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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
大宮サトミと凶悪犯編
49/130

あの月の下で〜Wait,I'm going!〜

あの月の下で〜Wait, I'm going!〜



 私は最善の判断をした。誰も怪我をせず犠牲者を出さず考え抜いた方法だった。あのばにいた人物の中で唯一悪霊と対峙できるのは浄化師である私だけだった。なんとか警官たちを逃がせたけど、自分自身はボロボロ状態になった。

 悲しい。悔しい。

 私はサトミさんの力を借りて草薙館へ連れ戻されたのだった。



 午前八時。草薙館。仮眠室。

 スセリがゆっくりと目を開けた。ぼやけた景色がだんだんとはっきりとしてくる。無機質な天井が見えた。スセリはゆっくりと上半身を起こした。そして部屋の中を見渡す。だんだんと視覚と認知機能がはっきりとしてくる。

「ここ、仮眠室?」

 スセリは自分が仮眠室にいることを認識した。仮眠室にいるということは怪我をしていたのだとも思い始めた。

 ヤタガラスでは浄化師が怪我をすると草薙館の玄関からほど近い仮眠室に運ばれる決まりになっている。一分一秒を争う重傷を負うこともある浄化師。草薙館では重症者に対する対応をきっちりと決めている。

 スセリは腕に触る。そこには何重も包帯が巻かれている。そして腕には点滴注射をされており、規則正しく落ちている。

 すると仮眠室の扉が開いた。スセリが目を見やるとそこにはコノハの姿があった。

「コノハさん?」

「阿部さん。気がついたのね」

 コノハがスセリのそばへ向かい、バイタルサインを確認する。

「うん、問題はないわね」

「あの・・・私・・・」

「悪霊浄化でだいぶ体が疲弊していたのよ。寝るだけでは体力回復は見込めない。だから点滴を入れたのよ。でもここまで運んでくれた大宮さんにお礼は言っときなね」

 コノハがそう言って笑う。

 それを聞いてだんだんと思い出す。深夜であるにも関わらずサトミは怪我をしてぐったりとしていたスセリを助けてくれた。

 サトミに心臓疾患の既往があることを知ってから、スセリはどこか変にサトミに気を使っていた。

 スセリは点滴投与が終了して後、サトミの元へすぐさま向かった。

 サトミは自室にいた。突然のスセリの来訪に驚いていたが、サトミはスセリを部屋に招き入れた。

「サトミさん、ご迷惑をおかけしてすいませんでした」

「ご迷惑って・・・そんな大げさなこと・・・」

 サトミは大げさだと言うもスセリがそれを認めようとしない。自分の力を過信していたわけではない。サトミはわかっていた。きっとあの場で出来ることがスセリが判断したことなのだろうと。

「スセリさんの判断は正しいわ。誰一人として怪我人を出していないのは素晴らしいことよ」

 スセリは俯いた。

 まだスセリは若い。そしてまだ浄化師としても新人だ。スセリがまだサトミの言葉をしっかりと受け入れられるわけではない。サトミもスセリの気持ちは少しは理解出来る。

「とりあえずスセリさんはゆっくり休んで次の任務までに体力を戻すことだけを考えて」

 スセリは「はい」と言って部屋を出て行った。するとタクヤとすれ違った。タクヤはスセリの後ろ姿を見て息を吐く。

「姉ちゃん」

「何?」

「行く気だろ?」

 タクヤの言葉にサトミは黙った。

 タクヤの言葉がサトミの核心をついてきたのだ。タクヤはサトミの弟だ。サトミの思考はなんとなくわかる。姉弟だからというのもあるだろう。

「姉ちゃんは日勤で我慢できるような人じゃねえ。そうだろ?」

「・・・よくわかってるじゃん」

 サトミはニヤリと笑った。その笑みはタクヤが時折見せる怖いもの知らずの不敵な笑みだ。どこか無鉄砲で危なっかしい。それがサトミの本来の姿なのかもしれない。そしてそれはどこか自らを犠牲にしてでも悪霊と対峙するスセリにも何か通う部分はある。

