闇を駆け抜けろ〜Pain in the heart〜
闇を駆け抜けろ〜Pain in the heart〜
現在カワグチを震え上がらせている連続不審死事件。明日は我が身状態のため、カワグチに暮らす人たちはほとんどが明るい家に引きこもっていた。
そして不審死事件を解決するため、私たちヤタガラスと警察がタッグを組んだ。今日からヤタガラスと警察の合同捜査と合同パトロールが始まるのだった。
ある日の草薙館。作戦準備室。
そこにはヒジリとシュンがいた。机の上にあるのは警察から送られたパトロール担当者と時間帯だった。悪霊はいつどこで現れるかわからない。そこで二十四時間体制で対応する方針だった。
「そうなると夜勤を決めなくてはなりませんね」
「そうだな。熱田はよしとして大宮はあまり夜勤をやらせたくないな」
ヒジリはそう言った。サトミを避ける理由をシュンは聞いた。するとヒジリはヤタガラスのかかりつけ医であるゴウと話した内容をシュンに伝えた。
「大宮の心臓が心配なんだ。検査をしても特に大きな問題はない。恐らく今回の夜勤を大宮がやるためには岩永と大宮の主治医の同意が必要になる。大宮がやると言っても二人が止めれば大宮は従わなくてはいけない。そういう制約になっているからな」
ヒジリの言葉を聞いてシュンもそうですか、と言った。シュンも心配していた。最近のサトミは部屋にいるときはずっと酸素チューブをつけているのだ。見た目だけでも心配になってしまう。
「そうなれば日勤で調整したほうがいいかもしれませんね。あくまで大宮の夜勤は最終手段にしましょう」
「そうだな。昼間に悪霊の姿は見えなくても大宮は立派な浄化師だ。気配察知は鋭い」
ヒジリとシュンの話し合いはこの後も続いたのだった。
ついにヒジリとシュンが相談した勤務表を元に日勤・夜勤に分かれて合同捜査が始まった。
日勤・夜勤共に行うのはヨシキ・シュン・ミホ・スセリの四名。しかし条件付きではあるが昼でも悪霊の姿を目で見ることができるスセリは比較的日勤が多い。そしてサトミは夜勤のない日勤で固定された。
サトミはこの勤務表に不満は漏らさなかった。サトミもなんとなくではあるが意図を察していたのかもしれない。
スセリの初回合同捜査は夜勤からのスタートだった。スセリは装備の確認をした後草薙館を出発しようとした。するとそれをサトミが見送った。
「気をつけてね」
「はい」
サトミの言葉を胸にスセリは草薙館を出た。
集合場所まで行くとそこには複数の警察官たちが待っていた。スセリの姿を確認した警察官が駆け寄る。
「ヤタガラスの浄化師さんですか?」
それを聞かれたスセリはホルスターを下げたベルトにつけられた腕章と胸ポケットにしまっていた浄化師証明証を見せた。
「日本御霊浄化組合の浄化師、阿部スセリといいます。本日はよろしくお願いします」
スセリはそう言った。よろしくお願いします、と声が返ってきた。
スセリは数人の警察官と一緒に合同捜査へ向かった。もちろん警察官は悪霊を見ることができない。悪霊かどうかを判断するのはスセリにかかっている。スセリは気を緩めることなく周囲を見渡した。
カワグチとトウキョウをつなぐチュウオウ地区に始まり、自然が残るアンギョウ地区に至るまでパトロールを続けた。
途中で悪霊は出てきていたが、スセリは難なく浄化していった。しかしスセリ以外の警察官たちにはもちろんではあるが悪霊の姿は見えない。
「本当に悪霊が見えるんですね」
「すごいですね」
スセリは警察官たちから賞賛の声を浴びた。スセリが照れていると背中を突き刺すような寒気を感じた。スセリは顔つきが変わる。それを見た警察官たちもどうしたのかと聞くとスセリは言った。
「本命が出てきたかもしれません」
「星見アマツですね?」
「まだわかりませんが、以前遭遇した時と同じ気配を感じます。本命の心算でいてください」
スセリは気配のする方向へ急いで向かったのだった。
