episode 7
ムトー「オリジナルのクラリスはどこだ? あぁ、トレーニングルームか。」
デルタ社の研究員であるムトーは長年この会社に勤めている、いわばベテランだ。
歳は今年で51歳。 黒髪に白が混ざったグレーの頭髪にくたびれた白衣。
最後まで剃りきれていない顎髭に、猫のように丸まった背中。
一見やる気のなさそうなこの男はクラリスとクラリスの母親のクローン実験の統括、いわば全てにおいての責任者だ。
女研究員「ムトー博士。クラリスのクローンの生命維持ですが...予算オーバーです。」
ムトー「この会社に金の不自由などあるのか? ふん。電気会社の人間にもクラリスのライブチケットを売りつけてやればいいのだ。 金の流れとはそういうものだ。」
クラリスのクローン数は50体。
内2体は他のクローンと反応が違うために名前を付けられている。
その50体の生命維持のためには膨大な電気が必要となり、会社のブレーカーが落ちることもしばしば。
デルタ社といえど、電気や水道まで支配下に置くことは不可能だ。
ムトー「まぁいい。 そのうち私がなんとかしよう。 レム、マーライの脳波に変化はあるか?」
レム「え? それぐらい自分で見なよって。 あー、昨日より落ち着いてるね。」
レムと呼ばれたこの女、同じデルタ社の研究員にしてムトーの奥方でもある。
若干口が悪く、人あたりも良くない。
ムトー「ふむ。 その調子で観察しておいてくれ。 一時も離れずにな。」
レム「だから、私の仕事はこいつのお守りじゃないんだって。」
レムは毎回少々うんざりしながら返答するものの、言われたことは守ってきた女だ。
ムトーはその上で彼女にマーライの管理を任せていた。
ムトー「クラリスのトレーニングはそろそろ終わる時間だな? ふむ。次の工程に行こう。」
そう言うとムトーはカプセル室から出ていき、クラリスの元へと向かった。
女研究員「ムトー博士って、なんだかよく分からないんですよね。 何考えてるのかさっぱり...。」
レム「あいつはそういうやつなんだよ。 昔っからね。」
レムはマーライのカプセルの前でポツリと呟く。
レム「あんたも気の毒だね。あいつに目ぇ付けられちゃってさ。」
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ムトー「「やぁ、マーメイ。 いつもトレーニングご苦労だな。」
クラリス「ムトー博士、こんにちは。」
クラリスはムトーに落ち着いた声色で挨拶を返す。
クラリスはこの男の前では笑いも泣きもせず、自然と心を閉ざしてしまうかのように大人しくなってしまうのだ。
ムトー「どうかな、マーメイ。 このあと一緒にコーヒーでも。 あぁ、マーメイは紅茶の方が好みだったかな?」
クラリス「えぇ、では、紅茶をいただきますわ。」
ムトーからは時々お茶に誘われる事があるが、クラリスは一度も断ったことがなかった。
仲がいいわけではない。 しかし、嫌悪感を抱いているわけでもない。
空気のようなこの男に、クラリスはいつの間にか相手のペースに乗ってしまていた。
ムトーとはこの会社に連れてこられた当時からの付き合いだが、特別恐怖感や不安感は覚えたこともなかった。
ムトーの掴みどころのない雰囲気は危機感を与えないが、同時に何を考えているのかがよく分からない。
好きではないが、怖くもない。 そんな中途半端な感情がクラリスの心をすっかり麻痺させてしまっていた。
ムトーはクラリスを実験用の手術室のような部屋に連れて行き、どこからかガスバーナーとビーカーを持ってきてはティーバッグを無造作に入れた。
ムトー「この部屋しか空きがなくてね。」
クラリス「構いませんわ。」
ムトーは温められた紅茶をビーカーからカップに移し、これまた無造作に砂糖を入れ、カップをクラリスにずいと差し出した。
クラリスは黙ってそれを受け取り、カップを回して砂糖をかき混ぜてから一口啜る。
とてつもなく甘かった。
ムトーは空いたビーカーに再び水を入れ、今度は自分のコーヒーを作り出した。
コーヒーが出来上がるまで2人の会話は一切無かった。
そんな空白の時間はクラリスも慣れっこである。
ムトーは出来上がったコーヒーを啜ると、カップを置いて口を開いた。
