episode 8
ソル「じゃあクラリスには47人分の命が入ってるってこと?」
クラリス「えぇ。 でもその命にもそれなりに寿命があるんですって。」
テニー「なんか、よく分かんなくなってきちゃった。 19歳の時に実験やられて? クラリん今いくつ?」
クラリス「26よ。 でも、体の方は19の時から変わってないの。 まるで時間が止まってしまったかのように...。 ムトー博士は必死で原因を突き止めていたわ。 でも結局分からなかった。」
クラリスの体の成長が止まってしまうということはムトーも想定外だったらしい。
あの後、ムトーはこの7年間ずっと原因を探っていたが、仮説すら立てられないでいた。
元々魔法などというものは科学で説明できるものではない。
増命実験を成功させただけでも快挙なのである。
マーライ「そんな事があったなんて知らなかったな...。 そんなぐっすり眠ってたかな?」
ソル「マーライはカプセルの中でそんな生活してたんだよ。」
ソルが笑いながらマーライを茶化す。
テニー「ほら、もうちょっとで着くよ!」
そんなこんなをしている間に飛空挺は目的のキャンプ地へ大分近づいていた。
テニーはハンドルレバーを片手で操作し、空いた手で何やらボタンをポチポチと押している。
その手つきは手馴れたもので、飛空挺の操縦などできないクラリスはつい見とれてしまう。
飛空挺が着陸態勢に入ると、その音を聞きつけたキャンプ民がテントから次々と出てきた。
飛空挺を着陸させ、一同はのそのそと飛空挺から降りる。
ここでキャンプ民立ちが気にするのは当然ながらマーライであろう。
マーメイドであるクラリスの母親が出てくるかと思いきや、クラリスとまったく同じ容姿の女の子が出てきたのだから、言葉など出るものではなかった。
小太りの女「あんたたち...その子は...?」
ガタイのいい男「母ちゃんはどうしたんだ?」
ソル「あー、まぁ、いろいろあったんだよ。」
ソルはまた同じことを説明するのかと少々うんざりしながら歩いていると、キャンプ民達がワラワラとソルに群がり
「さ、今まであったこと全部話してもらうからな!」
「ほら、早くテント入れよ!」
ソル「分かってるから! 分かってるからもうちょっと優しく扱って...。」
ソルはキャンプ民達にもみくちゃにされながらテントの中へと入っていった。
テニー「ラんラんはお着替えしようね! あたしのおさがりだけど。 おいで!」
テニーはマーライの手を引いて別のテントへと駆け足で行ってしまった。
残されたクラリスとラグはお互い、あまり友好的ではなく、どこか嫌悪感を抱かれているようにすら感じていた。
気まずい空気の中、クラリスがどうしていいか分からないでいると、ラグがため息をこぼし、口を開いた。
ラグ「マーライの所に行ってやれよ。 俺は話に参加してくる。」
クラリス「えぇ...そうね。」
ラグが歩き出し、テントへと向かう。
このままではいけないとクラリスは勇気を出し、ラグを呼び止めた。
クラリス「ラグさん!」
呼び止められるとは思っていなかったラグは少々驚いた様子でクラリスの方へと振り返った。
クラリス「あの、ごめんなさい。 勝手なことばかりしてしまって。 それから、大切なファイルも回収できなくて。 何一ついい事できなくて...。」
クラリスはラグの機嫌が悪いのは全て自分に原因があると思っていたらしく、自分に落ち度があると思ったものはどんどん口に出して誤った。
ラグ「別に...お前だけに怒っていたわけじゃない。 確かに勝手だけど、ソルとテニーもそうだし。 ...仕方ないんじゃないか?」
いざ相手に萎縮されると思うようにモノを言えなくなってしまうのがラグである。
不器用なりに返答をすると、ラグもまた勇気を出したように
ラグ「それから...ラグでいい。」
それだけ言うと、さっさとテントに行ってしまった。
クラリスはふと笑いながら下へ俯くと、テニーらのいるテントへと歩いて行った。
