迷走〜Mystery calls mystery〜
迷走〜Mystery calls mystery〜
悪霊はどんな人間でも襲う。そして大怪我をさせるだけではなく最悪の場合殺してしまう可能性もある。
悪霊にはあまり理性の働くものがいない。ほとんどが現代社会から生まれる負のオーラを吸い込んで理性を奪われて、暴れまわる。それが現実だ。
だから理性の働く悪霊に対しては痛みを伴わない優しい浄化もある。それはヨシキさんが教えてくれた。理性が完全に残る悪霊なんてそうはいない。そう、いない。理性の働く悪霊なんて---。
午後十九時。草薙館。女子専用大浴室。
一日の勤務を終えてスセリはお風呂で疲れを癒していた。髪の毛を洗い、それを一つに結び大きなお風呂へ入る。
「はあ〜」
あまりの気持ち良さに声が漏れる。
お風呂の中でうたた寝しそうな時、立ち込める湯気の中に人影が見えた。
「スセリさん。入っていい?」
サトミだった。
ヤタガラスに所属している女性浄化師の中で一番身長が高いサトミはそのすらっとしたプロポーションも素晴らしい。
制服ではスセリはスカート、ミホも丈の短い袴を履いている。しかしサトミはピチッとした黒いズボンを履いている。足の長さもすらっとした曲線も見える。
サトミに敵うプロポーションを持ち合わせている人はいないのではないだろうか。
サトミもスセリの隣に座って体を休める。
話題は例のアンギョウ地区の悪霊についてだ。昼のパトロール後、スセリはあったことを全て報告したのだった。
時間は遡って午後十三時。草薙館。作戦準備室。
「では阿部。昼のパトロールの報告を」
ヒジリに言われてスセリは報告を始める。
「では本日のパトロールですが、驚くべきことが起きました。最初私は人が多く集まるアンギョウ園芸センターでパトロールを実施しました。その際、悪霊に遭遇した人と出会い話を聞きました。その方が悪霊と遭遇した場所を教えてもらいそこへ向かいました」
スセリは黒板に出した地図に赤いマーカーで印をつけた。
「それはここです」
「妙光院付近か」
シュンが言った。妙光院はアンギョウ地区にある由緒正しいお寺である。スセリは頷いて話を進めた。
「ここで悪霊と遭遇しました」
「見えたか?」
「はい。浄化水晶を撃ち込んだら見えました。しかし、見えたのは靄だけで本体は見えませんでした。だけど・・・」
「だけど?」
「悪霊が私に話しかけてきたんです。しかも挑発や暴言じゃなかったんです。ここから逃げろって言ってきたんです」
スセリの言葉に全員が驚いている。
悪霊自らここは危険だから逃げろと警告するのはあまり見られない現象だった。ベテランのヒジリですら驚いている。まるでスセリの身を案じるように。
スセリはその悪霊の声が若い男性の声であることを伝えた。
ヒジリはその報告を早めに悪霊対策部へ報告することにした。しかし、あくまでスセリが遭遇したのは昼。昼は悪霊が活動するには酷な時間帯だ。夜になればその優しい悪霊も悪魔と化す可能性すらある。
ヒジリは夜のパトロールの結果次第で判断を下すと決めたのだった。
サトミはタオルで顔を拭いた。
「ヤタガラスに届いた手紙といい、危険を知らせる悪霊といい今回の事件何かありそうよ」
「私もそう思えてなりません。しかもアンギョウ地区ってチュウオウ地区からかなり離れてるじゃないですか? もし長期戦になったりしたら往復だけでも時間の無駄になりませんか?」
サトミはそうね・・・、と呟いた。
どちらにせよ今日夜のパトロールに行っているヨシキからの報告を待つしかないという結論になった。
お風呂から上がり自室に戻ったスセリはベッドに横になっていた。
スセリには昼に出会った悪霊がスセリに対して悪意も戦闘意欲も出していなかった。どうして悪霊はスセリに警告を出してきたのか。
