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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
大宮サトミと凶悪犯編
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サトミ〜Craving for strength〜

サトミ〜Craving for strength〜



 私は弱かった。

 何事にも弱気で、前へ踏み出すことができなかった。そんな自分が大嫌いで仕方なかった。どうしてこんな性格になってしまったのか、自分自身を責め立てた。

 誰にでも頼られる、強い人間になりたかった・・・。



 今から二十五年前。

 カワグチのとある病院で大きな産声が上がった。この世界に新たな命が誕生した証だ。力強い泣き声が響き渡る。

 産まれたのは、少し小さい体の可愛い女の子だ。

 しかし、その女の子は産まれてすぐに母親から引き離されて保育器のほうへ入れられた。

「あの・・・赤ちゃんは?」

「大丈夫ですよ。簡単な検査をするんです」

 病院の医師は言った。

 数時間後。女の子の家族が呼び出された。医師は女の子のレントゲンを見せた。そして説明する。

「妊娠中に確認した心臓疾患が発見されました」

「やはり・・・」

「しかし、命に関わるほどの重大なものではありません。しかしまだ産まれたばかりで予断はできません。しばらく入院して経過観察をさせてください」

 医師の言葉に母親と思われる女性は涙ぐんだ。

 女性は改めて保育器に入った女の子と対面した。小さな体で必死に生きている姿に女性は静かに微笑んだ。

「こんにちは、サトミちゃん・・・」

 女性は言った。

 この保育器に入っている女の子こそ、後にヤタガラスに所属する浄化師となる大宮サトミとなる子である。

 サトミは産まれた時から波乱万丈な出来事が連続して続いた。

 サトミはまだ母親である大宮ナナの胎内にいる時に心臓疾患らしきものを発見された。そして産まれた後にもう一度詳しい検査をした結果、やはりサトミの心臓に病気が見つかったのだった。

 サトミの心臓疾患は重大なものではない。普通に暮らしていれば特に問題はない。しかし、そんなサトミの身を案じたのが母親である大宮ナナだった。

「サトミは他の子と同じように過ごせるんですか?」

「そこまでは言えません。しかし今のままでいけば必ず限界がきます。限界が来る前に心臓の手術をすることをお勧めします。でもサトミちゃんの限界がいつになるかつかめません」

 ナナは絶望した。

 待望の第一子はかなり重い荷物を背負わされてしまったということに。



 サトミはその後特に大きな大病もなく過ごしていた。

 ただ一つ違うのは運動系のクラブに入れないこと、そして体育の授業や運動会などの競技で過度な運動はできなかった。理由は勿論心臓に負担がかかってしまうためだ。サトミはミヤコから心臓に疾患があることを知らされていた。

 最初は仕方ないと思っていたが、次第に自分もやりたいと意欲が湧いてくる。しかし、心臓の負担になってしまうからとサトミは止められて悔しい日々が続いたのだった。

 サトミが中学生になったとき、医師が懸念していた事態が起こってしまう。

 中学校に入学してから息切れや動悸が激しくなり、学校生活が送ることが困難になっていたのだった。サトミもそこまで重く考えていなかったが、だんだん体が悲鳴を上げていることに薄々ながら気付き始めた。

 結果としてサトミは入院を余儀なくされた。

 ナナは医師からサトミの心臓の状況を聞かされた。

「検査の結果ですが、やはりサトミちゃんの心臓が耐えきれなくなっています」

「じゃあ限界が?」

「来ました」

 ナナはサトミを助ける方法はあるのかと医師に尋ねた。すると医師は言った。

「サトミちゃんの心臓は重大な疾患ではありません。手術すれば、回復しますよ。きっと今後は激しい運動もできるかもしれません。それは術後の経過を見るしかありませんが」

 医師が提案したのは手術。手術をすることでサトミは今後激しい運動もできるかもしれないという希望があった。

 ナナはサトミの手術を断ってきた。理由としてはサトミの体力が追いつかないからだ。限界手前での手術を考えていたが、ついにこのときが来たとナナは思った。

 サトミは体力がかなり落ちてしまい、そのまま入院となった。サトミはむず痒かった。有り余る体力が発散されないせいでストレスは溜まり、常に不機嫌だった。

「帰りたい!」

「サトミ! 落ち着きなさい!」

「嫌だ! なんで私だけこんな目に遭わなきゃいけないの?! なんでタクヤと私は違うの?! どうして私は他のみんなと違うの?!」

 サトミの怒りの矛先はナナに向けられる。

 ナナは謝ったり、うまくあしらっていた。しかし心の中ではサトミを健康に産んであげられなかった自責の念が常にあった。サトミの怒りはもっともだった。

 怒りの感情は血流が加速するため、心臓に少なからず負担がかかってしまう。そのため、サトミは苛立ちを覚えると自然と心臓にかすかな痛みを感じるようになっていた。


 私、死んじゃうのかな・・・?


