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カニ王  作者: ねずみ
第一部 自切
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9、カニのスーツ


 やっとの思いで洞窟まで這い戻ると、私は死んだように眠り続けた。朝と夜がそれぞれおよそ2回ずつ過ぎていったように思う。時折痛みで目を覚ました。乾いた血の匂いにうなされた。断片的な夢を見た。柔らかなベッド…バラを浮かべた熱い風呂…キッド船長の耳の裏の匂い…そして猿の燃えたぎる肛門!

 


 三日目の昼に目を覚ました。私の鼻は醜く折れ曲り、前歯は三本なくなっていた。幾日も守り通してきたあのもらい火は、かすかな白い煙を残して消えていた。忍び込んできた風が、灰を洞窟の外へとさらっていった。風は水蒸気のように湿っていた。

 

 海風が恐ろしい速度で雲を急かすように追い立てている。食い荒らされた蟹の甲羅が、風に吹かれてどこか遠くへ飛んでいくのが見えた。大きな海亀の死体が、ひっくりがえって浜に打ち上げられていた。海鳥が群がって、近寄ってみると頭が半分無くなっているのが見えた。


 砂浜は、墓場に変わってしまったのだ。

 

                    *


 腹は空いているのに、食欲が出ない。それでも貯めておいた木の実はあっという間に尽きてしまった。私の心の中には、常に拭い去れない恐怖があった。

 

 それはあの猿男が、私を殺しにやってくるのではないか、ということだった。

 

 私は不安で眠れなくなった。洞窟の入り口には岩と草を敷き詰めて外から見えなくした。だがその不自然な見た目は、自分の居場所を敵にわざわざ知らせているようなものだった。風が草を揺らすちょっとした音にも膝が震えた。


 けれども私を苦しめていたのは、猿男の報復だけではなかった。

 

 私は自分が恥ずかしくてならなかったのだ。

 

 私があの猿男にしようとしたことー

 

 ああ、なんということを!曲りなりとも一国の王であった私が、何という醜態を!

 

 私は過去をソックリ消したいと思い始めた。あの男を消すことさえできれば、私のあのおぞましい行為ごと、葬り去ることができるのだ。



ーなかったことにしたい。


 

 日を追うごとに、私のその強い願望は私の心を飲み込んでいった。

 私は必死に考えを巡らせた。どうしたら奴を抹消できるか?今この状況で私にできることは限られている。それはやはり蟹の力を借りることだった。


                       *


 まず手始めに右手の義手の制作に取り掛かった。それは根気のいる作業であった。そうして最終的にできたものは、腕の部分を木の枝にし、先端に同志アーサーの鋏を巻きつけた、不恰好な義手だった。だが私はその義手を非常に気に入った。まともに稼働はしなかったが、久方ぶりに感じる、右手の重みが嬉しかった。

 

 それから私は先日見つけた亀の死体を見に行った。亀の身は食い尽くされ、甲羅にはフナムシが群がっていた。中には蟹をはじめとする惨めな寄生物たちが住み着いていた。私は甲羅を蹴飛ばしながら海へ転がし、中身をよく洗って洞窟に干した。甲羅を叩くと、懐かしいカーニバルの音がした。

 

 甲羅の穴を、私の首と両手両足が通れるくらいに石で彫って広げた。体を通すと、それはびっくりするくらい重かった。けれども身につけているうち、すぐに慣れた。何より、衣服や軍服には代えがたい安心感があった。

 私は生まれて初めて、亀の気持ちがわかった気がした。こんなものを背負って生まれてきたら、何も急いで走ったり、武器を持ったりする必要はないと考えるのは当然だろう。私の王冠と同じである。ただ肩こりが激しいので、普段は脱いでおくことに決めた。それから木の棒を削って木刀も三本ほど、長いものと短いものを作って帯刀した。

 

 最後に拾い集めた蟹の甲羅で、簡易的なブーツと、先進的なデザインの王冠を作った。真ん中にダイヤをはめ込むと、まるで古代の騎士がつける様な、上等な一作が出来上がった。世界に一つしかない、私のための冠だ。それから私は同じようなやり方で蟹の甲羅の仮面も作った。ちょうど私のひん曲がった鼻の下まで隠れるような塩梅だ。

 

 私は自分の不器用だが、それでも思ったよりも上等な職人仕事に惚れ惚れした。私の作品群は、私自身に勇気と野心を与えた。それは有意義な自給自足であった。私はまだ生きていける気がした。

 

 全てが終わると、私はようやく、蟹の学校の再建に取り掛かった。



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