ムトー「マーメイ。 君がこの会社に来たのはいつだったかな?」
クラリス「私が10の頃ですわ。」
ムトー「ふむ、そうだな。 して、今がいくつだったかな?」
クラリス「19ですわ。」
ムトー「その通りだ。 マーメイ、君はいつまで生きていられると思う?」
クラリス「さぁ、いつまででしょう...?」
ムトー「マーメイ。マーメイドとは繊細な生き物だ。非常にストレスに弱い。 覚えているかい? 君がまだ幼い頃、君は泣き喚いてはしょっちゅう倒れた。 君の母親も同じだ。 ストレスでよく体調を崩していたよ。 まぁ、今となっては両方おとなしくなったが...。」
クラリス「えぇ、そうでしたね...。 ...母さんは元気でしょうか?」
ムトー「生命反応に異常はない。 心配することはないな。」
クラリス「そうですか...。」
ムトーは再びコーヒーを啜ると、今度は丁寧にテーブルにカップを置いた。
ムトー「マーメイ、安心したまえ。 私は君を安々と死なせはしない。 君は神秘的な生き物だ。 もっと長生きすべきだと私は思う。」
ムトーが持論を語っている中、クラリスは意識がもうろうとしてきていた。
今にも眠ってしまいそうで、相手の話など聞いていられない。
そんな意識の中でも紅茶に何か入れられたんだということは考えられた。
ムトー「マーメイ。 君は父親からの恩恵を...」
そこから先は聞き取れなかった。
完全に眠りについてしまったクラリスはテーブルに突っ伏してピクリとも動かない。
ムトー「マーメイ。 これが成功すれば君は神になれる。 マーメイドの血筋だけに許された最高の祝福だ。」
ムトーはそのまま手術台にクラリスを乗せると、一人でオペを開始した。
クラリスが目覚める頃にはオペは終了していた。
が、クラリスの体は手術台の上のままだ。
ムトー「やぁ、マーメイ。よく頑張ったな。 第一段階は成功だよ。」
クラリス「何を....?」
ムトー「君の心臓を少しいじらせてもらったよ。 何、心配することはない。 ちょっとした機械を差し込んだだけさ。 ただ、私も医者ではない。 少し心臓の組織を傷つけてしまったが、皮で繋いでおいたからこれも心配はない。」
クラリスが思わず自分の胸を見てみると、胸部の真ん中にメスを入れた痕があり、白い線ができていた。
ムトー「この会社の医療技術は大したものだぞ? 大丈夫。その傷痕も数日で綺麗に無くなる。」
クラリス「機械を差し込んだってどういうこと!?」
訳のわからない状況に声が大きくなる。 自分の知らない間に胸を開かれ、心臓をいじられたとあってはたまらない。
ムトー「それはあくまで‘変換器’だ。 それ単体では何も役に立たない。」
クラリス「何をするための...?」
ムトー「ふむ。 それは自分で見たほうが早い。」
ムトーは手術室の入口までのっそりと歩いていき、クラリスの方へと振り返ると再び口を開く。
ムトー「深夜2時にカプセル室へ来るといい。 その時にまた一肌脱いでもらうが...なに、痛くないよ。」
そう言うとムトーは自分の職場へと戻ってしまった。
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深夜2時。 クラリスは言われた通りカプセル室へ。
当然だが、社内はほとんどの電気が消えているために非常灯の赤と緑だけが足元の頼りだ。
クラリスは暗い廊下を壁に沿うようにして進み、自分のコピーが管理されているカプセル室へ。
今は慣れてしまったが、やはり気持ちのいいものではない。
いま、自分がカプセル室へ何度も出入りできるのはマーライのおかげでもある。
カプセルの中で目を覚ますマーライ。 彼女の事情を知り、コンタクトをとっているのは自分一人だけだ。
奇妙ではあるが、クラリスにとってマーライは唯一の友達のような存在だった。
カプセル室へたどり着き、クラリスはタッチパネルで錠を外しにかかる。
このパネルのパズルの解き方を知っているのはクラリスとムトーを中心とした研究員20名ほど。
それ以外はクローンの存在すら知らない。
クラリスのクローン担当が20名。 トレーニングにおける生態観察担当が15名。 魔法への適性検査の担当が50名などと、クラリス一人でも様々なグループがそれぞれの研究を進めている。
