2、酔客同士のように
私は蟹を捕まえ、魚を釣り上げ、お湯を温め、寝床を作った。手伝おうとするボンドを制し、身体中の傷の痛みを嘘のように忘れて、せかせかと動き回った。
ボンドは洞窟の隅にひどく居心地の悪そうに座り、時折「ほお」とか「はあ」とか、気の抜けた感嘆の声をあげながら私を見つめていた。私はだんだん得意になって、狭苦しい「サロン」の中を、高給取りの小間使のようにますます敏捷に動き回った。
「驚いただろう?」私は木の枝を彫って作った手作りフォークを並べながら言った。「こうして生き延びてきたんだよ」
「ええ、全く驚きました」ボンドは戸惑いを隠そうともせずに言った。「何もできなかったあなたが」
「そうなんだ」私はボンドの首に葉っぱのナプキンを巻きつけながら答えた。「あの私がだ」
「何と言えばいいやら」ボンドは声を震わせた。「本当に、言葉もありません」
私は火の中から串刺しの魚を取り出すと、大きな椰子の葉っぱの上に乗せて、ボンドの前に差し出した。
「これはなんという魚で?」
「さあー」私は明後日の方向を見た。「私がお前に聞きたいくらいだ」
ボンドは恐る恐る受け取ると、老いた犬が道端のゴミを嗅ぐように、クンクンと慎重に匂いを嗅いだ。
「大丈夫、安全だよ」
ボンドはハッと顔をあげ、気まずそうな顔をした。「失礼いたしました、つい習慣で」
「いや、いいんだー私が君なら、きっと同じようにするだろう」
私はボンドのための蟹毛の歯ブラシを作りながら微笑んだ。返事がないので顔を上げると、ボンドが目を丸くして私を見つめていた。
「どうしたね?」
「いえー陛下が、そのーあまりにも、大人びて見えたものですから」
私は照れくさくなって、「よさないか」と目を伏せた。
ボンドは魚の骨を丁寧に取り除きながら、「すっかり毒味が習慣になっておるのです」と言った。「相手に失礼と思っていても、やらねばならないものでしたから。陛下のお口に入る前に。」
「そうだとも」
「しかし、一番厄介なのは、すぐに回らない毒ですよ」ボンドは呟くように言った。「じわじわと、気づかぬうちに、飲み込んだものを蝕むのです」
「そうだ、確かに」私はうなづいた。「まるでそうだ、まるで…革命軍…」
私はその先を継げなかった。ボンドは聞こえないふりをして、うまいともまずいとも言わず、無心に魚を口に運んでいた。長い沈黙が訪れた。
聞きたいことは山ほどあった。だが私にはまだ勇気がなかった。突然迫ってきた現実に、まだ向き合う心構えができていなかったのだ。だからボンドの方から、言ってくれないものだろうかと期待し、誘導しようとしていたのだ。だがボンドは一向に口を開こうとしなかった。
「なあ、ボンドー」
ボンドは私の言葉を遮るように、ポケットからラム酒の瓶を取り出した。
「安酒ですが」
私はそれを黙って受け取り、傍に置いた。
「飲まれないのですか?」
「いや、コップを持ってきて乾杯しよう。岩場に干してあるんだ」
「ではその前に毒味を」
だが瓶に伸ばされた手を、私は掴んで制止した。
「いいんだ、ボンド」
「何故です?」
「なぜってー」私は明るく言った。「もう、王じゃない」
ボンドは目を見開いて私を見つめていたが、私の気持ちを慮ったように、とうとうその手を引っ込めた。
「わかりました」
私はボンドの右の瞼を盗み見た。それは今、少しも痙攣していなかった。そしてそれこそが、彼が私に対して正直であることの証明だった。
そうだーこの優秀な家臣の、本人ですら気づいているかも怪しいような唯一の欠点を教えてくれたのは、他でもない兄だった。
*
あれは誰か偉いものの葬式の時だった。司祭の長い説教に疲れ果て、キャンディをくれとぐずる5歳の私にボンドは、そんなものはありません、と厳しく言い放ち、おとなしく司祭様の話を聞くように言いつけた。
すると、左隣にいた兄が、私の耳たぶを引っ張って、こう囁いた。
ーアラン、ボンドの右瞼をよおく見てるんだよ。もしキャンディを隠し持っていたら、あいつのそこがヒクヒクするからね。
兄は若干10歳にして、家臣一人一人の弱点をしっかり見抜いていた。それは親のいない私たち兄弟が虚実入り乱れる宮廷の中を生き抜くための術であった。兄は生まれ持っての天才的な観察力で、宮廷内を隅から隅まで把握していた。誰が誰に対して頭が上がらないのか、誰と誰が影で不倫をしているか、誰が誰を憎んでいるか。
兄の観察眼は人間関係にはとどまらず、家臣たち自身も気づいていないような、微細な癖にまで及んでいた。
ーさあ、アラン。もう一度聞いてごらん。そんな弱気な顔をするな。もっと強気で行かなくちゃ。そんなんじゃ、本当に欲しいものは手に入らないぞ。
私は兄に背中を押されるまま、再びボンドの長い燕尾服の裾を引っ張って、右まぶたを見つめて、こう尋ねたー
ーねえ、キャンディある?
ボンドが眉をひそめる、その右瞼が痙攣する。私は嬉しくなって手を差し出す。
ーあるんだね?僕にひとつ頂戴な。
飴玉を頬張る私の右手に、兄さんはそっと拳をぶつけた。偉いぞアラン。それは兄さんが私を褒める時のサインだった。
*
火の粉が勢いよく弾けて、ボンドの老いて伸びきった横顔や、しおれた白髪を照らし出した。ボンドはゆっくり、味わうように魚を食べていた。私は突然悲しくなった。
不甲斐ない私のために、毒味をし続け、王様としての体裁をなんとか取り繕うために、身を砕き続けてきたボンド。彼の長い年月は、私のような、才のない国王のために、ただむやみに消費されたのだ。
私の差し出した歯ブラシを、ボンドは両手で受け取った。だが受け取った途端に、歯ブラシは力なく折れて、バラバラに崩れてしまった。
「ひどい出来だな!」私はボンドを誘うように笑って見せた。「亡命先では、歯ブラシ職人になるつもりだったのに!」
するとボンドが、くっ、くっ、と肩を震わせて笑い出した。私の自虐的なブラックジョークを憎み、「御追従笑い」を頑なに拒否し続けてきたあのボンドがー
今、目の前で、イマイチな冗談に笑っているのだ。私はすっかり面食らってしまった。
それは紛れもなく、もうボンドが私のことを王様だとは思っていないことの証明であった。私は張り裂けそうな胸の痛みを追いやるために、ボンドと一緒に笑った。
私たちはたいしておかしくもないのに笑い続けた。そうしているうち、悲しみはどこかに立ち消えて、もう失うものは何もないというような、不思議な安堵がこみ上げてきた。
私はずっとわだかまっていた心の奥にあるものすべてを、ボンドにぶちまけてしまいたいという欲望に囚われた。私はボンドに、一つ残らず聞いて欲しかったー兄がいた頃の思い出。兄がいなくなってからの苦しみのこと。島に来てからの出来事。
私はボンドと、王と従者の間にある高い壁を取っ払って、偶然居酒屋で隣に居合わせた酔客同士のように、それらのことを語り合いたかった。
それにはやはり、酒の力が必要だった。私はコップを取りに洞窟を出た。




