episode 2
「半魚人が見つかったというのは本当か!?」
極一部の科学者の間ではその話題で持ちきりだった。
大きな水槽に入れられた一匹の男マーメイドは
水のほとんどない陸地にあげられ、見たこともない
自分とよく似た姿の生物に動揺を隠せない。
「浜にのびていてな。 あまりにも不思議な生物だったんで
ここまで持ってきてしまったが...。」
「人間ではないのか?」
科学者達が興味を抱きつつも恐れながら水槽に近づいていくと、
男マーメイドは水槽に体当たりをし、威嚇している。
「獰猛な生物のようだ...。
我々をひどく警戒している。」
「こいつをどうするんだ?
世に公開でもするか?」
「馬鹿言え。 ここは世界中で一番科学が進んでいる
大手企業のデルタだぞ? 人間のいたずらだったらどうする?」
「しかし、ここまで長く水の中にいられる人間など...。」
運悪く、人間に見つかった男マーメイドが連れてこられたのは、
世界で最も科学で人々の生活に貢献した大手企業、デルタ社だった。
デルタ社は科学部門と医療部門を処しており、
近々教育部門も開門予定の
正にトニクスという大きな街の中心的企業だった。
トニクスの所々に設置されている病院の医者は
ほとんどデルタ社から派遣された人間で、
科学、医療、共に人々に豊かなものを与えてきた。
そんな生物学のスペシャリスト達の集まる会社に
不幸にも見つかってしまったのだ。
「まずはしばらく様子を見よう。」
「他にも仲間がいるんじゃないか?」
「解剖するのに使えるだろう。」
「解剖はこいつが死んでからでいいだろう。」
「寿命はどのくらいなんだ?」
科学者たちは目の前の生命体に夢中になった。
1ヶ月ほどの観察の結果
食事はある程度調理して食べることが分かった。
言葉は人間とは違う言葉を使い、
人間とのコミュニケーションは難しいことが分かった。
動作は男マーメイドが人間に心を開かず、
動こうとしないために分からなかった。
あるとき、陸地近くに再びマーメイドが現れ、
またしてもこの会社の人間に見つかてしまった。
今度は女マーメイドだった。
「今度は女マーメイドだぞ!
繁殖行動が見られるかもしれない!」
捕らえられた女マーメイドは男マーメイドの水槽のある部屋に連れて行かれた
その時。
男マーメイドがひどく荒々しい声を上げた。
同時にその場にいた人間が次々と倒れていった。
その光景を見て一番驚いてたのは男マーメイドだった。
自分が声を上げただけで人間が倒れたのだ。
本当に自分がやったものなのかと疑わしかった。
「何だ、何事だ!?」
ただならぬ男マーメイドの声を聞き、
更に複数の人間が集まった。
男マーメイドは先程と同じように再び声を上げた。
するとまたしても人間たちは一斉に倒れた。
これが自分の力なのだと確信した瞬間だった。
倒れた人間はというと......死んでいた。
集まってくる人間を次々殺し、もう部屋に近づく影がなくなった頃
男マーメイドは水槽に何度も体当たりをし、
少しずつ水槽にヒビをいれ、肩に大きな青あざを作りながらもようやく脱出した。
もっと小さな水槽に入れられた女マーメイドも同じように体当たりをし、水槽を割った。
散らばるガラス片に体を傷つけられながら這いずり、
2匹は海への帰還を試みる。
男が女をサポートする姿は恋人のようにも思えた。
行く先々でまだ残っていた人間を声色で殺し、
潮の香りに惹きつけられるように下の階へと降りて行く。
この会社、デルタ社はというと、
街の一番端の海沿いに建設されており、
一番下の階には船着場があるために海へと繋がっていた。
2匹はその船着場にたどり着くと、
愛しの海へと姿を眩ますのだった。
それで終われば良かったのだが、そうはいかなかった。
人間に対して悪いイメージのみを持ったマーメイドは、
人間の駆除をしようと考えた。
マーメイドにとって、人間は我々で言う害虫だったのだ。
しかしすぐには手を出さなかった。
海の上に浮かぶ船に張り付き、まずは人間を観察し、言葉を覚えた。
人間が持っている、自分達に向けられるであろう、武器になりうるものを警戒した。
驚くべきスピードだった。
マーメイド達はたった2ヶ月で人間の言葉の意味を理解し、
人間の頭の良さを測った。
マーメイド達にとって人間というのは
「自然を喰らい、毒を排泄する」生き物だった。
それだけではない。
何よりも、自分達の仲間を監禁し、
体中傷だらけにして生かしておいた人間に怯えていた。
共存はできない存在だと判断した。
マーメイド達は調べ上げた人間の情報と声色を武器に、
今度は自らデルタ社に乗り込む。
デルタ社の社内の船着場を入口とし、這いずりながら陸へ上がった。
その後は完全に捨て身だった。
水なしでは長時間動くこともできず、その場で力尽きる者が多かった。
そうなるとマーメイドの陸での行動範囲なんてものは知れたもので、
高層ビル設計になっているデルタ者内の4階程度までしか移動することができなかった。
それでも社内の大半の人間が死んだ。
声色は社内に広がり、会社外の人間にも被害は及んでいた。
