平和という名の気休め〜Something is lurking〜
平和という名の気休め〜Something is lurking〜
草薙館に突如届いた手紙。
宛先はヤタガラスに所属する浄化師全員。しかも名前は書かれておらず、住所もあべこべ。唯一分かるのは、「アンギョウ地区」から差し出されたものであること。
シュンさんは手紙の主がヤタガラスの浄化師全員をご所望だとのことでパブリックルームに全浄化師を集めるように指示を出した。
この手紙がヤタガラスを大きな事件に巻き込むきっかけになるなんて、この時の私は気づきもしなかった。
今までの平和な日々がここで崩れ去ることも---。
午後二十一時。草薙館。パブリックルーム。
シュンの指示によりヒジリとサトミも集まり、パブリックルームにはヤタガラスに所属する全浄化師が集合した。
シュンからヒジリとサトミに説明がなされた。するとヒジリはシュンの判断に賛成し、集合している今こそ手紙を開封することを指示した。
全員が見守る中でシュンが封筒を開いた。中には白い一枚の便箋が入っていた。
手紙の内容なこのようなものであった。
親愛なる日本御霊浄化組合の浄化師の皆様
突然のお手紙をお許しください。
お手紙を差し上げたのは、皆様に悪霊浄化の依頼をお願いしたいからです。
アンギョウ地区に最近人々を震え上がらせる悪霊がいるという噂が立っています。残念ながら私たちでは悪霊を自分の目で確認することができません。
しかし悪霊の仕業と呼ばれる不思議な事案が多発しております。最近になって被害者も出始めました。
アンギョウ地区に暮らす住民も震え上がっています。
そこで日本御霊浄化組合の浄化師の皆様に悪霊退治をしていただきたいのです。
近いうちにアンギョウ地区へお越しください。
また、私は事情のためお伺いすることはできません。また名前も事情のため伏せさせていただくことお許しください。
どうかよろしくお願い致します。
手紙の内容はアンギョウ地区で出現するという悪霊を浄化してほしいという依頼だった。しかし手紙の差出人が分からないため、迂闊に動けない。いたずらの可能性だって捨てきれないのだ。
「金山さん。どうしますか?」
シュンの問いかけにさすがのヒジリも唸って考え込んだ。数分考えたのちヒジリは決断を下す。
「悪霊浄化の依頼であれば我々は動くだけだ。しかし、手紙の内容と差出人不明の点を鑑みて迂闊には動けない。本当にアンギョウ地区に悪霊が出現するのかを探る必要がある。明日からアンギョウ地区のパトロールを昼と夜に分けて実施する」
ヒジリは言った。
悪霊が出現するかどうかを見極めるため、昼と夜の二回に分けてアンギョウ地区のパトロールを実施する判断を下した。
それに対してヨシキが進言する。
「この手紙を一応悪霊対策部に申告したほうがいいんじゃないですか?」
「そうだな。少なからず俺がヤタガラスに所属してからこのような手紙での依頼はほとんどなかった。悪霊対策部に聞けば何か手がかりが掴めるかもしれない」
手紙を念のため悪霊対策部に報告する運びにもなった。さらに、ヒジリは情報屋のフウマにも協力を仰ぐことも決めた。
ヒジリはその場に集まる浄化師に言った。
「どのような結果になるかは知らないが、明日からアンギョウ地区の強化パトロールを実施する。ほんの些細な手がかりでもいいから、掴んでほしい」
「ラジャ!」
ヒジリはそう指示を出してひとまず今日は解散となった。
翌日。
ヤタガラスはヒジリの指示通りにアンギョウ地区へのパトロールを強化させた。昼のパトロールには浄化水晶を撃ち込むという条件をクリアすれば昼でも悪霊が見えるスセリが適任としてスセリは昼のパトロールを行うことになった。
そして夜はスセリ以外の浄化師でローテーションすることになる。
ヤタガラスに届いた不審な手紙をヒジリが悪霊対策部に申告することになった。
場所は変わってアオキ地区。悪霊対策部。
ヒジリの応対したのは、スセリの浄化師認定テストを見届けた綿津見コウシロウだった。
「綿津見。突然悪いな」
「金山。お前が来るということはよっぽどのことなんだろうな。何があった?」
「実は昨日の夜、差出人不明の手紙がヤタガラスに届いたんだ」
