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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
ヤタガラス遠方地区出張編
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ヤタガラスと化け猫〜Tragedy cat〜

ヤタガラスと化け猫〜Tragedy cat〜



 アンギョウ地区に出現した悪霊を浄化するべく私たちヤタガラスはアンギョウ地区へ出張することになった。

 チュウオウ地区とは全然違う雰囲気に少し驚いたけれど、すぐに慣れた。

 まるで私がまだ子供の頃、施設で暮らしていた頃のことを思い出す。アンギョウ地区に流れる独特の空気と風に私は身を任せた。

 私たちヤタガラスはアンギョウ地区に伝わるある伝説に足を踏み込むことになった。これがアンギョウ地区に隠された悲しい伝説であることなど知らずに。



 午前十時。アンギョウ地区。小学校前。

 ヤタガラスがアンギョウ地区に入った翌日。早速パトロールが始まった。昼はもちろんスセリが担当し、夜はヨシキ、シュン、サトミ、ミホがローテーションで実施する。そしてフウマは情報を集める。

 それぞれが役割分担をすることで効率化を図る。

 スセリは今、小学校の前でパトロールをしていた。子供たちの元気な声が聞こえて来る。ちょうど休み時間なのだろう。校庭にはたくさんの子供たちが体を動かして遊んでいる。

「元気だなあ」

 スセリはふと昔を思い出していた。

 スセリは施設暮らしを除けば普通の小学生だった気がする。備蓄された憎悪を除けばの話だが・・・。

 大人になった今だからこそわかる、あの時代の尊さ。

 スセリは息を吐いて歩き出そうとすると、閉じられた小学校の門にスセリの姿を見た小学生たちが集まってくる。

「お姉ちゃん、もしかして、悪霊をやっつける人?!」

「え?」

「俺見たことあんもん! その姉ちゃんが持ってる腕輪みたいなやつ! あのカラスの腕輪持ってる人が浄化師だって母ちゃん言ってた!」

 無邪気な子供たちが矢継ぎ早にスセリに話しかける。スセリは少し混乱してしまうが、子供達はスセリをまるでスーパーヒーローのような眼差しで見つめてくる。キラキラと輝いているのがスセリですら分かる。

「姉ちゃん何しに来たの?」

「お仕事だよ。アンギョウ地区で悪霊が出るから何とかして欲しいって頼まれたの」

 スセリは話せる範囲でしかも子供達にわかりやすいように言葉を選んで話した。すると子供たちが顔を見合わせる。スセリが首をかしげると一人の男児がスセリの前へやってきた。

「お姉さん! 僕聞いたんだ! 悪霊の声!」

「え?」

「お姉さん! 僕の話を聞いて! お父さんもお母さんも信じてくれないんだ!」

 男児はスセリに訴えるように言った。スセリはしゃがんで男児と同じ目線になった。その話を詳しく教えてくれる? とスセリは言った。

 男児はその日のことを教えてくれた。

「僕、サッカークラブに入っててその日は試合の日だったんだ。友達と別れて家に帰ろうとしたら誰かに見られてるような気がして振り返ったけど誰もいないんだ。また歩き出したら、『早く、帰りなさい』って声が聞こえてきた! 怖くて怖くて僕・・・、走って逃げたんだ」

「そうだったんだ。お父さんもお母さんも信じてくれなかったの?」

「うん。お父さんもお母さんもこの地区は悪霊があまり出ないからありえないって言ってるんだ。お姉さん! お姉さんも僕のこと信じてくれないの?」

 男児はスセリを見上げる。

 スセリは目を知っている。純粋に彼はスセリに対して信じて欲しい、ありのままの真実を話していることに間違いはなかった。

 スセリはその悪霊のこと教えてくれない? と男児に聞いた。

 悪霊を浄化する専門職の存在はこの世界では小学生低学年でも知っている。そして、その職業に憧れ将来の夢に掲げている子もいる。

 スセリは子供たちとの交流から浄化師という職業の凄さと影響力を思い知った。それを知ってからこの子たちの笑顔を守りたい。迷いを消したいという思いが溢れ出す。

 スセリは休み時間という限られた時間の中で子供たちから情報収集を行ったのである。子供の証言だ。それがどこまでヤタガラスが受け入れるかはわからない。しかし、今は少しでもあの不思議な悪霊の情報が欲しい。

 その一心でスセリは小学校での聞き込みを続けたのだった。



 午後十七時。アンギョウ地区会館。男子部屋。

 その日は集めてきた情報を報告しあう。草薙館での作戦準備室のような形で男子部屋に全員が集合する。大きな黒板がない代わりに、大きめのノートを使って情報を書き出していく。

