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カニ王  作者: ねずみ
第一部 自切
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10、嵐の中の迷い


 私のなすべきことは、学校を再建しながら、彼を待つことだった。私は黙々と働いた。前の失敗を生かして、もっと頑丈で強固なものにすることに決めた。私は今度は砂浜ではなく、岩礁の真ん中に学校を作り始めた。中央を占める巨大な岩を日々少しずつ掘り起こしていき、それを木の枝を押し込んで少しずつどかすと、広いスペースが出来上がった。フナムシやフジツボさえ我慢すれば、こんなに蟹たちにうってつけの場所はなかった。

 

 風が強く吹き付け、木々を揺らした。沖合の波が、三角の形につまみあげられるようにして激しく動いていた。雲は早回しの映像のように、どんどん私の上を通過していった。それはまるでせっかちな神様が、この世界をとっとと終わらせてしまうために、時間を早送りしているかのようだった。

 

 私は風に吹き飛ばされないように、岩の上にガニ股で踏ん張りながら、ただ無心に働き続けた。切り立った岩に囲まれた危険な作業だったが、足を滑らせて盛大にすっ転んだりしてしまっても、手作り防具が常に体を守ってくれた。

 そうしているうちに、半日経ち、一日が経ち、三日が経った。しかし猿男は現れなかった。


                     *


 嵐が島を飲み込み始めていた。私はその間ずっと猿男のことを考え続けていた。彼は何者なのか?どこから来たのか?島の原住民なのだろうか?だが、男の発したあの言葉は、私が使うのと同じ言語だった。あのモップのようなくすんだ髪も、元々はきっと純粋な金色だったに違いないという気がした。

 

 私は想像した。板の上を歩かされて、海に蹴落とされる一人の男。彼もまた、私のように、裏切られて、この島に流れ着いたのだとしたら?

 

 だがすぐにそういう想像はしないほうが賢明だと気がついた。下手な興味を持ってはいけない。あれは猿であり、猿以外の何物でもないのだ。そう自分にしつこく言い聞かせた。そう、私がやるのは、人殺しではない、猿を殺すことなのだ、自分を殺そうとした害獣をただ駆除するだけなのだと思えるように。

 

 湧き上がる答えのない疑問は、私の決心を削いでいくだけだった。とうとう私は三日目の晩に、決意をした。朝日が昇るのと共に起き出して、こちらから相手を探しに行くという決意を。なるべくなら見通しの効く、我が陣内である砂浜で、有利に戦いを運びたかったのだが。しかしそれよりも何よりも、これ以上待つということ、そのこと自体が、これ以上は耐え難いように思われたのだ。

        

                       *


 翌朝早く、なぎ倒される木々の音で目が覚めた。

 

 嵐は一層激しくなっていた。ごうごうと唸る風が、民衆の悲鳴のように聞こえてくる。

 

 寝起きのぼんやりした頭で、枕の横に並べて置いておいた武具たちを見ると、それらが青臭くて取るに足らない、子供騙しのおもちゃのように思えてきて、ひどく虚しい気持ちになった。出来上がった武具を何度も見返しては、すっかり島を制覇できる気分になっていたあの頃の陶酔と高ぶりは、一体どこへ行ってしまったのだろう?

 

 そして私は唐突に悟ったのだった。三日前の自分と、今の自分とは、内容がすっかり変わってしまっていることを。私の中からは、男を殺す勇気のようなもの、また目的達成に向かう無闇な衝動、そういうものが、すっかり消えかかっていた。先ほど見たおぞましい夢が、まだ目覚め切らない意識の中で、薄れては蘇り、蘇っては薄れを繰り返した。

 

 私が猿男ならば。私は考えた。

 私が猿男ならば、もう私には近づかない。なぜなら、あまりにも不気味で、得体の知れない、気持ち悪い存在であるから。


 私は自分の優しさと、相手を慮る人間的態度に満足した。そうだとも私はあいつと違いまだ猿には成り下がっていない。だからこういう判断を下すこともできるのだ。

 

 私は蟹のことだけを考えるべきだ。それが何より人間の私にとって、一番大事なことなのだ。

 

 そして私は、蟹の新入生たちを洞窟に避難させることが、何より今自分がなすべきことなのだと気がついた。こうして新たなる決意を胸に、私は向かい風と格闘しながら学校へ向かった。

 

 

 そこで私の目にまず飛び込んできたのはー


 再び破壊され尽くした学校の工事現場だった。

 

                       *


 砂浜の上には、犯人の這いずり回った足跡が、取り囲むようにして残っていた。

 

 あいつだ。あいつが戻ってきたのだ。私に報復しにやってきたのだ。私は震えた。何も考えられない。のこりの理性はすでに、吹き飛んでしまったという気がする。

 

 焦げ臭い匂いが漂っていた。振り向くと、雷に打たれた巨木が、黒煙を上げて倒れているのが見えた。私は足元に転がる芋を景気付けにひとかじりすると、まだ木の根元にくすぶっている火を見つけて、木の枝でもってそれを拾い上げた。

 

 それから風上に立って、松明の火を消えないように守りながら、一本一本の木に着火して回った。猿をあぶり出してやるつもりであった。私はそれをいかにも崇高な儀式のようにやってのけた。

 

 森はあっという間に激しい業火に包まれた。吹きつける風が火の回りをいっそう早めた。木々の焦げる匂いと、強い海の匂いとがぶつかり合って、私は今まさに、その二つの、ちょうど真ん中の地点に立っていた。毛先が炎にチリチリと焦げ付いて、触るとそれは石のように硬かった。

 

 その乱暴な熱さは、冷えきっていた私の体を、芯から熱くしていった。炎は灰色の空を真っ赤に染めて、立ち上る黒煙は渦を巻きながらゆっくり登って行った。炎はどこまでも広がってゆき、森は焼き尽くされるかと思われた。しかし雨脚がまた強くなって、広がりかけた炎をあっという間に鎮火させてしまった。

 

 結局あとに残ったのは、ひどい徒労感だけだった。



 

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