 サトミは中学生にして「死」を感じるようになった。それからというもの絶望にも似た感情を持ってサトミは病院生活を送っていた。

「お姉ちゃん・・・」

「・・・」

 弟のタクヤがサトミに話しかけてもサトミは全然反応しない。もう誰とも話したくないのだ。それがたとえ血の通った可愛い弟だとしても。

 そしてついにサトミの主治医の口からサトミの心臓の状態について告げられた。

「サトミちゃん。君の心臓はだいぶ弱くなってるんだ。だからそれを治す手術をしなくてはいけない」

「手術ですか?」

「そう。これが成功すれば、友達と同じように遊んだりできるはずだよ」

 主治医の言葉にサトミは言葉を発さなかった。サトミの頭の中に浮かぶのは希望の未来、ではなく不安と恐怖。「死」という真っ暗闇に閉じ込められたサトミにとって希望の話もなにも響かなかった。

「別にいい」

「え?」

「もうこれ以上嫌な思いはしたくない!」

 サトミはそう叫んだ。

 自暴自棄になっていたサトミは手術に対して明確な拒否をした。その後ナナや父親の大宮トオルも説得しようとしたが、サトミは納得せず首を縦に振らなかった。

 無情にも時間だけが過ぎ去っていく。そしてサトミの心臓はだんだんと悪化の一途をたどっていく。挙げ句の果てには鼻に酸素チューブを付けられてしまった。

 サトミの主治医はなんとかしてサトミを説得させたかった。しかし、サトミの意志は固くそう簡単に動かなかった。

 そんなある日のこと。

 サトミは心臓に負担をかけないように酸素チューブをつけて車椅子に乗って病院の廊下にいた。横を通り過ぎる歩いていく人々を見ているだけでサトミは悲しくなっていった。

「サトミちゃん」

「先生」

「先生と一緒に散歩しないかい?」

 サトミは主治医に車椅子を押して病院内を巡っていった。サトミはやはり歩いている人たちを流し目で見ていた。その様子を主治医はしっかりと見ていた。

 手術が怖いと言うのは本心であるが、その反面で病気を克服して元の生活に戻りたいというのも事実だった。

「サトミちゃん。また学校に行きたい?」

「行きたい」

「そのためには・・・」

「手術でしょ?」

 サトミも中学生だ。もう純粋無垢で何も知らない無知な子供ではない。

 主治医もそれはわかっていた。サトミが病気の悪化と苛立ちで気持ちをうまく表現できないだけなのが薄々分かっていた。すると主治医はサトミに言った。

「サトミちゃん。君にはまだ可能性があるんだよ。こんなところで立ち止まっている場合じゃないんだ」

「どういうことですか?」

「先生はもう大人だから可能性があると言ったらサトミちゃんに比べたら少ない。でもね、サトミちゃんは可能性が無限に広がっているんだよ。その可能性を潰さないために、これからも笑顔で過ごしてもらうのが、先生のお仕事なんだよ」