息を殺して物陰に隠れるスセリと警察官たち。運の良いことに今標的となりうる人影はいない。スセリは目を凝らして悪霊の姿を捉える。暗闇の中に浮かぶ人影。ゆっくりと何かを探しているように見える。
スセリは小型拳銃を取り出して悪霊の方向へ向けた。すると安全装置がカチャンと音を立てて外れた。これで目の前にいる人影が悪霊である可能性が高まった。
スセリは警察官たちとアイコンタクトを取った。悪霊の可能性が高いことを把握した警察官たちは頷いた。
警察官といえど悪霊を浄化することができない。そのため周囲に被害が出ないようにするのが警察官の仕事だ。そしてもう一つ重要な役割が連絡役だ。相手は世間を騒がせた連続殺人事件の犯人だ。一筋縄ではいかない。
スセリ相手では歯が立たないのは事実だ。そのため、応援を呼ぶことがとても重要なのだ。
スセリは合同パトロールに出発する前にヒジリから言われたことを思い出した。
「奴は自ら悪霊に堕ちた。無理に浄化しようと思うな。身の危険を感じたらすぐに警察官たちを引き連れて草薙館に引き返してこい。身を守るのも大事な任務だ」
逃げることは負けではない。スセリは意を決して前へ進み出す。
息を殺して進む。
スセリの目は確実に悪霊の姿を捉えている。ゆっくりと近づく。
そして悪霊が自分へ意識を集中させるために悪霊に向かって弾丸を一発撃ち込んだ。断末魔をあげる悪霊が振り返るとスセリはすぐさま距離を取る。
「・・・またてめえか。俺の、邪魔をするな!」
スセリの姿を覚えているようだ。逆上した悪霊はスセリに襲いかかる。スセリは急いでかわす。以前遭遇したとき、スセリは悪霊の素早さに対応できず怪我をしている。スセリは新人浄化師という立場でありながら様々な修羅場をくぐり抜けている。
もう同じ手は通じないとばかりにスセリは距離を取ってすぐに避けた。
「早い!」
警察官たちが息を飲んだ。呼吸も忘れるほどの速さだった。スセリも驚いている。ここまで動ける自分に驚いているのだ。
スセリは核心に迫る質問をする。全ての悪霊に浄化師の言葉が届くとは思っていない。それは先輩浄化師であるサトミやヨシキに再三言われてきた言葉だ。
しかも相手は自ら悪霊に堕ちた者。言葉どころか何も通じないかもしれない。しかしスセリは悪霊に問いかけた。
「あなたは誰? 星見アマツなの?」
「・・・」
悪霊は黙っていた。
やはり言葉は通じないかとスセリは思った。すると悪霊が口を開いた。
「・・・そうだよ」
「なんですって?」
「星見アマツ。懐かしい響きだ・・・。てめえの言葉でじわじわと蘇るぜ・・・。女の断末魔を聞くとゾクゾクしちまう・・・」
「じゃああなたが凶悪犯星見アマツなのね」
スセリがそう言った。すると星見アマツの悪霊はスセリを見下すようにぎらりと睨みつけた。スセリは少しひるみながらもしっかりと星見アマツの悪霊をじっと見つめていた。いつでも発砲できるように小型拳銃も準備を整えた。
「お前、うまそうだな・・・」
スセリの背中が凍りついた。目の前にいる悪霊は確実にスセリを喰うつもりらしい。そしてスセリの目を見てさらに表情を歪めた。
「お前、特別な目だな」
「?!」
星見アマツの悪霊もスセリの持つ『神様の眼』のパワーに気づき始めた。スセリは悪霊から狙われやすいと言われていた。それは覚悟していたが、こんな凶悪犯までスセリの特別な目の力を欲するのかと。
スセリは息を吐いた。小型拳銃を星見アマツの悪霊に向けた。
「女。俺に銃口を向けるのか?」
「あなたは生きてる人を殺そうとしている。私はそれを阻止しなくてはいけない」
スセリの言葉を聞いて星見アマツは高らかに笑いだす。スセリはなぜ笑うのか気になったが今余計なことを考えれば乱れてしまう。
するとスセリの目の前から星見アマツの悪霊は姿を消した。
「消えた?!」
スセリが視線を移すと、スセリは寒気を感じた。そう悪霊が発する特有の悪寒だ。
