神眼第三段階
ヴァルゼクは余裕の笑みを浮かべたまま、巨大な戦斧 を肩に担いでいた。
レインの姿を見ても、脅威とは思っていない。
「どうした、小僧。」
「その短剣で俺と戦うつもりか?」
魔将は鼻で笑う。
「人間というのは、自分の力も分からず無駄な足掻きをする。」
レインは何も答えなかった。
神眼に表示された数字を見つめる。
勝率九八・七%。
その数字に嘘はない。
だが、どうしてここまで一気に上昇したのか。
神眼はすぐに答えを示した。
『第三段階起動』
『未来演算開始』
『敵の行動を〇・五秒先まで予測』
『魔力の流れを可視化』
『最適行動を自動演算』
レインの視界が一変する。
世界が止まったように見えた。
いや、止まったのではない。
自分の認識速度だけが異常なほど加速している。
ヴァルゼクの身体から溢れる黒い魔力。
筋肉の動き。
呼吸。
視線。
すべてが手に取るように分かる。
そして、黄金色の一本の線が浮かび上がった。
その線はヴァルゼクの右肩から胸元、そして心臓へと続いている。
『最適攻撃軌道』
レインは静かに息を吐く。
「なるほど……。」
神眼は勝ち方まで教えてくれるのか。
「終わりだ。」
ヴァルゼクが床を砕きながら突進した。
巨大な戦斧が振り下ろされる。
その一撃だけで神殿の床が割れ、衝撃波が周囲へ広がった。
普通なら避けることすらできない速度。
しかしレインには、その攻撃がゆっくりと見えていた。
「右へ二歩。」
神眼の指示どおり身体を動かす。
戦斧は紙一重で空を切った。
ヴァルゼクが目を見開く。
「何?」
レインは止まらない。
「左へ半歩。」
再び指示どおり動く。
振り上げられた肘をかわす。
「前へ。」
懐へ飛び込む。
巨大な身体の死角。
そこだけが唯一の安全地帯だった。
「馬鹿な!」
ヴァルゼクは慌てて距離を取ろうとする。
しかし遅い。
レインは神滅短剣を一閃した。
キィン。
金属が鳴るような澄んだ音。
鎧へ刃が触れた。
それだけだった。
ヴァルゼクは笑う。
「そんな細い剣で俺の鎧を――」
言葉が止まる。
胸元へ一本の細い線が走っていた。
その直後。
ガキン。
漆黒の鎧が真っ二つに割れた。
「なっ!」
ヴァルゼクは慌てて後退する。
「神鉄の鎧が……。」
神滅短剣グラム。
あらゆる防御を無効化する神話級武器。
どれほど頑丈な鎧も意味を成さない。
アルヴァインが静かに頷く。
「さすが……神剣。」
ヴァルゼクは初めて表情を変えた。
余裕は完全に消えている。
「面白い。」
「ならば本気だ。」
黒い魔力が神殿中へ広がる。
床が溶ける。
柱が軋む。
天井から瓦礫が落ち始めた。
神眼が警告を表示する。
『魔王化』
『戦闘能力三・六倍』
『勝率五三・二%』
「下がった!」
レインは思わず息をのむ。
ヴァルゼクは大きく口を開き笑った。
「どうした?」
「さっきまでの威勢は。」
「これが魔将の本当の姿だ!」
全身の筋肉が膨れ上がる。
角はさらに長くなり、背中から黒い翼が現れた。
魔力だけで空間が震えている。
「死ねぇ!」
一瞬だった。
ヴァルゼクが消えた。
いや、速すぎて見えない。
神眼だけが赤い線を映し出す。
『後方』
レインは反射的にしゃがむ。
頭上を巨大な戦斧が通り過ぎた。
髪が数本切れる。
あと一瞬遅ければ首が飛んでいた。
「速い……!」
神眼がなければ反応できなかった。
それでも、神眼は次々と指示を出す。
『右』
『後退』
『左回転』
レインは一つも迷わず従う。
攻撃をかわし続ける。
十撃。
二十撃。
三十撃。
ヴァルゼクの猛攻は一発も当たらない。
「あり得ん!」
魔将が叫ぶ。
「なぜ当たらん!」
レインはようやく気付いた。
未来演算とは、未来を見る能力ではない。
相手の動き、魔力、癖、筋肉の収縮。
あらゆる情報を瞬時に計算し、最適な未来を導き出しているのだ。
だから避けられる。
だから勝てる。
その時、ルミナがレインへ呼び掛けた。
「レイン!」
「今です!」
神核が黄金色に輝き始める。
どうやら共鳴の準備が整ったらしい。
神眼が新たな文字を映す。
『神核共鳴』
『使用可能』
『神滅短剣へ神力注入』
レインは短剣を握り直した。
刃が黄金色へ変わる。
神殿全体の魔力が一本の光となり、短剣へ吸い込まれていく。
ヴァルゼクが顔色を変えた。
「まさか……。」
「神核を使う気か!」
「止めろ!」
巨大な身体で突進する。
しかしアルヴァインが最後の力を振り絞った。
「ここは……通しません。」
神剣と戦斧が再び激突する。
その隙を逃さず、ルミナが叫んだ。
「レイン!」
「神眼を信じて!」
レインは静かに頷く。
黄金の線が一本だけ浮かぶ。
それはヴァルゼクの額へ向かって伸びていた。
『勝利への唯一の軌道』
レインは床を蹴った。
身体が風になる。
ヴァルゼクの瞳が驚愕に見開かれる。
「速い!」
神滅短剣が黄金の軌跡を描く。
そして刃がヴァルゼクの額へ触れた、その瞬間。
神眼が最後の表示を映し出した。
『神眼第四段階への進化条件を達成』
『対象の魔力核を切断してください』
レインは迷わず、その一撃を振り抜いた。