テニー「あ、クラリん! 今ねー、ラんラんに合う服探してるんだけど、どれがいいかな? なんかどれも似たような服ばっかでー...。」
テニーの好む服といえば、露出の高い、服とは呼べぬような服ばかりだった。
テニーは自分の持ち服を広げに広げ、どれを着せようかと張り切っているが、マーライの方は着ることができれば何でもいいといった感じだ。
テニー「これにする? これ、伸縮性に優れてて動きやすいんだよ!」
マーライ「こんだけすっかすかなら伸縮性もクソもないだろうに。」
テニーが選んだ服は胸と腰以外どこも隠さない、水着とそう大差ない服だった。
色はやはり赤。 他にも赤のグローブと茶色のブーツを手渡された。
テニー「ほら、これ持ってお風呂行って! おふろはあのテントね!」
マーライ「おふろ?」
テニー「お風呂って言ってもドラム缶なんだけどね。 クラリんも一緒に行っといでよ!」
クラリス「そうするわ。 ありがとう、テニー。」
そう言うとクラリスとマーライはテントから出て行く。
残されたテニーはぽつりと呟いた。
テニー「もうひとりの自分とお風呂ってどんな気持ちなんだろう...。」
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ソル「と、まぁ こんな感じで、クラリスとマーライを連れて帰ってきました。 おわり。」
今まであったこと全てを説明し終えたソルは用意された水をがぶ飲みし、唸った。
老人「成程、事情はわかった。 となると今後の事を考えなくてはならん。 お嬢さんの言う通り、このままマーメイドを野放しにしておくのは危険だが...。 ワシとしては、このまま海を泳がせてやりたい。」
同じマーメイドしかいないとは言え、今回のことでマーメイド達は自分達の本来の生活に戻り、本来あるべき生態系へと戻ったのだ。 マーメイドによって人間に被害が出るのもまた自然の流れと考えた老人は、このまま放っておこうという考えだった。
ソル「うん、俺もそれがいいと思うんだけど、クラリスが何ていうか...。」
老人「お嬢さんにやりたい事があるならやらせればいい。 行くところがないのならここにいてもらえばいい。 決めるのはお嬢さんじゃよ。」
ソル「うん、そうだね。」
そこへちょうどテニーら3人がテントに入ってきた。 マーライはテニーのおさがりを着てスキッとしていた。
老人「お嬢さん、色々とご苦労だった。 好きなところへ座り、楽にしなさい。」
テニーは任意の場所へ座り、クラリスとマーライは2人くっついて座った。
こうして見るとますます奇妙な光景だった。
老人「全て聞いたよ。 母親の件は...誠に残念だった。 我々の勝手な行動で大変な苦労をかけさせてしまったな。 本当にすまない。」
老人が頭を下げると、テント内にいるキャンプ民達も続いて頭を下げる。 ソルら3人は黙って俯いているだけだった。
クラリス「いえ...皆さんが今日、私をこうして連れ出してくれなかったら、私は母が死んだことも知らぬまま、ずっとあの会社に閉じ込められていただけだったと思うんです。 これは起点ですわ。 妹と一緒に独立した人生を歩む起点。」
妹と呼ばれたマーライは隣で目を見開いていた。
クラリスはマーライをクローンとは呼ばず、自分の双子の妹にするつもりでいるのだ。
クラリス「私、皆さんには感謝しております。 私はマーライと2人で生きていきますわ。」
ソル「え、じゃぁ...。」
老人「うむ。 毛先が決まっているのなら話は早い。 我々はお嬢さん方の幸を願っている。」
男「嬢ちゃん、急ぎってわけでもないんだろう? 今晩は何杯か付き合えよ!」
クラリス「えぇ? 私お酒は飲んだことがなくて...。」
女「無理に進めるんじゃないよあんた! でもいいわね! 今日は御馳走を作りましょう!」
キャンプ民が杯で余興を始める。 御馳走に酒と決まれば各々が準備に取り掛かった。
