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カニ王  作者: ねずみ
第三部 脱皮
34/47

3、ずっこけ3人組


 砂混じりの夜風が、頬にこびりついた涙を撫でていった。沖には巨大なクジラのような真っ黒な海賊船が、不気味なほど静かに停泊している。幾つかの舷窓から漏れ出した淡い光が、海面に反射して揺れていた。

 

 早くコップを取って戻ろう。これ以上ボンドに心配をかけさせてはいけない。だがーかすかな疑問が頭をよぎった。あの海賊は「話が違う」と、確かにそう言ったのだ。最初は、どういう話だったのだろうー

 

 私はふと、数メートル先を森に向かって歩いていた大きなヤドカリが、何かを察知し、さっと殻に身を隠したのを見た。私は同調するように、さっとすぐそばの岩陰に隠れた。間をおかずに森の中から、二つの人影が現れた。私に銃を突きつけた三本線の傷の男と、太っちょの男だ。

 

 太っちょの手には撃ち殺したと思しきアルマジロの死体と木の枝数本が抱えられていた。彼らは浜に乗り上げてあるボートの近くで足を止めると、手慣れた様子で焚き火をはじめ、アルマジロを焼き、酒瓶片手に宴を始めた。


「ああ、よかったよかった」太っちょが額の脂汗を拭きながら言った。「なんとか晩飯が見つかりましたよ」


「おいラッキー、晩飯はそれっぽっちかえ?」


「そうですぜ、モドルジ船長」ラッキーと呼ばれた太っちょが答えた。「あとは新入りがとってくる分でさ」


「チッ、あのウスノロに狩りができるもんかえ」 


 モドルジ船長は不満そうに唾を吐き、酒をぐびっとあおった。それから酒の肴に、牛肉のベルトをちぎってもぐもぐ噛み始めた。昼間は見えなかったその顔が、炎の明かりに照らされてよく見えた。ゴマヒゲに付着した酒のしずくが、月夜にキラキラと輝いた。年の頃は40くらいに見えた。


 私と同世代くらいに見えるラッキーは、腹の肉をブルンブルン揺らしながらひひひと笑った。それから突き出した腹の上の醜いデベソをほじくってペロンとなめた。


「きたねえからやめろと言っただ!」モドルジは苛立たしげに叫ぶと、もっていた酒ビンを後手に投げた。瓶が私の隠れている岩に当たって砕けた。


「くそ、やつら、ケチケチしやがって」モドルジはベルト肉をペッと吐き出すと、煌煌と輝く船の明かりを恨めしそうにみやった。「自分たちばっか楽しやがってよ。あいつら俺たちを見下してんだて。所詮、雇われ海賊だと」


「蟹男をやるまでの辛抱でさ」ラッキーは落ち着かない様子で前方をみやった。「だがあの爺さん、いつまで待たせるつもりですかね」


「寝込みをやる気なんだて」そう言ってモドルジは、洞窟から漏れる明かりを顎でしゃくった。「もたもたせずに、早くやっちまうべきだて。」


 心臓がどくどく鳴った。必死に岩の突起をつかむ。フナムシが指の間を這い、振りはらいたいのをじっとこらえた。


「道理でいくら海の底を探しても見つからねえわけですぜ」ラッキーが笑った。「まさか生きておられるとはなあ!」


 するとラッキーは何かを思いついたように、寝そべっているモドルジに向かって、興奮気味に囁いた。


「ねえ船長、あの世にも奇妙な陛下のお姿、俺たちだけの慰み物で終わらせちまうには、もったいねえと思いませんか」


 岩の突起を握る手に力が入った。


「見世物小屋にでも売り飛ばす気かえ?」


「ちげえます、ちげえますよォ」ラッキーは自分の思いつきがおかしくてたまらないというように、落ち着きなくデベソをほじくった。


「なんだこのやろう、早く言わんね」


 モドルジが笑いながらぶん殴るふりをすると、ラッキーは「ひい、やめてくだせえ!」と三日月型に目を細め、頭をかばっておどけて見せた。


「あのボンクラに似顔絵を描かせるんでさあ」


「なんだて?」


「ですから、ラウルの野郎に、蟹男になっちまった国王の絵を描かして、奴の首と一緒にその絵を差し出す

んでさあーそれが、報告書代わりってことで」


「くそったれ!」モドルジは黄色い歯を見せながらラッキーを突き飛ばした。ダルマのような巨体は背中からゴロンと倒れ込んだ。それからモドルジは嬉々としてラッキーを引き起こし、抱きしめた。


「おめえさんもようやく、仕事のやり方がわかってきたようだて!」


「船長のおかげでさ」


「そうだて、ああいう偉いやつらは報告書とか、そういうくだらねえものが大好きなんだて!」それからモドルジはもう一度ラッキーを突き飛ばし、森の方を振り向いた。「にしてもやっこさん、やけに遅いど」


