episode 9
無事にテニーのヘアゴムを見つけたソルらは川辺に座り、まったりとくつろいでいた。
クラリスとマーライは川の水で魔法の練習を続け、テニーとソルは前後に並んで座り、ソルがテニーの髪にブラシをかけていた。
ソル「絶対ポニテにしないとダメ? テニー髪長いから大変なんだもん。」
テニー「結わうだけなら自分でもできるもん。 ポニテにして!」
ソルはやれやれといった面持ちでテニーの髪をまとめ、そう時間をかけずに綺麗なポニーテールを作った。
マーライ「あんた、そういうことができるの?」
ソル「前に美容室でアルバイトしていたことがあって。」
マーライ「アルバイトって何?」
ソル「アルバイトっていうのは...。」
ソルが言いかけると、坂道の向こう側から足で芝をする音が聞こえてきた。
それは徐々に大きくなり、やがてキャンプ民の女性とラグが姿を現した。
テニー「あれ、どうしたの?皆で。」
ラグ「キャンプが襲われた。 逃げてこられたのは俺たちだけだ。」
そう言いながらラグがひとりで坂道を下ってくる。
後ろの女達は必死の逃亡に疲れ、中にはその場で座り込んでしまう者もいた。
ラグ「ソル、お前、デルタで白衣の生き残りを逃がしたといったな。」
ソル「え、あぁ...。」
マーライ「そいつが復讐に来たとでも?」
ラグ「その可能性はある。 そうでなくとも、奴は白衣を着て何やら怪しい兵器で襲ってきた。 あれはデルタの人間で間違いないだろう。」
ソル「兵器!? ロボットでも連れてきたのか!?」
ラグ「いや、そういうんじゃないが...。 ともかく、説明はしてやる。 一旦キャンプに戻るぞ。」
テニー「えー、何で戻るの? 危なくない?」
ラグ「逃げられなかった人達の生死の確認をしていないんだ。 もしかしたら気を失っているだけかもしれないと、おばさんが言い出してな。」
ソル「よし、分かった。 で、どのルートで行く?」
ラグ「俺たちが来たのはここまでを繋ぐ一番わかりやすい道だ。 今度は茂みを通って崖を登って、上からキャンプの安全を確認する。」
ソル「そうだな、あそこならまっすぐキャンプにも降りていけるし。」
ラグとソルが計画を立てている間にテニーは女達の元へ駆け寄り、声をかけていた。
テニー「皆、大丈夫?」
女「あぁ、テニーちゃん。 ごめんよ、あんたの父さんもまだあのキャンプに...。」
テニー「まだ死んだって決まったわけじゃないんでしょ? 大丈夫だよ。 今はおばさんたちが無事だっただけで...。」
テニーも内心は飛んでキャンプに戻りたい気分だったろう。 しかし女達の心配を煽らぬよう、必死に声のトーンを抑えた。
ずっと様子を見ていたクラリスとマーライは2人にしか聞こえない声量で話していた。
マーライ「どう思う?」
クラリス「昔に会社の裏切り者がいたなんて知っている社員なんていたのかしら? いたとしても、わざわざ復讐に来る社員なんて...。」
マーライ「裏切り者? こいつらが?」
クラリス「ご先祖様がそうなんですって。 だから私達をあの会社から連れ出してくれたの。」
ラグ「クラリス! 今言った通りだ。 今からキャンプに戻るからついて来てくれ。 少し荒れた道を通るが、はぐれるなよ?」
言いながらラグは背を向け、坂を登って行ってしまった。
一同はラグについて薄暗く荒れた茂みの中へと入っていった。
やがて茂みを出ると、一行はキャンプをのぞき見ることができる崖の岩陰に身を潜め、静まり返ったキャンプの全体を見渡した。
キャンプの中央には白衣の男が一人、椅子に座ってくつろいでいた。
今はガスマスクを外している。
その周りには男達が倒れていた。 動いているように見える者は一人もいない。
ソル「あいつ? なんかちょっと小突けばすぐ倒れちゃいそうな奴だな。」
ラグ「あいつ一人にここまでやられたんだぞ、油断するな。」
クラリス「あの人...。」
ラグ「知ってるのか?」
クラリス「ムトー博士だわ。」
ラグ「何?」
ムトーといえば、クラリスのクローンを作り、非人道的な実験を無断で行った張本人だ。
どういうわけかデルタ全滅から免れたムトーが今、キャンプのど真ん中で鼻歌を歌っている。