「『神様の眼』を持つスセリさんでさえ相手をねじ込むことは難しい。だから今回の星見アマツの悪霊は一筋縄じゃいかないということよ。私の可愛い後輩をコテンパンにされたら・・・黙って日勤という任務に甘えるわけにはいかないわ」

 サトミの決意は固かった。サトミは禁止されている夜勤への参加を決めた。しかし、それを阻んだのは意外にも弟のタクヤだった。

「姉ちゃん! それだけはやめてよ! 知ってんだ、この前の定期検診の時の結果見たんだから」

「・・・」

 タクヤが話したのはサトミが定期的に受けている心臓の定期検診の結果のことだ。サトミの部屋の机に置かれた定期検診の結果を見たタクヤはゾッとした。

 そこにはこのようなことが書かれていた。


 心臓機能の異常所見あり。精密検査を実施してください。

 なおこの旨は日本御霊浄化組合のかかりつけ医から担当医に伝達しています。担当医から書類が届き次第、精密検査を実施してください。


 治ったと思われていたサトミの心臓に異常所見が見つかったのだ。

 この診断書の発行日は昨日。おそらくゴウはこのことをすぐさまサトミの担当医に報告している。必要書類がサトミの元に届くのは時間の問題だった。

「心臓が弱っていつ発作かなんか起こすかわからない状況で悪霊浄化なんかしてる場合じゃないだろ?!」

「確かにそうかもしれないけど、私は殉職してもいいって思ってるわ。この仕事を興味と憧れだけで選んでいるほど私は夢見る少女じゃないわ」

 タクヤの忠告に対してサトミも真面目な顔をして言葉を返した。

「だって書類が届き次第でしょ? あいにく書類はまだ届いていない」

「だからって安静にしないの?」

「タクヤ。私の弟で私と長く過ごしてきたあんたが私が安静にしないことわかってるでしょ?」

 サトミは笑った。

 タクヤはなにも言えなくなった。タクヤは好きにすれば、と言って部屋を出て行った。部屋を出たタクヤは悔しそうな表情をした。浄化師という仕事が体力的にも大変なのはわかっていた。しかし、サトミを心配する気持ちは人一倍ある。

 子供の頃に心臓疾患で病院暮らしをしていたサトミを知っている。寂しさも死と隣合わせの恐怖すら知っている。タクヤは息をまた吐いた。

 一人残されたサトミも無自覚なわけがない。

 最近酸素チューブをつけることが増えた。息苦しいと思った瞬間にサトミの判断でつけている。今まで酸素チューブなどつけなかったが、ここ最近は増えた。つまり確実に心臓が弱っていることがわかっていたのだ。

 しかし、今はヤタガラス史上初めての警察との共同捜査をしている。ヤタガラスは独立組織だ。警察と連携をするということはそれだけ悪霊が厄介であるということを示している。

 サトミも今自分が危険な状態であること、弱っている状況であることはわかっている。しかし、それと同じくらいにヤタガラスも危機的状況に陥っている。自分だけがぬくぬくと安全な場所にいるわけにはいかない。

 それがサトミの考えだった。



 午後十三時。ナンペイ地区。某所。

 警察官同伴でのパトロールが始まった。今日のパトロール当番はサトミである。サトミはやる気に満ち溢れていた。大事な後輩であるスセリを追い詰めた悪霊に腹が立っているのだ。

 サトミは今までの経験で培った感覚を生かし、気配だけを集中して見極める。星見アマツの悪霊ほど邪悪で負の力が強ければ強いほど感じる気配は特殊になる。

「大宮さん。どうですか?」

「ナンペイ地区にはいないようです。悪霊の気配すら感じません。念のために索敵だけしておきます」

 サトミは冷静に警官と話し、脇差を抜いて索敵を始める。太陽の光が脇差に反射して刀身が青白く光った。

 後光が差し込むような神々しい光のようで警官たちは言葉を失った。

 結局ナンペイ地区には星見アマツの悪霊も普通の悪霊もいなかった。サトミは場所を変えるためナンペイ地区から動く。すると、警官の中から間宮がやってくる。そしてサトミに聞いた。

