魔将皇の宣告
精霊樹海に平穏が戻り始めていた。
黒く染まっていた木々は少しずつ本来の緑を取り戻し、傷ついた精霊たちも再び森へ戻っている。
かつて死にかけていた場所とは思えないほど、生命の力が満ちていた。
しかし。
レインたちの表情に安堵はなかった。
神眼が告げた存在。
魔王軍第二席。
魔将皇グラディオス。
その名前だけで、ルミナの表情を変えさせるほどの存在だった。
「ルミナ。」
レインは静かに尋ねる。
「その魔将皇って……どれくらい強いんですか?」
ルミナはしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくり口を開く。
「今の私では勝てません。」
その言葉に、レインは息を止めた。
「あなたが?」
「はい。」
ルミナは頷く。
「全盛期の私でも、互角でした。」
「ですが、三千年前の戦いでは……。」
エリシアが続ける。
「ルミナ様は負けた。」
レインは拳を握る。
「そんな相手が……。」
神眼の表示が頭に浮かぶ。
『魔将皇グラディオス』
『危険度:測定不能』
『推定戦闘能力:解析不能』
『現在勝率:不明』
初めてだった。
神眼が答えを出せない相手。
しかし、レインは逃げたいとは思わなかった。
不思議だった。
昨日までの自分なら、絶対に恐怖していたはずなのに。
今は。
仲間がいる。
守りたいものがある。
だから進める。
「強くならないと。」
レインが呟く。
「次は、もっと大切なものを守れるように。」
その言葉を聞いて、ルミナは優しく微笑んだ。
「あなたは本当に、初代継承者に似ています。」
「初代も、同じことを言いました。」
「力が欲しい理由は、勝つためではなく、誰かを失わないためだと。」
その時。
空が暗くなった。
雲が集まったわけではない。
魔力そのものが空を覆っている。
「来る……。」
エリシアが杖を構える。
精霊たちが怯え始める。
森の奥から、巨大な魔力の波が押し寄せてきた。
そして。
一人の男が空からゆっくり降りてくる。
黒い長髪。
漆黒の外套。
武器すら持っていない。
だが。
存在するだけで空間が歪んでいる。
神眼が反応する。
『解析開始』
『対象確認』
『魔族』
『個体名:グラディオス』
『称号:魔将皇』
『所属:魔王軍第二席』
『危険度:測定不能』
『敵意:低』
レインは眉をひそめた。
敵意が低い?
魔王軍の幹部なのに。
男は静かに地面へ降り立つ。
そして、レインを見る。
「なるほど。」
「お前が神眼継承者か。」
声は穏やかだった。
戦意も感じない。
それが逆に恐ろしい。
「何の用ですか。」
レインは警戒したまま尋ねる。
グラディオスは少し笑った。
「確認だ。」
「何を?」
「本当に、お前が世界を変える存在なのか。」
レインは黙る。
グラディオスは続けた。
「三千年前。」
「我々魔族は敗北した。」
「神々と人間によって封印され、世界の裏側へ追いやられた。」
ルミナが険しい顔になる。
「グラディオス。」
「あなたが今さら何を言いに来たのですか。」
魔将皇は彼女を見る。
「久しいな、光の神。」
「まだその優しい顔をしているのか。」
「何?」
「昔から変わらない。」
「敵にも慈悲を与える。」
グラディオスは空を見る。
「だから負けた。」
レインは眉を寄せる。
「どういう意味ですか。」
グラディオスはレインを見る。
「神々はすべてを語っていない。」
「三千年前の戦争には、隠された真実がある。」
ルミナが黙り込む。
その反応を見て、レインは気付いた。
彼女は何か知っている。
「ルミナ。」
レインが呼ぶ。
「本当なんですか?」
しばらく沈黙。
そして。
「……はい。」
ルミナは小さく答えた。
「隠していたことがあります。」
風が止まった。
「三千年前。」
「世界を滅ぼしかけた存在は、魔王ではありません。」
「え?」
「本当の敵は……。」
ルミナの声が震える。
「神々が作り出した存在です。」
レインは言葉を失った。
神々。
世界を守る存在だと思っていたもの。
その存在が、世界を滅ぼしかけた?
グラディオスは静かに続ける。
「我々魔族は、それを止めようとした。」
「だが、人間も神々も我々を敵だと思った。」
「結果。」
「世界は一度、滅びかけた。」
エリシアも驚きを隠せない。
「そんな記録……一族の書物にもありません。」
「当然だ。」
グラディオスは答える。
「消されたからな。」
重い沈黙。
レインは考える。
何が真実なのか。
誰が正しいのか。
しかし。
一つだけ分かる。
今、目の前にいる存在は嘘をついていない。
神眼が静かに反応する。
『発言解析』
『虚偽反応なし』
『グラディオスの言葉』
『真実率九七%』
レインは驚く。
神眼が「真実」と判断している。
グラディオスは続ける。
「レイン・アルフォード。」
「お前には選択が迫られる。」
「神々を信じるか。」
「魔族を信じるか。」
「それとも。」
「すべてを疑い、自分自身で真実を探すか。」
その言葉を残し、グラディオスの身体が闇へ溶け始める。
「次に会う時までに決めろ。」
「神眼継承者。」
「お前が何を選ぶのか。」
魔将皇は消えた。
残されたレインたちは、誰も言葉を発しなかった。
世界を救うために手に入れた力。
その力を与えた神。
そして敵であるはずの魔族。
すべての前提が崩れ始めていた。
レインは空を見上げる。
「真実を……探さないと。」
追放された青年の旅は、ただ魔王軍と戦うだけのものではなくなった。
世界そのものの秘密へ踏み込む旅へ変わろうとしていた。