マーライ「あのさ、少し言いにくいんだけど。」
ラグ「何だ、早く言え。」
マーライ「あいつが犯人なら、あそこに倒れてる人たちは高確率で死亡していると思うよ。」
ラグ「その例の博士の話を聞く限りそうだろうな...。 だが放ってはおけない。 もしかしたら助けられる命かも知れない。」
ソル「でもどうする? あいつ、まだ居座ってるぞ?」
クラリス「私が行くわ。」
キャンプ民は一斉にクラリスを見た。 本当なら止めているところだが、クラリスの知り合いであること、加えてクラリスには次の命が保証されていることを知っているキャンプ民は、それが一番の成功法だということを感じ取っていた。
女「ごめんねクラリスちゃん、頼むよ。」
クラリス「いえ、皆さんには沢山ご迷惑をかけましたもの。 デルタの問題は私が持ち受けますわ。」
クラリスはにこりと笑って立ち上がる。
その姿勢に迷いはなく、力強くも感じた。 クラリスはキャンプに向かって崖を滑り落ちる。
スノーボードを乗りこなすかのような整ったフォームで長い坂を滑りきった。
その音に気づいたムトーはそれがクラリスだと分かると口の端を釣り上げた。
クラリス「ムトー博士。」
ムトー「やぁ、マーメイ。 やはりここにいたんだね。 会えてよかったよ。」
クラリス「博士、どういうつもりです。 デルタはもう...。」
ムトー「もう死んだ。 そうだ、あの会社はもう死んだ。 何のつもりだと? 理由など無い。 たまたまここの情報を手に入れたのでね、少し立ち寄ってみただけだよ。」
クラリス「理由もなくこれだけの人を...? 私を連れ戻すわけでもないのに!?」
ムトー「クックック マーメイ、確かに君を連れ戻しに来たわけではないが、君に会いたかったというのは事実さ。 私はあの会社の企業秘密を守る義務はあっても、そのつもりはない。 そんなにあの会社のことが知りたいのなら、私が説明してあげようと思ってね。 私の口からね。」
クラリス「ファイルを全部焼いたのは貴方ね!?」
いつもボソリとしている印象を与えるムトーだったが、今回のムトーは目元までしっかりと笑っていた。
今まで見たどのムトーよりも楽しそうだ。
ムトー「その態度から察するにマーメイ、君はここの逃れものから大方話は聞いているのだろう。 そうだ、ここに倒れている人間は皆私が殺した。 だが、中にはしぶといのもいるぞ? この男はな、虫の息ではあるがまだ生きている。 あの崖に仲間がいるのだろう? こうすればどうかな?」
ムトーは白衣の胸ポケットからペンを取り出し、ノックした。
すると現れたのは芯ではなく、ペンの内側から飛び出してきたナイフだった。
ムトーは自分の近くに転がっていた虫の息の男の首元にそのナイフの刃先をぴたりとつける。 その行動に過剰に反応したのはクラリスではなかった。
テニー「パパ!」
テニーはいてもたってもいられぬと崖を滑り落ちてきてしまった。
それを心配したソル、ラグ、マーライがテニーの名を呼びながら追いかける。
崖を滑りきったテニーは全速力で駆け寄るが、クラリスの居る位置まで来て失速した。
テニーはナイフを持つムトーと人質にとられた父親の首元をひたすら見つめた。
そこにソルらも合流するが、誰ひとりとして口を開くことはなかった。
ムトー「んっくっくっく 馬鹿なことをするんじゃないぞ、マーメイ。 その銃には欠点がある。」
テニーらが息切れをする横ではクラリスがリボルバーを構えていた。
その銃口は真っ直ぐにムトーをさしていたが、若干震えも見られた。
ムトー「分かっているだろう、マーメイ。 その銃で放つ魔法は実弾の速度を下回る。 私がそれを避けるだけの時間はないが、この男を殺すだけの時間はギリギリある。」
マーライ「マーメイ、分かってるだろう? あのキチガイを殺らなくたってあの男は助からない。 全部あいつの罠なんだ!」
ムトー「やぁ、マーライ。 私は君のことをよく知っているが、こうして話すのは初めてだな。 ふむ。 レムの口調をよくコピーしている。 性格もそっくりだ。」
クラリス「マーライが目を覚ますことを知っていたのね?」
