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眠れる神と最初の契約

第四話 眠れる神と最初の契約


 黄金の玉座が静かに輝いていた。


 広大な空間には柱が一本もない。それなのに天井は見えず、まるで夜空そのものが広がっているかのようだった。


 無数の星が瞬いているように見えるが、よく目を凝らすと、それらはすべて魔力の粒子だった。


 空気そのものが濃密な魔力で満ちている。


 普通の人間なら立っているだけで意識を失ってしまうだろう。


 しかしレインの身体には神滅短剣グラムとの契約によって得た加護が宿っていた。


 苦しさは感じない。


 それでも、この場所が常識から外れた空間であることだけは理解できた。


 玉座には、一人の少女が静かに眠っていた。


 雪のように白い長髪。


 透き通るような白い肌。


 年齢は十五、六歳ほどに見える。


 純白の衣装は光そのものを織り込んだように美しく、まるで神話に登場する女神だった。


 レインは無意識に神眼を発動させる。


 だが、表示は途中で止まる。


 解析不能。


 神格存在。


 権限不足。


「権限不足……?」


 今までどんなものでも見抜いてきた神眼が、初めて答えを出せなかった。


 アルヴァインが静かに口を開く。


「当然です。」


「彼女は神ですから。」


「神……。」


 レインは息をのんだ。


 神話にしか存在しないはずの神が、自分の目の前で眠っている。


「正確には、最後の神と言うべきでしょう。」


「最後?」


「かつて世界には多くの神々が存在しました。しかし、大厄災との戦いでそのほとんどが消滅しました。」


 アルヴァインの声には、どこか寂しさが混じっていた。


「彼女は自らの命と引き換えに世界を守り、力を使い果たして眠りについたのです。」


「そんな……。」


 レインは少女を見つめる。


 眠っている表情は穏やかで、とても世界を救った英雄には見えない。


「では、どうして僕を?」


「神眼継承者だけが、彼女を目覚めさせる資格を持っています。」


 レインは驚いた。


「僕が……?」


「はい。」


「ですが、目覚めさせるかどうかはあなた自身が決めることです。」


「どういう意味ですか?」


「彼女を目覚めさせれば、あなたは二度と普通の人生を歩めません。」


「世界を巡り、災厄と戦う運命を背負うことになります。」


 レインは黙った。


 ほんの昨日まで、自分は荷物持ちだった。


 追放され、行く当てもなく森を歩いていた青年だ。


 そんな自分が世界の命運を握るなど、到底信じられない。


 しかし。


 もしここで背を向ければ、この神殿も、この少女も、三千年間待ち続けたアルヴァインの願いも、すべて無意味になってしまう。


「……やります。」


 迷いはなかった。


 アルヴァインは深く一礼した。


「ありがとうございます。」


「では、神滅短剣グラムを玉座へ。」


 レインは腰から短剣を抜いた。


 刃は淡く白い光を放っている。


 ゆっくりと玉座へ近付く。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 少女の前へ立つと、短剣は自ら震え始めた。


 まるで持ち主の意思とは別に動こうとしているようだった。


「これは……。」


「神剣が主を認めています。」


 レインが短剣を差し出した瞬間だった。


 眩い光が玉座全体を包み込む。


 世界が白く染まる。


 轟音とともに神殿全体が震え始めた。


 無数の魔法陣が床へ浮かび上がり、巨大な光の柱が天井まで伸びる。


 その中心で少女の身体がゆっくりと浮かび上がった。


 閉じられていた瞳がわずかに震える。


「……う。」


 小さな声。


 続いて長いまつ毛がゆっくり開いた。


 現れた瞳は、夜空のように深い蒼色だった。


 少女は辺りを見回し、最後にレインを見る。


 しばらく不思議そうな顔をしていたが、やがて優しく微笑んだ。


「あなたが……。」


 鈴のように澄んだ声だった。


「新しい神眼継承者ですね。」


 レインは慌てて頭を下げる。


「は、はい!」


 少女はくすりと笑った。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。」


「私はルミナ。」


「かつて、この世界で光を司っていた神です。」


 レインは言葉を失う。


 本当に神だった。


 アルヴァインは深くひざまずく。


「ルミナ様、お目覚めをお祝い申し上げます。」


「ありがとう、アルヴァイン。」


 少女――ルミナは優しい笑顔を向けた。


「長い間、一人で寂しかったでしょう?」


「いいえ。」


「あなたとの約束を守れたことが、私の誇りです。」


 そのやり取りだけで、三千年という時間の重みが伝わってくる。


 ルミナは再びレインへ向き直った。


「あなたのお名前を教えてください。」


「レイン・アルフォードです。」


「レイン。」


 その名を優しく呼ぶだけで、不思議と胸が温かくなった。


「ありがとう。」


「あなたが来てくれたおかげで、私は再び世界を見ることができます。」


「でも、まだ完全には力を取り戻していません。」


「え?」


「今の私は、全盛期の一割ほどしか力がありません。」


「それでも神なんですか?」


「はい。」


 ルミナは少し困ったように笑う。


「本来なら山を一つ消す程度は簡単なのですが、今は小さな回復魔法を使うだけでも疲れてしまいます。」


 スケールが違いすぎて、レインは思わず苦笑した。


 すると神眼が突然反応する。


 新機能解放。


 契約対象確認。


 神格契約が可能です。


「契約?」


 ルミナも驚いたように神眼を見つめた。


「なるほど。」


「神眼はそこまで成長しているのですね。」


「契約を結ぶことで、私たちは互いに力を共有できます。」


「あなたは神の加護を受け、私は少しずつ力を取り戻せます。」


「デメリットは?」


「ありません。」


「ただし、一度契約すると生涯解除できません。」


 レインは少し考えた。


 目の前の少女を疑う理由はない。


 むしろ、ここまで来て引き返す方がおかしい。


「お願いします。」


 ルミナは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。」


 二人が手を重ねた瞬間、金色の光が神殿を満たした。


 神眼が次々と文字を映し出す。


 神格契約成立。


 神眼第二段階解放。


 全能力大幅上昇。


 神聖魔法習得。


 魔力総量五倍。


 状態異常完全耐性獲得。


 称号『神に選ばれし者』を獲得しました。


 レインは身体の奥から力が溢れる感覚を覚えた。


 視界はさらに鮮明になり、空気中を流れる魔力までも見えるようになる。


 ルミナも安堵したように微笑んだ。


「これで、ようやく始められます。」


「始める?」


「はい。」


 その笑顔がふっと真剣なものへ変わる。


「レイン。」


「世界は今、大厄災が再び目覚めようとしています。」


「残された時間は、あまりありません。」


 その言葉と同時に神殿全体へ警鐘のような音が鳴り響いた。


 神眼が赤く点滅する。


 緊急警告。


 神殿外に高濃度の魔力反応を確認。


 魔王軍幹部一名接近中。


 危険度SSS。


 推定到着まで三分。


 レインとルミナは同時に顔を上げた。


 神殿の入口から、禍々しい黒い魔力がゆっくりと流れ込み始めていた。

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