老人「お嬢さん方。 今夜は祝杯をあげるが、なに、気にすることはない。 ここで何日かゆっくりしていくといい。 ずっと閉じ込められていては世間のことも分からないだろう?」
クラリス「えぇ、あまり...。 お言葉に甘えますわ。」
テニー「よっし! 話すことはもうないでしょ? クラリん、ラんラん、ここの近くにすっごい綺麗な川があるんだよ! 行こ!」
ソル「あ、俺も行く!」
テニーはマーライの腕を引っ張り、テントの外へと出て行ってしまった。 ソルとクラリスもその後へ続き、夜の宴で盛り上がっていた民も皆出て行き、テント内には老人とラグだけが残った。
老人「結局、我々は彼女らに何ができたのだろうか...。」
ラグ「しかし、デルタ社は終わった。 俺達の目的は果たせたんじゃないですか?」
老人「ラグよ、今回のことはほとんどが規格外だ。 結果こうなったとは言え、今後まで上手くいくとは限らない。」
ラグ「それは分かりますけど...。」
老人「今更何を言ったところで仕方ないのは分かっているが...。 ワシは彼女らを幸せにしてやりたい。 お前もそう思わないか?」
ラグ「そりゃ、そうなるのが一番良いけど...。」
老人「お前はここ数年で薄情になってきたな。」
ラグ「はぁ、そうですか?」
老人「会社のことでストレスが溜まっているのかもしれないな。 今夜はゆっくり休むといい。」
老人はゆっくりと立ち上がり、テントから出て行く。
ラグ「何だ、どいつもこいつも同じことを...。 ほっといてくれ。」
ラグはテントから出ると、自分のテントへと真っ直ぐ歩いて行った。 疲労が感じられたが、その足取りは速かった。
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川へ向かっていたテニーらは道中、楽しく会話をしながら歩いていた。
テニー「昔はよくあの川で泳いだよねー。 ソルは息継ぎがヘタクソだった!」
ソル「うるさいなぁ! 昔テニーに教わったことるけど、擬音ばっかりでさっぱり分からなかったんだぞ! あの後ラグに教わってやっとできるようになったんだからな!」
テニー「クラリんは泳ぎ得意?」
ソル「ねぇ、聞いてる?」
クラリス「そうねぇ。 昔は得意だったけど、今はどうかしら。」
テニー「小さい頃に出来たなら今でもできるよ! すぐ思い出すって! ラんラんさっきから大人しい。 考え事?」
マーライ「え? いや、別に。」
テニー「ラんラんも話そうよー。」
マーライ「話そうって言ってすぐ話せるもんじゃ...。」
テニー「あ、見えてきたよー!」
マーライ「聞いてないね。」
草道を下るとテニーの言った通り、水の澄んだ綺麗な川があった。
贅沢にも滝付きで、少し離れたところには流れるプールもある。
テニーは興奮しながらマーライの腕を取り、一緒に走って坂を下っていく。
そこに残されたのはソルとクラリスの2人だ。
ソル「行っちゃうの?」
クラリス「うん、ごめんね。」
ソル「いや、いいんだ。 寂しいけど、そうやって決めたのなら。 その後はどうするの?」
クラリス「住みやすいところを探して、色々と見て回るつもりよ。」
ソル「それ、さ。 見て回るのは住みやすいところだけじゃないよね?」
クラリス「分かっちゃうかな? そう。 途中でクローンを見つけたら、なんとかするつもり。」
クラリスが苦笑して答える。
ソルはそれが腑に落ちないようで、隣で俯いてしまった。
クラリス「やっぱり、ほっとけないもの。 でも、ただその目的のために生きていくことはできない。 たまたま見つけたっていう理由がないと動けないわ。 私にだって、少しは迷いもあるもの。」
ソル「そっか...。」
それだけ言うとソルはテニーの方へ向かって何やら大声を出しながら走っていってしまった。
クラリス「嫌われちゃったかな...。」
クラリスはぽつりと呟き、ゆっくりと歩き出す。
テニーの方はマーライを連れてすぐに川の中へと入ってしまっていた。
テニーが足元の水を手ですくい、何の遠慮も無しにマーライにぶつける。