「大宮さんは浄化師なのに悪霊が見えないんですか?」

「確かに浄化師は特別な訓練を受けているために悪霊の姿が見えます。しかし、それはあくまで悪霊が活発に動く夜だけのことです。昼になれば一般の人のように悪霊の姿は見えません。せいぜい気配を鋭く察知できる程度です」

 サトミがそう言うと間宮はスセリの話題を出した。

 どうやら間宮が最初に同行したのがスセリが担当した日らしく、浄化師はスセリのようにいつでも悪霊が見えるものと勘違いしているようだった。

 サトミはその勘違いを払拭するためにスセリの秘密を教えた。

「スセリさんは突然変異である条件を満たせば、昼も悪霊が見えるの。もちろん夜は普通に見れるんです。スセリさんのすごいところは浄化師として特別な訓練を積んでいないこと。彼女はその突如として現れた才能を見込んでスカウトされて、浄化師認定試験にも合格して正式に浄化師になったんです」

 そうだったんですね、と間宮は頷いた。

 するとその刹那だった。サトミが歩みを止めた。

「大宮さん?」

 間宮が話しかけてもサトミは反応しない。サトミは全触覚を研ぎ澄ませ、気配を察知しようとしている。

 サトミの表情はだんだんと歪んでいった。

「間宮さん! 今すぐ草薙館へ連絡を入れてください! 異様な悪霊の気配を察知したと!」

「わかりました!」

 サトミの一言で張り詰めた空気に変わる。

 悪霊が活発に動く夜ではなく、まだ太陽が上がる昼の時間帯にもかかわらず悪霊の気配しを察知する。サトミは警官たちと共に気配を察知した場所へ急ぐ。

 サトミたちがやってきたのはナンペイ地区だ。

 すると裏路地に人影が見える。それを見たサトミは息を飲んだ。

「あれは・・・」

 サトミは声を出すのも忘れるほどに驚愕していた。

 サトミが目にした光景---。

 それは、真っ赤な血が地面を染めた凄惨な現場だった。そこには同じく血まみれの男女が横たわっていた。間宮は警官たちに指示を出した。

「急いで被害者の意識確認と現場保存を!」

 間宮の指示を受けて警官たちはすぐに動き出す。数名で被害者の意識確認に向かい、別でも周辺の見回りを行った。間宮はスマートホンを取り出して、捜査本部に連絡を入れた。

「こちらパトロール中の間宮です! パトロール中に妙な気配があり大宮サトミ浄化師主導の元、現場へ急行したところ血まみれの男女を発見! 場所はカワグチナンペイ地区裏路地。現在意識確認中! 救急車は手配済み! 至急応援をお願いします!」

 サトミもすぐさまインカムを取り出して草薙館へ連絡を入れようとするも、凄惨な現場を目にして体が震えていた。脳裏にこびりついた血の現場がサトミを支配していた。

 人が悪霊に襲われて怪我している現場は幾度となく見てきたが、ここまで心が揺らいでしまう。

 真っ赤な彼岸花の花びらを散らしたかのような鮮血。血の花が咲き乱れる場所。

「大宮さん。大丈夫ですか?」

「・・・ええ。大丈夫です」

 サトミは呼吸を整える。先ほどの冷静さがどこかに消えかけている。冷静さを忘れないように奮い立たせる。

 サトミはインカムで草薙館へ連絡を入れた。

「草薙館にいる浄化師に通達。ナンペイ地区にて悪霊に襲われたと見られる二名を発見・・・。現在警察が応援に徐々に駆けつけています。至急、草薙館からも応援を頼みます」

 そう言ってサトミはインカムを切った。頬には冷や汗がつたう。

 サトミの呼吸が乱れている。

 それに気づいた間宮が大丈夫ですか? と聞くとサトミは胸を押さえてその場で崩れ去った。

 倒れたサトミを間宮がしっかりと受け止める。

「大宮さん?! しっかりしてください! 大宮さん!」

 間宮の声は届かず、サトミは意識を失ってしまった。間宮は早急に草薙館へ追加で情報を伝えた。


「草薙館の浄化師たちに通達! 大宮サトミ浄化師が倒れ、意識不明! 一刻も早い応援を要請します!」


 サトミは静かに眠り続けたのだった。



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