中でも魔法とトレーニング部門はお互いの研究成果を公表し合い、トレーニングに魔法を取り入れたりと、協力し合って研究を進めている部門だ。 それとは逆に、クローン部門のように研究内容を一切明かさない部門もある。
それはクラリスに関わる部門だけではなく、教育には教育の世界、医療には医療の世界がある。
部門の統括同士の仲が悪いという理由で手を組まない部門もあり、デルタ社の中は一つの社会のようになっていた。
クラリスは難しく長いパズルを解き、カプセル室へと入る。 この部屋が暗いのはいつものことで、昼も夜も感じさせない空間だ。
ムトー「やぁ、マーメイ。 よく来てくれたね。」
ムトーは並べられたカプセルの間からフラッと出てくると、部屋の奥を指さした。
ムトー「マーメイ、君に見て欲しいものがある。 第二段階も成功したんだ。」
部屋の奥へ行ってしまうムトーを見失わないようにせかせかと追いかける。
カプセルの間を縫い潜られてはすぐに見失ってしまうのだ。
ムトーは部屋の一番奥にあるマーレイとマーライのカプセルの隣のカプセルの前で立ち止まった。
そこにはいつも入っている名も無きクローンの姿は無く、代わりに手のひらに乗ってしまうサイズの玉が浮かんでいた。
玉のほうも気になったが、クラリスはマーライの方も気がかりだった。
マーライの脳波が弱かったのだ。 もちろん、マーライの脳波がいつでも強いわけではない。
彼女にもそれなりの睡眠時間というものがあり、脳波長は一日のうちで上下がある。
しかし、今回ばかりは起きていて欲しかったというのがクラリスの本音だった。
この状況で一人は心さみしい。
ムトー「マーメイ、これを見て欲しい。 これは君のクローンを魔力に変え、凝縮したものだ。」
クラリス「クローンを魔力に...変える...?」
ムトー「ふむ、変えるというのはふさわしくない言い回しか。 もともと君たち、マーメイドという生き物は魔力で出来ているようなものだ。 人間が水なら、マーメイドは魔力だ。」
ムトーは玉の浮いたカプセルを撫でながら話を続ける。
ムトー「マーメイドは魔力に溢れながら魔力の存在を知らないで生きていた。 なんともったいない話だろうか。 言い換えれば、マーメイドは魔力に溶ける。 それを形にしたものがこれだ。」
クラリスはムトーの話を聞きながら自分の喉元をさすった。
ムトー「声のあれは違う、魔法ではない。 あれは音波の一種だ。 しかし今解明できている音波の種類には全く当てはまらない。 新しく名前を付ける必要があるな。」
クラリス「はぁ、ではこれは...魔力に溶けるとは...?」
ムトー「ふむ、見せてやろう。」
そう言うとムトーはクローンの入ったカプセルの脇にあるコントロールパネルをぱしぱしと打ち出した。
すると、カプセル内は激しく泡立ち、あっという間にクローンが見えなくなってしまった。
少し時間が経ち、泡が落ち着いてくる。
そこにはクローンの姿は無く、綺麗な緑色の液体だけがカプセルの中に残った。
ムトー「マーメイ、これは君の体が魔力となって液体と化したものだ。 そして...。」
ムトーが再びパネルに何やら打ち込むと、今度はカプセルの底からモーターがが現れ、中の水を回転させる。
するとどうだろう。回転する水の中で緑だけが真ん中で渦を巻き、中心に集まってゆく。
みるみる濃くなり、カプセルの真ん中で玉の形を形成していく。
ムトー「液体と魔力の分離だ。 遠心分離をしてみたが、これに関しては物理の定義など通用しないようだ。
そこのモーターの中央に穴があいているのが見えるか? あの穴からモーターの回転と同時に新たに魔力を激しく注入してな、それを軸に回転で周りの魔力を引き寄せ、最終的にこのような球体へと...。」
科学者特有の語りが始まった。
ムトーの落ち着いた声色と語りのペースはとても聴きやすく、自然と最初から最後まで入ってくる、が、インパクトがなく、耳に残らないので記憶には適さない。
ムトー「ふぅ。で、何を話そうとしてこの話をしたのか...。 あぁ、そうだ。 マーメイ、昼間君の心臓に設置した変換器は、この玉、いわば君の体の情報全てが詰まった魔力の塊を君の体に戻すための機械なんだ。 ふむ、一文が長くなてしまったが...私の言いたいことは分かったかね?」