ヒジリはコウシロウに例の手紙を手渡した。そしてコウシロウは手紙を隅々まで見た。確かに宛名が書かれていないことなど不可思議な点を確認する。
するとコウシロウはヒジリに言った。
「金山。この手紙には悪霊浄化の依頼が書かれていた。まさかそれを真に受けたわけじゃないよな?」
「そんなことはない。だが、最近は悪霊出現がない。もしかしたらと思い、昼と夜でアンギョウ地区を強化パトロールする対策を取っている」
ヒジリが言うとコウシロウは大きなバインダーを持ってくる。中にはたくさんの書類がファイリングされている。
このバインダーの中には今まで各地区に現れた悪霊の情報や悪霊出現率の更新などが書かれているものだ。
「これを見てくれ。アンギョウ地区の悪霊出現率は実際少しずつ上がっている傾向にある。急上昇しているわけではないが少しずつだ。もしかしたら手紙の内容は真実なのかもしれない」
「だが俺はまだ判断しかねる。綿津見、お前の判断を仰ぎたい。できることなら俺で判断を下したいところだが異例中の異例だ。ここは悪霊対策部の判断に委ねたい。どんな指示でも俺は受け入れる覚悟ができている」
ヒジリはコウシロウにそう言った。
「俺に判断を委ねるか?」
「昔のよしみだろ?」
「・・・わかった。とりあえずお前が実施しているアンギョウ地区のパトロールは継続してほしい。悪霊を昼夜で確認した際は必ず報告を入れろ。悪霊浄化の許可を悪霊対策部の綿津見コウシロウの名において許可しよう」
「わかった」
ヒジリは悪霊対策部を後にしたのだった。
ヒジリが悪霊対策部に行っている昼間。スセリはバスを使い、チュウオウ地区から離れたアンギョウ地区にやってきた。
アンギョウ地区。
地図上ではチュウオウ地区の真反対の場所に位置している地区だ。カワグチの中でカミネ地区と並んで自然豊かな場所で高いビルなどの人工物は見当たらないほどの長閑な場所である。
スセリがやってきたのは大きなガラス張りの建物だ。たくさんの人が賑わっており、大きな植木鉢やプランター、花や大きな植木に至るまで様々なものが売られている。
「ここがアンギョウ園芸センターか・・・」
スセリが見上げた。
アンギョウ地区は自然豊かな場所であるため、園芸や植木が地区で一番盛んである。そのため、全国から植木マニアや園芸マニアが集まる。アンギョウ園芸センターではガーデニングに必要なものも売られているため、多くの人がやってくる。
スセリもアンギョウ園芸センターの中へ進んで行く。
まさかこんな場所に悪霊が出るとは考えにくいが念のためだ。
「人が多いなあ」
スセリは周囲をキョロキョロと見渡した。今の所は悪霊の気配はない。怪しいと感じれば浄化水晶を撃ち込んで悪霊の姿を確認する必要がある。
しかしこのような場所で弾丸を放てばパニックになりかねない。できればここは避けたい所だ。
するとスセリの周囲が妙に騒がしい。スセリを周囲の人々がジロジロと見てくる。何かおかしいことをしたかな? とスセリはその場から逃げるように立ち去ろうとすると声をかけられた。
「あのすいません。その制服、もしかして浄化師の方ですか?」
「え、あ、まあ」
「あの! お願いがあるんです!」
スセリは驚いた。もしかしたら何か手がかりがつかめるかもしれない。スセリは話を聞くことにした。
「私、夜見たんです! 悪霊を!」
「え?! それを詳しく教えてください!」
スセリはアンギョウ園芸センターに居合わせた人からある情報を聞き出した。
その人は仕事が長引いて深夜近くに家に戻るため、アンギョウ地区のとある道を一人で歩いていた。チュウオウ地区と違って街灯もまばらで大きな建物の明かりさえないため、とても寂しいものだった。
早く帰ろうと足早に道を急いでいると、誰かに付けられているかのように感じたのだという。
振り返っても人影すら見えない。気のせいかと再び歩き出すが次の瞬間耳元に聞きなれない男の声が聞こえたという。
「なんて言われたんですか?」
「そ、それが・・・『早く、逃げろ』だったんです」
「早く逃げろ?」
「私怖くて、冷静じゃなかったんです。そのまま走って帰りました。浄化師の人に相談しようと思っていたんですが・・・」
「じゃあその声が聞こえた場所ってわかりますか?」
スセリは悪霊の声を聞いたという人から悪霊に話しかけられた場所を教えてもらった。
