね」
「分かりました」
コノハがスセリの腕をゆっくりと動かし、可動域内でしっかりと動けるかどうかの確認をする。痛みがあるようであれば疼痛コントロール継続、痛みがなければ疼痛コントロール一時終了となる。
腕を動かすがスセリの肩に痛みが走ることはなかった。
それを確認したコノハは頷いてスセリに言った。
「肩の可動域に痛みがなかったみたいね。日常生活に支障はない?」
「はい。大丈夫です」
「なら疼痛コントロールは一時終了よ。明日からの浄化業務を許可します。もし痛みが出てきたら早めに連絡してね。鎮痛剤は私たちのところでしっかりと保管しておくから」
「ありがとうございます」
スセリは頭を下げた。
すると処置室にゴウが入ってきた。相変わらずボサボサの髪の毛をボリボリと書きながらコノハを見た。
「コノハ。嬢ちゃんはどうだ?」
「傷も塞がって痛みなし。疼痛コントロールは一時終了。明日から浄化業務をしていいって言ったところよ。痛み止めは私たちが管理するって感じね」
コノハはそう言ってスセリのカルテにサインをしてファイルの中にしまった。
ゴウは息を吐いてスセリの今までの治療記録が入ったファイルをコノハから取り、中身を見た。
「こうして見ると嬢ちゃんはだいぶ怪我してるなあ。命知らずの嬢ちゃんだ。もう少し自分の身は大切にできねえもんかね」
新人浄化師であるにも関わらず大量出血を伴う大怪我をスセリはたくさん経験している。どの怪我も見てきたゴウは頭を抱えていた。
こんなに怪我をするのはスセリ自身の戦い方が原因なのか、それとも・・・。
「ツキヨミが原因か・・・」
「ツキヨミが原因って・・・どうしたの、兄さん」
コノハがゴウの方を見て言った。
「コノハ。ツキヨミはどのように定義されてる?」
突如として投げかけられた質問にコノハは驚いた。数秒考えてコノハの口は動いた。
「浄化師の訓練を受けていないにも関わらず本人の意思とは無関係に見えてしまう、先天性及び後天性能力のこと。・・・じゃないの?」
ゴウは正解だ、と言った。
「ツキヨミは悪霊にとってみれば豪華なご馳走だ。ツキヨミの力を生かして浄化師になった奴らは必然的に狙われ、大怪我をして、最悪死んでいった。ツキヨミの力は隠すことはできない。自分はここにいます、と周囲に知らしめているようなものだ」
「じゃあ・・・ツキヨミの力が暴走しているとでもいうの?」
「そんなことはない。ただ、嬢ちゃんのパーソナルな部分も関係してくるんだと思う」
ゴウはカルテに書かれたパーソナル欄を一読する。
ゴウは精神面でもスセリを見守らないといずれ再起不可能の大怪我をしてしまう可能性があるかもしれない、と告げた。
これ以上の無理をさせないように見守ろうとゴウはコノハに言ったのであった。
午後十二時。チュウオウ地区。草薙館。作戦準備室。
診察から戻ったスセリは作戦準備室にやってきた。そこには浄化師たちが集まってスセリの検査結果を聞くのを待っていた。
「浄化業務に戻っていいという許可がおりました。明日から通常業務に復帰します」
「よかった!」
スセリが報告するとミホはとても喜んでいた。
明日から宜しくお願いします、とスセリは改めて挨拶をした。
いつものように作戦準備室での報告が始まる。話に上がるのは大した問題ではない悪霊の話ばかり。エイタの話は一切出てこなかった。
報告が終わり、スセリは一人部屋へ戻った。ハンガーにかかった制服を眺める。制服に袖を通せることがとても嬉しかった。療養中も制服を着ていたが、その時とはまた違う感情だ。
スセリが心待ちにしていたことだ。
思い返してみればスセリが浄化師になることは人生のハプニングイベントの一つだ。絶望から始まった人生は今や天職とも言える職業に出会ってスセリの人生は、輝いて見えた。
スセリは窓を開けた。
昼間の眩しい太陽の光がスセリの部屋を照らし出す。暖かい光はスセリの目を刺激する。それがなんとも心地いい。
「平和な日がずっと続けばいいのに・・・」
スセリはそう呟いた。
しかし脳裏にエイタの不敵な笑みがフラッシュバックで映し出される。その表情を思い出した瞬間にスセリは椅子に座り、視線を細める。
「・・・必ず、突き落とす」
スセリはそう呟いた。
午後二十時。カミネ地区。小学校付近。
太陽が沈み真っ暗闇に包まれたカミネ地区。人通りも減ったカミネ地区に息切れの音が聞こえて来る。小学校の近くで黒い靄がウロウロとしていた。悪霊だ。キョロキョロと挙動不審な印象を見せる。
悪霊が振り返った瞬間だった。
---バン!