マーライ「うわっ! ちょ、マジでかけてくんのかい!」
テニー「ほらほらぁ! もっともっと!」
マーライ「こいつ...!」
マーライがいい加減怒り出し、テニーを真似て片手で水をすくい、思い切りスイングした。
すると
テニー「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
水は片手ですくえる量にあらず、スイングする手に続くかのように大量の水が打ち上げられた。
その水をもろに受けたテニーは思わず転倒し、尻もちをついてしまった。
テニーが転んだ後、空中に放たれた水は勢いを失くし、雨のように細かい水となって降り注いだ。
テニー「何今の...? 今の魔法? すっごーーい!!」
魔法にはしゃぎ出すテニーにマーライはドヤ顔で返す。
テニーは素早く立ち上がり、マーライに駆け寄る。
テニー「ねー、魔法ってどうやってやるの?」
マーライ「教えたってどうせできやしないよ。」
テニー「えぇー、いいじゃーん!」
戯れだす二人にゆらりと近づく影がひとつ。
その影は「くらえっ!」と一声あげると両手いっぱいに集めたブツを2人に投げつけた。
2人は投げつけられたそれが無機物でないと分かると、驚いて再び尻もちをついてしまった。
マーライ「やだ、ちょっとなにこれ!?」
テニー「あっはっは! これカエルだよー! ほらぁ、やわらかーい。」
マーライ「やだ、近づけないでよ。」
ソル「そらっ!」
カエルを投げつけた犯人、ソルが再び何かを投げつける。
それは空中でうねり、細く長い体を暴れさせる。
それを体でキャッチしたのはマーライだった。
マーライはそれを見ると顔を青ざめ、絶叫した。
マーライ「うわぁぁぁぁぁ!!なんだこいつ!?」
テニー「これは蛇だよー。 大丈夫、これはかまないし、毒無い種類だから。」
テニーは言いながらマーライから蛇を取り除くと自分の腕に絡ませた。
ソル「マーライ、カエルは平気だけど蛇はダメなんだ! これはめっけもんだな!」
笑うソルに向かってマーライは黙って近づいてゆく。
マーライはソルの襟を掴むと川に放り投げた。
水面に叩きつけられたソルは誤って飲み込んでしまった水を吐き出すが、間もなくマーライに頭を抑えられ、水に沈められた。
ソル「ぶびばべぶぶぶ ぼうびばべぶぶぶ(すみません もうしません)」
頭にかかる重みが無くなったことに気が付くと、恋しい空気を吸うために勢いよく頭をあげた。
ソル「ぶはぁ! し、死ぬかと思った...。」
マーライ「そうか なら死ね。」
ソル「え...。」
マーライはずかずかと岸へ上がってしまい、重い空気とソルだけが川に残された。
テニー「ソル、大丈夫?」
ソル「こういうの、なんて言うんだっけ...?」
テニー「えー、分かんないよそんなの。」
それだけ言い残してテニーも岸へとあがってしまった。
ソルは川に仰向けになって浮かび、空を真っ直ぐ見つめた。
ソル「あぁ、思い出した。 Broken heart」
やたら発音が良かった。
それから4人はしばらく川に留まり、太陽は赤々と空の色を変えていった。
岸に座り、足だけ水につけていたクラリスとマーライは水を使って魔法の練習をしていた。
クラリスは手のひらの上で水のベールを作り、しなやかに水を回してみせるが、マーライは歪な円を作るのがやっとというところだ。
マーライ「っあー! ダメだ、難しい。」
マーライは諦めて仰向けに倒れてしまう。
クラリス「最初はそんなものよ。 私も最初はままならなかったもの。」
マーライ「ほんっとコントロール面倒。 さっきのテニーの時だってさ、意図的にやったんじゃないんだよ。 確かにちょっと魔力使ったけど、まさかあんな派手に水が弾けるとは...。 ......あ?」
仰向けに転がっているマーライのすぐそばに立ったのはソルだった。
ソルはマーライの頭のそばで静かに正座をした。
ソル「誠に申し訳ございませんでした。」
マーライ「あぁ、もういいよ。」
