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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
ヤタガラス遠方地区出張編
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決断の日は近い〜Only forward〜

決断の日は近い〜Only forward〜



 アンギョウ地区に現れた敵か味方かもわからない悪霊。それが今、ヤタガラスの頭を悩ませていた。

 どうして私たちに逃げろなんて言ったのか?

 分からない。

 そしてヤタガラスに届いた差出人不明の手紙もまだ解決していない。しかしパトロールをしてわかった。

 アンギョウ地区には何かがいる。

 金山さんと綿津見さんは連日、話し合いに追われている。決断の日は、きっともうすぐ。



 午後十九時。草薙館。作戦準備室。

 スセリとサトミは昼に遭遇した若い男性の悪霊について報告していた。その悪霊がスセリやサトミに対して悪意が全く感じられなかったこと。悪霊がスセリに対して危険であることを忠告したこと。

 そして何より、

「その悪霊はこう言ったんです。『僕からヒントをあげる。お寺に伝わる言い伝え。これが僕から君に言えるヒントだよ』と。その後はすぐに消えてしまい、深追いできませんでした」

「ヒントだ? キザな悪霊だな」

 ヨシキは言った。

 シュンはスセリに同行していたサトミにも事実を確かめた。

「大宮。阿部のように悪霊が見えなくても気配くらいはわかるだろう?」

「はい。わかります」

「悪意丸出しで欲望丸出しの悪霊はその悪意でさえ気配に現れる。悪意は感じたか?」

「いいえ。少なからず悪意はおろか敵意すら感じませんでした」

 シュンはそうか、と呟いた。そしてシュンはヒジリに進言する。

「金山さん。パトロール期間中に悪霊は大きな動きをしていません。この謎を解明するためにもアンギョウ地区への本格出動をするべきではないかと俺は思います」

 シュンは自分の考えをまとめてヒジリに進言したのだった。シュンの考えは正論を言っている。

 ヒジリは唸った。

「現場を見てきた浄化師はこう報告している。俺としては彼らの考えを信じてみたい。お前はどう思う?」

 ヒジリが話を振った人物が同じ作戦準備室にいた。

 それは悪霊対策部のコウシロウであった。最終決定を下すため、コウシロウ自ら草薙館を訪れていたのだ。

 コウシロウも一通りの報告を聞いて、考えを述べた。

「そもそもの発端はヤタガラスに届いた差出人不明の悪霊浄化を依頼する内容の手紙だ。それからはヤタガラスの浄化師が毎日アンギョウ地区に向かい、パトロールを続けた。結果として悪意のない悪霊が現れ、恐れるはずの浄化師に対して危険だという忠告をしている。俺がカワグチの悪霊対策部に所属してから初めてのケースだ」

 コウシロウはそう言って席から立ち上がった。黒板の前に立ち、一枚の書類を机の上に出した。

「これは?」

「悪霊対策部にあった悪霊出現率が書かれた書類だ。更新資料だが、アンギョウ地区だけは不思議と比較的低い数値を保っている。長い間、アンギョウ地区の数値は大きく更新されていない。もしかしたら俺たちの知らない何かがアンギョウ地区で起きていると仮定すれば、このまま放っておくわけにはいかない」

 コウシロウはヒジリに指示を出す。

「これは悪霊対策部の綿津見として日本御霊浄化組合に正式に指示を出す。明日、アンギョウ地区に向かい、悪霊を浄化する。その浄化許可を俺が出す」

 コウシロウによって浄化命令が出された。

 ヒジリはこれを待っていた。ヒジリは分かりました、と言って頭を下げた。そしてその場に集まった浄化師全員に言う。

「みんな! 明日からアンギョウ地区へ出張を行う! みんな心してかかれ!」

「ラジャ!」

 ついに浄化命令が下った。

 スセリたちは明日からアンギョウ地区への浄化業務にあたることになる。頑張らなくては、と心を引き締めたのだった。



 午後二十一時。スセリの部屋。

 スセリはキャリーケースの中に洋服や歯磨きなどを詰めていた。明日からアンギョウ地区への出張だからだ。

 それにはこのような理由がある。

 スセリたちの拠点である草薙館があるのはチュウオウ地区。アンギョウ地区はチュウオウ地区から一番離れている地区だ。チュウオウ地区からアンギョウ地区に行くにはバスや車と言ったものを使用しなくてはならない。