今回はマーメイド達の捨て身の奇襲により、
数字的には人間の敗北だった。
が、人間も負けてはいなかった。
人間もまた同じく、マーメイドとの共存は不可能と見た。
とある人間は海へ毒を流し、海の生物を一掃してしまおうと言い出した。
とある人間は毒は流してはならないと言った。
とある人間は、マーメイドとの共存を試みた。
いずれにせよ、デルタ社内だけに収められた話だった。
これが不幸なのか幸運なのか、マーメイド達の姿はおろか、
噂さえされることは会社外ではなかった。
デルタの人間しか、マーメイドの存在を知るものはいなかった。
最終的に人間が出した答えは、共存ではなかった。
人間は大きな船を用意し、大河へと出した。
人間の乗り物が自分達のテリトリーである海にきたとなれば攻めない手はない。
マーメイド達はゆっくりと流れる船に一斉に襲いかかった。
船はぐらりと左右に揺れ、やがて横転した、その時。
船が大爆発した。
爆発で損傷した船からは大量の石油が流れ出た。
石油は海へと広がり、あらゆる海洋生物の害となった。
元々人間ほど数の多くないマーメイドは
たった一回の爆発により多くの戦士を失った。
時同じくして、別の方角の海にも同じく船が流され、爆発を繰り返していた。
いずれも無人の船だった。
そうしてマーメイドはほぼ全滅し、人間の前に姿を現さなくなった。
会社の人間と全魚人類による騒動はひとまず幕を閉じた。
しかし、メーメイドとの共存を望む極少人数の人間も希望を捨ててはいなかった。
マーメイドの生き残りは必ずいる。
そう信じて彼らはデルタ社の退社を試みた。
が、簡単にはいかなかった。
マーメイド撲滅派が大半を占めるデルタ社は、
彼らが外でマーメイドの存在を明かすことを恐れた。
海のど真ん中で勝手に起きた船の爆発を知る一般人はいない。
このまま黙っていれば事を荒立てることもなく終わる。
いくら呼び止めても利かない少数派は、ついに敵と見なされた。
彼らの食事に毒を盛り、平和のための尊い犠牲になってもらおうと考えた。
翌日、食事に盛られた毒により少数派が1人2人と倒れ、
感づいた彼らはついに逃亡を図った。
逃げること自体は難しくなかった。
なんと言ったって世界中で一番大きな街である。
人の中に人を隠し、彼らは遠く離れた地へと向かった。
その少人数派の子孫が、クラリスを誘拐したキャンプ民なのだという。
ソル「マーメイドの歴史は俺たちの伝承のようになっていて、
俺たちの代まで語り継がれている。
それと同じように、デルタ社ではマーメイドの驚異について語り継がれている。」
ラグ「マーメイドの一件があってから、デルタ社では全寮制のシステムが組み込まれた。
給料高くてもなかなか外に出られないんじゃ、しょうがないよな。」
老人「この話からすると、マーメイドの声色にはヒトを殺める力があるという事が分かる。
しかしお嬢さん、貴女は新しい力を我々に披露した。
それが、ヒトを洗脳する能力だ。」
クラリス「...。」
ソル「あの会社はどういう訳か、マーメイドの血を引くクラリスさんを見つけ出し、
洗脳能力を使って世界の頂点に立とうとしている。
デルタ社と言えば、科学と医療と教育の3本柱の中心に立つ大企業、
いや、もはや政府だ。それだけじゃ飽き足らなかったんだな...。」
クラリス「それで...私を連れてきて何をしようというの?」
老人「真実じゃ。 真実を世界中に広めるのじゃ。」
クラリス「マーメイドの歴史を広める、ということですか。」
ソル「それだけじゃない、あの会社の悪行もだ。
自分達の得のために同じ人間ですら殺そうとする。
こんなの絶対間違ってる。」
クラリス「言いたいことは分かるけど、そんなの危険すぎる...。
死んじゃうかもしれないんだよ...?」
ソル「このまま何もしなくても殺される。
あの会社の体制さえ崩せれば、俺たちは死んだって構わない。
本望さ。 俺たちの死は無駄にはならない。」
ラグ「それに、この騒動に命をかけようって、
皆でそう決めたんだ。」
クラリス「でも...。」
ソル「それとも、クラリスさんはあの会社が好きで
コンサートを開いていたの?」
クラリス「そんなこと...!」
ラグ「ソル...。」
ソル「ごめん、今のは少し、嫌味だった。
クラリスさんを攻めるつもりはないんだ。
ただ、クラリスさんがあの会社を好きになってしまったのなら、
話はまた別になってくる...。」
クラリス「私は..。」
クラリスにとってこの場の空気はとてつもなく重いものだった。
自分が声色によって人間を洗脳し、あの会社の信者を作っていたのは事実。
自分が責められている気がしてならなかった。
テニー「クラリスちゃん、あの会社が潰れちゃうのは嫌...?」
クラリス「...。」
キャンプ民の視線が再びクラリスに集まる。
クラリス「あの会社を潰す前に、私の願いを聞いてください...。」
老人「申されよ。」
クラリス「私の...母親を助けてください...!」
キャンプ民達が静まる中、
クラリスの涙混じりの声だけが響いた。