 サトミは主治医の先生を見上げた。

 主治医はサトミの頭を優しく撫でた。その暖かさがサトミの冷え切った卑屈な心が解きほぐされていった。

「サトミちゃん。ちゃんと手術をしてもう一度自分で歩いたり走ったりしよう。先生は約束は破らないよ。サトミちゃん、先生を信じてくれるかい?」

 サトミは自然と首を縦に振っていた。騙されたとは思えない。

 その後、サトミの見舞いに来た両親を呼び、今一度手術の説明をする。そしてその場にはサトミも同席していた。主治医はもう一度サトミに手術を受けるかどうかを聞いた。

「サトミちゃん。手術受けるかい?」

「うん」

 サトミは首を縦に振ったのだ。それに両親は驚いている。どうしてあの卑屈になったサトミを納得させたのかが分からない。

 しかしこれで手術を受けて健康体になれると両親は安堵した。

 サトミが手術を受け入れた理由。

 それは主治医との会話だった。主治医はサトミが長年できなかったことをやってもらいたかった。サトミの将来を案じて主治医はサトミを説得したのだった。

 晴れて手術の同意が得たこととで翌日からサトミは手術に向けての精密検査を受けることになったのだった。

 サトミの家ではタクヤがナナに言った。

「お姉ちゃんとあそびたい!」

「そうだね。大丈夫だよ。もう少しお姉ちゃんは病院だけど、病気が治れば帰ってくるからね」

「ほんと!」

 タクヤは喜んでいた。その様子をナナは嬉しく思った。



 そして時間は流れて手術当日。

 サトミは手術着に着替える。そして麻酔を打つ。痛みとの戦いだ。見舞いに来た家族の顔が霞んでだんだんと朦朧としてくる。麻酔が全身に回ってきた。サトミはそのまま意識を手放すように静かに眠りについた。眠りについたのを確認すると、サトミはそのまま手術室に運ばれた。

「先生。娘をお願いします」

「最善を尽くします。手術の成功はサトミちゃんとの約束でもあります」

 手術着に身を包んだ主治医がナナに言った。

 手術室のランプがついてサトミの命運がかかった手術が始まった。ナナとトオルは手術室前のベンチで待っていた。

 心配そうに手術室をチラチラと見るナナにトオルは言った。

「ナナ。サトミはあれでも強い子だ。心臓が悪いのにも関わらず、大きな声をあげて産まれてくれたじゃないか。サトミは大丈夫だ」

「・・・そうね」

 トオルに言われてナナは落ち着きを取り戻した。

 手術開始から五時間後。

 手術室のランプが消えた。その瞬間にナナは立ち上がった。それに伴ってトオルも立ち上がった。すると主治医が出てきた。

「先生。サトミは?」

「・・・手術は成功ですよ。サトミちゃんはもう大丈夫。今後はリハビリ漬けになってくるとは思いますが、もう心配はいりませんよ」

 それを聞いてナナとトオルは胸をなでおろした。

「ありがとうございます!」

 二人は主治医に頭を下げた。その後、手術を終えたサトミが酸素マスクをつけて手術室から出てきた。サトミはまだ麻酔の影響でまだ眠っているが、ナナとトオルは「ご苦労様」と声をかけたのだった。

 手術後の経過も順調でサトミは酸素チューブから解放され、その後は歩くリハビリを行った。心臓に負担をかけないために車椅子を使用していた。その影響で下肢筋肉が低下してしまっている。

 体力をつけてしっかりと歩けるようにするのがサトミの目標だった。

 最初は生まれたての子鹿のような状態で足が震え、支えがなければ転んでしまうリスクがあるほどに危なかった。しかし、サトミも我慢の期間が長かった分、つらいリハビリにも耐え抜いた。

 そのおかげでサトミは壁に手をつきながら歩けるようになった。上がる息を整えながらサトミは病院の中を歩き続けた。

 リハビリもかなり進みサトミは病院内を自由に歩けるほどに回復した。もちろん心臓に問題は確認されていない。主治医もサトミの退院を許可することになった。

 サトミは家族と一緒に病院を後にしようとしていた。すると、サトミは主治医に向き直って言った。

「先生。ありがとうございました!」

「サトミちゃんが元気になってよかった。これからは大好きなことをたくさんするんだよ」

「はい。でもね、先生。私ね夢できた」

「夢?」

 主治医は聞いた。サトミはこう言った。

「誰かの役に立てる仕事をする!」



 それから数年後。

 サトミは高校三年生になっていた。サトミの心臓は特に大きな異常なかった。サトミは運動を思いっきり楽しめるようになり、体力もそれなりについた。

 高校三年生になると嫌でもつきまとうのが進路だ。サトミは進路に迷っていた。もちろん誰かの役に立つ仕事をしたいという願いは揺るがない。しかしサトミはあまり成績が良いわけではない。

 そんなサトミに転機がやってきた。それは、学校の帰りだった。サトミの近くを浄化師の二人組が歩いていた。サトミは彼らの存在を知らなかった。誰だろう? と首を傾げていた。

 翌日。

 学校でサトミは友達に昨日のことを話した。すると友達は浄化師であることを伝えた。

「浄化師?」

「サトミ、浄化師知らないの?」

「うん」

「夜になると悪霊が出るでしょ? 悪霊って私たちじゃどうにもならないの。だけど浄化師は悪霊に唯一対抗できるの。かっこいいよね」

 それを聞いたサトミはまた帰りに浄化師たちとすれ違った。かっこいい制服。浄化師の証である腕章。そしてキリッとした横顔。サトミはその姿に惚れた。そして衝動的にそして確信を持って思った。


 私、浄化師になる!