 スセリは早速昼間に子供たちから聞いた情報を報告した。

「昼間のパトロールの時に小学校の子供たちから悪霊に関する情報を入手することができました。特に被害はなかったんですが、その時『早く、帰りなさい』と言われたそうです。その子は怖くて逃げてしまったらしいんですが、声色は男の人と言っていました」

「その子はどこで悪霊と遭遇したん?」

「それが・・・」

 ミホが聞くとスセリが少し表情を曇らせた。そして言った。

「・・・妙光院近くの桜並木の坂道だそうです」

 それを聞いて全員が凍りついた。あの悪霊が現れるのは決まって妙光院という寺院の近くだ。妙光院の近くには有名な桜並木の坂道がある。そこでも声がしたということは、そこに確実にいたということだ。

「シュンさん。これは妙光院について詳しく調べなくてはいけないかもしれませんね」

「熱田の言う通りかもしれないな。俺も昔浄化師の専門スクールで寺院の多くでは死者の魂を慰め、成仏させ、冥土の道を示す。多くの信仰心と思いが詰まった場所だと聞いた。必然的に霊が集まりやすいともな。善も悪も集まる」

 シュンはそう言って腕組みをした。

 シュンはヒジリの代わりに決断を下す。

「妙光院について調べる。三嶋も情報を集めろ」

「おいよ」

 フウマはそう言って頷いた。

 ヤタガラスの方向性は決まった。まずはその方向性に向かって歩くだけだ。

 スセリはアンギョウ地区会館の多目的スペースに腰掛けていた。多目的スペースは主に子供が過ごすためのぬいぐるみや絵本、可愛いクッションが置いてある。

 スセリが休めているとアンギョウ地区会館の事務所にいた男性がスセリに声をかけた。

「休憩ですか?」

「え? まあ、そうです」

「本当に毎日大変ですねえ。アンギョウ地区のためにご尽力いただきまして本当にありがとうございます。体はご自愛くださいね」

 男性職員に激励をもらってスセリはありがとうございます、と頭を下げた。するとスセリは男性職員に聞きたいことがあると聞いた。

 それは先ほど話題に上がった妙光院に関することだ。悪霊が出るということだけを隠して。不安を煽るような発言はするべきではない。スセリはそう思った。思わず口から出てこないように注意しながら口が動く。

「妙光院? あそこは由緒あるお寺さんだからね。でも何より一番の魅力は妙光院の化け猫伝説だな」

 化け猫伝説。

 スセリはそれに覚えがあった。以前、妙光院近くの桜の木が植えられた坂道に建てられた看板に書かれていた。あの看板は化け猫伝説を説明する看板だったのだ。

「有名なんですか?」

「アンギョウ地区では知らない人はいないよ。そこの多目的スペースに子供向けの絵本があるからそれを読めばいいと思うよ」

 スセリはありがとうございます、と頭を下げた。

 言われた通り、スセリは多目的スペースにある本棚を探し始めた。すると一冊の絵本を見つけた。『みょうこういんの化けねこさま』と書かれた絵本だ。

 詳しいことはわからないがまずは妙光院に関する情報を集めている。絵本だろうが大事な情報だ。化け猫伝説がもしかしたら重要な鍵になるかもしれない。

 スセリは淡い期待を胸にその絵本を持ってヤタガラスが借りている二階へ行ったのだった。



 午後二十一時。アンギョウ地区会館。女子部屋。

 スセリは早速その絵本の内容を伝えるべく、女子部屋に集めた。あくまで子供向けに脚色された絵本ではあるが、伝説を理解する大事なものであることは変わりない。

 スセリは早速絵本を広げて読み始めた。


 『みょうこういんの化けねこさま』

 江戸のむかし、みょうこういんとよばれる古いお寺がありました。このお寺には一人のお坊さんがくらしていて、多くの人たちからそんけいされたえらい人です。

 ある日の朝のことです。お坊さんがみょうこういんの門の前を掃除していました。すると弱々しい声が聞こえてきたのです。

「はて? 今の声はなんだろうか」

 お坊さんは掃除の手をとめて、耳をすましました。すると、

「・・・みゃあお」

 ねこのちいさな声が聞こえてきたのです。

 お坊さんはみょうこういんのまわりをさがしまわりました。すると、くさむらのなかにちいさな子ねこがうずくまっていたのです。生まれて間もない子ねこは寒さでふるえておりました。

「おやおやかわいそうに。もう大丈夫だ。今たすけてやろう」

 お坊さんは弱った子ねこを抱きかかえて、みょうこういんのなかへ連れていきました。お坊さんは温かいお湯で汚れた子ねこのからだをふいてやり、からだを温めてやりました。

 お坊さんの手当てで子ねこはだんだん元気になり、元気にみょうこういんのなかを走り回るほどに元気になりました。子ねこはたすけてくれたお坊さんが大好きになり、お坊さんのそばをはなれようとはしませんでした。

