青の結晶
神殿の空気が一変した。
先ほどまで静かだった魔力の流れが激しく乱れ、壁に埋め込まれた青白い結晶が赤く点滅を始める。
まるで神殿そのものが危険を知らせているようだった。
レインは神滅短剣グラムの柄を強く握る。
「魔王軍幹部……。」
昨日までの自分なら、その名前を聞いただけで逃げ出していただろう。
魔王軍幹部。
それは一人で都市を滅ぼせるとまで言われる怪物たちだ。
Sランク冒険者ですら、討伐には複数のパーティーが必要になる。
そんな存在が、この神殿へ向かってきている。
神眼が次々と新しい情報を映し出した。
接近対象を解析中。
魔力照合完了。
個体名『魔将ヴァルゼク』
所属 魔王軍第三軍団
危険度 SSS
現在戦闘勝率 四・八%
「四・八%……。」
レインは息をのむ。
さっきまで〇%だった勝率が少しだけ上がっている。
神滅短剣とルミナとの契約によって強くなった証拠なのだろう。
それでも、あまりにも低い数字だった。
アルヴァインが巨大な剣を手に立ち上がる。
「継承者様、ここは私がお守りします。」
「でも……。」
「私の使命は神殿を守ること。」
「そして神眼継承者を未来へ送り出すことです。」
ルミナも静かに頷いた。
「アルヴァインの言う通りです。」
「今のあなたはまだ戦う時ではありません。」
その時だった。
神殿全体を揺るがす轟音が響く。
ドゴォォォン!
入口を封じていた巨大な石扉に黒い亀裂が走る。
次の一撃で粉々に砕け散った。
大量の土煙の中から、一人の男がゆっくりと姿を現す。
身長は二メートル近い。
漆黒の鎧に身を包み、背中には巨大な戦斧を背負っている。
額からは二本の黒い角。
赤い瞳は獲物を見つけた猛獣のようだった。
「ククク……。」
低い笑い声が神殿に響く。
「やっと見つけたぞ。」
男の視線が真っ直ぐルミナへ向けられる。
「光の神ルミナ。」
「三千年も眠っていたとは、ずいぶんと怠け者だな。」
ルミナの表情が険しくなる。
「ヴァルゼク。」
「久しぶりですね。」
「まだ生きていたとは思わなかった。」
「俺たち魔族はしぶといのでな。」
ヴァルゼクは肩を鳴らしながら笑った。
「それより驚いたぞ。」
「まさか神眼継承者までいるとは。」
赤い瞳がレインを見つめる。
その視線だけで身体が震えた。
圧倒的な殺気。
呼吸すら苦しい。
神眼が警告を表示する。
極度の威圧。
精神汚染発生。
神格耐性により無効化しました。
「神眼がなければ……。」
レインはその場に立っていることすらできなかっただろう。
ヴァルゼクはニヤリと笑う。
「面白い。」
「人間の小僧にしては骨がある。」
「ならば、ここで殺しておこう。」
巨大な戦斧を構えた瞬間だった。
アルヴァインがレインの前へ飛び出す。
ガァン!!
凄まじい衝撃音。
神剣と戦斧が激突し、衝撃波だけで床石が砕け散る。
「ほう。」
ヴァルゼクは少し驚いたように眉を上げる。
「まだ動けるのか、神兵。」
「使命がありますので。」
アルヴァインは静かに答えた。
「継承者様。」
振り返ることなく叫ぶ。
「今のうちに最奥へ!」
「でも!」
「行ってください!」
「あなたが死ねば、世界は終わります!」
その言葉にレインは足を止めた。
世界が終わる。
それは決して大げさな言葉ではない。
ルミナがレインの手を握る。
「こちらへ。」
二人は神殿のさらに奥へ走り出した。
背後では激しい戦闘音が鳴り響いている。
剣がぶつかり合う音。
爆発。
床が砕ける音。
アルヴァインとヴァルゼクの戦いは、人間には到底届かない領域だった。
やがて奥の広間へ辿り着く。
そこには巨大な水晶が浮かんでいた。
高さは五メートル以上ある。
内部では金色の光がゆっくりと渦を巻いていた。
「これは?」
「神核です。」
ルミナは静かに答えた。
「私の力の源。」
「この神殿の心臓でもあります。」
レインは神眼を向ける。
神核。
神代最高位魔力結晶。
神格存在のみ使用可能。
継承者の魔力を流すことで起動可能。
「僕の魔力?」
「はい。」
「あなたの神眼と私の神格が共鳴すれば、この神殿は本来の力を取り戻します。」
「アルヴァインを助けられるんですか?」
「できます。」
「ですが、一つ問題があります。」
「問題?」
「あなたの魔力では圧倒的に足りません。」
「では、どうすれば?」
ルミナは少し照れくさそうに微笑んだ。
「私を信じてください。」
そう言うと、彼女はレインの胸へそっと手を当てた。
次の瞬間、眩い光が二人を包み込む。
神格共鳴を開始。
神眼第三段階への適応を確認。
魔力同期率一〇%。
二〇%。
四〇%。
六〇%。
八〇%。
一〇〇%。
レインの身体を凄まじい魔力が駆け巡る。
全身が熱い。
しかし苦しくはない。
むしろ身体中へ無限とも思える力が流れ込んでくる。
ルミナの髪が金色に輝き始める。
閉じられていた神としての力が、少しずつ戻ってきていた。
その時、神殿全体を揺るがす怒号が響く。
「ぐあああああっ!」
アルヴァインだった。
続いて壁を突き破り、その巨体が広間へ吹き飛ばされてくる。
鎧は砕け、右腕を失っていた。
「アルヴァイン!」
レインは駆け寄る。
しかし守護騎士は静かに首を振った。
「まだ……戦えます。」
その直後、瓦礫を踏み砕きながらヴァルゼクが姿を現した。
傷一つない。
余裕の笑みを浮かべながら、巨大な戦斧を肩へ担ぐ。
「逃げた先がここか。」
赤い瞳が神核を見つめる。
「なるほど。」
「神殿を再起動させるつもりか。」
ルミナはレインの前へ立った。
「絶対に、ここは通しません。」
「今のお前に何ができる?」
ヴァルゼクは嘲笑する。
「力を失った神と、昨日まで荷物持ちだった人間。」
「実にお似合いの組み合わせだ。」
その言葉を聞いた瞬間、レインの胸に怒りが込み上げた。
昨日までなら何も言い返せなかった。
笑われても、見下されても耐えるだけだった。
だが今は違う。
守りたい人がいる。
信じてくれる仲間がいる。
レインは神滅短剣グラムを静かに構えた。
神眼が黄金色に輝く。
そして、これまで表示されたことのない一文が浮かび上がった。
『隠し条件達成』
『怒りと守護の意志を確認』
『神眼第三段階、一時解放』
『未来演算開始』
『勝率……九八・七%』
レインは驚きに目を見開いた。
つい数分前まで四・八%だった勝率が、一気に九八・七%まで跳ね上がっていた。
ヴァルゼクはまだ、その変化に気付いていなかった。