ムトー「私が気付いていないとでも思っていたのかな? いや、そういう素振りを見せてきたからな、そうでなくては困る。 マーライ、君が頭のいいクローンだということは数字でも明らかだった。 いつかの時のためにレムをそばに置いておいたが、見事にレムをコピーしたな。 やはり子は親の背を見て成長するのだな。」
ムトーのおしゃべりは止まらない。
ムトーは男の命も自分の命も本当にどうでもよかったのだろう。
男の首元からナイフを離し、立ち上がって再び話しだした。
ムトー「クラリスよ、この実験は実に素晴らしかった! 科学だけでは実現し得な仮説のパズルを次々と解いていった! しかし解いたのは私ではない。 私はただ残されたパズルに糊付けしただけだ。 分かるかね? なぜだと思う?」
ムトーは両手を広げ、悠々と歩き出す。 まるでこの世の神と対面したかのような胸の張りようだ。
ムトー「このパズルを解いた男は私の親友でもあり、ライバルでもあった。 彼は私よりも10近く若かったが、そんなことは関係ない。 彼の頭の中は素晴らしかった! ......しかし、残念だ。 ある日突然、会社を抜け出してどこかに姿を眩ませてしまった。 この素晴らしい仮説を残してな。 マーメイ、まだ分からないか? いや、分かるわけもない。 特別にその男の名を教えてやろう。 その男はな、マーメイ。 ホークだよ。」
クラリス「父さん...?」
クラリスはあまりの衝撃に動けなくなる。 それに引き換え、クラリスの周りは元気なことこの上ない。 主にテニーとソルの2人は感情が行動に出るタイプだ。
テニー「父さんって、クラリんのお父さんってデルタの社員だったの!?」
ソル「あの実験考えたの、全部お父さん!?」
マーライ「うるさいよあんたら。 おい、あんた。 わざわざそれを言いに来たってわけ?」
ムトー「んっくっくっはっは! 実にレムそのものだな! あの会社は終わった。 実験も全て終わらせた。 私にはもう何もやることがないのだよ!」
いつもより元気なムトーに違和感を覚えたクラリスは、その原因を突き止めようと素早く自分の記憶をたどる。 まともに会話にならないのはいつものことだが、今回ばかりは格別だ。
クラリス(そうだ、いろいろありすぎて忘れていた。 私は薬の違いも分からないようなおばかさんだったから...。)
クラリス「ムトー博士、麻薬を...?」
一同は息を呑んだ。
この世界において人が麻薬に手を出すことは悪魔に魂を売るということだ。
薬物中毒に陥った人間は生きた人間とは見られなくなり、見つかり次第野獣を見る目で殺されてしまう。
ムトー「んん?あぁ。 しばらく棚の肥やしにしていたが、やはり良いな。」
ソル「前にもやってたのかよ!? なぁ、今俺らがこいつ殺しても罪にはならないんだよな?」
ラグ「お前、それ俺にやらせようとしてるだろ!?」
ソル「だって!デルタで生き残り殺したって平気な顔して言うから!」
ムトー「あぁ! そこの男は知っているぞ。 お前だ、その緑と青のちんちくりんな髪色のお前! うちの社員をよくも殺してくれたな? かわいそうに。 まだまだ若いウチのガードマンだ。 デントという若造でな、マーメイとは仲が良かった。」
クラリスとソルは瞬時に体が凍りついた。 身内が身内に殺されていたのだ。 もはやどこから湧いて出てくるのかも分からない悲しみ。そしてそれを理解してしまう理屈。 どこにもやりようがないこの感情は喉元でしこりとなって溜まり込んだ。
ラグ「あいつが...デント...?」
ラグも例外ではない。 ラグに残るものは罪悪感だ。
最悪だ。 クラリスの父親といい、青年デントといい、奴はとことんこちらの精神に畳み掛けてくる。
そこで動いたのはクラリスだった。
クラリスは片手に控えていたリボルバーをゆっくりと、正確に構えた。
その銃口は当然ながらムトーの胸に向いている。
ムトー「ほう、その気になったか。 んっくっく 構わないさ。」
クラリスは銃の引き金を引く寸前に標準を胸から足へと変え、発砲した。
その銃口から出たものは青の光。
光はムトーの片足を包み込むと一瞬で氷と化し、足と地面を連結させてしまった。