クラリス「いえ、全く。」
ムトー「ふむ。 今度は私の伝達したい情報だけ出力して相手に伝達する画期的な発明でも進められないだろうか...。 つまりマーメイ。この玉を君の体に入れるということだ。 何、今度はメスを入れたりはしないよ。」
そう言うとムトーはカプセルから玉を取り出し
ムトー「マーメイ。君の体が魔力に溶けるのなら、魔力もまた君に溶ける。」
その玉をクラリスの胸部へ押し付けた。
すると玉はクラリスの体へすんなり入ってしまった。
溶けたわけではない。玉はその形を保ったまま、マジックのように瞬間的に体内へと入ってしまったのだ。
突然のことにクラリスは驚き、戸惑う。
玉を押し付けられた胸部を触ってみるが、昼間開かれた傷以外は何もない。
体の方にも特に異常は感じられない。
クラリスが自分の体を触診していると、ムトーは懐に手を入れ、刃物を手にしてクラリスの胸を突いた。
クラリスは大きく目を見開き、震える手でムトーの二の腕を掴む。
ムトー「マーメイ、心配することはない。」
クラリスはその場に力なく崩れ、ピクリとも動かなくなってしまった。 ムトーはその亡骸をジッと見つめる。
そして数十秒後、クラリスの全身は緑色に光りだし、徐々に明度を上げていく。 とうとうクラリスが見えなくなると、光はふわりと消えてゆき、再びクラリスの姿が現れた。
ムトー「マーメイ、昼間私は君を死なせはしないと言った。 気分はどうだ?」
その言葉を聞いてか、クラリスはぴくりと動き、ゆっくりと体を起こした。
服は血で汚れてしまったが、刃物によって開かれた穴は綺麗にふさがっており、昼間のメスの痕も何事もなかったかのように消えていた。
ムトー「マーメイ、この玉は言うなれば君の命だ。 クローンを作り、魔力に変換しと...まぁ、工程は面倒だが、これからいくらでも君の命を作れるぞ。」
クラリス「そんなの...そんなもの...いらないわ...。」
ムトー「ふむ。あまりこういうことは言いたくないのだが、マーメイ。 君がこの会社にいる時点で君に拒否権...いや、選択権はないのだよ。 そしてマーメイ、今日のことは完全に私の独断だ。 この会社からの指令ではない。 今回のことを口外するのは構わないが、それで君が何を得するわけでもないと私は思うがね。」
クラリス「この実験で私を死ねない体にして、一体何をするつもりなの?」
ムトー「ふむ、死ねない体という表現は正しくないが、まぁ、この話はいい。 何をするために実験をしたわけではないさ。 ただそこにある可能性を実現させただけに過ぎない。 私は発明家ではないのだよ。 あぁ、今思ったが、マーメイ。 君が死ねない体になって喜ぶのはこの会社だと思うがね。 私はこの会社の行く末などどうでもいい。 今はただの目の前の結果が何よりの喜びでね。」
クラリス「そう...。」
ムトー「マーメイ、どうやら疲れてしまったようだね。 無理もない、オペに加え、こんな時間まで活動していては。 今日はもう休むといい。」
クラリス「そうね...。」
ムトーがどこか浮いている性格なのは昔から重々分かっている。 クラリスはこれ以上責め立てる気にもなれず、体と精神を休めることを優先した。
クラリスはカプセル室を離れ、自分の部屋へと真っ直ぐ戻っていった。
クラリスが出て行った後、ムトーは一人カプセル室に篭り、パネルの上で指を忙しなく動かす。 そして何かを思い立ったかのようにひょいと顔を上げ
ムトー「む、マーメイの精神の心配をするのを忘れていた。 今回のショックで死んでしまわなければいいが...あの母親のように。」
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朝、クラリスは3時間程度の短い睡眠を終わらせ、いつもと変わらぬ社内の生活を過ごした。
栄養配分の成された朝食をとり、コンサートで使う新曲の記憶、魔法を使ったトレーニング。
この日は魔法部から新作のリボルバー銃をプレゼントされた。 そして昼食を終え、時間が空いた。