 何度も往復しては手間がかかってしまう。

 そこで浄化師がその地区にしばらく留まって悪霊浄化を行う。特に遠方の地区に浄化に行く際によく使われる作戦だ。

 人呼んでヤタガラス遠方地区出張である。

 『神様の眼』を持つスセリも当然参加する。スセリは準備をしながら息を吐いた。ここまでで様々な経験をしてきた。目まぐるしいほどに日々が過ぎ去っていく。

 平凡でつまらない。

 そう言っていたあの頃が懐かしくも羨ましい。しかしもうあの頃には戻れない。なんだかんだ言ってもスセリは今に満足している。

 何度も大怪我をし何度も生死の境を彷徨ってもなお、「満足」と思えるのはスセリの中にある何かがおかしくなっているのかもしれない。しかしスセリはそんなことどうでもよかった。

 スセリは大きな使命感を持っていた。

 人々を苦しめる悪霊を浄化して人々も悪霊も守りたい。理由は分からないが『神様の眼』を持っていることでより一層の使命感が増した。

 窓から月の光が差し込む。

 雲もあまりない、綺麗な月の光。さながらスポットライトだ。スセリはベッドに横になった。首に下げられた赤い浄化水晶が月の光に照らされてキラキラと輝く。

 スセリはそれを外して写真立ての横に置いてそのまま眠ってしまった。



 翌日午前十時。草薙館。玄関前。

 アンギョウ地区への出張が始まった。

 全員が必要な荷物をまとめて玄関へ集まる。

 集まったのは、スセリ、ヨシキ、シュン、ミホ、サトミ、そして情報屋のフウマを含めた六名だ。今回の出張にはヒジリは参加しない。しないのではなく参加できないのだ。

 長期出張に赴いている間にも他の地区に悪霊が出ることはよくある。浄化師の都合に悪霊は合わせてくれない。そこでヤタガラスは全員が出張することはせず、一人が必ず草薙館に残る決まりになっている。

 今回はヒジリが残ることになった。

 ヒジリは長い間浄化師として活躍してきたベテランだ。どんな場合もうまく対処できると踏んだのだ。

 ヒジリは浄化師たちを見た。

「全員怪我なく無事に帰ってこい。何かあれば必ず連絡を入れろ。いいな」

「ラジャ!」

 全員が挨拶をする。そしてフウマが運転する車に荷物を搬入し、乗り込んだ。

 今回アンギョウ地区に向かう浄化師たちを束ねるのはヤタガラスのスナイパーの異名を持つシュンだ。シュンにヒジリはみんなを頼むと耳打ちされる。シュンは頷いた。

「全員準備はいいか?! アンギョウ地区に向けて動くぞ!」

 フウマが車のアクセルを切った。

 車は草薙館を出発した。

 コンクリートジャングルのチュウオウ地区を抜けて車は走りだす。だんだんと建物の数は減っていき、逆に緑が増えていく。

 景色の移り変わりをスセリは車の窓から眺めていた。そして頭に浮かぶのはスセリに危険を警告したあの悪霊のこと。悪意が全く感じられない不思議な存在。スセリはそれが気になって仕方がない。

 するとスセリの表情を見たミホが話しかける。

「スセリちゃん、どうしたん?」

「ちょっとね。考え事」

 ミホはスセリの横顔を静かに見守っていた。景色はだんだんと変わり、スセリたちを乗せた車はアンギョウ地区へと入って行ったのだった。



 午前十一時。アンギョウ地区。アンギョウ地区会館前。

 スセリたちを乗せた車はある建物の前へ到着した。

 建物は「アンギョウ地区会館」だ。アンギョウ地区に公共施設で会議や選挙などで使用される施設だ。ヤタガラスは出張期間中にこのアンギョウ地区会館を借りてここで寝泊りをする。