一瞬の間だった。スセリの喉元にはギラついた刃が突き立てられていた。星見アマツの悪霊は『神様の眼』を持つスセリでさえ、追いかけることはできなかった。
「面白い。だが、お前は俺を殺せない!」
刃はスセリの喉元を切り裂こうとする。スセリはとっさに小型拳銃で刃を防いだ。刃の感触は本物だ。目の前にいるのは凶悪犯であることに変わりはない。スセリの緊張感は増すばかりだ。
このまま自分一人で持ちこたえるか。それとも応援を呼ぶか。
スセリの判断に全てが委ねられた。スセリの後ろには複数の警察官たちが待機している。判断を見誤れば警察官たちを危険にさらすことになる。
スセリは大声で叫んだ。
「私が退路を確保します! 全員撤退してください!」
スセリの指示に従って警察官たちは草薙館目指して走り出した。撤退することを悟った星見アマツの悪霊は狂ったように笑いだす。そしてスセリの目を覗き込んだ。
「逃げるとは・・・、おかしな女だ・・・」
スセリは退路を確保するために星見アマツの悪霊に何発も弾丸を撃ち込む。気休めにしかならないが、スセリにできる決死の抵抗だ。星見アマツの悪霊は相手が女性だろうが関係ない。むしろ、スセリが悪霊の敵である浄化師であればなおさらだ。
容赦なくスセリを殺そうと襲い掛かる。
スセリは体力がある方ではない。必ず限界がくる。スセリは限界まで耐え抜く判断をした。自分が引きつけている間は警察官たちは怪我をせずに済む。遠くに離れたことを確認できるまではひるむことは許されない。
息を切らしたスセリに星見アマツの悪霊の刃が襲い掛かる。すると刃はスセリの二の腕をかすった。
スセリは警察官が全員退避したことを確認すると弾丸を一発撃ち込んだ。星見アマツの悪霊といえど浄化水晶に触れれば浄化されてしまう。星見アマツの悪霊がひるんだ隙にスセリは一目散に逃げた。
スセリから撃ち込まれた浄化水晶に悶えているとスセリの後ろ姿を恨みのこもった目で見つめて呟いた。
「女・・・。覚えてろ・・・。必ず、お前を喰ってやるッ!」
血反吐を吐くような言葉が闇夜に消えた。
深夜二時。草薙館付近の歩道。
草薙館のサトミの部屋の窓が開いた。深夜であるがサトミは夜勤をするスセリを心配しているようだった。
すると草薙館前にたくさんの警官たちが走ってくるのが見えた。サトミはもしかして、と思って階段を勢い良く駆け下りた。
「どうかされましたか?!」
「あなたはヤタガラスの?!」
「ヤタガラスの浄化師・大宮サトミです。何かあったんですか?」
サトミは警官たちに話しかけどういう状況なのか聞いた。警官はサトミに状況を伝えた。星見アマツの悪霊に遭遇したこと、スセリが警官たちを逃がすために最後まで現場に残っていたこと。
サトミはすぐ警官たちを草薙館へ入れる。サトミは部屋に戻って脇差を持つ。そのまま草薙館を出て行った。
サトミは脇差で索敵をして己の感覚を使って悪霊の気配をたどる。悪霊の気配を辿ればそれと対峙しているスセリに確実にたどり着くと確信しているからだ。
サトミが捜索を始めて三十分後だった。
チュウオウ地区にある小さな裏路地にスセリが電柱にもたれかかっているところをサトミが発見した。
「スセリさん!」
「・・・サトミさん?!」
サトミの声に驚いて力ない声でスセリが言った。サトミはスセリの様子を目視で確認し、スセリに肩をかしてゆっくりと歩き出す。
「なんでサトミさんが?」
「話は後よ。まずは草薙館に戻って傷の手当が先よ」
サトミに言われてスセリは何も言えなかった。スセリは心身ともにボロボロになっていた。スセリの状況を見抜けないほどサトミも愚かではないのだ。
スセリに気を使いながらサトミは草薙館へ急いだ。
こうしてスセリの初夜勤は終わった。
スセリにとってはあまりいい結果ではない。むしろ悔しさだけが残る結果になった。星見アマツの悪霊に付けられた傷がズキズキと痛む。
サトミに支えられながらスセリは草薙館へ戻っていった。