クラリスは常に社内にいるため、移動時間という余計な時間がない。 それに加え、クラリスは逃げも隠れもしないしないので、社員も自分たちの研究をゆっくりと着実に進めている。 多忙だと思われがちなクラリスだが、思うほど相手にされていない時もある。 クラリスはふとカプセル室に行こうと思い立った。
深夜のことがあってからあまり好んでは行けないのだが、そんな時だからこそマーライに会いたかった。
この時間はどこも昼に出ていて室内は無人なことが多い。 居ても2、3人が残っている程度だ。
ちょっと行ってすぐ出ようと、クラリスはカプセル室へと向かった。
カプセル室。
カプセル室に入って驚くのはまずクラリスだけではないだろう。
カプセル室ならではの‘クラリスが沢山いる’という重苦しい空気はガラリと変わり、カプセル内にはクラリス一人いなくなっていた。 唯一、奥のマーライとマーレイだけが残っていた。
ムトー「やぁ、マーメイ。 昨夜はよく眠れたかな?」
カプセルの間からヌッと現れたのはムトーだった。
この部屋にはムトーしかいないようだ。
ムトーを目にした瞬間、クラリスは夜中のことを鮮明に思い出した。
フラッシュバック。
ムトーに刺殺された瞬間が映像となって蘇る。
クラリスは今にも倒れてしまいそうだったが、何もないフリをしてムトーに問いかける。
クラリス「ムトー博士。あの...クローンは?」
ムトー「ふむ、よく眠れたかと問いかけた後にこのような事を言うのもなんだが...あの後マーメイ、君が寝ている間にネーム付けしていないクローン達を玉に変え、君の体内に入れておいたよ。 全てね。」
クラリス「寝ている間に...私の部屋に入って?」
ムトー「うむ。キーはスペアを持ち出した。」
クラリス「起きなかったなんて...。」
クラリスはムトーが勝手に部屋に入り、玉を胸に押し込んでいるにも関わらず、気付かずに寝ていたという事実に顔を赤らめる。
ムトー「なに、正常なことだよ。 あれだけ披露が溜まっていては起きなくても当然といえよう。 それに、私も助かったしな。」
そう言うとムトーはふぅと一息つき、クラリスの方へ真っ直ぐ向き直る。
背筋は曲がったままだ。
ムトー「マーメイ。今君の体には47人体の命が入っている。 つまり、47回死んでもチャンスがあるということだ。 だが、私もこれ以上君の命を無造作に増やそうとは思わない。 そうする理由がないしな。 今回の実験が成功したのはマーメイ、君という優れた人材がいたからだ、感謝する。 ありがとう。」
クラリス「いえ、私は...。」
むしろありがたでもない、ただの迷惑である。
しかし、今後はなんの実験もなさそうだ。
この事は博士と二人だけの秘密ということにしておこう。
ムトー「さて、マーメイ。 このカプセル室に何か用かな? 大方マーライの調子でも見に来たのであろうが...。」
クラリス「え?」
ムトー「そんなに脳波の違うクローンに興味があるのかね?」
クラリス「いえ、なんでも...。 失礼しますわ。」
一瞬クラリスはドキっとした。
ムトーはマーライが時折目を開けることを知っていたのかと思ったが、どうやらこちらの思い過ごしのようだ。
しかし、ムトーが同じ部屋にいるとなるとコンタクトを取りにくい。
クラリスはマーライに会わずに自室に戻ることにした。
ムトー「ふむ。 お前は良い母親を持ったな、マーライ。」
ムトーはカプセル室で一人呟く。
ムトーが目を離していたその間では、マーライの脳波長を示すグラフが一瞬、ピッと著しく上がった。
ちょうどのその時、カプセル室に入ってきたのはムトーの妻、レムだ。
レムの今日の出勤時間は昼からだったのだ。 当然、クラリスの秘密の増命実験を知らないレムは目の前の光景に目を見開く。
レム「ちょっと、どういうことなのさ、これは。」
ムトー「レムか。」
ムトーはあくまでもいつもと変わらない様子で対応する。
レム「レムか、じゃないでしょうが。 何でクローンが全部いなくなっちゃってんのさ?」
ムトー「オリジナルがまだいるんだ、クローンなどいくらでも作れるだろう。」
レム「そうじゃなくて、私は‘クローンをどうしたんだ’って聞いてるんだよ。」
ムトー「あぁ、破棄したよ。」
ムトーは背中を曲げたままゆっくりとレムの方へと顔だけ向け
ムトー「予算オーバーだと言っていただろう?」




