神代の遺跡と最後の試練
第三話 神代の遺跡と最後の試練
冷たい空気が頬を撫でる。
レインはゆっくりと息を吸い込み、暗い通路の奥を見つめた。
先ほどまでいた森とはまるで別世界だった。壁は白い石で造られ、青白く光る結晶が等間隔に埋め込まれている。その光だけで十分な明るさがあり、何千年も前の遺跡とは思えないほど保存状態は良かった。
「本当に、誰も見つけられなかった場所なんだな……。」
レインは壁にそっと触れた。
石は驚くほど滑らかで、長い年月を感じさせない。
その瞬間、神眼が反応する。
金色の文字が壁一面へ浮かび上がった。
『神代歴一三四一年建造』
『神眼継承者のための神殿』
『資格なき者は永久に入口を視認できない』
「やっぱり……。」
昨日までの自分なら、この場所の前を何度通っても気付かなかったのだろう。
レインは慎重に歩き始めた。
十歩ほど進んだところで、再び神眼が光る。
「……え?」
床の一部が赤く染まって見えた。
よく見ると石畳には複雑な紋様が刻まれている。
『超高位殲滅魔法陣』
『侵入者を消滅させる』
『推定威力 王都壊滅級』
『安全経路を表示します』
次の瞬間、床の上へ一本の青い線が浮かび上がった。
まるで「この道だけを歩け」と案内しているようだった。
「そんな……。」
レインは額から冷や汗が流れるのを感じる。
もし神眼がなければ、最初の一歩で命を落としていた。
いや、自分だけでは済まなかったかもしれない。
王都まで被害が及んでいた可能性すらある。
「神代って、どれだけ恐ろしい時代だったんだ。」
青い線だけを踏みながら慎重に進む。
数十秒後、魔法陣を抜けるとレインは大きく息を吐いた。
「助かった……。」
その先には黄金に輝く宝箱が置かれていた。
豪華な装飾。
宝石で彩られた蓋。
冒険者なら誰でも飛びつくような見た目だ。
しかし神眼は冷静だった。
『偽装宝箱』
『開封後〇・四秒で爆発』
『生存確率〇・一%』
「危ない!」
レインは思わず数歩下がる。
その横の壁を見ると、小さな突起が一つだけ埋め込まれていた。
『隠し開閉装置』
『押すことで本物の宝物庫が開放されます』
レインが押すと、重々しい音を立てながら壁が横へ動いた。
隠された小部屋。
そこには質素な銀色の宝箱がぽつんと置かれている。
「こっちが本物なのか。」
ゆっくり蓋を開ける。
中には一本の短剣が収められていた。
飾り気のない黒い鞘。
白銀に輝く刃。
美しいというより、洗練され尽くした武器だった。
神眼が眩しく輝く。
『神滅短剣グラム』
『神話級武器』
『神眼継承者専用』
『あらゆる防御を無効化』
『自己修復』
『所有者適応』
『魔力消費九〇%軽減』
『現在までの所有者 一名』
「神話級……。」
レインは恐る恐る柄を握る。
すると短剣が淡い白い光を放ち始めた。
その光はレインの右腕を包み込み、身体中へ温かな力が流れ込む。
心臓の鼓動が速くなる。
身体が軽い。
今まで感じたことのない感覚だった。
「これが契約……?」
短剣は光を失うと、自然にレインの腰へ収まった。
まるで最初からそこにあったように。
その瞬間だった。
遺跡全体が震えた。
ゴォン……。
低く重い音が何度も響く。
奥の暗闇から巨大な足音が近付いてきた。
一歩。
また一歩。
足音だけで圧倒される。
やがて姿を現したのは、三メートルを超える白銀の騎士だった。
全身を神々しい鎧で覆い、巨大な剣を片手で持っている。
目だけが青白く輝いていた。
レインは反射的に短剣へ手を掛ける。
神眼が即座に解析を始めた。
『守護騎士アルヴァイン』
『古代神兵』
『危険度 SSS』
『戦闘勝率 〇%』
『敵対推奨 不可』
レインの喉が鳴る。
「勝率……ゼロ。」
逃げるしかない。
そう思った瞬間、神眼の表示が変わった。
『敵対意思なし』
『会話を推奨』
騎士はゆっくりと剣を地面へ突き立てた。
そして片膝をつく。
「ようやく、お会いできました。」
低く落ち着いた声だった。
「私は守護騎士アルヴァイン。この神殿最後の守護者です。」
レインは目を丸くする。
「どうして……僕に頭を下げるんです?」
「あなたが神眼継承者だからです。」
「三千年。」
アルヴァインは静かに続けた。
「私は三千年間、あなたのような存在を待ち続けていました。」
「三千年も?」
「神兵である私は老いることがありません。」
「神々より与えられた使命を果たすまで、この神殿を守り続ける存在です。」
レインは信じられない思いで騎士を見つめた。
目の前の存在は伝説そのものだった。
「神眼って……そんなに特別な力なんですか?」
「ええ。」
アルヴァインは静かに頷く。
「神眼は神々が創り出した最後の奇跡。」
「真実を見抜き、世界の理を知り、未来の可能性を映し出す唯一の力です。」
「しかし、それを完全に扱える者は歴史上でも極めて少ない。」
「だから神殿が?」
「はい。」
「ここは継承者を導くためだけに存在します。」
レインは思い返す。
追放。
神眼の覚醒。
隠された遺跡。
神話級武器。
偶然だと思っていたことが、すべて繋がっていた。
「僕は……何をすればいいんですか?」
アルヴァインは最奥にある巨大な石扉へ視線を向けた。
「最後の試練を受けていただきます。」
神眼が反応する。
『最終継承の間』
『継承成功率 九九・九%』
『成功報酬』
『神眼第二段階解放』
『神代魔法習得』
『全能力上昇』
『神代知識継承』
レインは希望に胸を躍らせた。
しかし表示はそこで終わらなかった。
『継承失敗』
『死亡』
たった二文字。
それだけで空気が凍り付く。
「命懸け……なんですね。」
「はい。」
アルヴァインは嘘をつかなかった。
「ですが、継承者であるあなたなら乗り越えられます。」
「私の三千年は、その確信のためにありました。」
レインは静かに目を閉じる。
昨日までの自分は、仲間に必要とされない存在だった。
何をしても「役立たず」と笑われた。
居場所を失い、未来も失ったと思っていた。
だが違った。
本当の道は、追放された先にあったのだ。
レインはゆっくりと目を開く。
その瞳には迷いがなかった。
「やります。」
「どんな試練でも乗り越えます。」
アルヴァインは満足そうに微笑み、巨大な石扉へ手をかざした。
轟音とともに扉がゆっくりと開いていく。
扉の向こうには、夜空のような漆黒の空間が広がっていた。
中央には黄金の玉座。
そして玉座には、一人の白い髪の少女が静かに眠っていた。
神眼が今までにない速度で文字を映し出す。
『解析不能』
『神格存在を確認』
『名称……』
その表示は途中で止まり、画面全体が眩い金色に染まった。
レインは思わず息をのむ。
神眼ですら完全には見抜けない存在が、目の前にいた。