クラリス「ムトー博士。 貴方のその口はまだ使えそうだわ。」
ムトー「マーメイ、ひどいな。 これでは足が壊死してしまうよ。」
クラリス「薬で痛覚もほとんどないはずよ。 足が惜しいのなら早く質問に答えて私を満足させることね。」
クラリスの突然の冷徹ぶりにムトーは笑いをこぼす。
ムトーは目を見開いてクラリスだけを見た。
ムトー「私を生かして帰すつもりなどあるのかね? 私はないぞ。」
ムトーは自身が持っていたガスマスクを放り投げる。
それが何を予期するのか、クラリスらは分かっていた。
クラリス「遠くへ逃げて!」
テニー「パパ!」
ソル「テニー!」
父親の身を案ずるテニーの手をソルが強引に引っ張って逃げる。
ムトーは毒煙の兵器を地面に叩きつけると、煙の中に姿を隠してしまった。
テニーの父親も煙に呑まれ、2人の姿は影すら見られなくなってしまった。
この時風は真横に吹いており、煙は数分後には完全に風に流されていった。
あとは一目瞭然だ。 テニーの父と共にムトーは死んだ。
ムトーは固められた足の膝を直角に曲げている以外は捨てられた人形のようだった。
沈黙の中、動じずに口だけを動かしたのはクラリスだった。
クラリス「死んだわ...。 デルタは死んだ。」
続いて口を開く者はいなかった。
もう何も残ってはいない。 家族も憎みべき者も、皆死んでしまった。
残されたものといえば見るたびに胸が張り裂けそうになる死体達と、自分達のしてきたことの後悔だ。
とにもかくにも、こうしてキャンプ民達の戦いは幕を閉じたのだった。
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女「私達は町で空家でも探して暮らすことにするよ。 各々住みたい所でね。 あんたらはどうするんだい?」
ソル「俺たちはクラリスについて行くよ。 クラリスの身の回りが落ち着いたら自分のことも考える。」
女「そうだねぇ、あの子の面倒は最後まで見てやらないとね。」
残された女達は非力な力を巧みに集め、死んでいった者の墓を作って弔っていた。
その作業は一ヶ月にも及んだが、最近は作業に兆しが見えてきていた。
これ以上固まって暮らす必要はないとふんだ女達は各々で任意の生活を送ることを決めたようだ。
女「ほら、あと2人埋めてやれば終わりだ。 これが終わったら今日は美味しいご飯食べて、ゆっくり休んで。 明日は準備できた人から解散にしようかねぇ。」
ソル「寂しくなるな。 生まれてきた時からずっと皆で生活してきたのにさ。」
女「それはあたしもだよ。 でも、これも人生のうちの小さな動きさ。 クラリスちゃんも言ってたろう? これは起点なんだってさ。」
ソル「起点か。 よっし! 俺も頑張ろっと!」
小太りな女「ソル! こっちきて手伝っておくれ! 男手が少ないんだから頼むよ!」
ソル「はいよ!」
この日の夕方、一ヶ月にも渡る弔い作業は無事終了した。
気は進まなかったが、ムトーの弔いもしておいた。
夜、まさに最後の晩餐。
女達が時間をかけて作りこんだ料理はものすごいボリュームだ。
木のテーブルに皿を並べ、女達の高い笑い声が飛び交う。
テニー「わー!おいしそー! 早く食べようよ! って、クラリんは?」
ソル「テントかな? 呼んでくるよ。」
会場に現れないクラリスを呼びにクラリスの使っているテントへ向かう。
普段何気なく会話しているクラリスといえど、一人の女性だ。
その女性のプライベートルームとも言えるテントの前に立つと、男として緊張もする。
ソルはいつか映画で見たホテルのサービスマンのようにドアをノックしようとするが、目の前にあるのは生地製のテントだった。 やり場のなくなった右手を自分の胸に持っていくと、上半身だけ少し前かがみになってクラリスに声をかけた。 が、返事はなかった。 ここにいないとふんだソルは集会テントへ向かった。 自分のテント以外のテントなど風呂かトイレか集会テントぐらいなものだ。 ソルは集会テントの中を覗いてみると、クラリスは確かにそこにいた。 テントの入口に背を向けて立っているので、こちからか見たら後ろ姿だ。