 アンギョウ地区会館は出張する二日前に悪霊対策部のコウシロウが事前に予約を入れてくれた。

「出張期間中はここで寝泊りするからな。近くにはスーパーもあるから食べ物には困らないし、水道、電気、トイレはあるし。お風呂は車で十五分のところにスーパー銭湯があるからそこへ行くことになるな。まずは荷物下ろすぞ!」

 フウマがトランクを開けた。

 トランクにはスセリたちの持ち込んだ大きな荷物が積まれていた。それぞれが荷物を運び出して次々にアンギョウ地区会館の中へ運んでいく。

 荷物を持って二階へ移動する。

 シュンが周囲をキョロキョロと見回した。

「左が俺、熱田、三嶋の使う男子部屋。右が大宮、立石、阿部の使う女子部屋だ。今日は疲れているから各々部屋に戻って休むぞ」

 男女に分かれて同じ部屋で合宿のような生活が始まる。部屋は畳が敷き詰められた和室だった。そしてテレビや冷暖房も完備の申し分ない部屋だ。

「あー! 疲れた!」

 ミホが畳の上で大の字になって寝ているとサトミが声をかける。

「荷物の片付けをしないと。早めにやりなさいな」

「はーい」

 サトミに言われてミホは起き上がって荷物の整理を始めた。制服をハンガーにかけてクローゼットの中にしまった。そして自分たちが使う歯磨きセットも洗面台に置く。そして荷物を邪魔にならないところにしまう。

「そういえば、緊急通報システムってアンギョウ地区会館はないじゃないですか。どうやって受け取るんですか?」

 スセリが聞くとサトミはそういえば説明していなかったわね、とサトミはポケットから仕事に使われる液晶端末を取り出した。

 サトミの液晶端末をミホとスセリは覗き込んだ。

「私たちが使う液晶端末を金山さんが出張用のものに切り替えてくれたの。この端末には草薙館にある緊急通報システムを組み込んだような仕組みになっているから、通報が入ると必ずこの端末に通知が来るようになっている。私たちの目的はアンギョウ地区の悪霊だから最初からこの端末にはアンギョウ地区だけの通報が通知されるように設定されてるからね」

 ミホとスセリはへえ、と呟いた。

「でも新人で出張を経験するなんてね。いい経験よ」

「そうなんですか?」

「そうよ」

 サトミはそう言って笑った。



 午後十九時。アンギョウ地区。妙光院近くの坂道。

 暗くなった坂道をスセリは一人で歩いていた。任務というわけではない。スセリは必要物品を買いにコンビニに向かっていた。その帰りである。

 今日のスセリは完全なオフ日。髪の毛も結んでいなければ、制服も着ていない。半袖のシャツにズボンのシンプルな服装だ。腕時計の時刻を見て足早になる。もうすぐ夕ご飯であるからだ。

 するとスセリは足を止めた。

 ゆっくりと後ろを向く。変な気配がして振り返った。しかし後ろには何もいない。夜になったからスセリは浄化水晶の力を借りなくても悪霊の姿を見ることができる。しかし、スセリの目には悪霊が映らなかった。

 気のせいか。

 スセリはそう思ってまた歩き出した。妙光院の近くにある坂道にはたくさんの桜の木が植えられており、春になると桜が満開になって美しく咲き乱れる。本当に美しい桜のため、アンギョウ地区以外からも桜を一目見ようとたくさんの人がやってくるのだ。

 そんな坂道を歩いてアンギョウ地区会館へ向かっていると、看板が立っていた。スセリはそれに近づいて看板に書かれていた文言を読み始めた。

「・・・へえ」

 スセリは声を漏らした。

 スセリはそのまま足を進めた。その看板にはこう書かれていた。


『妙光院の化け猫伝説』


 スセリはこの伝説の全てをまだ知らなかった。



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