謎が謎を呼び、結局何もわからずじまいだった。
翌日。
夜のパトロールに出ていたヨシキが報告を始めるということで全員が作戦準備室に集められた。
「熱田。報告を」
「はい。阿部に言われた通り、アンギョウ地区妙光院付近を含めたアンギョウ地区全体をパトロールしてきました。元々アンギョウ地区は悪霊出現率が少ない為、ターゲット以外の悪霊の出現はなく、平和な夜でした。ちょうど丑三つ時にターゲットを妙光院で発見」
ヨシキは地図に青いマーカーで妙光院に印をつけた。
「妙光院で見つけた悪霊はおとなしそうな若い男でした。阿部が聞いた声の主だと確信しました。こちらが構えていると、悪霊は『危ないから逃げろ。私から離れてください』とはっきり僕に言いました。昼だからこそ曖昧な言葉も夜だからこそはっきり聞こえました。やはり、今回の悪霊は僕たちのことを襲う気などさらさらないのかもしれません。現実に僕が背中を見せても悪霊は攻撃一つしていません。むしろ・・・」
ヨシキが言葉を詰まらせた。
ヒジリが何があったのか? と聞くとヨシキはゆっくりと口を動かして答えた。
「・・・微笑んでいたんです」
それには全員が驚いた。
「・・・今にも消えてしまいそうな儚い微笑みって印象でした。安堵しているようにも見えましたが真意はわかりません」
悪霊はまるでヨシキが引き返したことを安堵しているかのように見えたという。
「謎が謎を呼んだな。まだパトロールしなくてはいけないな」
ヒジリは判断した。
報告会が終わり、全員が息抜きした瞬間だった。
けたたましい警告音が草薙館に響き渡った。悪霊出現の緊急通報だった。近くにいたミホが緊急通報の電話を受ける。
「こちら日本御霊浄化組合! はい、はい、アンギョウ地区。わかりました! すぐに浄化師を向かわせます!」
ミホが電話を切った。電話内容をすぐさま伝える。
「悪霊出現の緊急通報あり! 場所はアンギョウ地区! 詳しい場所は端末に転送済み!」
アンギョウ地区の名前を聞いた瞬間にその場にいる全員が凍りついた。今アンギョウ地区はヤタガラスが特別にマークしているからだ。しかも時刻は昼。悪霊の活動量は減る。
ヒジリは大事を考え二人行かせることにした。
「大宮! 阿部! 二人でアンギョウ地区へ向かえ!」
「ラジャ!」
スセリとサトミは制服を着て、草薙館を飛び出していった。
午前十一時。アンギョウ地区。用水路付近。
スセリとサトミの二人はアンギョウ地区に到着した。悪霊が出たとアンギョウ地区の人々は家に引きこもっている為、人一人いなかった。
「静かですね。昼間なのに」
「妙な静けさね、怖いわ」
周囲を見渡す。
するとサトミは脇差を抜いて太陽の光にかざした。刀身は青白く光る。サトミは太陽の光に反射させた刀身に触れた。
スセリは思わず息を飲んだ。太陽の光に反射したサトミの姿はとても神々しく見えて、人間であることを忘れさせるくらいの輝きに包まれていたのだ。
サトミが行っているのは脇差を使う浄化師が行う悪霊索敵の方法である。脇差の刀身には浄化水晶が砕いて埋め込まれている。悪霊を斬ることで浄化できる。
そして索敵方法は刀身を光にかざした時の光の度合いと刀身の熱で索敵を行う、特定の光の屈折と刀身の熱が上がれば悪霊がいることを示す。
脇差を使う浄化師は悪霊がいることを示す光の屈折を把握しているからこそできることだ。
サトミは目を開けた。
「・・・いるわね」
「いますか?」
「スセリさんも小型拳銃で索敵をしてみて」
サトミの指示により、スセリも小型拳銃を抜いた。すると安全装置が外れた。やはり悪霊はそばにいる。スセリも覚悟を決めて周囲を警戒する。