ソル「クラリス? ご飯の用意できたよ。」
クラリス「ソル...。 えぇ、ありがとう。」
クラリスはソルの存在に初めて気付いたように、少し肩を上げて振り返った。
その手には新聞が握られている。
ソル「それ...。」
クラリス「えぇ。 母さんが人目についてきたわ。 被害件数も少しずつ増えている。 やっぱり、こうなることは免れられないのね...。」
母親のクローンが海に散らばってからも一ヶ月が経つ。 世間では母親による被害が出ており、未知の生物として騒がれていた。 中にはマーメイドのミイラを持ち出して昔からの既存を訴える人間もいたが、今重要なのは既存か新生かではなく、有害か無害か、それだけだった。
クラリス「これを見て。 突如現れた半魚人。 人間に危害を加える超危険生物、ですって。 やっぱり私はこの道を辿るのが世のため自分のためなのかもしれない。」
ソルは押し黙っていた。 クラリスが自分の母親を狩るというその提案にはいつだって賛成し兼ねた。
クラリス「まだ私を止めてくれるの?」
ソル「そう、したいんだけどさ。 お母さんを何とかできるのはクラリスしかいないと思うと...。」
クラリス「貴方はいつだって優しいわね。」
ソル「そう?思ったことそのまま言ってるだけだけど。」
クラリス「だからね、ソル。 もしもまだ貴方が私を止めてくれるのなら、明日からは貴方の生活を送って欲しいの。」
ソル「それって、ついてくるなってこと?」
クラリスは黙ってソルを見つめる。 テントの隙間から差し込んでくる月の光に照らされたその瞳は輝きながらも深い海のような青い目だ。 それはとても綺麗で、とても見つめてなどいられなかった。 いつもは平気なはずなのにと、ソルはふと目を逸らしてしまった。
クラリス「貴方が私を止めるのならね、ソル。 私は自分の母親を殺すところを貴方に見て欲しくないわ。 私はそやって生きていくって、もう決めたの。」
ソルはふと眉間にシワを寄せた。 ムトーは「子は親の背を見て育つ」と言っていたが、まさにその通りだ。
クラリスの話し方がムトーに似ていると感じた。 そして見かけによらず残忍な一面があるところも。
ソルがもう自分ではクラリスを説得することはできないと感じたのもこの瞬間だ。
ソルは俯くとクラリスに目を合わせることなく口を開いた。
ソル「考えとくよ。 明日の朝まで時間をちょうだい。 だからさ」
ソルが話している間にソルのお腹が唸りを上げた。 クラリスは思わず吹き出してしまう。
その笑顔は悲しいことにも本物だ。 ソルはいつもと変わらないクラリスの笑みを見て自分も笑い出してしまう。
ソル「だからさ、いまはたべよう?」
クラリス「えぇ、そうね。 私もお腹すいた。」
クラリスは新聞を置き、2人で笑いながらテントの外へと出る。
みんなで食べる最後の食事は最高に美味く、最高に楽しかった。
その後は酒を飲む者、早々と就寝する者、思い出話に花を咲かせる者、様々だ。
ラグは小太りな女のおしゃべりに付き合わされ、少々疲れを見せていた。
ソルはマーライと一緒に食事の残りを食べながら雑談を。 そしてテニーとクラリスは2人で夜の川へと出かけていた。
テニー「やっぱり、お母さんの事と戦っていくの?」
クラリス「えぇ。 皆色々と心配してくれているみたいだけど、私は大丈夫よ。 世間から阻まれることになっても、私は生き抜くわ。」
テニー「ラんラんは?」
クラリス「一緒に来て欲しいけど、彼女が嫌だというのなら私は止めないわ。 彼女には彼女の人生があるもの。」
テニー「そっか。 あーあ、私まだなーんも考えてないんだよなぁ。 クラリんについていくと思うと、まだ大丈夫って安心しちゃってさ。 いつかクラリんともさよならしなくちゃいけないのにね。」
クラリス「いいの?私なんかについてきて。 命が掛かっているのよ?」
テニー「うん。 私も手伝うよ、お母さんの事。 でも、役に立つかはわからないなぁ。 声を聞いちゃいけないなんてハードル高すぎて。」
クラリス「そうね。 なかなかの強敵だわ。」
この時止めておくべきだったんだ。
私の我儘のせいでまた一つ
失うものができてしまった。