悪霊が動くほんの一瞬の隙で悪霊の体を弾丸が貫通する。悪霊はか細い声を上げながら消えていった。悪霊が消えた場所へやってきたのはシュンだった。
シュンは悪霊浄化を終えてインカムのスイッチを押した。
「こちら鳴海。カミネ地区の悪霊浄化完了。これより帰還します」
伝言を伝えるとインカムのスイッチを切った。ライフルを背中に担ぐとインカムに手を触れた。
「ノイズヤバすぎ。そろそろ最新の通信機に変えたほうがいいんじゃないか? 荷物減るし・・・」
シュンは小言を言いながら現場を後にした。
仕事を終えたシュンはそのまま草薙館に帰る、ということはまだしなかった。カミネ地区の住宅街にある小さな店がある。明かりが灯るその場所へ吸い込まれるように入っていった。
一時間後にはその店からシュンが出てきた。
夜空を仰いで静かに草薙館へ戻るのだった。
シュンが出てきた店の窓からは人影が見え、遠のくシュンが見えなくなるまでその人影は残っていた。
そして同時刻。チュウオウ地区。草薙館。所長室。
ヒジリが遅くまで書類整理をしていた。するとヒジリの電話が鳴り響いた。こんな夜遅くに何だろうか、とヒジリは電話を取った。
「こちら日本御霊浄化組合です」
『夜遅くにすいません。三嶋です!』
電話をかけてきた主はフウマだった。フウマもかなりおちゃらけた性格ではあるが、電話をかける時間帯は気遣ってくれるほうだ。この時間帯にかけてくるというのはとんでもない情報がもたらされる合図だ。
「金山だ。こんな時間にどうかしたのかい?」
『二つ情報を手に入れて早めに伝えたほうがいいと思って無礼を承知で電話しました』
「構わないよ。で、その情報は?」
ヒジリがそう聞くと電話から荒い息遣いが聞こえて来る。どうやらフウマは走っているようだった。フウマは息を整えてヒジリに伝える。
『一つ目は闇の浄化師についてです。トウキョウに出現し、浄化師がまた襲撃されました!』
それを聞いたヒジリは思わず椅子から立ち上がった。ヒジリは表情を変えて電話を持ち替えて詳細を聞いた。
詳細をフウマが伝え始めた。
事の発端は二日前のことだった。トウキョウの日本御霊浄化組合に所属する浄化師が大怪我をして発見されたという。浄化師は二人一組で行動するように命令が出ている。しかし発見された時、一人だった。
勿論被害にあった浄化師は二人一組で行動していた。しかし、別々の場所で悪霊出現があったため、数秒離れた瞬間だった。一人になった隙を狙われ襲われたという。
現場検証や浄化師たちの証言や大怪我をした傷などを照合した結果、闇の浄化師による犯行であることが確定した。
ヤタガラスがあるカワグチはトウキョウに近い場所にある。エイタがカワグチにやってきて再び浄化師を襲う可能性は一番高いという懸念からフウマはヒジリに直接電話をしたのだという。
詳細を聞いたヒジリはその情報が悪霊対策部に伝わっているのかどうかを聞いた。エイタの仕業であるることが分かった時点で全国に連絡が回っているはずだとフウマは伝えた。
ヒジリはシュンがカミネ地区にいることを知っていた。ヒジリはすぐに草薙館へ戻るように連絡をした。
「八十川のことは分かった。あともう一つの情報はなんだ?」
『新人ちゃんの家族に関することです』
フウマが口火を切り、スセリの家族に関する情報をヒジリにもたらす。それを聞いたヒジリは驚きのあまり声を発することも忘れていた。




