賢者の末裔
神殿の入口から差し込む光の中、一人の少女が静かに立っていた。
肩まで伸びた栗色の髪。
深い青色の瞳。
年齢はレインと同じくらいだろう。
旅人用のローブを羽織っているが、その生地は見た目以上に高級なものだと神眼が教えてくれる。
腰には一本の古びた杖。
一見すると何の変哲もない木の杖だが、その周囲には肉眼では見えないほど濃密な魔力が渦巻いていた。
レインは神眼を発動する。
すると表示が更新される。
『エリシア・フォン・アーデル』
『年齢 十八』
『種族 人間』
『職業 大魔導士』
『レベル 89』
『危険度 SS』
『魔力量 王国宮廷魔導士団総長を上回る』
『称号 賢者の末裔』
『好感度 78』
『敵意 なし』
レインは目を丸くした。
「好感度まで分かるのか……。」
神眼は進化するたびに解析できる情報が増えている。
しかし、レベル八十九という数字には驚きを隠せなかった。
レインはまだ神眼によって急成長したとはいえ、純粋な戦闘経験では到底及ばない。
エリシアはそんなレインの様子を見て、くすりと笑った。
「やっぱり見えているんですね。」
「神眼は本物みたい。」
「僕を知っているんですか?」
「もちろんです。」
エリシアは迷いなく頷いた。
「私の一族は三千年前から神眼継承者を探し続けてきました。」
「そのために代々、この神殿を見つける研究を続けてきたんです。」
アルヴァインがゆっくりと近づく。
その表情は驚きに満ちていた。
「フォン・アーデル……。」
「その姓は、まさか。」
エリシアは深く頭を下げた。
「はい。」
「大賢者アストレアの血を引く者です。」
アルヴァインの目が見開かれる。
「アストレア様の子孫が、今も生きていたとは……。」
レインは首を傾げた。
「知り合いなんですか?」
「知り合いどころではありません。」
アルヴァインはどこか懐かしそうに微笑んだ。
「三千年前、ルミナ様と共に世界を救った人間の英雄です。」
「神眼継承者の最も信頼できる仲間でした。」
ルミナも優しく微笑む。
「アストレアは、とても優しい人でした。」
「人間でありながら神々と肩を並べて戦った、かけがえのない友です。」
エリシアは少しだけ寂しそうに笑った。
「家には、その頃の日記や記録がたくさん残っています。」
「いつか神眼継承者が現れたら、その人を支えなさいと代々伝えられてきました。」
レインは思わず息をのむ。
三千年。
その長い年月をかけて受け継がれてきた使命。
それほどまでに神眼は重要な存在なのだ。
「だから私も旅をしていました。」
「そして今日、ようやく神殿が姿を現したんです。」
神眼が新たな表示を映し出す。
『運命的邂逅』
『仲間加入推奨』
『成功率 一〇〇%』
レインは思わず苦笑した。
「神眼は本当に何でも教えてくれるな。」
その時だった。
エリシアの表情が急に真剣になる。
「でも、安心している時間はありません。」
「え?」
「ヴァルゼクは逃げました。」
「それはつまり、魔王軍が神眼継承者の存在を知ったということです。」
神殿の空気が重くなる。
ルミナも静かに頷いた。
「間違いありません。」
「これから魔王軍は本格的に動き始めるでしょう。」
アルヴァインが腕を組む。
「魔将は全部で十二人。」
「ヴァルゼクはその中でも三番目の実力者です。」
レインは驚いた。
「あれで三番目……。」
「はい。」
「第一席と第二席は、彼よりさらに強い。」
レインは思わず額を押さえた。
「先が思いやられるな……。」
エリシアは苦笑しながら杖を軽く振る。
すると空中に巨大な地図が浮かび上がった。
「これは?」
「王国全土です。」
赤い光がいくつも点滅している。
全部で七つ。
神眼がすぐに解析を始めた。
『神代遺跡』
『未発見』
『残存数 七』
ルミナが説明する。
「神殿はここだけではありません。」
「世界には七つの神代遺跡があります。」
「それぞれに神々の力や神器が眠っています。」
エリシアが地図の一番近い赤い点を指差した。
「王都から南へ三百キロ。」
「『精霊樹海』です。」
「そこには風の神器が眠っていると言われています。」
「神器……。」
レインの神眼が反応する。
『攻略推奨』
『現在到達成功率 九四・五%』
『獲得予定』
『神器』
『新たな仲間』
『精霊契約』
レインは胸が高鳴るのを感じた。
昨日までは依頼一つ受けるだけで精一杯だった。
今は世界を巡る旅が始まろうとしている。
その時。
神殿の床が突然輝き始めた。
「これは?」
アルヴァインが顔を上げる。
「転移陣です。」
「神殿が外へ送り出そうとしている。」
ルミナはレインを見る。
「準備はいいですか?」
「はい。」
「ただ……。」
レインは少しだけ神殿を見回した。
「ここを離れても大丈夫なんですか?」
アルヴァインは穏やかに笑う。
「ご安心ください。」
「神殿は私が守ります。」
「ですが今度は、一人ではありません。」
そう言うと、神殿の壁や床が淡く光り始めた。
無数の人影が現れる。
それは鎧をまとった兵士たちだった。
神眼が解析する。
『神兵』
『休眠解除』
『総数 二百』
レインは思わず声を上げた。
「二百人も!」
アルヴァインは頷く。
「神眼継承者を認めたことで、神殿の防衛機能が復活しました。」
「これなら魔王軍が再び攻めてきても簡単には落ちません。」
レインは安心して頷く。
「お願いします。」
「お任せください。」
アルヴァインは騎士らしく胸へ拳を当てた。
転移陣の光が強くなる。
レイン、ルミナ、エリシアの三人を包み込んだ。
眩しい光。
身体がふわりと浮く。
次の瞬間。
三人は広大な草原へ立っていた。
爽やかな風が吹き抜ける。
遠くには巨大な森が見えた。
「あれが……。」
エリシアが静かに呟く。
「精霊樹海です。」
レインが神眼を向ける。
しかし、その瞬間だった。
森全体が赤く染まる。
『緊急警告』
『精霊樹海』
『侵食率 三八%』
『魔王軍による侵攻を確認』
『推定生存者 少数』
『至急救援を推奨』
ルミナの表情が曇る。
「もう始まっている……。」
魔王軍はレインたちより一歩早く動いていた。
風に乗って、微かに悲鳴が聞こえる。
レインは神滅短剣の柄を握り締めた。
「急ぎましょう。」
「今度は、間に合わせる。」
追放された荷物持ちは、仲間と共に初めて世界を救うための戦いへ走り出した。