 お坊さんは子ねこに「こう」と名付け、暮らすことになりました。

 香はお坊さんのそばをはなれずお坊さんが仏さまに手を合わせている時も、ご飯を食べている時も、眠る時もずっといっしょでした。

 子ねこの香はお坊さんの愛情をうけて立派なねこにせいちょうしました。

 そんなある日のことです。

 お坊さんはみょうこういん近くのだんかさんの家へ呼ばれて出かけていきました。大事な法要のためにかわいそうではありますが香をつれていくことはできません。

 お坊さんは香に言いました。

「私がいない間、お寺を頼みましたよ」

「みゃあ!」

 お坊さんの言葉に応えるように香はへんじをしました。香はだんかさんの家へ出かけていくお坊さんをずっとみまもっていました。お坊さんのすがたが見えなくなると香はみょうこういんのほんどうの中へ戻って行ったのです。

 しかしいつになってもお坊さんはもどってきません。

 お坊さんがでかけてからどれほどの時間がながれたでしょうか。みょうこういんにぞろぞろと男の人たちがやってきました。大きな木のはこをかかえています。

「どうしてお坊さまがこんな」

「おいたわしや」

 香が箱のなかをのぞきこむとそこにはみょうこういんのお坊さんが冷たくなっていたのです。

 お坊さんは息を引き取っていたのでした。

 お坊さんが死んだことに香は心をいためて、三日三晩鳴きつづけました。みょうこういんからは香の悲しげな鳴き声がずっと聞こえたといいます。

 それから香のすがたをみた人はいなくなりました。

 それから不思議なことがおこりました。みょうこういんのちかくで死んでしまう人が多くなったのです。からだに大きなきずができており、それをみた多くの人はこう思ったのです。

 みょうこういんのねこ・香がお坊さんをころされた怨みで化けねことなり人々を殺していると。

 香のすがたを見たものはいません。

 それからというものの香は化けねことなって、みょうこういんにやってくる人々を襲っているという噂が広がっていきました。今では「みょうこういんの化けねこ伝説」と呼ばれているのです。


 スセリが読み終わると、静かな空気が流れた。

「化け猫と来ましたか・・・」

「厄介ね・・・」

 ヨシキとサトミが言った。サトミが厄介と言った理由がスセリにはわからない。するとシュンが教えてくれた。

「悪霊は元々この世を生きていた人間だ。理性を失っていてもこちら側の言葉は少なからず届く。阿部も囮作戦したときに特にやる挑発行為あるだろ? それで悪霊が突進してくるのはそういう理由がある」

「ということは?」

「少しは考えろ」

 シュンはそう言って答えを教えてくれなかった。するとミホが言った。

「動物には私たちの言葉が通じるわけやないやろ? だから言葉での説得や挑発行為ができんてことなんや。スセリちゃんにはわからなくて当然や。これは浄化師の専門スクールで勉強することやもん」

 スセリはそうなんだ、と頷いた。

 それを聞いていたフウマが進言する。

「確かにアンギョウ地区の多くの人たちが『妙光院の化け猫伝説』を単なる昔話や迷信として信じている人間はほとんどいない。その思いが強ければ強いほど本物に近づいてしまうんだ。面倒くさいことだがな」

 シュンはフウマに言った。

「三嶋。明日はどうする気だ?」

「シンゴウ地区のシンゴウ国際図書館で伝説に関する資料を探そうかなって思ってました」

「そうか。じゃあ明日阿部を連れて行け」

「は?!」

 スセリは思わず口か開いた。なぜフウマに自分がついていくのか理由がわからない。スセリがシュンに聞くと護衛のため、そして二人の方が効率がいいと考えたとのことだった。

 スセリはその後、布団のなかに入っていた。

 すでにミホとサトミは眠りについておりスヤスヤと寝息を立てている。スセリは息を吐くと目をつぶって眠りについた。



 同時刻。チュウオウ地区。草薙館。所長室。

 草薙館の留守を任されているヒジリはシュンから送られてきた報告書に目を通していた。報告書には『妙光院の化け猫伝説』が今回の事件に関わっているのではないかという見解まで書かれていた。

 その報告をヒジリは悪霊対策部に連絡しなくてはいけない。今回の出張は悪霊対策部の指示のもと行っている。報告は逐一行わなくてはいけないのだ。

「化け猫か・・・。怪我だけはするなよ、みんな」

 ヒジリはそう呟いた。



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