すると背筋がぞくっとするような感覚が二人を襲う。確実に二人の後ろには誰かがいることを示唆している。
スセリはすぐさま振り返って小型拳銃の銃口を道路に向ける。そして声を出す。
「あなたの姿を見る為、申し訳ありません!」
スセリはそう言って道路に向かって弾丸を一発放った。すると弾丸から飛び散った浄化水晶が散る。すると黒い靄がスセリの目が捉えた。スセリの目は一点集中している。
しかしサトミには何も見えていない為、キョロキョロしている。
スセリが『神様の眼』の持ち主であることを改めて感じさせる。
すると黒い靄から人影が姿を表す。
スセリは思い出した。ヨシキが報告したことを---。
「妙光院で見つけた悪霊はおとなしそうな若い男でした。阿部が聞いた声の主だと確信しました。こちらが構えていると、悪霊は『危ないから逃げろ。私から離れてください』とはっきり僕に言いました」
おとなしそうな若い男。
スセリはまさか、と息を飲んだ。
スセリの目が捉えたのは、若くおとなしい、そしてどこか儚げに笑う男性の姿だった。
スセリは確信した。緊急通報はもしかしたらこの悪霊のせいだと。スセリは考える。自分の経験則、そしてヨシキが報告してくれた事実を頭の中で高速で考える。
この悪霊には理性がある。少なからず浄化師と分かっている上でも襲わない。スセリは息を飲んだ。
スセリは一つの行動に自分を賭けた。スセリは一歩と近づいた。
そして、
「あなたは誰ですか?」
「スセリさん?!」
悪霊に話しかけたのだ。普通は絶対にありえないからだ。昼は悪霊の活動量は減り、どちらかといえば浄化師側が有利だ。しかしそれでも安全が保証されているわけではない。昼でも襲われる可能性だってある。
これは賭けた。
スセリお得意の自らを天秤にかける方法だ。
スセリの背中に緊張の汗がつたう。いつ襲いかかられてもおかしくない状況だ。今スセリは最も悪霊に近い場所にいる。今襲いかかられた場合怪我は絶対に避けられない。
サトミは脇差を抜いていつでも動けるようにしていた。勿論ではあるが、サトミは普通の浄化師だ。夜ならば悪霊を見ることができるが、昼は全く見ることができない。しかし気配だけは察せる。
見えないからこそ敏感な気配を使って悪霊がいる場所を把握する。
スセリは悪霊からの返事を待った。
悪霊と思われる若い男性はスセリを見つめて静かに微笑んだ。儚く、そしてどこかぞくっとするくらいの微笑みを向けていた。
「危険だよ。早く逃げて」
「危険? どういうこと? 私は浄化師だから悪霊を浄化できる。もしかしてあなたが危険と言っているのは悪霊のこと?」
スセリは若い男性に言った。
目の前にいる若い男性は悪霊であることをスセリの勘がそう告げている。しかし悪意すらも感じない。悪霊というよりは、守護霊のような清らかさすら感じる。しかし黒い靄が出ている時点で悪霊であることには変わりない。
「僕からヒントをあげる」
「ヒント?」
「お寺に伝わる言い伝え。これが僕から君に言えるヒントだよ」
スセリは目を見開いた。悪霊が敵である浄化師にヒントを与えるなどまた前代未聞のことだ。スセリが考えていると、静かに微笑んだ。
「頼んだよ、可愛い浄化師さん」
そう言って若い男性の悪霊は姿を消した。スセリはそれに気づいて待って! と手を伸ばしたが、消えてしまった。
「スセリさん!」
サトミの声にスセリは現実に引き戻された。スセリがサトミの方を向く。悪霊はどうだった? とサトミが聞くとスセリは頭の中が混乱していた。悪霊が言ったヒントの意味がよくわからなかったのだ。
謎が謎を呼んでいる状況だ。
スセリたちの前に現れた悪霊は果たして、敵か味方か?
スセリとサトミの間を心地いいとは言い難い空気が流れていたのだった。