正午。アンギョウ地区。寺院近くの道。
アンギョウ園芸センターから歩いて三十分の場所にある道にスセリはやってきた。
昼間は何も変哲もない普通の道だ。昼間は太陽があるから明るいが、夜の光景をスセリは想像してみる。
街灯はまばらで夜は明かりが少ないのが想像できた。悪霊が出てくる可能性は大いにある。
スセリはその道を散策した。道の近くには寺院があり、墓地もたくさんある。もしかしたら悪霊だけではなく亡霊も跋扈しているように思えた。
「?!」
スセリは何かに見つめられているような気配がしてとっさに振り返った。周りを見渡すが人の気配は一切しない。誰かに見られているかのような感覚にスセリは背筋が凍った。
スセリは簡易索敵をするため小型拳銃をホルスターから抜いた。そして小型拳銃をかざしはじめた。
カチャン
スセリの目は見開いた。
小型拳銃の安全装置が外れたのだ。外れたということは今近くに悪霊がいる証拠となる。スセリはまさかと信じられない表情で周囲を見渡す。小型拳銃の索敵が絶対的ではないが、スセリの曖昧な気配よりもよっぽど信憑性がある。
「本当に?」
スセリは次の作戦に移行する。それは悪霊に浄化水晶を撃ち込んで姿を見ること。見ることができれば立派な手がかりになるからだ。
今のスセリは悪霊を目で捉えることができない。『神様の眼』が起動していない状態である。悪霊の気配を感じ分けて浄化水晶を撃ち込まなくてはいけないのだ。
スセリは全神経を集中する。
そして小型拳銃の安全装置が外れた次の瞬間、スセリはすぐさま引き金を引いた。
静かなアンギョウ地区に銃声が鳴り響いた。
スセリが発砲した。スセリが撃ち込んだ場所には砕け散った浄化水晶がキラキラと輝いている。
スセリは目を凝らして見た。
するとスセリは目を見開いた。昼下がりには不釣り合いな黒い靄。以前明智大学大学院構内で悪霊に襲われた際に、アズミが指示した悪霊に浄化水晶を撃ち込むという作戦。
浄化水晶の力でスセリの目は『神様の眼』を発揮することができると。そして今回もスセリの目は悪霊をしっかりと目で捉えることができた。
スセリは息を飲んだ。
スセリはヒジリからこう言われていた。
阿部、いいかい?
もし昼間に悪霊を見つけて浄化できる状況であっても絶対に浄化してはいけない。悪霊対策部からの通達で悪霊をできる限り浄化しないと言われている。悪霊が攻撃を仕掛けてくるようならば応戦してもいいが、手傷に止めて欲しい。
決して応戦してはいけない。応戦するときは悪霊が攻撃を仕掛けてきて危険が危ぶまれた時だけ。
スセリは悪霊に挑発され気を乱し、浄化しないように気をつけた。
スセリの目の前に黒い靄が現れる。スセリはあくまで身を守るために小型拳銃を構える。
すると黒い靄は悪霊の姿を変えていく、はずだった。しかしいつまで経ってもその姿を現そうとしない。スセリを挑発しているのかどうかも分からない。
なんにせよスセリは今どうすることもできない。
するとスセリの耳に信じられないものが聞こえてきた。
「・・・逃げて」
「え?」
スセリは耳を疑った。若い男性の声がスセリの耳に入った。スセリは周囲を見渡したが、人一人いない。スセリに話しかけるのはほぼ不可能に近い。消去法で最終的にスセリがたどり着いた答えは目の前にあった。
「まさか・・・」
スセリの目の前にいる悪霊だ。
悪霊に話しかけられたことは数多くはない。しかし、悪霊とは思いえない言葉に脳が小さなパニックを起こしているのだ。下手に話しかけて逆上を買うわけにはいかない。スセリは慎重になっていた。
するとまだ小型拳銃を構えるスセリにまた声が聞こえてきた。
「・・・ここから、逃げて」
「どういうこと?」
「・・・危険だ」
間違いなかった。
スセリの聞いた声の主は目の前にいる悪霊だった。しかしその声色はとても優しくてとても人間を襲うとは考え難いものだった。むしろ敵対している浄化師に危険を知らせる行為など敵に塩を送るような行為と同じだ。
スセリがさらに聞き出そうとすると黒い靄は消えてしまった。
スセリはすぐさま小型拳銃の安全装置をもう一度手動で戻し、もう一度索敵を実施した。しかし、いくら待っても小型拳銃の安全装置は外れなかった。
「一体・・・、どういうことなの?」
スセリは立ち尽くすばかりであった。