 しかしそんなサトミの思いとは裏腹にナナは反対した。

 やはり理由はサトミの体のことだ。いくら心臓に異常がないとはいえ、浄化師専門スクールでは学校の体育よりも運動部よりも多くの厳しい演習が待っている。サトミの心臓がその膨大な運動量についていけるか不安なのだ。

 もしそれで心臓を悪くしたらもうサトミには生きることができなくなってしまう。

 サトミはそれでもいいと説得した。しかしナナは意見を変えなかった。すると今度はトオルが間に入った。

「浄化師専門スクールに入りたいのか?」

「うん。私浄化師になって悪霊からみんなを助けたいの。この前、すれ違った浄化師の人とてもかっこよかった。私もあんな風に強くなりたいの。お父さん、お願い!」

 サトミはそう言ってトオルに頭を下げた。

 するとトオルはサトミに静かに笑いかけた。

「ナナ。浄化師専門スクールの受験だけでも許してやってくれ」

「あなたまで?!」

 トオルにナナは驚いた。

「サトミがここまでやりたいって言ってるんだ。まずは挑戦させてみないことには始まらない」

「ほんとあなたらしいというか」

 ナナは呆れた声を出す。

 トオルはナナも呆れるほどの自由人だった。それもそのはずトオルは現役マラソン選手。我が道を突っ走ってきた。そのためサトミのことはよくわかった。トオルはサトミにチャレンジだけでもさせてあげるようにナナに言った。

「わかったわ。でも受験だけよ。落ちたらもう諦めて大学へ行きなさい」

 サトミは頷いた。

 その日からサトミは浄化師専門スクールに入学するために猛勉強を始めた。そして心臓検診の際に主治医にも相談した。

 主治医はサトミが浄化師になることに驚いていた。その分心臓にも負担がかかることも知っていた。しかしサトミの真剣さには逆らえない。

 主治医はサトミが浄化師専門スクールへ送る調査書に主治医からの診断書と報告書を同封し、体力的にも問題ないこと、何かあれば連絡をすることなど必要なものを全部書いてくれた。

 サトミはある意味万全の体制で浄化師専門スクールへの受験に臨んだ。

 結果は無事合格。サトミは夢への一歩を踏み出したのだった。

 サトミは浄化師専門スクールに入り、様々な訓練と勉強を積んだ。少しずつ時間をかけながらトレーニングを行い、確実に体力を上げていった。

 そして月に数回病院で心臓の定期検診を受けて指導を受ける、サトミはどんなことを言われても受け入れた。受け入れてそれを守っていかなければ浄化師にはなれないと思ったからだ。

 サトミは浄化師になるための項目をクリアし、無事浄化師認定試験もクリアし無事に浄化師として認められた。

 それを知った両親は喜んだ。

 子供の頃は心臓が悪くあまり激しい運動を禁止されていた病弱な少女は、いつの間にか強い心と体を持った正義のヒーローになっていた。



 そしてサトミの初めての出勤日。

 サトミの家族は凛々しいサトミの後ろ姿を見送った。タクヤはその後ろ姿が眩しくて目も開けられなかった。

「サトミ!」

 ナナがサトミの名前を呼んだ。サトミはゆっくりと振り返った。太陽に反射した笑顔が眩しい。

「ちょっと、ヒーローしてくる!」

 そう言ってサトミは出かけて行った。サトミは自分の胸に手を当てる。自分が生きている証を手のひらで感じている。

 この心臓が鼓動を打ち続ける限り、私は前へ進む。必死に生にすがりつく。私の人生の道筋はどんなに不運な道でも歩き続ける。

 サトミは常に「生」にすがりながら、今日も歩き出すのであった。



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