テニー「ソルー、ゴム失くしたー。」
ソル「えー? テントの中に落とすのとはわけが違うんだぞ?」
髪を結わえるゴムを失くしたというテニーにソルはのそりと付き合いに行く。
その様子を眺めていたマーライの目にはテニーの探しているヘアゴムが留まっていた。
テニーの手首に通されたゴムが。
マーライ「......まいっか。」
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自分のテントに一人篭っていたラグは長い昼寝から目を覚ました。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
唸り声を上げながら体を起こし、ひとつため息をつくとラグは周りの静けさに気がついた。
日の明るさを見るに、今は夕方頃だろう。
今夜の宴の準備をしている割には物音が少ない。 気になって外に出てみると、キャンプ民の女が数人、料理を拵えていた。 ラグが女の方へ近づくと、それに気づいた女が忙しなく手先を動かしながら声をかけた。
女「あら、今まで何してたの? 暇なら薪を割って欲しいんだけど。」
ラグ「はぁ、それは構いませんが...。 他の皆は?」
女「集会テントだよ。 さっき中年の男がここに来てね。 その男囲んで皆でなにやらやってるよ。 気になるんなら行ってみたら?」
ラグ「いや、俺はいいですよ。 薪割ってきます。」
山の麓でテントを張る生活をしていても、来客というのは珍しくない。
登山家や旅人など、たまたまそこを通りかかった人間を食事に誘うことはほとんど毎回だ。
薪を割る準備をしようとラグが動き始めたその瞬間、集会テントからグレーの煙が溢れ出てきた。
中にいる男達はゲホゲホとむせ返り、ワラワラとテントから出てきた。
ラグはもちろん、料理を拵えていた女達も何事かと集会テントに視線を釘づけた。
しばらく立ち固まったまま男達の様子を見ていると、その様子はただ事でないことに誰もが気づいた。
男達のむせ方は激しく、小刻みだ。
空気を吸う暇もなくむせ続ける男達は、徐々に体勢を低く落とし、とうとうむせることもやめ、動かなくなってしまった。 女達は手で口を覆い、目を点にする。 今この状況では男達の生死も分からない。
女「あ、あんた...。」
女が駆け寄ろうとするが、ラグが素早くそれを止める。
女「なんだい、放しとくれ!」
ラグ「何かいる。」
テントから視線を逸らさないラグを見て、女もテントを見つめた。
よく目を凝らしてみると、グレーの煙の中に黒い影がゆらりと現れた。
それは明らかに人の形をしていた。 高まる緊張の中、煙の中からゆらりと出てきたのは、ガスマスクを装着した白衣の男だった。 ラグは素早くその男がデルタの人間であると悟ると、女達へ向けて大声を上げた。
ラグ「皆逃げろ! あいつは毒ガスのような兵器を持っている!」
それを聞き、女達はワッと走り出す。
倒れた男達の中に自分の夫が居る女は一人ではなかったが、今は自分の命を守ることに専念した。
ガスマスクの男は逃げ惑う女達にいたずらをするかのように、ひと拳分の大きさの玉を投げつけた。
地面に叩きつけられた玉はテントから溢れ出てきた時と同じ、グレーの煙を緩やかに立ち上げていく。
ラグは逃げながら男の様子を伺っていたが、男はこちらを追いかけてくるつもりは無いように見えた。
女「ラグ、これからどこへ逃げるんだい?」
ラグ「川です! ソル達がそこにいる!」
女「川? そんな分かりやすいところじゃすぐ見つかっちまわないかい?」
ラグ「あいつは追いかけてくる気配がない! 俺たちの足なら逃げ切れますよ!」
ガスマスクの男に追いつかれるよりも、毒煙が風に乗ってきてしまう事の方が恐怖だった。
風向きは幸運にも向かい風。 このまま行けば確実に逃げ切れる。
ラグは女達を連れ、ソル等のいるであろう川へ向かって走り続けた。
そして、キャンプ地にはガスマスクの男のすすり笑いだけが残った。