「お絵かきでもしてんじゃねえですか」


「お前、ちょっと行ってこいね」


「いや、俺は今アルマジロを焼いてんでさ」


「ごちゃごちゃ言うんでねえ!」


 怒鳴りつけられたラッキーは、風船のように膨らんだ体で難儀そうに立ち上がった。と、その時、森の中から飛び出してきた黒い影が、ラッキーに向かって飛びかかった。


「ちくしょう!」ラッキーが怒りの悲鳴をあげ、二つの影は激しくもつれ合いながら砂の上を転がりまわった。

 

 ゴロゴロ転がりまわったあげく、とうとうラッキーが男の上に馬乗りになった。よくみると、なんのことはない、男は昼間見たやせっぱちの男で、ラッキーの巨体に組み敷かれながらしくしく泣いているのだった。「お助けを!」男はかすれ声で懇願した。


「脅かしやがってチクショウメ!」ラッキーが男を突き飛ばした。地べたに転がった男の腰巻から、真新しい短剣やナイフに紛れて、バラバラと小枝のようなものが散らばった。よくみるとそれらは、海賊にはおよそ不釣り合いの道具ー使い古された絵筆や鉛筆であった。


「この島は呪われています」彼は震える声で森の方を指差した。「早く逃げなければ」


「バカいってんじゃねえ!」ラッキーは散らばった絵筆を短い足で踏みつけた。「獲物はとってきたんだろうな?」


「獲物どころじゃありません!私は、私は見たんです!あれをー悪魔の魂を!」


「ああイライラする!」ラッキーは男の頬を平手打ちした。「俺は耳元で怒鳴られるのが、世界一でえ嫌いなんだ!」


「うっうっ」男は砂浜に頭から突っ伏して泣き続けた。「お願いです、どうか、私の話を聞いて」


「何を見たんだて、ラウル?」モドルジが尋ねた。「言ってみるだ」


「見たんです、私はー」ラウルと呼ばれた男はすがるようにモドルジを見あげた。


 ラウルの頼りない横顔が、月の光にぼうっと浮かび上がった。細長い金色の瞳に青白い顔、海賊というよりは路上の芸術家と言った風情で、この悪党どもの中で、彼がずば抜けて年上に見えた。言葉遣いも一人だけやけに丁寧である。


「幽霊を見ましたのです」ラウルは消え入りそうな声で言った。「か、か、海賊王の幽霊を」


「海賊王だて?」


「何てやつだ」ラッキーががなった「そんなガキンチョだましの伝説を!」


「私もそう思っていました、ついさっきまでは」ラウルは素っ頓狂な声をあげた。「だけど間違いない。私は見たんです。闇の中で、ゆらりと光る三つの目玉ー月の光に照らされた、奴の大きな体。あんたがたも聞いたことがあるでしょう。海で迷子になると、三つ目の海賊がどこからともなく現れて、首を切って、船の飾りにするんだって。そうして三つ目の瞳で、それをじいっと愛おしそうに見つめるんだってー」


 脳裏に、あの日男の額に見た、かさぶたのようなものが思い浮かんだ。背筋にぞくりと、冷たい悪寒が走った。


 ラッキーが「どうしたもんですかね」とモアイに聞いた。「おとぎ話と現実の区別がついていねえらしい」


「嘘じゃない」ラウルは血走った目でラッキーをにらんだ。「本当に見たんだ」


「ようしわかった!」ラッキーがラウルの肩を掴んで、抱き起こした。「だったら、もう一度森に戻って、そいつを捕まえて連れてこい」


 ラウルはふるふる頭を振った。「そんなこと、無理です、とても無理だ」


 ラッキーが手を再び振り上げた時、「おい」という、モドルジの静かな声が響いた。


「それがほんとうなら、奴の首はさぞかしー」モドルジは興奮に身を震わせた。「高くつくんだて?」

「さあ、どうでしょうー」ラウルは俯いたままぼそぼそと答えた。「まあしかし、そうには違いありません」


 彼らは沈黙の中で、互いに親密な視線を交わし合った。


「王様の首と、海賊王の首。おいらたち、両方持ってけえるんだでによ…あの、お高くとまった海軍どもに、一泡吹かせてやるんだて」


 バラバラだった彼らの心が今、大きな目的のもとに、じわじわと一つになろうとしていた。


 いよいよ恐怖に耐え切れなくなって、その場から立ち去ろうと立ち上がったその時、私は足元を這うフナムシの集団を思い切り踏みつけ、思わず甲高い悲鳴をあげた。男たちが一斉にこちらを振り返るのが見えた。



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